「悪とは何か。」   作:佐藤京介

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第二話 やる後悔   第三話 佐々木

第二話  やる後悔

 

 

「悪とは何か。」

 

ノートの表紙に、太い線でそう書いた日から、しばらく経った夜。ペン先をいじりながら、文字見た。疑問があるが、答えが出ず、その疑問すら定まらない。なかなか明けそうにない、深い夜。田中はその太い線を指でなぞりながら、ゆっくりと息を吐いた。

 

 

 

田中は、日々の仕事に追われる中で、何となく胸の奥に澱のような不安を感じるようになった。日常の些細な出来事、例えば、街の雰囲気の変化、メディアの論調の微妙な変化、そして、政治家たちの言動の裏に何か隠された意図を感じ取っていた。その感覚を他人に話すことはなかった。何かを言えば、「陰謀論者だ」と揶揄され厄介な存在に粘着にかかわられるのはごめんだったし、現状に疑問を持つこと自体が今や社会的にリスクを伴うと感じていた。

 

ある晩、田中は仕事を終えて帰宅途中、近所のカフェでふと見かけたチラシに目を留めた。そのチラシにはこう書かれていた。

 

「我が国の未来に疑問を感じているあなたへ。未来を変えるための集いに参加しませんか?」

 

少し目を通してみると、日時と場所が記載されており、その他の詳細も特に際立った特徴は感じられず、暫くしたら目線は外を向いていた。しかし、何かに引き寄せられるように、田中はその内容を忘れられずにいた。家に帰り、いつも通りの生活に戻ったものの、ふとした時に、その集いに関することが頭に浮かんだ。

 

翌週、集いの日が近づくにつれて、またカフェを訪れ、そのチラシに目を向けることが増えていた。センチメンタルに言うなら運命を感じていたのかもしれない。

 

「行ってみるか。迷ってやらないよりやる後悔か」

 

なかなか明けそうにない、深い夜が明けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話  佐々木

 

 

 

あくる日、田中は予定通り指定された会場に足を運んだ。小さな集会室で、十数人ほどの人々が集まっていた。すぐに気づいたのは、参加者の年齢層がかなりバラバラだったことだ。若い人もいれば、年配の人もいる。そのほとんどが初対面同士のようだったが、なぜか妙に馴染みやすい空気が漂っていた。

 

集会は控えめに始まった。静かな雰囲気の中、リーダーらしき人物がステージに上がり、自己紹介を始めた。名前は「佐々木」とだけ名乗り、過去の経歴や肩書きには触れなかった。代わりに、彼は静かに語りかけるように話し始めた。

 

「私たちは、今の日本がどこに向かっているのか疑問を抱いています。この国が本当に正しい方向に進んでいるのか。世界は確かに進化していますが、その進化に乗り遅れてはいないでしょうか?私たちは、ただ変化を受け入れるのではなく、その変化に対して自分たちの意見を持ち、行動することが大切だと考えています。」

 

言葉には何か不思議な説得力があった。田中はその言葉の意味を深く考えさせられた。確かに、今の日本社会は目に見えない形で変わりつつあった。田中自身、感じていたものの言葉にすることができなかった不安や違和感が、この会場でようやく表現されているように思えた。

 

その後、集会は討論形式に移り、参加者が自由に意見を交わし始めた。彼らの中には、過去の政治家や現在の政府に対して強い疑念を抱いている者も多かった。だが、誰一人として過激な言葉を使うことなく、理論的に自分の意見を述べていた。彼らが指摘する問題点は、田中が日々感じていた不安の多くを的確に捉えていた。

 

その中で、田中の目を引いたのは、ある中年の男性だった。彼は冷静で論理的に話していたが、その発言にはどこか熱いものを感じた。

 

「日本が抱える最も大きな問題は、情報の歪曲です。メディアはもはや真実を伝えるのではなく、特定の利益を持つ者たちの意図に沿った情報を流す道具に成り果てています。もしこの国が真に進むべき道を選ぼうと思うなら、まずはその事実に目を背けてはいけません。」

 

その言葉に田中は強い衝撃を受けた。自分が感じていた不安が、まさにそのことに繋がっていたからだ。確かに、最近の報道を見ても、ニュースの背後に何か見えない力が働いているように感じていた。メディアの報道のトーンや、どこか一貫性を欠く情報の流れに、違和感を覚えざるを得なかった。

 

集会が終わった後、田中はしばらくその場所を離れられなかった。出て行く前に、佐々木が近づいてきて言った。

 

「私たちの活動に興味があれば、いつでも参加してほしい。これは一人の力では成し遂げられないことだ。皆で手を取り合って、少しずつでも未来を変えていこう。」

 

その言葉を胸に、田中はしばらくその集会に参加し続けた。最初は懐疑的だったが、次第にその集いの中で議論される内容が、自分の考えを形にする手助けとなり、心の中で芽生えた疑問が確信へと変わっていった。そして、同じように思い悩む仲間たちと共に、少しずつ「変化」に向けての活動も始まっていった。

 

 

 

そうして、銃撃事件が起きてから三年が経った。

 

その間に、この国では目に見えるほどの変化が起きていた。表向きは「労働力不足を補うため」と称した急速な移民受け入れ政策。だが、その裏で、治安統計は明らかに異常な曲線を描き始めていた。

 

暴行、強盗、そしてかつて滅多に耳にしなかった種類の凶悪事件――

ニュースは断片的に報じるだけで、その因果は誰も語らない。

 

「ただの偏見だ」「データの見方が間違っている」

そう言って笑うコメンテーターの声は、もはや反論ではなく“抑圧”だった。

 

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