バー小夜啼鳥の入り口。
「お前の邪魔にならないよう俺はカードに戻る」
「スネーク」
「お前の口ぶりからするに、相当の堅物と見た。あまり人が多いと邪魔だろう。胸ポケットにでもしまっておけ、必要とあれば出る」
「わかった」
カードに戻ったスネークを手に取り、コートのポケットに入れてそのまま扉に手をかける。
鍵が掛かってるのか開かない。
「あれー」
ガチャガチャ。
「開かないな」
「あれ、珍しい。お客さん?」
声を掛けられた方を向く。
軽く後ろに髪を束ねて、カジュアルな衣装で買い物袋を抱えてやってきた女。
芽衣だ。
「あ、ああ。そうなんだ。昨今の色々でどうにも人権が消失してね……ってな訳で、カミツナギさんに会いにきたんだ」
相手はこの状態の俺を知らないだろうし、安易に見せびらかしたり情報開示を行えばどういう結果が待っているかわかった物じゃない。つまりこうするのが正解、なのか。
「色々預かってもらってたからな、彼女には」
「……訳ありなのね。分かった」
「ありがとう、お礼はどこかでしよう」
彼女によって扉が開かれると、見慣れた景色。
俺が何も持っていない時からあった、本当の故郷の景色はこれだ。そこらで知り合ったやつとだべりながら、羨ましいと愚痴を吐いて出入りを繰り返していたあの日はこの扉とその先の景色ありきで成り立っていたと思う。
「お客さんが来てるわ」
「ん? 珍しい。でも、アテクシ言ってなかったかしら。しばらくは貸し出しになるから来ないでって。まさかそう言う情報を見ないバカが」
「悪かったな」
扉を潜って入る。
互いに目線を合わせると、しばらく互いに言葉が出なかった。
俺は自然に笑ってたと思う、だってそう言う思い出の場所だから。だけど、その尊い日常の一つが消えていったカミツナギにとってどれだけ大きなことかも理解してる。
「……少し、時間を頂くわ。この男には、アテクシも用がある」
「カミツナギ」
「大丈夫、多分」
少しばかり声が震える彼女に多少の申し訳なさを感じるが、今更その程度で恥じらって躊躇う理由も時間もない。
芽衣が奥へと消えたタイミングで、声を掛けよう。
「久しぶり」
「貴方は、本当に、アレイシア?」
「ああ、本当だ。お前以外にちゃんと覚えている人間が居ないだろう、いやそれは嘘だな。俺を覚えているもう1人にも用があるが、まあ今はそれらをひっくるめてお前を頼りに来たんだ」
「……勝手な人」
そっぽ向かれた。
いや、仕方ない。散々そうさせるような扱い方をしてきた自分を恨むしかない。
だが流石に今は困る、彼女の露出している肩に手を置いて頼もう。
「それは、本当にごめんって思ってる。だけど今はお前しか頼める奴がいない。エレクワールドの主へのアクセス権はお前か俺、もしくはレイジしかもってない。だけど俺が本当のアレイシアだと証明できるのはお前しかいないはずだ。芽衣が俺を覚えてないのは仕方ないが、他のメンバーだって知ってる保証はない」
「何かあったの?」
「……まだ確定してる話じゃないが、俺の身に色々あったらしい、水面下でな」
どう言うことなの? と聞いてくるカミツナギ。俺もそう思っているから、とにかく彼女にわかりやすく説明する。
敵の1人から『自分はエレクワールドの改変を受けている』という旨の話をされたこと。その理由はいくつかあるが、自分自身が3rdグランプリ優勝後に関わった企業等を何一つとして覚えていない、今の状況でメンタル面が嘘みたいに快調になっていること、パフォーマンスがブルアカGPとほぼ同等になっていることで事実はともかく自分の元々のデータに何かがあったのだろうという疑惑が出てきて確認したいと思っていることを話した。
それに戦力としてはかなり手薄な状態なのには変わらず、兎角アレイシア・ガレットピアとしてのデータを取り戻す必要もあった。ゼロツーがあるだけでもだいぶ違う。
「だから、主と話をするべくここまで?」
「これでも思い出して頼るまでに急いだ方なんだぞ、もう日付超えたけどここにくるまで半日以上戦いっぱなしで疲れるレベルだったんだからな」
ともかくカミツナギに頼るしかない、と言うところまで思い出して行動するのには早かった。スネークやヘルタ、リタがいるのは話が面倒になるので伏せておいて頼もう。
「正直、いつも雑な扱いをしている上でこんなこと頼むのは人としてどうかと言うのはよく理解しているけど……頼む。手伝ってくれないか。エレクワールドの主と話がしたいが、身分証明も含めて頼れるのがお前しかいないんだ」
「アレイ」
「死ぬこと以外だったらなんでも甘んじて受けるから、頼む」
どうしてもお前しか頼れる奴しかいない! と強く頼み込んだ。
「じゃあ、アテクシの願いを聞いてくださる?」
「ああ」
彼女に手を引かれて、身を委ねる。
すでにはだけた着物がさらに緩み、その肌を覆い隠すような形で俺を抱きしめた。
