目が覚める。
痛みもなく、笑みもなく、もはや雨粒で服と共に撹拌される感覚もなかった。
「……」
そんな状態なのに雨は酷くなるばかりだ。
雷の音さえ頻繁に鳴り、建物があるからこそ普通に落ちてこないはずだという安心感があるがそうでもしないと雨の酷ささえ分からないという捻じ曲がった感覚。
誰に言われるまでもなく、歩き出す。
「早く建物の方へ!ログインできないように隔離されてますから!」
「助けて、助けて……!」
「大丈夫です!私達が付いています!」
酷い有様だ。
そんな危険さえなかったはずのストリートで、エレクワールドのパブリックワールドで本当に消えるかもしれない恐怖を味わうなんて考えもしなかったんだろう。
だから戦ったのに、負けた。
誰も俺を見ないし、俺の声は届かない。意識が朦朧としている中で、それでもできることはないかって探している哀れな人間の姿。
「……」
吐息が漏れて、手のひらを見る。
「んん……?」
違和感を、その時にようやく感じた。
服装自体は変わらなかったが今回は妙に視座が高いな。意識も少しはっきりしてきたら、自分から聞こえる声も男っぽくなっている。
間違いない。
変わる前の自分だ。
「はあ、何だか恵まれないな。死ぬんだったらさっさと死んだほうが良いってのに……意識だけ残ってるってのも辛いもんだぜ」
声がやっぱり小西克幸に似てるから、やっぱバックしてんのか。
その割には_____
《エラー:アレイシア・ガレットピアの仮面ライダーゼロツーにアクセスできません》
《エラー:あなたのデータが見つかりません》
「ちっ」
雨の中で絶望しか生まない状況だけが積み重なっていく。幽霊になった気分で、なんで初っ端から気落ちしなきゃいけないんだ。
_____待て。
じゃあ“今の俺”は?アレイシア・ガレットピアとして認められている身体はどこに?アクセス権限がありません、俺はアレイシアじゃありませんなら誰が?
「待って、何か来る!」
「こっち!」
みんなが一斉に逃げ出す光景に目をやっていたら、後ろから紫色の雷が落ちる。
「なんだ」
後ろを振り向く。
人の影が二つ。お互いに刀を持ち、鋒を向け、威嚇し、軽口も混ぜて互いを伺う。
「“私”もここまで落ちぶれたか。貴様一人を切るのに時間をかけ過ぎている。女の身体にまでしたというのに、扱いに困るものだな」
「あなたは文字通り崩壊の化身の一つというのに、どうして敵対するんですか!雷の律者!」
エスパーニャの口から出た言葉に驚き、その勢いで対峙している女の方を見る。
「な」
声が自然と漏れたことを自覚した。
髪色は紺色と紫色が混じっていて間違いなく彼女に近づいている上、パーカー越しでも分かるくらいはっきりと胸がある。
だけどそれよりも大事なのは。
俺の服と顔をしているやつが、律者と名乗っていることだ。
「律者は世界を滅ぼす崩壊の使徒であることは間違いない。だが、我々にも人格を与えられた。その人格によって趣味趣向が変わる事など分かりきった話ではないか?」
「ではなぜ敵対を……私達に敵対する理由などないでしょう?人のエゴによって壊された船と、そもそも
「ならはっきり言ってやろう」
鋒を向けた、雷の律者はエスパーニャを睨んでいる。
「お前が面白くない」
「……は?」
「二度も言わせるな。
あいつはっきり言いやがった!
俺が本気出してないでぶっつけ本番でノクス使ったのはそうだが、にしたって相手は強すぎる相手だ。そう簡単に挑発して痛い目見たら俺の帰るべき肉体が土に還るぞ!
「戦艦の役割はなんだ?敵を討つことだ。お前は遅産でありながらまともな活躍をせず、挙句戦場の主流に乗れなかった時代遅れの遺産だった。仲間を死なせるだけ死なせた挙句、最後に自分が死んだ。戦艦の主砲よりも駆逐艦の肉盾の方が役に立つと言っているものじゃないか。空母と航空機による空中戦と爆撃が移動する砲台から撃つことよりも正確で効果的だった以上、お前が役に立たないのは明白だった」
「……それは史実を恣意的に解釈した表現です、撤回してください」
「撤回?なぜ撤回する必要がある」
「結果論を得意げに語る人間こそ不愉快極まりない」
刀を持った手で腹を抱えて笑う律者。
「ふは、は、あははははははははっ!結果論!?あれはバカの軍人が生んだ”虚栄心”と……」
「必 然 だ」
にやけ顔に心底蔑んでいる視線を隠すつもりもない彼女に、エスパーニャは苛立ちを見せている。
「戦艦による大艦巨砲主義の砲撃戦がなぜ主流だったのか、それは”他に攻撃手段がなかった”からだ。山本五十六ら有能軍人は航空主兵論をはじめとした航空戦力の重要性とその威力・価値についていたが大艦巨砲主義に反して『王道じゃなかった』ただ一点で拒否された。すでに無能極まりないことを証明した上、これに固執した人間たちによって”無能の血”で生まれたのが戦艦大和ではないか」
鍔に額をつけて、ため息をつきながら話を続ける律者。もう相手のことを雑魚としか見ていない。
「で?それが女になって多少機動力がマシになった程度で活躍したからなんだと言うのだ。結局それで深海棲艦とやらが倒せずに、その魂をもってようやく葬ったのが実情ではないか」
「私達を下げるのに舌が回りますね。手に持っている刀はよほど価値がないように見えますが?」
「何を言っている?」
「流神大和による”艦娘の虚化実験”がなければお前たちに無為な資源を食われ続けるゲームが続いただけではないか」
_____は?
流神大和による、虚化実験?
