海の恐怖!グラ・バルカス帝国海軍vs原子力潜水艦   作:通常弾頭

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第十六話

中央暦1642年12月15日

レイフォル周辺海域

 

 海神作戦の発令と同時に、レイフォル周辺海域へ進出していた六隻の海自原子力潜水艦が行動を開始した。

 その中には、パガンダ=レイフォル間航路で既に帝国輸送船団を撃破した〈そうりゅう〉も含まれている。

 六隻の原子力潜水艦は互いに異なる哨戒海域を割り当てられ、レイフォルを中心として放射状に延びる主要航路へ散開していた。

 彼らは無線封止を維持しながら深海を進み、帝国軍の補給船団、軍事輸送船、護衛艦艇を捜索する。

 原子炉から生み出される事実上無尽蔵の動力によって、浮上の必要はない。

 敵船団を発見すれば長時間にわたって追跡し、最も効果的な位置へ先回りした後、攻撃を加える。

 そして攻撃を終えれば、海中を高速で離脱する。

 グラ・バルカス帝国海軍が想定していた潜水艦とは、根本から異なる存在であった。

 

 海神作戦の開始から、わずか十時間。

 

 レイフォル東方海域を航行していた軍需物資輸送船二隻が消息を絶った。

 その一時間後には、占領地から帝国本土へ向かっていた鉱石運搬船団が攻撃を受け、護衛駆逐艦一隻と商船三隻が撃沈された。

 さらに南方航路では、航空燃料を運搬していたタンカーが立て続けに爆発炎上した。

 

『こちら帝国商船〈バライア〉! 魚雷攻撃を受けた!』

『敵潜水艦を発見できない! 至急、救援を――』

『船尾機関区画が浸水! 沈没する!』

『全乗員、退船せよ! 繰り返す、全乗員――』

 

 レイフォル周辺の海域では、途切れることなく救難信号が発信されていた。

 しかし、救援へ向かった帝国艦艇が現場へ到着した時には、海面に浮かぶ油と残骸、救命艇へ乗り移った生存者が残されているだけだった。

 

 敵潜水艦の姿を見た者は、ほとんどいない。

 

 魚雷が走る白い航跡。

 

 海面を低空で突進する謎の飛翔兵器。

 

 そして、船体を持ち上げるほどの巨大な爆発。

 

 生存者たちの証言は、それだけであった。

 作戦開始から十二時間後には、帝国海軍の通信網は救難信号と敵潜水艦の目撃報告で埋め尽くされた。

 沈没が確認された商船だけでも既に十隻を超え、行方不明となっている船も複数存在する。

 攻撃地点は数百キロメートルにわたって分散していた。

 これは、敵潜水艦が一隻ではないことを意味していた。

 


 

グラ・バルカス帝国海軍司令部

 

「また救難信号です!」

 

 通信参謀の声が、作戦室に響き渡った。

 

「レイフォル南東、第三七輸送船団が攻撃を受けました! 商船二隻が沈没、護衛駆逐艦一隻が大破!」

「敵潜水艦の位置は!?」

「不明です! 護衛艦が爆雷攻撃を実施していますが、敵艦を発見したとの報告はありません!」

「北方航路の船団はどうなっている!」

「第十二輸送船団が救難信号を発した後、通信を絶ちました。付近の哨戒機を向かわせています!」

 

 壁面に広げられた巨大な海図へ、次々と赤い印が書き加えられていく。

 ひとつひとつが、帝国艦船の沈没地点、あるいは消息を絶った場所を示していた。

 レイフォルを取り囲むように、赤い印が広がっている。

 

「一体、日本は何隻の潜水艦を送り込んできたのだ……」

 

 参謀の一人が呆然と呟いた。

 

「少なくとも三隻。おそらく、それ以上だ」

 

 海軍大将カイザルは、海図を見据えながら答えた。

 海図上に記された攻撃地点は、互いに大きく離れている。

 原子力潜水艦とはいえ、一隻が短時間で移動できる距離ではない。

 

「パガンダ方面の船団、レイフォル東方航路、そして南方の資源輸送路。これらがほぼ同時に攻撃を受けている。日本軍は複数の潜水艦を、レイフォル周辺へ配置している」

「しかし、これほど広い海域から潜水艦を探し出すなど……」

「だからこそ、事前に準備していた」

 

