海の恐怖!グラ・バルカス帝国海軍vs原子力潜水艦   作:通常弾頭

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第九話

フォーク海峡 入り口付近

 

 フォーク海峡の、あの激しい戦いが終わってから一ヶ月後。海峡の入り口には、今も転覆した〈グレード・アトラスター〉が鎮座している。

 戦艦として完全に死に絶えた彼女の下に、一隻の壁のような船がやってきた。その周りには、多数の作業船やクレーン船がひしめき、転覆した〈グレード・アトラスター〉を引き上げようと囲んでいる。

 それらはすべて、日本国籍の作業船だった。

 クレーン船の作業員は、救助のために穴を開けられた船に、ロープを巻き付ける作業を見守っていた。ダイバー達が手作業でそれを終わらせる。

 そして、壁のような船──自走浮きドック船が艦尾方向から待機し、それぞれ持ち場についた。

 

「山口班長!引き上げ作業、第二段階にまで行きました」

「よし……やるか」

 

 浮きドック船の艦橋から作業を見守っていたサルベージチームの班長、山口浩介は、部下の言葉を聞くとトランシーバーを手に取った。

 

『あー、あー、こちら班長。総員、サルベージ作業を開始せよ』

 

 指示を受けた作業員達は、一斉に各々の持ち場についた。

 まず巨大なクレーン船で船体を浮かび上がらせ、持ち上げる。そして転覆している〈グレード・アトラスター〉に対し、浮きドック船は艦尾方向から近づいていく。

 

「ゆっくりだ!ゆっくり進入しろ!」

「慎重にな!安全第一だぞ!!」

 

 艦尾方向からの侵入に成功した浮きドックは、水中で逆さまになっている艦橋とぶつかるスレスレの位置で停止。

 そして、浮きドックはゆっくりと水を排水して浮上。幅の大きい浮きドックの中に、巨大な戦艦が収まる。

 艦橋は半分ほどの大きさで折れ曲がっており、大量の水が溢れ出ている。その艦橋を横にするようにして浮きドックの中に収める作業が開始された。

 作業の最中、クレーン船の指揮者が山口に話しかけてきた。

 

「いやはや……ここまで重い船を持ち上げるなんて、私も初めてですよ」

「ああ。私もだ」

「しかし、サルベージって言っても、こんな戦艦引き上げて何に使うんですかね?」

「さぁ?少なくとも修理して使うとかではないらしいぞ。なんでも退かしたいだけだとか」

「そうなんですか?勿体無い……」

 

 指揮者はかの戦艦大和と瓜二つなこの船を名残惜しむかのようにそう言う。

 確かに、水中から引き上げられたこの巨大戦艦はもう使い物にならないだろう。

 何せ弾薬庫爆発により艦首は消滅、破断している。今見えているのは艦橋より後ろの構造物だけ。直すにしたって設計図もないので使い物にはならないだろう。

 

「一応、ミリシアルと一緒に研究用途に使うとかで、話が進んでいるらしいが……」

「まあ、それはお上の話ですね」

「そうだな」

 

 そう言って二人が会話している間にも、引き上げ作業は順調に進んでいった。

 


 

日本国 神奈川県 自衛隊横須賀病院

 

 神奈川県、横須賀市にある白と緑の建物。

 自衛隊横須賀病院の一室は、窓が開いていた。

 暖かな春の日差しと爽やかな風が入ってきて、そこにいる二人の男性の顔を風が撫でていた。

 

「……ユリウス、食べないのか?」

「…………」

 

 傍のベットに横になっている上官に言われ、椅子に座り喉元にギブスを付けているユリウスは、無言のまま首を横に振った。

 彼らの前には剥かれた林檎が置いてある。

 戦艦〈グレード・アトラスター〉艦長、ラクスタルはそのうちの一つを爪楊枝で刺し、口に運んだ。

 

「……生き残ってしまったな」

「っ………」

 

 ため息混じりのラクスタルの言葉には、ユリウスは無言で頷く。

 二人はあの爆沈の後、何故か生きていた。

 その時のことはよく覚えていないので、何故自分たちが生きているのかすら分からない。

 最初はこの病室が綺麗すぎて、天国にでもいるんじゃないかと思ったくらいだ。しかしポールに聳え立つ日の丸の旗を見て、ここが日本であることを察した。

 医者から、ラクスタルは下半身不随、ユリウスは破片が喉に刺さって声が出なくなったと告げられた。

 二人とも軍人としてはかなり痛い外傷になってしまったが、医者は日本の医療技術なら希望があるかもしれないと言っていた。

 正直、それに関しては半信半疑だった。

 

 ここに来てから数週間、二人は"タブレット"と呼ばれる電子機器を手渡されていた。これは指で画面をなぞるだけで操作でき、様々な機能を有している驚異的な代物だった。

 医者によると、これは軍用品ではなく、民間人でも大人の給料で買える程度の代物なのだという。その技術力、経済力の高さには恐れ入った。

 一通りの使い方を教わった後は、二人とも暇つぶしに日本語の学習アプリを起動して時間を過ごしている。ここで出来るのは敵の言葉の学習くらいだった。

 そんな風に過ごしていると、唐突に部屋の扉がノックされた。

 

「失礼します」

 

 その言葉と共に、二人の男が入ってきた。

 両者ともスーツに身を包んでおり、姿勢が正しい。ここの病院関係者ではないことは明らかだった。

 

「具合はいかがですか、ラクスタル艦長?」

「貴方は?」

「失礼、私は日本国外務省の外交官。近藤と申します」

 