『私は藍染惣右介の血を引いてる、と言ったら信じるかい?』
『当然仮想空間とはいえ血のつながりがあれば能力も受け継ぎやすいわけで、そう言う意味でも血筋を継ぎ足すと言うのは注目されたんだよ。三次元と二次元が混ぜれるところまで混ぜて、そこからフリーランさせて生まれた現象を解析すれば次元の壁を超える算段が達成するっていう寸法さ』
『あの時は楽しかったなあ。だって私だけSGPで色々細工できるんだよ?やらないわけないよね』
あの発言は全て、エスパーニャに仕組んだことを話していたのか。彼女が怒るのも無理はないが、いやにしたってここに出てきて復習するに至ったのは何故だ。どうしたらここに出てきて、自由に動けて、なんなら徒党を組めるようになるんだ!
「おいどうなってんだよ!ちゃんと説明しろよ!」
叫んでも俺は幽霊なのか、彼女達の耳には聞こえていないようだ。
「深海棲艦への情報アドバンテージを元にアメリカ陸軍の人体兵器用汚染兵器を以て終幕した。そうしてサービス継続による文言上の終わりではなく、本当に決着をつけた」
「どうしてそこまで知っているのですか?」
「私は律者だ。お前と同じ、自由を与えられたキャラクター。内部システムという英霊の座に縛り付けられた哀れな奴隷だ。我らが母よりも、下劣なものに従っている。お前がこの世界に産み落とされるまで、お前を拝んでいた哀れな連中の子孫が生んだこのシステムにな」
「違う!私は、私の意思で決めている!貴様のように後から人格と舌を与えられただけの奴隷と同じにするな!」
互いに刀を構えた。舌戦だと火花を散らすだけで有効打を与えられないらしい。
「そうだな、私は奴隷だ。雷電芽衣に意識を乗っ取られた、形のない破壊衝動だ。それでいい、生まれた特性を活かしていることは満足な人生に直結する。そうだろう?出来損ない」
「ええ。否定しか口にできない人生を送るよりかは、全然いいと思いますよ」
その言葉を最後に、互いに地面を蹴って進んだ。
進行方向がどっちになるかは分かったもんじゃないが、とにかく割り入ってもいいからと二人を止めようとする。
「俺のことを置いていくな……」
「ダメですよ、アレイシア」
彼女達が衝突する瞬間に、紫色の雷は周囲に落ち、そのまま光は遠ざかっていく。
ファーストアタックを成功させたのは律者の方だったが、それ以上に俺を引っ張る力の方に気を取られた。
黒いレインコートを着た、女性の声。
「なんだよ!あいつらには聞かないといけないことが沢山あるんだぞ!」
女性に対して申し訳ないとは思うものの、詰め寄る。
自分の仲間がとんでもない実験でクリアしていたこと、それがエスパーニャという女を生んでしまったことを細かく知る義務があると考えていた。彼女達が無視しているのかどうかはともかくとして、止めようとする行動を無駄だとは考えていない。
だけれども、目の前のレインコートを着ている上で傘をさしている女性は俺のことを止めた。
「エスパーニャも律者も、あなたを見れば確実に止まったでしょう。重要なファクターを逃す必要はありませんから。しかし、そうしないということはあなたは見えていないのです。アレイシア・ガレットピア」
「んじゃなんでお前は俺のこと見えてるし話しかけてるんだ!」
「因縁や奇縁は幽霊という位相のズレた存在でさえも明確に引き寄せるようですね。私も凄く、驚いています。それほど恨まれていると思ってはいましたが、今のあなたが見えるほどとは」
何を言っているんだ!
俺はお前みたいなやつ知らないし、知らないやつを恨む覚えもない。お前がコミュニケーションできる人間であるのならそれはありがたい限りだが、それほどなら俺の存在をアピールするなりしてあいつらを止めるべきじゃなかったのか!?
色々な考えが巡る中で、ようやく一つ疑問が口から出る。
「じゃお前は誰なんだ!?俺は何をすればお前を恨むことになる!俺はプレイヤーだから恨まれるのは仕方ないが、そんな俺が誰を恨んで……」
「恨むだけとは限りませんよ。ですが、強く意識せざるを得ない相手というのは往々にして生まれるものです」
フードが降りる。
「な」
ストロベリーの雨のような瞳、ベージュ色の髪。
片目隠れでシャープなデザインと言わざるを得ない美人の顔。
「10回目の私は、少なくともあなたの心に傷を負わせた因縁です。8回目の時は、セシリア様の紛い物に頭を悩ませたもの……」
「お前は」
「あなたが大切にしていた
「リタ……!」
シンを殺した、いや、殺させてしまった俺の後悔。
因縁と奇縁、それ以外の関係性を言えない奴が俺の目の前にいる。
「お久しぶりです、アレイシア。ええ、あなたは呼び捨ての方がいいかと思いまして」
「……ありがとう、気を遣ってくれて。いやそれ以外にも色々聞きたいことが」
「ここでは場所が悪すぎます、ついてきてください」
彼女は、踵を返して歩き出す。ヒールの音は、どうやらコンクリートでも甲高く鳴るらしい。
「あ……?」
顔がよく見えないまま、振り返ったことだけは分かる髪の揺れ。
「今のあなたは全てを知る権利があります。偶像が、今、偶像として全うしているうちに」
何も言えない。何も知らないから。
今ここではこれ以上言わない彼女を俺はそのまま追う。
遠い雷鳴に無事を祈りながら、リタの足跡を辿った。