「アテクシずっと待ってたの、あなたにもう一回出会える日を。ずっとずっと、急に遠くに行ってしまった日から。この時間がずっと続けば良いのに、ずっとお互いに不幸なままで、閉じこもることができれば良いのにと」
「……ああ、俺も、そう思う時がある。あの大会に出なければきっとお前の近くにいるだけの日常を過ごしていたんだろうって。きっとお前と結婚したいって考えて、なんか手柄を立てようと必死になったんじゃないかな」
でも、そんな人間になれなかった。なれなかったせいで、逆に分不相応な存在になってしまった。
シンのことがずっと心の中で引っかかっている初々しさもあるし、自分が心の底から因縁と、どれだけ他人と肌を重ねても多分忘れられないだろう恋をしてしまったブルートワルツの事を思い出してしまうから。
カミツナギの事は大事でも、きっと彼女と同じ程にはもう思えない。
「けど、そうはなれなかった……だから、今日だけは、お前だけが覚えてる俺にしかなれない“今日”だけは、お前のものになるよ。それで許してくれ」
「……アレイ」
唇を重ねて、互いの身体に手を触れて、抱き寄せる。
この世界の人間にとって貞操など取るに足らない何かで、だからこそこうして素直になれる。簡単な何かで知らない何かが生まれ、因果にならない世界だからこそ、分かりあえる。
欲望に忠実で、それが時間をかけて普通になって、だからこそ隔たりもなくて、そんな世界が万年単位続いた今だからこそ俺は彼女とこうしていられた。
「ねえ、アレイ」
「なんだ」
誰彼もいない場所でゆっくり彼女を壁に押し当てて挟み込むように迫って、覗き込むような角度でこちらを見ているカミツナギ。
「明日から、朝になるたび嫌になりそう。あなたがあの身体に戻って、英雄になったら、あなたに触れられなくなる気がして」
「そう言うなよ、全てを手に入れる前から俺がたった一つ持っていたのは”お前との縁”なんだ。お前が嫌だと言っても持っておくさ、俺のルーツの一つだからな」
だから、気が変わらないうちはいつでも自分はここにいるし、その自分に手を伸ばして抱きしめてくれって。自分が今もここにいるのはお前の愛が確実にあったからだと伝えて。
「お前がいるからこの世界のことが大事だと思えるし、だから戦えるんだ。新しいことに踏み出せたのも、失敗したらここに戻ってくればいいって心のどこかで思ってたからだって、言えるよ。いつも大変そうにしてたから、なんて言ったら言い訳かな」
「そう思っているのなら、もう、ここでは何も言わないで。さあ、おいで」
手を引っ張られて、彼女の歩幅に合わせて歩く。
バーの突き当たりの壁がひっくり返ってそのまま奥へと進むと、和風の大きな屋敷の一部屋へと出た。内装は中華寄りで赤かったりするのだが、月光と大きな湖のある城の天守閣みたいな場所に見える。
畳の場所に出ると、少しばかり飾られたスペースに連れてこられた。
「……ここが、アテクシの寝床」
鏡があり、赤い漆で塗られた木の仕切りがあり、そして仕切りから出てくる赤色の絹のベールがあり。
「ここに入れた人は誰1人としていなかったのに、こうして入れても不思議なことに焦りも不安も湧いてこない。湧いてくるのは、高揚した憧れと、それを無くすかもしれない憔悴」
彼女の指が俺の胸をなぞり、俺も彼女の背に手を回し、ただ独白に耳を傾けた。
「花魁が誰かと共に駆け落ちることは、いつかは禁忌とされていた。でも今は悪くないと思える」
カミツナギを抱きしめて、ゆっくり、倒れ込むようにして褥の中へと埋もれる。
彼女にとっての自分がどれだけ大きいかも認識してはいるけれど、だからこそ彼女がどういう人間かをはっきり認識できた。
幼い。
顔立ちも体も女性だけど、でもすぐに熱が上がって歯止めが効かなくなる。
「アレイ?」
「なあ」
彼女に腕枕をして、少しだけ抱き寄せた。
顔が近くなれば紅潮して、それでも見つめてくる彼女。
「今日は折角だから……俺がしてきた冒険を聞いてくれないか」
「冒険?」
「ああ」
カミツナギとは結局、3rdグランプリの後長く2人っきりになったことがなかった。
まぐわうことは、人間同士ならできる。だけど思い出話は親しい人間にしかできない。
俺にとってそう言える人間はカミツナギしかいない。
「お前の元から出て冒険して、折角帰ってきたんだよ。それくらいのことをしたっていいだろ?」
「……」
「いろんな奴と出会って、別れてきたんだ」
それが例え”何かの作品のキャラ”だったとしても、目の前で、
「だから、そんな奴らの話を、故郷という安心できる場所の1人にしたい。俺にとってそういう人間は、何度でも言うがカミツナギしかいないんだ。また新しい旅に出なきゃ行けなくなって、今度は楽しいとは限らないかもしれないけど」
彼女にとっては、その言葉で十分だったのだろう。
「聞かせて」
と、言葉を口にして、縮こまるように俺の胸元に擦り寄った。
「じゃあ、あの大会に参加する直前から話をしようか」
俺も俺で、冒険譚をできる限り聞き応えがあるよう頑張ろう。
更けた夜は、まだこれから。