 カイザルは振り返る。

 

「日本軍が帝国本土への攻撃を開始すれば、最初に狙うのは海上交通路だ。ムー大陸の戦争を継続するうえで、レイフォル周辺の航路は帝国にとって重要過ぎる」

 

 帝国海軍が日本の原子力潜水艦を実戦で認識したのは、カルトアルパス周辺での戦闘からである。

 敵潜水艦は海中を高速で移動し、帝国海軍の追跡を受けながらも振り切っている。

 従来の潜水艦であれば、長時間の高速航行は不可能である。

 だが日本の潜水艦には、その常識が通用しない。

 カイザルは事前の考察の上、戦闘報告を受け取った時点で、日本の潜水艦による通商破壊が実施される可能性をあらかじめ警戒していた。

 そのため帝国海軍は、徴用客船を改造して建造していたアウリーガ級護衛空母へ対潜装備を追加し、飛行艇を搭載させている。

 護衛空母一隻と護衛駆逐艦六隻を一個対潜哨戒部隊とし、レイフォル周辺の主要航路へ分散配置していた。

 

「全船団に命令を出せ」

 

 カイザルの低い声が、騒がしかった作戦室を静まり返らせる。

 

「航行中の輸送船団は、最寄りの帝国軍勢力圏へ退避。港湾、泊地、占領地の沿岸部、場所は問わん。単独航行中の商船も直ちに航路を外れろ」

「海上輸送を停止するのですか!?」

「一時的にだ。敵潜水艦が徘徊している状況で船を出し続ければ、連中へ標的を与えるだけになる」

 

 カイザルは海図上の赤い印を指でなぞった。

 

「輸送船団を海上から消せば、敵潜水艦は獲物を求めて移動する。そこを対潜哨戒部隊であぶり出す」

「護衛空母部隊を投入するのですね」

「そうだ」

 

 参謀たちが命令を書き留めていく。

 

「各対潜哨戒部隊は、救難信号が発信された海域を中心に捜索を開始。飛行艇を可能な限り発進させろ」

「飛行艇は磁気探知機と聴音浮標を使用。護衛駆逐艦は飛行艇から報告された海域へ急行し、爆雷及び対潜ロケットによる制圧攻撃を実施せよ」

「了解しました!」

「敵潜水艦は高速だ。最後に発見された位置だけを探しても無駄になる。航路、海底地形、水温、次の標的になり得る港湾を考慮し、移動先を予測しろ」

 

 日本の潜水艦を撃沈できるかどうかは分からない。

 しかし、海中から引きずり出さなければ、帝国の海上輸送は一方的に破壊され続ける。

 

「これは、帝国の海上交通路を守るための戦いだ」

 

 カイザルは参謀たちを見渡した。

 

「日本の潜水艦を、一隻でも多く沈めろ」

 


 

数時間後

帝国海軍 アウリーガ級護衛空母〈カペラ〉

 

 グラ・バルカス帝国海軍のアウリーガ級護衛空母は、帝国が有する豊富な客船建造技術を流用して建造された艦である。

 

 基準排水量約1万7000トン。

 全長180メートル。

 蒸気タービン2基を搭載する船体は、戦闘艦として見れば低速で、防御力も決して高くない。

 その代わり、短期間で大量に建造できることが最大の長所であった。

 元々は輸送船団を敵航空機から守るために建造された艦種だったが、日本海軍の潜水艦が確認されたことで、運用方法が大きく変更されている。

 飛行甲板上の航空機に代わり、磁気探知機や聴音装置を搭載した水上飛行艇六機が積み込まれた。

 飛行艇は艦載クレーンによって海面へ降ろされ、自力で離水する。

 着水後は再びクレーンで回収され、艦内で燃料と爆雷の補給を受ける。

 さらに艦体各所には、急遽増設された多連装対潜ロケット砲四基が装備されていた。

 護衛空母〈カペラ〉は、六隻の護衛駆逐艦とともに、レイフォル南東海域の対潜哨戒を担当していた。

 

