チャンピオン、リーグ辞めるってよ 作:スゲー=クモラセスキー
カントーポケモンリーグチャンピオンにして同リーグ公認の謎のマスクマンことホオズキはリーグ運営に係る人事に関してある程度の権限を任された男である。
具体的には、彼の業務を補佐する秘書兼四天王の座に当時は無名のリーグ職員であったカンナを抜擢したり、世界各地を放浪していた際に拳を交えた某ウー!ハーッ!さんを四天王に推薦したりと、主に彼の周囲を固める四天王や、様々な事情で空席となったジムリーダーを在野から登用するための人事権をリーグ本部から譲渡されているのだ。
しかし、それは決して彼の方から求めたものではない。
寧ろそれとは逆で、ホオズキという絶対強者を何としてもチャンピオンの座に繋ぎ止めておきたいという上層部の思惑が強く反映された結果、何も知らない十代半ばの彼に無理やり受け取らせた、一種の鎖のようなものなのである。
全ては、身寄りのない哀れな少年をチャンピオンという名の神輿に担ぎ上げ、いざという時には便利に使えるリーグの最高戦力として縛り付けておくために。
「──という『リーグ上層部黒幕説』を今日の夢で見たのだけど、どうだったかしら?」
「……えっと。率直に今思ったことを言ってもいい?──何それ怖い」
「でしょうね。私も夢から覚めた時にはゾッとしたわ。──そんなことをしたら、当のホオズキが黙っているわけがないのに、って」
「……あれ?もしかしてナツメさんから見たボクって圧倒的な暴の力で全てをなぎ倒して来た蛮族の戦士か何かだったりする?」
「……?違うの?」
「……どうしよう。自分で言ってみたはいいものの、実際に否定出来る要素が殆どないぞ……?」
そう言って、目の前の不審者が仮面越しでも分かるほど苦悩する様子を眺めつつ、当のナツメの顔には何処か満足げな笑みが浮かんでいた。
何を隠そう、このヤマブキジムのジムリーダーはありとあらゆる方法を使ってこのマスクマンを揶揄うのが大好きなのだ。
そのためならばかつて忌み嫌っていた自身のエスパーとしての能力すらも喜んで使う辺り、彼女のホオズキに対する性癖は最早筋金入りといってもよいだろう。
もっとも、ナツメがこうなってしまったのは幼少期に覚醒したサイキックパワーの影響で自我が崩壊しかけた彼女をウルトラスターミーと共に命懸けで食い止めたホオズキのお節介が原因なので、元を正せば全てこの不審者の自業自得なのだが。
(それにしても……)
そして、ナツメがこの不審者のことを心底気に入っているのには、彼が自身の命の恩人かつ非常に揶揄い甲斐のある男であるということ以外にも別の理由があった。
(──相変わらず、この人の心の中は殆ど読めないわね。……まぁ別に好き好んで他人の心を読もうとしているわけじゃないから、そのこと自体は特に問題ないのだけど)
それはホオズキがナツメの持つサイキックパワーに起因する読心能力に全くと言ってもいいほど影響されないこと。
つまりこのマスクマンは彼女にとって、自分が無意識の内に読めてしまう──或いは否応なしに読まされてしまう他人の心というストレス源とは無縁で、なおかつ何の遠慮もすることなく付き合える唯一の存在だったのだ。
それが多感な時期に己の力を制御することに苦心するあまり精神を擦り減らしていた少女にとって、一体どれほどの救いになっていたことだろう。
そういった事情があったからこそ、ナツメはホオズキのことを大切な友人として心から慕い──それ以上に愛おしい人として心の底から恋焦がれていたのである。
──しかし。
(──けれど、それでも私は見てしまった。……見えてしまった)
だからこそ、そんなホオズキの心の中を──正確には彼の心の中に浮かんでいたとあるイメージを垣間見てしまったナツメの衝撃は相当なものであった。
何故なら、彼女の見たイメージの中のホオズキは、普段のフレンドリーで明るく、それでいて何処かミステリアスな雰囲気を纏う謎の男のそれとはまるで異なる姿を見せていたからだ。
(あの時……久しぶりに私に会いに来てくれたホオズキと目が合った瞬間に見えた心の中は貴方は、確かに泣いていた。それも誰かのために流す温かな涙ではなく、まるでこの世の全てに絶望したかのような慟哭の涙を)
ナツメは知っている。
自分が心から愛した目の前の男が他の誰よりも優しく、そして他の誰よりも他者のことを想って涙を流せる温かな心の持ち主であることを。
(けれど、今私がそのことについて問い詰めたとしても、貴方は決してその理由を話してはくれないんでしょうね。……昔、私を助けてくれた時に負った怪我を何でもないもののように装いながら、泣きじゃくる私に向かって「大丈夫」と言ってくれたあの日のように)
しかし、だからこそ彼がそんな自身の弱さを決して表に出さず、今にも壊れそうな心とか体の叫びすらも無視して他者を優先出来る、優先出来てしまう男であるということを。
他ならぬホオズキに命を救われた経験のあるナツメは、既に知ってしまっているのである。
(……だけど、それでも私は貴方を救いたい。今度こそ、私は貴方の力になりたい。例えそれで私が命を落とすことになってしまったとしても──)
だが、今更それを知ったところでナツメは止まらない。
……いや、正確には今の彼女の中には「止まる」という選択肢そのものがないと言った方がよいだろう。
(それで貴方が助かるのなら、私は自分の命なんて欠片も惜しくない)
何故なら、ホオズキに命を救われたあの日から、ナツメは自身の
(……何かナツメさんがものすごい顔でこっち見てる。これはあれだ、昔俺が家の棚の角で足の小指を思い切り強打した時に感じた絶望感がふと脳裏を過った時に彼女が見せたのと全く同じ表情だ。あれは相当痛かったからなぁ……。そんな嫌なことを思い出せちゃって本当にごめんねナツメさん……)
──もっとも、そんなナツメの悲痛な覚悟とは裏腹に、当のホオズキの頭の中には何時も以上に惚けた考えしか浮かんでいなかったのだが。
・ホオズキ
足元不注意で思い切り左足の小指を強打して泣いてしまったマスクマン。
あれ痛いよね……分かるよ。
なお、その時の強烈な痛みと絶望感のせいで一人のエスパー少女が覚悟完了してしまったことを、彼はまだ知らない。
・ナツメ
初代エスパージムリーダー。
初期ビジュで鞭を持っていたのは謎のマスクマンから「鞭持ってる人って何だか強そうだよね」と言われたのがきっかけだと嬉しい。
この度、ホオズキの不注意のせいで無事に覚悟完了した。
ヤバい。
次回はニビジム戦後におつきみやまに挑むTS初代コンビとそれを見守る不審者の様子を書いていきます。
タケシ?
ああ……いい奴だったよ……。
そんなナレ死ならぬナレ負なタケシ可哀想……な人は是非感想と一言付き高評価をお願いします。