やってきたのはあまりにも高級なバー。ボトルが金と黒で統一されていて差し色に派手ではない緑や赤が使われているなど少なくとも安物らしい安物が見当たらない洋式のもの。
「こちらにおかけになってください」
「ああ」
言われるがままに座ると、グラスに注がれたワインがそっと差し出される。
「あなたと顔を合わせるのは何年振りでしょうか。積もる話もありますが、まずはそちらを召し上がってください」
「ああ」
ワインを、一口で飲み干す。
「まあ」
「これで余計な疑念は晴れるだろ?俺は一気に飲んでもいいと思っているほどにはお前を信頼しているし……お前にそうさせるだけの事態がやってきていることを信じているという表明だ」
「随分と思い切りがいいのですね。お陰で余計な言い回しはせずとも、お願いが出来そうです」
「ま、その分だけ聞きたいこともあるってことで。大人にとっての”理由”は、何よりの担保になる」
目の前に因縁を持った相手がいるなら、当然聞きたい疑問がある。
それを理解していない彼女でもないだろう、余裕の表情を崩さずにこちらを見ていた。
「聞きたいこと、ですね。予想は付きますが……」
「シン・マールのことだ」
自分が守れなかった少女のことを、奪った奴の前で聞く。自分がどれだけ無駄な事をしているかは分かっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「どうして彼女を殺したんだ。天命はどういう見解で戦乙女部隊を派遣して殺す判断を?彼女を守れなかったのは俺の責任だが、それでも彼女が死ぬべき理由を知りたい」
「……なるほど、当時の行動の動機を知りたいのですね。納得のいく答えがどれかは分かりませんけれど、出来る限りのことをお答えしましょう」
あなたへの礼儀です、という最後の言葉を付け加え、グラスを磨きながら彼女は語り始めた。
「結論から申し上げますと『時空を操る戦乙女という存在が危険だから排除された』ということになります。彼女は一人でそれだけの力を持っていたのを危険視した大主教様の指示で、私達が彼女を排除しました」
危険だから排除、というのは納得が行った様な気がする。確かに彼女はスローイングナイフを使ったり時間を操ったりして華麗に戦っていた。
しかし、それと同時に疑問が浮かぶ。
「待ってくれよ……シーリンという第二律者の崩壊騒動以降はその能力を装備に応用して時空断裂という機能があったはずだ。時空間の流れを遅くするか自分が素早く動ける様になるかは分からないが……少なくともシンのそれと変わらない。制御出来ている技術を在野で習得しているだけの少女に、執着する意味は?孤児院一の被験体であるブローニャ・ザイチクも天命にいたはずだ」
「おや、結構こちらの事情に詳しいのですね。此方の世界風に言えば『天命のキャラとはほぼ敵対していた』はずですが」
「俺のプレイ記録見たのか」
微笑んだまま肯定の意を返すリタ。
「ええ、こちらに足を運んだ際に記録をいくつか。貴方には協力してもらおうと考えておりましたので」
「そうか……んで話を戻すけどシンに関する危険性はどこで認められたんだ?」
「大きく言えば二つ、アクションを取らざるを得ない理由がありました」
グラスを並べ、手を拭き、マスター用の椅子を取ってきて座るリタ。表情は変わらないが、視線は思い出に用がある人間の目をしている。
「一つは、貴方の存在。もっと言うのであればプレイヤーの存在です。幸いプレイヤーに懐いている戦乙女の大半はゲームで称すればモブ、もっと言えばプレイアブルになるほどの人達はいませんでした。貴方とシンを除いて」
「何か不都合があるのか?」
「天命とネゲントロピーの関係性を考えれば、理解に難いことはないでしょう」
天命はそもそも崩壊に立ち向かう組織で、戦乙女や崩壊エネルギーに関する諸技術を持つ組織がある。
しかし、オットー・アポカリプスというトップの凶行はかなり鼻に付くものもあり、彼のやり方や真の目的に沿わない人間はネゲントロピーという離反者で出来上がった別組織に流れていったた。
真の目的の内容などは関係ないので省くが、少なくともこの二つの組織が互いに強い嫌悪感を持ってやり合っていたのがあの時の状態。
「ネゲントロピーか天命、その二つのどちらかが時空断裂をもっと細かく操作できる戦乙女を持っていたとしたら彼女もまた“交渉の切り札の一枚”として生存していたことでしょう。しかし、彼女は貴方の手にある……と、大主教様は判断されたのです」
OSGPという謎のゲームの名のもとに飛び込んできた真似かねざる客達は、とんでもない危険性を孕んでいた。
数多のチート能力を持っていて、その数が多彩すぎるから一括した対策を練るのに時間がかかり過ぎる。そもそもゲーム感覚で何をするか分かったものではない。
