家に帰ってきた。
俺の家はマンションの一室みたいなもので、若者らしくゲーミング系のもので揃えては見たもののそれらのゲームに熱中した覚えはない。
電脳世界でも座りながらコントローラー持って操作する系のゲームは途絶えなかった。体を動かすのさえめんどいうえに一応は体がある世界なので、どうしても得意不得意という個性が出る。電脳世界では最低限のケアはあるから、運動が難しければそういう手段もあった。
それをやってても惰性でかつ向上心がないので結局買っても金の無駄だったのだが。
《おめでとうアレイシア!あの戦い見てたけどすごくかっこよかったよ!》
《ブルートワルツとようやく決着がついたな!あの一撃は痺れたぜ!》
《アイアンさんとの共闘すごく頼もしかったなあ!》
《あの偽黄金裔殺しと戦って仲間になるなんてほんと羨ましい!》
楽しくはないだけで遊んではいたから友達はまあまあいて、そいつらからのメッセージが飛んできていた。全部帰ってきた直後にどっと送られてきたようで、しばらくはそれの対応に追われる。
『ああそりゃどうも、まあ流石に一人で戦うしかない時は覚悟決まるし仕方ないよな』
『ブルートワルツの一件はどうにも腑に落ちないがまあ、これで2ポイント目奪取ってことで』
『アイアンともう少し戦いたかったんだけどなあ、状況が状況でどうしようもなかった』
『……もしかしてアシェイラのことか?』
とりあえずは返信して、椅子に座って上を見る。
酒を入れてしまったしな。電脳世界でも飯は食えるし当然アルコールを入れれば酔うわけで。だから正直これ以上動ける気もしなかった。
_____適当に置いている鏡を見てみると、リクライニングチェアでリラックスしていること以外は大して変わらず、かつずっと変わらない顔してる。
悲しんでいる様子でもなければ怒りに包まれてるわけではない、虚しいが何よりも正しいのかもしれない。
「……アレイ」
「ん?」
誰かが声掛けしてくるのを聞いた気がして、反応はするが何処から声かけられてるのかがわからない。
「こっちよ、こっち」
「何処だよ……」
なんか胸ポケットがもぞもぞするような気がして、中身を掴んで引っ張ってみる。すると引っ張った勢いでそのまま出て、かつ浮かんでいる何か。
「ようやく喋れた……元気かしら、アレイ」
「あれ?いつのまにカミツナギが……?」
「違うわ、私は芽衣。まあまだカードにしかなれないけれど」
「じゃそのままカードで静かにしててくれ。眠い」
手すりに手を置いてぐったりしているのに、腕の上に立っている。
「大体今更起きて何の用だ。自分を解放しろーとか、キアナちゃんに会わせろーとか、いずれそうなるんだから起こさないでくれ」
「私はあなたと話したいからこうしているの。そのまま寝落ちてくれても構わないから、話をしてもいい?」
「どうぞどうぞ」
テキトーに流してるし俺の声帯が彼女に寄せてしまったせいでどっちが話してんのかわかんねーし。そこに関しても申し訳なく思ってるけど。
「少しばかりカードとして自由に情報を検索できるから調べたけど、私達の物語はある種の神聖化がされている。だからみんなこぞって私達を欲しがるのに……そうして手に入れたはずのアレイもレイジも、何故か私達の事をあまり特別視してないのよね。どうして?」
「俺は単純にあの世界で強いし世話になった中にお前達が含まれてなかったから思い入れはない。シンって奴に一番世話になったし、世界を救う戦いにはテスラやアインシュタインに泣きついたのが大きかった。だから正直お前に思い入れはない。キアナにもな」
レイジの方は知る由はないがまあ、聞き及んだところで纏めてみるなら『チートを使うプレイヤー狩りの方が楽しいしストーリーはどうせ勝手に内輪で解決するから必要ねえだろ』で片付けてそうだ。
そう伝えると、考えるような角度でカードが傾く。
「そうなのね。私達には思い入れがないから……」
「逆を言えばお前だってないだろ、俺や他の邪魔者に思い入れなんて。そう言うもんだよ」
「私は違うわ。あなたには少しだけ思うところがあるもの」
「恨みか?」
「感謝よ」
あの件か。
「自由になった時に私達の物語を知ったけど、本来ずっとキアナちゃんは家出の時は一人で動いてたの。だけどその時に少しだけ関わったあなたの事を、話していた時があるわ。塩ラーメンを奢ってくれた子って」
「お互い様だ。あの時俺はシンを失ったばっかですごく寂しかったんだ、話を聞いてくれる奴が欲しかっただけにすぎない」
彼女の笑顔を思い出す。
『このボクが常識知らずなお前のために一生懸命案内してやるぞ!』
『見ろアレイシア!金魚を三匹も手に入れた!』
『大丈夫!できる限り素早く片付ければ少ないところから逃げられる!』
ずっと偉そうでロリータなボクっ娘だったが、少女の面が強まるほどに純粋で可憐だった。旅行して水遊びをしてた時も、八重村の村祭りで一緒にたこ焼きを食った時も、天穹市で突発した崩壊獣と戦った時も_____
