Wizard of the World of Stand 作:泡醤油
トリップ初日がなかなか終わってくれない。
病室のベッドを挟み、少年と老人が睨み合う。いや、正確には少年の方が相手を警戒して一方的に睨み付けているのであり、老人はその強い視線ごと受け止めるようにじっと少年を見つめる。
「ジョースターさん何言ってんだ!? ジョースターさんが十代の頃っつったらどう考えてもこのガキは生まれてねぇだろうが!」
「助けて貰った恩はあるが、ちょっとその頭の中見せてもらう必要がありそうだな」
いつの間にか立ち上がっていた男が、二人の間に割って入り正論を言っているが、それはマグルの常識だ。魔法界には逆転時計などの時に関連する魔法具や呪文が既に存在しており、そんな常識は通用しない。
間にあるベッドを飛び越えん勢いでカルミアが老人に迫ろうとすると、焦ったように老人が両手を前に突き出して横に振る。
「まだ話の途中じゃ! 物騒なこと言わんでくれ!」
じっと老人の目を見つめた後、渋々といった風に杖を懐にしまったカルミアは、一応老人の話を聞く気はあるらしい。先ほどまでの態度とは打って変わり、腕を組んで先を促すように目を細める。
「まず、ワシの出会ったカルミアは十七歳じゃった。ワシのことを知っておるようで、ジョースターの戦いに巻き込まれたのは二度目だと語っておった。
そして、カルミアは年老いたワシが再び戦いに出向く時、自分よりも若い自分がまたワシの目の前に現れると言っておったわい」
「そして、俺が現れたってわけか。……無闇にあり得ないとは切り捨てられない話だな」
「カルミア、ワシはお前さんに一つ確認せねばならぬことがある」
左手の人差し指を立てて、妙に芝居掛かった口調で半ば食い気味に老人が話す。
何だ、と言いたげな顔でカルミアは首を傾げて続く言葉を待つ。男はもう理解がついていけないらしく、ポカンと口を開けて固まっていたが少しすると難しい顔をしてぶつぶつと小さな声で何かを呟き始めた。
「ここに来る時の年はいつだった?」
「は? 2006年だけど、それがどうした?」
「今は、1987年じゃよ。お前さんがいた年から三十年ほど前になるな」
顔をしかめたことにより、カルミアの元々悪い目つきが更に主張される。証拠とでも言うように老人は鞄から新聞をいくつか取り出してカルミアに差し出す。
「何だこれ、写真が止まってるぞ」
「写真は動かねぇだろ」
「……マグル製の写真は味気ないな」
受け取りながら不思議そうに漏らした言葉に、頭の整理がやっとついたらしい男がツッコミを入れる。カルミアは納得したように小さく頷くと、その日付を確認してみる。
西暦1987年、老人が言った通りの年代が書かれている。顔を近付けると真新しいインクの匂いがするので、どうやら印刷されてあまり時間が経っていないらしい。準備が良すぎる、と思いつつもカルミアは楽しげに口角を上げる。
「よくこんなに手の込んだ物を用意したな」
「残念ながら、それは街の売店で販売されている物じゃ」
カルミアは老人の目をじっと見つめた。その顔はだんだんと自信のないものになっていき、視線も縋るようなものに変わっていく。
「マジで?」
「マジだ」
「嘘だろ。三十年……どうやって戻ればいいんだよ……」
手の中で新聞を握り潰しながら、カルミアは力が抜けその場に座り込んだ。俯いたせいで、髪が顔にかかるがそのことも気にならないようであった。
いくら逆転時計でもそこまでの時間を遡ることは出来ない。そんなことが出来てしまえば今頃金持ちはこぞって逆転時計を買い占め、時間を自分の物として過去に戻り未来を改変していくだろう。
これが冗談であればどんなに良いかと考えてみてはみるものの、魔法を乱発したにも関わらず魔法省の者が現れる気配すらない現状では、老人が言うように三十年前に来たと考えるのが一番納得出来る答えではあった。
