《私の、負け、か》
「ああ。お前の負けだ。ここでお前のミームは途絶える、搾取という強者のミームがな」
その時に望まれたこと、集合的無意識はベアトリーチェを選ばなかった。彼女の言い草を真似るなら、全て自然の成り行きだ。
《これで本当に、終わりだと、お思い、ですか》
「ゲームクリアの文字が出てない以上、モンスーンだったお前は数あるうちの一つにすぎない。それくらいで驚きはしないぞ、このゲームはそういうもんだ」
《ふふ、面白いですね。あな、た》
「どの道お前は負けた、この負けは事実だ。生存という信頼において、お前は大きく衰えを見せた。粋がるな年増」
《まだ、完全に、負け、た、わ、け……》
機能を停止したのだろう、このベアトリーチェは死んだ。
流石にこれ以上は戦う必要なし、今のところは。プログライズキーを抜いて、変身を解除する。
「ようやく終わったか……うぐ」
一気に身体に痛みが生えてきて、鉄が逆流する感触と共に血を吐き出した。
「うぇ、うぇぷ、ばが……」
芝生が血に染まっていく。
アサルトウルフは生命維持装置などがない仕様、そもそもが人間ではなくヒューマギアというAIが使用するものだ。人間用の装備なんか一個も入っていないし、負担を軽減するよりも効率的に排除できる機能に全振り。
それでも使い物にならなくなったらキャラカードとしての意味は無くなるためにある程度負担は低減されている仕様だが、そもそもが俺はだいぶダメージを負った状態での変身だった。しかも何回か被弾も重なっている。
こうなるのは必然。
「はぁ、はぁ」
息も絶え絶えですぐには立ち上がれない。ベアトリーチェの遺体は消えないために自分が変な容疑に掛けられる事もないだろうが、それでも厄介ごとになるのは避けられない。
ただ幸い、近くにはアイアンがいる。
「おい、大丈夫か」
「これが大丈夫に見えるか?」
「大丈夫ではないな。今のところ、周りに人はいない。建物の中に隠れてるなんてバカな真似はしているやつもいない、安心してくれ」
「そりゃよかった」
周囲の警戒もしてくれるとは、本当に同年代か?いや、みんなよりも先に行ってるプレイヤーだもんな、視界は取るか。
「ベアトリーチェはとりあえず撤退したようだ。生徒もいないともなれば、下手に手を晒しただけになっちまうな」
「いいや、貴様のやったことは無駄ではない。相手にとって警戒する対象が増えただけでも動きは確実に鈍るし、注意が引ける分こちらは動きやすくなる。ゲヘナの情報さえ分かれば、陣営レベルでの有利が取れる」
アイアンも変身を解除し、バイクを出した。
「乗れ」
「じゃあ肩貸せ」
「仕方ないな」
文句を言いながらも素早く俺を持ち上げて、後ろに手早く乗っけてくれた。
載せられる時でさえ、俺は足を引き摺る状態。
「大丈夫じゃ無さそうだから一度此処離れるぞ」
「ああ……」
彼にくっついて、教会から離れていく。
吐血は治っていたので彼の血を汚す事じゃない。尤も汚したところで彼は今正義実現委員会の制服着てるので目立ちはしない。
走っていると風が心地よく、傷には染みるがその涼しさが若干の快楽になった。
「アレイシア、よく頑張った。お前のおかげで最悪な事態にならずに済んだぞ」
「お前こそよく分断されて生きてたな」
「アリウスの奴らに囲まれたが、幸い逃げたようだ。そこ10人倒したから分厚い縄で街灯に括り付けてある。正直なところ口割ってくれる奴がいるかどうか怪しいが」
アイアンはいつもと変わらない。すごいな。
「ところで大和は?あいつ追ってくるとは言っていたが」
「あいつはあいつで今必要なことをやっている最中だそうだ」
「ちぇっ、助けてくるんじゃなかったのかよ」
仲間に文句を言いながら、トリニティの街を走る。
酷い有様だ、鎮火活動は始まっているようだが散乱したガラスや瓦礫が道の邪魔をしていたりして思ったより進んでいない。アリウスのこの侵攻にどれだけの意味があったのか聞いてみたいものだ、プレイヤーを探し出すことにどれだけ意味があったのかを。
「こっち!人手欲しい!」
「今向かわせてますわ!全く金なら後で払うって行ってるのにふざけた奴らばっかり!」
「あんたも手伝いなさいよ!」
「仕方ないですわね!」
文句を言いながらも協力してるあたり、トリニティの人間たちは元本の優しさを失ってはいなさそう。
しばらく走って人気のないところにバイクは進入。
「一度ここに止めるぞ」
「ああ」
下ろされて、ベンチに座らされ。
「酷い傷だな。あの爆発が相当効いたか、あれで効くやつあまりいないが」
「う、ああ……随分ととんでもないのを用意してくれたらしいな」
「俺回復用のもの持ってないから今すぐ応急処置するぞ」
彼はそのまま応急キットを取り出して止血してから包帯を巻いたりしている。
手際がいいのか、キツく縛られる場所が素早く増えていった。
「あが、いだ」
「文句を言うな、それくらいしないと血は止まらん」
「だよ、なあ。あ、ああ」
「もう少しだけ我慢しろ」
応急処置にも痛みが伴う。
