チャンピオン、リーグ辞めるってよ 作:スゲー=クモラセスキー
カントーポケモンリーグチャンピオンにして同リーグ公認の謎のマスクマンことホオズキは前世での経験から報連相の重要性を何よりも重んじる男である。
学生時代に文字どおり体に叩き込まれた先輩との上下関係、初めてのアルバイト先で嫌というほど味わった職場での関係構築、そして入社した会社で矢継ぎ早に飛ばされる上司からの指示確認……。
そういった現代社会という名の過酷な戦場を生き残るためには、前述した報告・連絡・相談の3種の神器は現代人として習得してしかるべき必須スキルだったのである。
もっとも、肝心なところでポカが多かった前世の彼にとって、そんな報連相は──それも相談の部分を特に苦手にしていたのは色んな意味で業が深いと言わざるを得まい。
「──ということで。ハナダシティに寄ったついでというわけではないけれど、今日は久しぶりに君のバトルを見学させて貰うことにしたからよろしくね、カスミさん」
「な・に・が!よろしくねよアンタ!そういう大切なことはもっと事前に──最低でも1週間前には予め連絡しておいてって何時も言ってんでしょうがッ!」
「……?ボクみたいなのが偶に顔を見せに来る程度のことで何をそんなに準備することがあるんだい?」
「女の子には色々あるって言ってんのッ!少しはその辺を理解しなさいよッ!!この……アホオズキッ!!!」
何故なら、そんな彼の
……いや、そこはちゃんとしておけよ大人として。
(
(……アホオズキ。……何だかちょっとだけ言ってみたいあだ名、かも)
なお、そんな二人のやり取りを見ていた
……こうやって着実に被害者を増やしていく辺り、このマスクマンは相変わらず碌なことをしない男である。
──さて。
それではここで、現役リーグチャンピオンを肩書きに持つ不審者からのアポ無し訪問と、そんな彼が連れて来た初対面の赤目と緑髪の美少女コンビからのジムチャレンジを受ける羽目になったハナダジムのジムリーダーである「お転婆人魚」ことカスミについて簡潔に説明することにしよう。
結論から言うと、彼女は数年前にふらりと現れたホオズキによってその才を見出され、在野の一般人から生まれ故郷であるハナダシティの顔役に抜擢されたジムリーダーである。
その時から「将来の夢はハナダジムのジムリーダーになること」という具体的な目標を掲げていた彼女ではあったが、それでも現役無敗のマスクマン自らのスカウトでその地位を得ることになるとは夢にも思わなかったのだ。
とはいえ、当時ジムリーダーが本格的にプロのスイマーとして活動することを表明してからのハナダジムでは、彼女の後釜となる水タイプのエキスパートを欲していたのは事実で、そこに見た目が不審者なこと以外は信頼のおけるチャンピオンであるホオズキが推薦したカスミはまさに渡りに船な人材だったと言える。
そんなわけで、カスミにとってのホオズキは、自身の持つ才能を見出してくれた上、その夢の背中をそっと押し出してくれた恩人なのだ。
……もっとも、カスミがこの不審者に向けていた純粋な尊敬の念はほんの数週間でフランクな友情にとって変わり、今では気の置けない友人同士のそれ──と、ホオズキだけが思っている若干の湿り気を帯びていること以外は一応健全な関係に落ち着いているのだが。
「行ってスターミー!『バブルこうせん』ッ!」
「スターッ!」
「……避けてピカチュウ。そうしたらそのまま『でんきショック』を纏ってスターミーに『でんこうせっか』」
「ピ……カァッ!」
「ミーッ!?」
「え、嘘でしょッ!?『でんきショック』って纏えるのッ!?」
しかし、だからこそカスミは信じられなかった。
……信じたくなかった。
まさか自分の才能をいち早く認め、十代前半という異例の若さでジムリーダーにまで抜擢してくれたホオズキが。
突然のことで喜び以上に不安の感情が勝っていた当時の自分に「立派なジムリーダーなるんだろう?君なら出来る」と背中を押してくれたあのホオズキが。
(あのグリーンって子に負けてしまったのはまだ理解出来る。聞けば彼女はあのオーキド博士のお孫さんって話だし、バトルスタイルだって、あたしの専門である水タイプのポケモン達に強い草タイプのフシギソウを中心に確実にこちらの弱点を突いてくる手堅い戦法を取っていたからね。……だけどこの子は。このレッドって子は──)
よもや当時の自分よりも更に若い新人トレーナーを二人もぶつけてくるという形で、今の自分の実力を図ろうとしてくるとは微塵も思わなかったからだ。
「……思い付いたから試しにやってみたけど、思いの外いい技が出来たね。流石は私のピカチュウ」
「ピカ!ピカチュッ!」
(次に何をしてくるのか全く読めない上に、繰り出してくる技の発想も奇想天外で……何より強い……ッ!)