しかし、三十年……その月日は逆転時計で遡った時のように待っていれば元に戻れるなどと呑気なことを言えるようなものではない。カルミア本人は魔法使いと言えど生身の人間なのだ、三十年も経てば当たり前に年老いる。元に戻ることなど出来るはずがない。
「そこで、ワシからの提案なんじゃが……」
いつの間にかベッドから回り込んでカルミアのすぐそばに立っていた老人は、座り込むカルミアの視線に合わせるように膝を折り、その大きな手を肩に優しく置く。
困り果てたように眉を下げたカルミアは、縋る思いで老人の視線を受け止めて見つめ返す。にこりと柔らかい笑顔を浮かべられても、それに微笑み返すような心の余裕は今のカルミアにはない。
「ワシらと一緒に旅をせんかね」
「……旅?」
「うむ。ワシの知っとるカルミアが一度だけ話してくれたのじゃが、彼が初めて戦いに巻き込まれた時はジョースターの因縁の相手に辿り着くまで帰ることが出来なかったらしい」
老人は、カルミアを見ているようでその実は彼の黄色の瞳を通して別の誰かを見ているようであった。昔を懐かしむように目を細めた老人の脳内には、若かりし頃の自分と談笑する"カルミア"の姿が思い出されているのだろう。
「今、ワシらはその因縁の相手にかなり近い位置におる。かつての彼と今の君の状況が同じならば、奴の元に辿り着くことで、君はどういった方法かは分からんが元の年代に帰ることが出来るじゃろう」
「因縁の相手……」
「百年は優に生きておる吸血鬼の男じゃ。ワシらはその吸血鬼を倒す為旅をしておる」
「吸血鬼…?」
吸血鬼、という言葉に反応して、それまで相槌を打ちながら大人しく話を聞いていたカルミアは再び顔をしかめた。
カルミアの暮らす時代の吸血鬼と言えば、かつて夜の王と恐れられていたというだけの存在だ。以前はそりゃあ魔法界を恐怖に震わせるほどの力を持っていたかもしれないが、住処を追いやられて光の当たらぬ洞窟でひっそりと暮らす様は何とも情けない姿であった。
しかし、マグルが相手にするにはさすがに強すぎる生物だ。魔法使いが仲間になるとしても、それが成人済みの魔法使いならともかくカルミアはまだ未成年だ。父に魔法を習いその学年では使えるはずもないような呪文を扱えるような魔法使いでも、発展途上の少年には色々と限りがある。
吸血鬼と戦うなど、自殺行為にも等しい行動をどう言って止めようかと考えたが、カルミアは老人に再び視線を向けてその考えを頭から消し去った。老人の目には、勝利を確信している、そんな意思を感じる光が宿っていたのだ。
「俺、実戦なんてさっきのが初めてで、足手まといになるかもしれませんよ」
「無理に、とは言わん……」
考え込むように視線を逸らした末、カルミアが老人にだけ聞こえるような声で呟いた言葉をどういう意味に捉えたのか、老人もまたカルミアにしか聞こえないような声で言葉をかける。
提案に乗る勇気も、断る理由も持ち合わせていないカルミアは、両の拳を固く握り締める。片方の手の中で、握ったままだった新聞がもう一度小さな音を立てた。
「しかし」
間を置いて発せられた老人の言葉に、カルミアは救いを求めるように視線を上げた。
「君が来てくれるならば、ワシらには今までなかった可能性も導きだせるじゃろう。足手まといにならんとは言い切れんが、幸いワシの仲間は皆支え合うことが出来る奴らじゃ」
老人の右手が、カルミアの目の前に差し出される。まるで、長年時を共にした友に向けるかのような柔らかい笑みを浮かべた老人が、カルミアをしっかりとその目に捉えていた。
「一緒に、来てくれないか?」
考えるより先に体が動いていた。
差し出された右手をしっかりと握り返したカルミアは、呼吸を一つして老人の目を見つめ返すと、その問いに答える二文字の言葉を口にして少し恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。
一瞬驚いたように目を見開いた老人は、カルミアの手に左手の義手を重ねて彼の笑顔に釣られるよう目元を和らげた。