 彼がラクスタルが寝ているベッドの横に椅子を持ってくると、簡単な名刺を渡してきた。

 学習したばかりの日本語知識によると、確かに外務省の人間だと記されている。

 ラクスタルは彼の方を向き、あることを質問した。

 

「……いきなりですまないが、質問をしても良いか?」

「はい」

「なぜ、私達は生きている?」

 

 その言葉を受け、近藤は両の手を組んで、膝の上に置いてから話し始める。

 

「お二人とも、あまり覚えていらっしゃらないようですが……乗組員の証言によると、そちらのユリウスさんが助けてくれたそうですよ」

「ユリウスが?」

 

 ユリウスは何も言わず、タブレット端末を見ているだけだった。

 

「彼に肩を抱かれていたのは覚えていますか?」

「いや、あまり覚えていない……」

「二発目の爆発があった時、ユリウスさんは貴方を自分ごとエレベーターに押し込んだそうですよ。同時にエレベーターが故障し、一気に下の階層まで落下……その結果、ユリウスさんは怪我で声が出せなくなり、貴方は下半身麻痺になったという結果こそあれど、共に生存したというわけです」

 

 ラクスタルは自分が最後に艦橋にいたのを思い出し、そこから記憶を遡ってみようとしたが、記憶が混濁しているのかその後が思い出せなかった。

 しかし、彼の説明には不審な点があった事だけは分かった。あの爆発では〈グレード・アトラスター〉はそのまま沈んでしまうはずだったからだ。

 

「……グレード・アトラスターは爆沈したはずでは?」

「はい。ですが一二番主砲の弾薬庫が爆発を起こし、真っ二つに折れた後、貴方の船は転覆して浮いていた」

「なぜ?」

「沈んだのは海峡の入り口。あそこは海底が崖上になっていて、深水が40mもないそうです」

「……なるほど、艦橋が突き刺さって座礁したのか」

 

 つまり、ひっくり返った〈グレード・アトラスター〉は、海底に艦橋が突き刺さってかろうじて浮いていたというのだ。

 なんという偶然。工学的にそんなことがあり得るのかとも思ったが、そうでなかったら今頃自分たちは海の底だろう。

 

「重要区画にいた外交官の方々も、それから後部にいた一部の乗員も、転覆した艦内で一命を取り留めてます。もっとも……艦首および弾薬庫付近の乗員は即死でしたが……」

「……いや、救助していただけただけでもありがたい。軍人として礼を言おう」

 

 艦首と弾薬庫付近の乗員達は運がなかったのかもしれない。

 逆に自分たちや外交官は運が良かったのだろう。

 戦場とは時にそのようなことで運命が決まることがある。ラクスタルもそこは覚悟していた。もちろん、部下を失うことも。

 

「それで、私達の処遇はどうなる?」

 

 ラクスタルは最後に、一番気になることを聞いてみた。

 

「一応貴方はグラ・バルカス帝国軍人の捕虜ということになります。しかし、我が国とグラ・バルカスとの間には外交窓口がない上に戦争状態のようなもの……残念ながら、捕虜の交換はかなり後になるかと思われます」

「そうか……わかった。ありがとう」

 

 ラクスタルは説明してくれた近藤に感謝しつつ、無言でタブレットを操作し続けるユリウスを見て、彼にも感謝を忘れなかった。

 


 

同時刻 自衛隊中央病院

 

 所変わって、今度は東京都内にある自衛隊中央病院。

 こちらの病室では、そっぽを向く女性と、付き添いの看護師、そして日本国外務省の外交官達が持久戦に持ち込まれていた。

 

「……あの、いい加減、何か喋ってくれませんか?」

「…………」

 

 そんな言葉も無視して外を見続けるのは、グラ・バルカス帝国外務省外交官のシエリア・オウドウィン。

 彼女は重要区画で爆沈が起き、その後転覆する中で船底に移動、救助が来るまで生き残った外交官の一人である。

 そんな彼女であるが、特に怪我は無いのに何も喋らない。看護師によると、食事もあまり手をつけてないそうだ。

 心なしか、手指がまだ震えているように見えた。

 そんな中、病室の扉がゆっくりと開かれ、別の男が入ってきた。

 日本国外務省、外交官の朝田泰治だ。

 

「どうだ、何か語ってくれたか?」

「いえ……頷きはするんですが、一向に何も喋らないので……」

「きっと精神的なショックもあるんだろう。俺が代わろう」

 

 前の外交官の男と代わり、朝田がシエリアの隣の椅子に座った。

 

「…………」

「いい加減、何か話してくれませんか、シエリア・オウドウィンさん?」

 

 朝田が問いかけ、シエリアは掠れるような声でこう言い始める。

 

「アサダ……と言った、か」

「はい」

「私は……これから、どう、なるのでしょう?」

 

 その声は弱々しく、なんだか対応に困る声色だった。

 しかし、朝田も外交官の一人だ。こういう女性が相手でも、彼女の求める答えはきちんと答えられる。

 

「貴方が危惧しているような、戦犯としての裁判は今のところ無いのでご安心下さい。貴方も上から指示されてのことでしょう?」

「…………」

「しばらくここで休んでいただいて、それから話していただければいいんです」

「…………」

「あ、ちなみに飛び降りようとしてもここは一階ですからご安心ください。周りにも警備の者がいるのでね」

「…………」

「それでは、私はまた来ますね」

 

 朝田はシエリアが初めて喋ってくれたことを確認すると、看護師とともに病室の外へと出ていった。

 一人残されてシエリアは、座椅子のように角度がつけられた電動ベッドにもたれ掛かると、船底での恐怖を思い出して弱々しく啜り泣いた。

 

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