幕間 海外
田中が地下の集いへ足を運ぶようになる少し前。
世界では、目に見えないうねりが、静かに、しかし確実に広がっていた。
遠く離れた大陸の国「トトイツ」。
表向きは観光と技術で栄えた豊かな国家だったが、
ある年を境に、政治の中枢が急速に入れ替わった。
議会では、突如として「国を開く改革」と称された法案が次々と可決され、
反対派は「過激主義者」と呼ばれ、テレビ画面から消えていった。
いつの間にか、街の店員も、教師も、役所の窓口も、
なぜか“同じ言語を母語としない人々”が占め始めていた。
それは自然な流れではなかった。
何かがその国を内側から押し広げていくような、異物感。
もう一つの大陸の大国「イキリズ」でも同じだった。
メディアは日々、明るい笑顔で言う。
「多様性は力だ」
「反対は差別だ」
「異論は社会を分断する」
言葉は耳障りよく整えられている。
だが、実際の街では、夜道を歩く女性が激減した。
その理由を語る者はいなかった。
口にすれば、“レッテル”が貼られるからだ。
しかし、声を失った市民の眼には、
共通して同じ色が宿っていた。
恐怖と、気づき。
ヨーロニア半島の古都ズウェーテン。
歴史ある議事堂に、人々は最後の望みを託して集まった。
「この国は、知らぬうちに誰のものになっている?」
老人が震える声で言う。
世界中で、同じことが起きていた。
市民の日常は、少しずつ、だが確実に組み替えられていった。
誰も抵抗しない。
誰も気づいていないわけではない。
ただ――
それを口にできない空気が形成されているだけ。
田中はその頃、まだテレビを見ながら
「不思議なことが起こっている」と思う程度だった。
しかし彼はまだ知らなかった。
我が国で今起きている変化は、
世界中で同時に進行する、
“同じ手” によるものだということを。
そして、
波はすでに国境を越えていた。
第四話 魔の手
そして、変に晴れた朝。
保守政治家七名のうち、四名が相次いで不審な死を遂げた。
事故死、自殺、急性心不全――
誰もが知る人物が、立て続けに。
葬儀の映像を見ながら、田中の背筋に冷たいものが走った。偶然であるには、あまりにも連続しすぎていた。
会の集いでも、そのことが深く議論された。だがある日、あの中年男性――田中の目を引いた人物――森川が突然、入院したと知らされた。
「持病が悪化したらしい」
そう佐々木は言った。だが、その言葉の裏に、どこか触れてはならない影があった。
田中は森川に会いに病院を訪れた。しかし、病院ロビーで森川の妻と思しき女性に静かに止められた。
「……ごめんなさい。もう、主人はあの会に行けません。」
「森川さんは……病気じゃ、ないんですか?」
田中は、震えながら問い返した。女性は、ほんの一瞬だけ周囲を見回すと、小さな声で呟いた。
「……申し訳ありません」
心臓が、大きく脈打った。
田中は、焦燥と共にまた確信する。
――この国は、表向きは平穏でも、何かにじわじわと侵食されている。
そしてその侵食は、外からでもなく、内側から進んでいる。
その魔の手がついに自分たちにふりかかったのだと。