やってきたのは2000年代のアメリカのような場所で、目の前にはクラシックなヨーロッパ風の大きな建物。いわゆる大型銀行のようなもの。
「時間をかけてはいけないからな。ここに入るぞ」
「お、おう」
手を繋ぐのをやめてそのまま入る。
回転するドアから中へと進むと、迎えたのは広いロビー。3か4階くらいの高さで、車が何台も入れられそうな木製の場所。
「あ、ボス!おかえりなさい。仕事はどうでしたか?」
「しっかりこなして来たぞ。貯めていた分もな」
受付嬢と話している。道具も全て、タイプライターとホログラフィックモニターのおしゃれ仕様だ。
「そちらの方は?」
「崩壊3rdOSGP優勝者で今回のグランプリの優勝者でもあるアレイシア・ガレットピアだ」
「おお〜!ん?なぜこちらに?」
「加入申請書を」
目の前の嬢は紙を一枚ベロニカに渡して、俺を見ている。
「……ん?」
「いや渡されても困るが。入るとは一言も」
「では兵を貸せないな」
「なっおま」
嵌められたか。
こいつ元からこれを狙っていたんだ!
「いや、なんかこう体験入部みたいなところから始めないか?」
「それでは意味がない。相手に向かって足踏みすることがどれだけ無駄か、知っているだろう」
「それはそうだが……でも急に言われたって」
困惑し、声が低くなる俺に強く踏み込むベロニカ。
「アレイシア、お前に足りないものがある。戦争の視点だ」
声は張り詰め、耳鳴りするほどの鋭さを秘めている。
「相手は色々な人間を抱えてテロリズムに興じている。何をしたいのかは不明な上、全容も把握できていない……ただそれを一人では対処できないから、こうして頼ってきた」
「だけど仲間になるほどの入れ込みもなければ、それ以上の関わりは逆に危険に晒すだけにもなる」
「その思い込みと“必要な分だけ頼る”という理知的に見えるだけの行動が人を滅ぼして来たのを知らないのか」
彼女の視線もギラついて、怯んで動けなくなった。情けない。
「いいか、戦争というのは不確定さの応酬だ。逆を言えば確定事項をどれだけ多く所持しているかの戦いでもあるんだ。お前が協定を渋っている事、それは対応の鈍化を意味する。それが何を誘発するか……」
「全面侵攻か」
「ああ」
「待て、そうなったらお前……!」
ここのメンバーは俺に協力するかどうかは別にして、こいつらに難癖つけて敵襲をかける可能性が出て来た。
杞憂だと思いたいが不覚にも名誉を手にしてしまった俺が、同じように名誉を手にした上で巨大資本を持ち合わせているであろうベロニカと会談している。
「ようやく気付いたか?」
「お前自分のやっていることが分かって」
「分かっているからここまで連れてきたのだ!身に沁みて分かっただろう!?自分一人でと固執する恐ろしさが!お前はお前以外の価値を知らないから、そうしてのうのうと綺麗事を吐き、周りに及ぶ被害に気づかない!」
俺は浅かった。
人同士の殺し合いというのをこれっぽっちも理解していない上で、抗争に参加しようとしていたんだ。
OSGPはそんな気分で何も明瞭じゃなくとも入って戦うし、スポンサーの維持だけでどうにかできるわけじゃない合法バトロワだからこそ魅力がある。だけれどもこの戦いは違う。そのルールで、命を落とせばどうなるか分かったもんじゃない。
「理解したようだな」
「俺は……」
「そこで理解できない人間を連れてきた覚えはないからな。まだ話は終わっていないぞ」
下からのぞいてくるベロニカは、少しばかり笑ってる。
「他に何を話すんだ。この脅しには屈したし、二の足を踏まない為にはここに踏み込んだ段階でお前の目的とやらは達成しているはずだ」
「そもそも本題を話していないだろう。この三千帝国は何か、そして私が何を望んでいるのか」
「今更話す必要はあるか?」
「あるな。脅しが最初になったのは必要だったからだが、何も用意も無しにお前を誘ったわけではないぞアレイシア」
なんだよ、と思う間に彼女は説明を始めた。
「この三千帝国は、三千世界と第三帝国、そして千年王国の合わせ技の名前だ。言うなれば最初は永劫のナチズムの形成として設立されたのがこのギルドということだ」
「最初から最悪じゃねえか。よくそんなところのリーダーを務めようと思ったな」
「これ自体はOSGPなどが始まる以前のものからの歴史だ、今はもうナチズムそのものも形骸しているし共通点なども大した連帯感を生まないものだからナチスが云々で嫌な顔をする人間はもういない。それは西暦以前からの話だろう?ナチスは政治家とその時代の民衆の成果であって、未来の人間にはその責任を負う必要もないし、実際ホロコーストしたからといってドイツが敬遠されていたわけではないだろう?」
言う通りだ。
パンとビールと肉の国、ドイツ。この特色を顧みれば、ヒトラー”程度”で台無しになるような歴史じゃない。基礎勉強は皆やっているとはいえ、知性はそうそう身につかないものだな。
「それと同じだ。このエレクワールドもベーシックインカムの導入と電脳世界における身体・発達の障害もなくなってきた。当然障害が払われた新世界ではもう一度過去の共産主義などがうまくいくのではないかという話があったから試そうとしている人間は集まったし、ここもその一つ」
「で、結局ここについた理由は?」