「第三飛行艇、発進準備完了しました!」

「発進を許可する」

「了解!」

 

 〈カペラ〉の右舷側に設置された大型クレーンが、飛行艇を海面へ降ろす。

 水上へ降ろされた機体はエンジンを始動させ、白い飛沫を上げながら加速していった。

 やがて海面から離れ、低い高度を保ったまま捜索海域へ向かう。

 

「これで上空に四機か」

「残り二機は補給中です。一時間以内に交代できます」

「よろしい」

 

 艦橋に立つ第2対潜隊の指揮官は、周囲の海を見渡した。

 〈カペラ〉を中心として、六隻の護衛駆逐艦が広く散開している。

 駆逐艦同士の間隔は数キロメートル。

 広大な海域を効率的に捜索するため、通常の船団護衛時よりも大きく間隔を空けていた。

 

「飛行艇から報告です」

「読め」

「捜索区画4、磁気反応なし。聴音浮標にも推進音は確認されていません」

「区画5も異常なしです」

「敵潜水艦は既に移動したのではないでしょうか」

 

 参謀が海図へ視線を落とす。

 彼らが捜索しているのは、数時間前に帝国輸送船が撃沈された海域だった。

 救難信号を分析した結果、敵潜水艦は南西方向から魚雷を発射したと推測されている。

 

「日本の潜水艦は海中を高速で移動する」

 

 指揮官は答えた。

 

「既に数十キロ先へ離脱している可能性もある。だが命令は、この周辺海域を徹底的に捜索することだ」

「飛行艇の磁気探知機なら、海中の巨大な金属物体を発見できるはずです」

「発見できれば、だ」

 

 磁気探知機は、海中に存在する鋼鉄製艦艇が地磁気へ与える僅かな変化を捉える。

 潜水艦がどれほど静かに航行していても、磁気そのものを完全に消すことはできないはずだ。

 しかし、探知できる範囲は決して広くない。

 飛行艇は低空で何度も海域を往復し、潜水艦の上空を直接通過する必要があった。

 

「飛行艇4番機から報告!」

「どうした?」

「一時的な磁気反応を探知! 位置は本艦より南西、距離22キロ!」

 

 艦橋内に緊張が走った。

 

「潜水艦か!?」

「不明です! 反応は一度だけで、その後消失しました!」

「最寄りの駆逐艦を向かわせろ!」

「了解! 護衛駆逐艦〈ラミア〉及び〈ケルカ〉、捜索区画四へ進出せよ!」

 

 二隻の護衛駆逐艦が陣形を離れ、飛行艇が磁気反応を捉えた地点へ向かう。

 

「全飛行艇を区画4へ集中させますか?」

「いや、2機だけでよい。敵の狙いがこちらを一方向へ誘導することなら、全機を動かすのは危険だ」

 

 指揮官は慎重だった。

 日本の潜水艦がどのような戦術を取るのか、帝国海軍にはほとんど情報がない。

 潜水艦が意図的に姿を見せ、護衛艦艇を誘い出す可能性も考慮しなければならなかった。

 だが、その慎重さすら既に手遅れであった。

 


 

同時刻

海上自衛隊 原子力潜水艦〈そうりゅう〉

 

「護衛駆逐艦二隻、南西へ変針しました」

「磁気反応を拾ったようですね」

「本艦ではないよ」

 

 恒星艦長はソナー情報を表示した画面を見つめていた。

 

「沈没した輸送船の残骸か、海底の鉱物資源に反応したんだろう。いずれにしても、敵はそちらへ注意を向けている」

 

 〈そうりゅう〉は〈カペラ〉の北東、僅か八キロメートルの海中に潜んでいた。

 護衛空母部隊は、数時間前に〈そうりゅう〉が輸送船を撃沈した地点を捜索している。

 だが〈そうりゅう〉は攻撃後に海域を離脱したのではなく、大きく迂回して敵対潜部隊の背後へ回り込んでいた。

 海面付近では飛行艇が磁気探知機を使用し、護衛駆逐艦がアクティブソナーを鳴らしている。

 しかし、深い水温躍層の下に潜る〈そうりゅう〉を正確に捉えることはできなかった。

 