「……俺はあの時、あまりに無力だった。シン自体が危険分子だと言い、それを排除しに来た不朽の剣と交戦したが彼女を守れなかった。地獄への回数券をキメて、その時持ってたカードをできる限りぶん回したが結局デュランダルには負けて……その直後だったんだよ」
あの世界はいずれゲームとして終わったら離れることになるから、彼女との別れは覚悟が出来ていた。その時の別れの言葉にどれだけの想いを込めて、伝わるだろうか。なんてロマンチックなことも考えていた。
だが、その別れが綺麗で美しいものにはならなかった。輝いていたのは鋭利な鎌と、獲物を殺す戦乙女の眼。あれほど恐怖と喪失感に怯えた日はない。
「そう、あの人達に……仕方ないわ。それはもう生きてることの方が奇跡に近い」
「生まれた時からずっと何にも熱中出来なかったんだよ。ゲームをやっても異性と遊んでも、ずっとずっと心の何処かで何かが引っかかっていた。人に暴力を振るうこと、性欲に溺れること、どちらもやって尚自分はこれじゃない……と思って息苦しさを感じた。だけど、シンの時に漸く引っかかっていたものが楽しさによって忘れて楽しめてた。よく分からない人生だけど、彼女と言う他人を認識して初めて自分がある様に感じた。だけど、俺を定義してくれる恩人をあいつらは奪った」
ただし、かのじょたちがとった行動は一切間違いではなかった。
大会終了後色々調べてわかったのは、3rdグランプリにおいてシン・マールという少女の接触例が無かったどころか、そもそもシンという少女の存在自体がデータになかった。
つまり
デュランダル以下あの部隊の面々が取った行動は紛れもなく正しかった。
「その時からかな、ずっとこんな感じなんだ。他人が居ないと自分がない、自分が無いなら他人もない。人の言葉を喋る道具か何かにしか思えないし、もしかしたら自分はみんなと比べて自我がないのは自分が人の形をした道具なのかもしれない」
みんなは自我を持っている。好きなものと嫌いなものがあって、行動基準があって、その基準を満たさなければどれだけ合理的であろうと取らないと言う選択肢が“取れる”んだ。
俺にはそれが無い。
どれだけ怪しかろうと相手の話はとりあえず聞いてしまうし、一理あると思えばある程度の段階までは積極的に協力する。さっきまでやってた大会だってずっとそれで切り抜けてきて、素早く判断して動くから混乱の元になってブルートワルツの計画を崩し続けた要因になった。
でもそこに理念はない。だって、状況に流されるだけでは把握しないまま悪化することぐらいしか分からないから、必要性に駆られて盤面をぐちゃぐちゃにしてるだけ。
「アレイ」
「なんだ」
芽衣が、少しばかり宥めるような声で聞いてくる。
「どうしてその……シンって子だけは他人に思えたの?」
「分からない。だけど、彼女は間違いなくその時に”俺“をくれたんだ」
あるキャラを溺愛して、異性として接して心を慰めるなんてみんなやってる事。シンの接してる俺も変わんなかったはずだ。なのに彼女だけは俺をくれた気がする。
「それが”人生というものをとりあえず楽しむ為にグイグイ引っ張って進んでいく勢い“が俺の形を風で削るように作っていたと思っているから、俺はあの戦いからずっと離れられないんだ。思い通りにいかない向かい風以外に、自分の形を知って教えてくれる奴が居ないから」
「名誉とそれを得るまでの過程、それを総評する人生がアレイの形だと私は思う。人間は誰でも、影響されたものに心と身体を変えていくの。あなたはきっと、シンという少女がくれた何かが心を変えるだけの何かになったんじゃないかしら」
「……それを教えてもらう前に、殺されてしまったんだ。守れなかった、俺は、俺は_____」
もう言葉が出なくなって、辛くなって目を閉じる。
もしかしたらあの時の後悔がギリギリ俺を生かすためのベースになっているのかもしれない。自分が出来ないこと、どう足掻いても止められない事……ただ出来なかった後悔だけを欲しがり、やれることが固定化しないと動けない人間。
「ごめん、気分が落ち込みすぎないうちに寝る。ありがとう、話を聞いてくれて」
「気にしないで」
ゆっくり、寝息になるように肺の空気を深く送り出す。
『ボクはな、実は人がそいつを端的に表した何かに見える特技があるんだ』
『じゃあ俺はなんだ』
『お前は”底に穴の開いたキャップがない人型のペットボトル“に見えるぞ』
『どういう事だよ……?』
あの時が懐かしいな、いいな、なんてもう弱気で後ろ向きな自分。人間そういう時もあるし、話を聞いてくれる奴もいる。そんなやつを蔑ろにせず大事にしたいから、ブルートワルツと戦うことから逃げる気もない。
_____だからなのか?
ただ生きる為に必死になって全てを忘れられる、痛みと快楽でしか呼べない血塗られた舞踏曲に心惹かれるのは。