「正確にいえば権利を買い取った。歴史があると言うことはギルドが残していた書類なども含めて歴史上大事な資料の宝庫だったからな。資金援助と運営をもらうと言う形で、私の手元に押さえたわけだ」
その行動の是非は、周りを見れば分かる。
俺を見る目も多いが、それでも彼女を応援するような視線を感じた。少なくとも彼女がやってくるのが久しぶりなのに受付嬢の反応は嬉しそうだし、その言葉の節々に怯えは一切感じない。緊張感こそあるが、それも薄い。
「お前をここに置こうと思った理由は、今よりは稼げるのがまず一つ。これは純粋にいいことだ。ベーシックインカムを最大限にして受けるのも悪くない選択肢だが、お金の流動性はたくさんあった方がいい。いつでも手に入る金、使える金が多いのはいいかもしれない。あと援助があることで差別はされないが、自己管理能力などの点で懸念されたりして大型事業などをする場合はかなり信用のない状態になるだろう」
「そこまでか」
「ゲーマーというのは錦の御旗だ。御旗でいいなら保全でいいが、そうじゃないなら社会の仕組みを知って、自立のために構築して持っている方がいい。お前はゲームの枠組みから超えた場所で活動するなら、誰かの人形になってはいけない。だが人形としての生も送らなければ、どうやって裏側で支配するかを知ることもない」
「それを知れば、今襲ってきているあいつらにも、ブルートワルツにも勝てるのか?」
話を聞いて、俺は一つの質問をぶつける。
確実な手応えを保証してほしいわけじゃない。そんなもんあったら、俺やベロニカどころかエレクワールドの主だって欲しいはずだ。
だから俺が知りたいのはただ一つ。
彼女は”その考えに自信を持っているのかどうか”だ。
「……そうだな、断定は出来ない。だが勝てる確率は高くなる」
「言い切るんだな」
「当たり前だ。人間の営みは、その数によって強くなる。逆にいえば、数が無ければ何も出来ない」
淡々とした口調で説明し続ける彼女。
「お前がここに入れば、まず受信側の能力が強くなる。何をトレンドとしているのかが人伝いに入って来やすくなるし、相手の行動が重要であるならばその情報収集に人を使うこともできる。場合によっては威力偵察だって出来るだろう。判断能力を育てるのは、様々な情報を整理して目的のために取捨選択して精査することが肝要だ」
「それは知っている。そのために人を集めているんだし、新緑殿のリヴさんにも協力してもらってる」
「新緑殿……?」
「知ってるのか?」
ベロニカの方を向いたまま聞いてみるが、少し答えにくそうにしている。だが、ため息を吐いたらまた普通にして話を戻した。
「後で話そう。今の話はそこじゃない。それに次の話にも関係ないからな」
「発信側の能力も強くなる、ってことか?」
「良く分かっているじゃないか」
話は続く。
「発信というのは広告や噂の流布、とにかく発信することでそのベクトルを大きくして操ることを指す。この三千帝国は私という巨大資本がついていて、その上で歴史的なギルドなのだ。設立時の碌でもなさも有名だが、それ以上にクラシックで由緒正しいギルドでもある。思想を統一したメンバーの設立が今も続いているのは、時代による在り方の変化にも対応した上で変わらない芯があるということだからな。つまり、信用度を得ることができる」
「信用度を得ることができたのならば、当然情報にも信憑性が増す。戦った後の情報戦で優位に立つこともできるだろうし、それもまた勝ちに繋がるということか」
「それに、信用というのは組織や情報の出所に真実味を与えるだけではない。”言葉にない”真実も与えることができる」
「何にだよ」
そういうと、彼女の指先は一瞬で自分の唇に届いて下手に話せなくなる。いつもの調子で喋ったら、彼女の指を噛みそうだ。
「お前にだ」
ん、という返事だけで聞いていると返す。
「お前はそのクラシックで由緒正しいギルドに入れるほどの”信用”を得たと解釈されれば、社会は身の潔白として私たちを経由してお前のことを認めるだろう。組織とは大きくて、自分ですら内部全てが分かりきることがないほどに広がっている。その大きさは、言葉にできない真実も生むんだ」
「ベロニカ」
「だから仲間は必要なんだ。それを知らない人間が、仲間を軽んじ、一匹狼を演じることを選ぶ。だが本当の孤高はレイジのように『仲間の大切さを知りそれに頼れる情けなささえも受け入れて尚自分の快楽のために振り切れる』狂人しかいない。そういう人間は望まずとも一生理解されない」
彼女の発言に理解を示し、指が離れた後に渡された加入申請書を見る。
真面目に自分に社会を教えてくれる人間がいたのは初めてだったかも知れない。いや、社会に限らず教わったというのは人生初めてだ。
皆、エレクワールドログイン時点で基礎的な知識とそれ相応の知性を必ず持って生まれている。そこに障害者はいない。
だから基本、誰もが勉強という煩わしいものをしないのだ。どれだけ勉強したところで誰にもマウントは取れないし、生活が保護されてるなら勉強というのは『見下すだけにしてる愚かで生産性のない行為』だから。俺もそう思っていた。
「どうする、アレイシア」
「俺は」
迷うことはない。答えを言おうとして_______
「大変ですボス!ストリートで戦闘が!」
悲鳴が、ロビーに飛び込んで来た。