「目標艦、推進器二軸。速力12ノット」

「大型艦の周囲に駆逐艦4。二隻は南西へ離れています」

「航空機運用音を確認。大型艦は対潜部隊の母艦と見て間違いありません」

「護衛空母だろうね」

 

 恒星は腕を組んだ。

 大型艦の周囲には護衛駆逐艦が配置されているものの、広範囲を捜索するため互いの距離が開いていた。

 護衛空母そのものを守る陣形ではない。

 潜水艦を探すことに意識を集中し過ぎた結果、旗艦の直衛が薄くなっている。

 

「敵の対潜作戦を指揮している艦だ。ここで沈めれば、この海域における捜索能力を大きく削れる」

「攻撃しますか?」

「ああ」

 

 恒星は艦長席へ座り直す。

 

「敵は本艦から八千メートル。もう少し詰めよう」

「針路そのまま、微速前進」

「微速前進」

 

 〈そうりゅう〉が静かに前進を始める。

 原子力潜水艦は高速性能だけでなく、低速時には極めて静粛に航行することができた。

 艦内では不要な機器が停止され、乗組員たちも音を立てないように動いている。

 

「目標まで六千」

「敵駆逐艦、最接近艦まで四千五百」

「探信音、右舷前方。こちらを捉えていません」

 

 敵駆逐艦のアクティブソナーが海中へ響く。

 だが音波の多くは水温躍層で屈折し、深度を取る〈そうりゅう〉まで届かなかった。

 

「目標まで四千八百」

「発射管一番、長魚雷、発射用意」

「了解。一番発射管、魚雷戦用意」

 

 〈そうりゅう〉には六門の魚雷発射管が備えられている。

 搭載兵装は長魚雷と潜水艦発射型ハープーンを合わせて最大四十発。

 前回も船団を攻撃した上、長期にわたって帝国海軍の海上交通を攻撃する以上、無闇な一斉発射は行えない。

 一隻の敵へ使用する魚雷は、可能な限り少なく抑える必要があった。

 

「一発だけですか?」

「相手は低速の改造艦だ。至近距離から船体中央を狙えば、一発で十分だろう」

「目標情報、入力完了」

「深度は?」

「目標喫水及び船体構造を分析。艦底下通過、磁気信管に設定します」

 

 魚雷を船腹へ直接命中させるのではない。

 船体中央部の直下で炸裂させ、爆発によって発生する巨大な気泡で船体を下から持ち上げる。

 その後、気泡が収縮することで船体中央部を支えきれなくさせ、竜骨をへし折る攻撃方法である。

 

「艦よし」

「解析値よし」

「武器よし」

「全てよし」

 

 恒星は一度だけ目標情報を確認した。

 

「一番発射管」

 

 発令所内の視線が集まる。

 

「発射」

「発射了解」

「ファイア!」

 

 89式長魚雷が、圧縮空気によって発射管から押し出された。

 

「魚雷、正常航走」

「誘導線、健全」

「目標まで四千六百」

 

 魚雷は低速で〈そうりゅう〉から離れた後、徐々に速度を上げていく。

 その発射音を、敵艦が聞き逃すことはなかった。

 


 

同時刻

アウリーガ級護衛空母〈カペラ〉

 

「水中音を探知!」

 

 聴音員の叫びが艦橋へ届いた。

 

「方位041! 至近距離で圧縮空気音を確認!」

「圧縮空気音だと?」

 

 指揮官が振り返る。

 

「魚雷発射音です!」

 

 一瞬、艦橋内の時間が止まった。

 

「敵潜水艦、推定距離五千以下!」

「馬鹿な! いつの間に接近した!」

「魚雷接近! 方位040!」

 

 指揮官が窓の外へ目を向ける。

 海面には何も見えない。

 だが、敵の魚雷は既に〈カペラ〉へ向かっていた。

 

「面舵一杯! 最大戦速!」

「面舵一杯! スターボード!」

「機関、全速前進!」

 

 汽笛が鳴り響き、艦内へ警報が発せられる。

 

『総員、魚雷防御! 衝撃に備えよ!』

 