だが、それに意識を割いている時間はないらしい。
ベルの音。
「ああ、ちょっと待て」
アイアンはそのまま通話に出て、俺の横に置いた。
「あー、どうも?」
《アイアン!アレイシアは!?》
「ここにいるよ!」
《……ぁあ!よかった!死んだと思って私結構ドキドキしたんだよ!?》
「無傷とまではいかなかったけどな……!」
《よかった、よかったよ……!》
「お前助けに来てくれるっつって助けに来なかったじゃねえか!」
《仕方ないんだもんこっちはこっちで工作してたんだから!》
「工作……?」
流石にこっからは聞かれるとまずいのかもしれない。
周囲を見渡しても人影なし、アイアンも確認してくれたがやはりいない。一応スマホを取って、応急処置された腕で耳に当てながら話し続ける。
「でなんだよその工作って」
《聖園ミカ救出成功したじゃんね》
「……え?なんだって?」
《だーかーらー、聖園ミカは今シャーレに居るんだよ》
「……」
驚きの声をあげてしまった。
いやいや、いきなり何言ってんだ。そもそも助けに来いよ。みたいな愚痴が止まらない。
「何やってんだよお前!」
《本当は助けに行きたかったんだけどどうも監視の目が離れなくてねえ。だから聖園ミカを演じて、誘導したんだよ。幸いにも彼女は近くにいたからさ》
「どう言う偶然だそれ」
《彼女ってめちゃくちゃ堪え性がないんだよね。だからアリウスが行軍開始した時に、こそっと出て来ちゃったみたい。とはいえキャラカード持ってる兵隊に晒す訳にはいかなくてねえ、最初は引き連れて濡れ衣着せようと思ったんだけど偶然出会えたから『ミカオルタはあの二人のためにシャーレ行くことお勧めするじゃんね』みたいなこと言ったら従ってくれた》
「でもそれ見つかったら」
《え全員叩きのめしたよ。だから遅れたんじゃん》
「バカ!お前のせいで俺しにかあああああああ」
叫ぼうとすると痛みでのたうち回りたくなってしまう。
「動くな貴様」
「わ、悪かったよ」
《話の続きね。とりあえず残しておいた証拠には、演者私のミカが脅されて泣いているところまであるからこれをモモトークか何かに流しておけばオッケーってところ?まあ後出ししないといけないから、タイミングはむずいけど。ジョーカーは手に入った》
「でそのために俺はベアトリーチェと殴り合ったってわけか」
《ベアトリーチェ?》
今度はこっちの話をしておこう。
ベアトリーチェがモンスーンのキャラカードを使って襲撃してきたのを、アイアンの助力もあって撃退したこと。おそらく彼女は複数体存在すること、兵士は多くは撃退できなかったことを伝える。
《あー……ごめん、それは分からなかった。こっちで手一杯だし本当は濡れ衣被せる形で指示出ししながら助けようとも思っていたからさ。本当にごめんね》
「マジで今度からちゃんと助けてくれよ。じゃないと本当にゲームオーバーになっちまう」
《約束するよ。アイアンもごめんね》
「小生はさほど大きな傷も負っていない。ただしばらくはアレイシアの補助に回るが、異論はないな?」
《あー……やっぱ、怒ってるよねえ》
「怒ってはいない。貴様がこの中で一番頭を使えるから、手を回しておけ」
《大体そう言う言い方する時怒ってるじゃん!遠ざけるような指示出してる時さぁ!》
「はぁ_________今回は許すが、次からは少しぐらいやりたいことを言え。このグランプリはお前と小生だけではなく、アレイシアもいるんだぞ。仲間だからと同じやり方が誰にでも通用すると思うな」
《分かったよ、ごめん》
「いいだろう」
アイアンって思った以上に仲間想いなんだな。
電話が切れると、少し彼は頭を下げた。
「すまなかった、アレイシア」
「気にすんなよ、俺も帰ったら文句を言ってそれでおしまいにする予定だ」
「そうするといい。度を過ぎたことさえ言わなければ、彼女は受け入れる。今回は足を引っ張ったわけでもない、少しばかり容赦してくれるとありがたい」
「お前に免じてそうするぞ」
「助かる」
さて、応急処置は終えた。
ボロボロになったトリニティの制服には見え見えの包帯巻き、半分くらい巻いたんじゃないかって傷。
「立てるか」
「やってみる」
ベンチからゆっくり立ち上がる。
痛みは引いてるわけではないが、包帯がキツく縛ったおかげで肉体の有無をはっきり認識でき、動かすときに力が抜けたり筋肉が動かなかったりすることはない。
「すごいじゃないか……痛いのには変わらないが」
「流石に合流する時にあのバイクは使えない、怪しまれるからな」
「そうだな」
「行くか?」
「ああ」
アイアンも立ち上がる。
黒煙は段々主張を控え、星空が見えてくる。
「綺麗じゃないか」
「ああ、小生もそう思う」
「んじゃ今から歩くか。合流場所は?」
「大和が言うには警備を引き連れて寮に戻るらしい。先んじて正義実現委員会が警護をしているが問題ないと」
「お前もその一人だもんな」
「良い手柄だ」
二人で笑い、体は女だが男のガキみたいな感性のまま笑って寮へと戻る。
これが、グランプリ初夜の話だ。