一番最悪なのはその状態で自分達の切り札の内情が露呈すること。混乱が急速に拡大し、世界が望まぬ方法へ進む事が好ましいはずがなかった。
シンという娘と共に旅をしていた自分が、天命にとっては相当危険であると言われたら納得する、相応の理由だろう。
「多少、古い言い回しにはなると思いますが……我々にとっては『第三世界が核を持つ』という状態に等しかったのです。どの陣営にも属さない、強くない国家が核を持つ。少しの不都合で国は不安定になり極端な行動に走りやすくなって、その結果核の往復に至る。同じ様に時間を操り世界を壊しかねないのがアレイシア・ガレットピアでも、プレイヤーはどの様な力を持っているか不明。故にシン・マールの排除が決定した……と言うのが事の顛末です」
戦乙女の部隊に追われて、何とかして彼女と共に逃げようとした先でリタの鎌がシンを貫き命を落とした。しかしそれは、アレイシアというはっきりとしたプレイヤーという第三陣営が力を持ち、戦乙女や崩壊の内情を知り尽くした後の混沌を想像すればその芽を摘む以外に適切な処理法が無いと判断した上での結末。
彼女達にもやむを得ない事情があった、しかもそれは俺が居なければ最悪起こらなかっただろう事態。
「俺の、せいか」
自分の不甲斐なさに嫌気がさしてきた。変に殺す数を増やしたのも自分だから、リタにどう言う顔を見せればいいかわからない。
だが、そんな悔いる俺を見ながら、彼女は気になる事をつぶやく。
「貴方の存在が決定的になった要因ですが、正直に申し上げますとシン・マールそのものも非常に危険だと判断されたんです」
「シンそのものが?」
「正確に言えば、彼女は崩壊3rdのキャラではない。確かに戦乙女ではありますが、彼女もまた別の要因で排除を強く推奨された」
待った。
シン・マールが“3rdのキャラじゃない”だって?
「彼女はこの世界ではほぼ情報がない〈崩壊学園〉のキャラなのです。その物語のある時点で分岐した話が崩壊3rdであり、私達は確かにそのキャラではありますが……あのシン・マールだけは違う。彼女は並行世界からやってきた、唯一にして脅威たる戦乙女でした」
「んだって……!?」
「貴方と言うイレギュラーなプレイヤー、シン・マールという虚数の木さえ渡ってきたのでしょう異常な戦乙女。どの道、私達は敵同士にならざるを得ませんでした」
シンも俺と同じプレイヤーみたいなものだったのか、それも3rdと良くなじむ世界のプレイヤー____
驚いている自分を見ながらも、話を切らない彼女はそのまま纏めた。
「以上が話せる全てです。貴方にも彼女にも、手を出す理由は此方にはありました。正当性そのものについては、見る人間によって違うと思いますから、言及は避けましょう」
「そう、か」
「他に知りたいことは?」
知りたいことはなかった。
リタ達にとっては十分すぎる理由だ。危険分子の排除といえば楽に纏められるが、様々な要因が絡み合っているならば弱みを晒され混乱を招く存在は排除する方が自然だろう。
「いや、ないよ。ありがとう、リタ」
「御礼申し上げるのはこちらの方です。大事な人を手にかけた事を、ここまで話す事を許してくださるとは思っていませんでした」
「此方から望んだ事だ。ただ……我儘を言っていいかな」
「なんでしょうか」
酷いお願いだとは思っているんだが、そんな恥を改めて仲間になるだろう人間に晒して胸襟を開こう。
「今の状況が少し収まったら、ちゃんと“共に旅をしたシン・マール”を弔いたい。その時に捧げる花を、用意してくれないか」
メイドだし得意だろう、という浅はかな考えだったが……彼女には『俺が守れなかったのが悪い』という思いで化けて出てきても対峙する為の心の整理を手伝ってもらった。
リタに殺させてしまった不甲斐なさを、自分にあると思っていたコミュ力不足で起こした悲劇だとするならば、二度と善意と優しさが大義で裁かれない様にするのも自分の使命だと思っている。
そんな気持ちを抱えてしたお願いを、彼女は優しく承諾した。
「ええ、少しばかりですが目利きはあるので……その時はお力になりましょう」
「ありがとう。だったら、俺はあんたがしたい事に喜んで協力させてもらう。僅かでも贖罪できると言うのなら、それはきっと彼女に差し伸べた手と同じ手で、もっといろんな人間を救う事が罪滅ぼしになると思うから」
互いに口角を緩め、笑みをこぼす。
そのタイミングで、扉が開く音がした。氷と木箱の音に、男の足音。
「では、正式な依頼を出す前に歓迎パーティーをしましょうか」
「仲間がいたのか?」
「貴方もよく知っている方ですよ」
そう言われて、木箱の向こうにある顔を見る。
「な」
声を漏らすくらいの、見知った顔。
それがエビの詰まった箱を抱えて、やってきてたのだった。