それも、一方は数年の経験を重ねた今の自分よりも明らかに才能と発想の両方で勝る相手を。
ジムリーダーとは過酷な仕事である。
自身が所属するジムの運営だけでなく、それが中心となって栄えた街そのものの代表として振る舞う傍ら、こうしてカントー制覇を目標に挑戦してくるチャレンジャー達からのバトルにも必ず受けなければならない義務があるからだ。
そしてその義務を全うするということは、自身の実力を本来のそれからリーグ本部が設定した一定レベルにまで落とさなければならないことを意味している。
つまりジムリーダーとは、「一つの街を代表する最強のトレーナー」であると同時に、「リーグの定めた一定レベルを超える実力を持つトレーナー相手には必ず敗北しなければならない立場」であるということに他ならないのだ。
無論、そのようなジムリーダーとしての基本的な心構えなどは当のカスミとてとうの昔に納得済みのことではある。
バトルに負けること自体は決して好きではないが、そんな自身の敗北が新たな才能の目覚めに繋がるのならば幾らでも我慢出来ると考えていたからだ。
(負けない……負けたくない……!だって今ここには、あたしを見出してくれたホオズキがいるのよッ!?そんな恩人がいる前で──あたしの好きな人が見ている前でッ!!これ以上の醜態は晒したくないッ!!!)
しかし、今は何よりもタイミングが悪かった。
自分の才能を認めてくれたチャンピオンの前で無名のチャレンジャーに敗北すること。
自分の夢を後押ししてくれたかつての恩人の前で情けない姿を晒してしまうこと。
そして何より、自分の好いた男の前でより魅力的な女の子に格の違いを見せ付けられてしまうこと。
その全てが、今のカスミにはとても耐えられることではなかったのである。
──しかし、どんなに強い想いも。
「……そろそろ終わらせる。ピカチュウ、『でんこうせっか』でスターミーの後ろに回って。その勢いのまま、さっきの技を思いっきりぶちかましちゃって」
「……ッ!だめッ!!スターミー、避けてぇッ!!!」
どんなに強い覚悟も。
「ピッカ!ピカピカピカ……チュゥ〜ッ!!!」
「ミ”~ッ!!!???」
「す、スターミー、戦闘不能!よって勝者、挑戦者レッドッ!」
圧倒的な才能の暴力の前では、何の意味もないことであった。
(負け、た……。トレーナーを初めてひと月も経ってないような子達に、この私が、負けた……。それも、レッドって子には碌な対抗出来ずに……)
訪れる沈黙。
崩れ落ちるプライド。
予想だにしない初心者相手の2連敗に呆然自失となるカスミ。
そうして、そんな無様な姿を見た自分の想い人が一体どんな顔をしているのかと想像しながら、彼女が恐る恐るそちらに目を向けると──。
「……ぁ」
そこに、カスミが想い焦がれていたホオズキの姿はなかった。
まるで、「今の君の姿など見る価値もない」と言うように。
「……あは。あはははは……。あたし……ホオズキに……見捨てられちゃったぁ……」
そのことを悟った瞬間、光を失った彼女の瞳から、プールの水よりも更に冷たい涙がぽろぽろと零れ落ちたのだった。
「開けろ!デトロイト市警だッ!……じゃなくて、チャンピオンのホオズキだ!君はボクに完全に包囲されている!このまま大人しく投降するか、それともそのまま立て籠もった末にボクにボコられるか、好きな方を選べッ!」
「いやそれ、実質投降一択じゃねーかッ!!!」
──一方その頃、ハナダ署のジュンサーさんから強盗目的のロケット団員による立て籠もり事件発生の一報を受けて現場に急行したホオズキは、その自慢の交渉能力を活かして無事に事件を解決に導いていたのだった。
・ホオズキ
報連相の全てが足りてない系マスクマン。
特に相談部分を疎かにしたせいで数多くの女性陣を曇らせて来た。
そんな不審者が「ちょっと外に出てくる」の一言を怠ったせいで、カスミが精神崩壊寸前レベルで曇ってしまったことを彼は知らない。
・カスミ
ホオズキに才能を見初められてハナダジムのジムリーダーに抜擢された才女。
水タイプのエキスパートとしてカントー地方でも三指に入るほどの実力者。
マスクマンに憧れてジムチャレンジ用のポケモンをヒトデマン系統で合わせているのは秘密。
そんな不審者のやからしのせいで精神崩壊寸前レベルで曇った。
可哀想。
・ピカチュウ
通称ピカ様。
レッド(♀)がトキワの森でゲットした電気玉持ちの珍しい個体。
この度、レッド発案のボルテッカー擬きを習得した。
強い。
次回も引き続きホオズキ視点でこのマスクマンのやらかしを書いていきます。
そんな歩く脳みそウェルダン野郎な不審者の動向にご期待いただける方は是非感想と一言付き高評価をお願いします。