 蒸気タービンへ最大出力が命じられ、二軸の推進器が激しく海水をかき回す。

 〈カペラ〉は黒煙を吐き出しながら、ゆっくりと右へ旋回し始めた。

 しかし、元客船の設計を基礎とする低速艦である。

 巨大な船体は、命令を受けたからといって急激に加速できるわけではない。

 

「魚雷までの距離は!」

「2000!」

「駆逐艦に迎撃させろ!」

「間に合いません!」

「対潜ロケット!」

「魚雷が近過ぎます! 射界に入りません!」

 

 甲板上では、機銃員や高角砲員が海面を見つめていた。

 やがて見張員が、白い航跡を発見する。

 

「魚雷視認!」

「右舷前方!」

 

 高速で接近する航跡は、〈カペラ〉が舵を切る動きに合わせて僅かに進路を変えていた。

 

「魚雷が追尾してきます!」

「そんな魚雷があるものか!」

「距離1000!」

 

 艦長は操舵員へ怒鳴る。

 

「もっと曲がれ! 魚雷へ艦首を向けろ!」

「舵、いっぱいです!」

 

 〈カペラ〉は鈍重な船体を軋ませながら旋回する。

 しかし、魚雷は艦首でも艦尾でもなく、船体中央部へ向けて接近していた。

 

「距離500!」

「衝撃に備えろ!」

 

 乗組員たちが手すりや機器へしがみつく。

 魚雷の航跡が右舷側へ迫った。

 しかし、魚雷は船腹へ衝突しなかった。

 

「魚雷、艦底へ!」

 

 それが、艦橋へ届いた最後の報告となった。

 89式長魚雷は〈カペラ〉の船体中央直下を通過し、磁気信管を作動させた。

 海中で巨大な爆発が発生する。

 爆発によって生み出された高圧のガス球が、数万トン近い海水とともに〈カペラ〉の船底を突き上げた。

 轟音とともに船体中央部が海面から持ち上がる。

 艦内の機関、配管、隔壁が一斉に引き裂かれた。

 飛行艇格納庫では、固定されていた機体が床から跳ね上がり、壁や天井へ叩きつけられる。

 弾薬庫に積まれていた爆雷や対潜ロケットが崩れ、誘爆を起こした。

 最初の爆発が収縮すると、船体中央部の下から支えが消える。

 艦首と艦尾の重量を支えきれなくなった竜骨が、甲高い金属音を発した。

 そして、中央部から完全に折れた。

 全長百八十メートルの船体に巨大な亀裂が走り、海水が滝のように流れ込む。

 

「船体が裂けるぞ!」

「退艦! 総員退艦!」

「救命艇を降ろせ!」

 

 しかし、船体の傾斜はあまりにも急だった。

 右舷側の救命艇は海面へ落下し、左舷側の救命艇は船体へ押し潰される。

 折れた船体の前半部と後半部は、それぞれ異なる方向へ傾き始めた。

 中央部では燃料と弾薬が燃え上がり、巨大な炎が海面へ噴き出す。

 護衛駆逐艦の乗組員たちは、その光景を呆然と見つめていた。

 彼らが守るべき旗艦〈カペラ〉は、たった一本の魚雷によって真っ二つに折られていた。

 

『旗艦被雷!』

『〈カペラ〉、船体中央部で分断!』

『総員退艦中!』

「敵潜水艦を探せ!」

 

 最先任の駆逐艦艦長が叫ぶ。

 

「魚雷の発射方向へ急行! アクティブソナー最大出力!」

「了解!」

 

 四隻の護衛駆逐艦が、魚雷の航跡を逆にたどるように進み始めた。

 海中へ強烈な探信音が放たれる。

 

「潜水艦らしき反応!」

「方位225、距離6000!」

「全艦、最大戦速! 対潜ロケット発射用意!」

 

 護衛駆逐艦の艦首に設置された多連装対潜ロケット砲が旋回する。

 

「発射!」

 

 多数の対潜ロケットが煙を引きながら打ち上げられ、推定位置へ降り注いだ。

 海面下で連続した爆発が発生する。

 巨大な水柱が幾本も立ち上がった。

 

「命中したか!?」

「反応、移動しています!」

「速い!」

 

 ソナー画面上の反応は、帝国海軍の潜水艦では考えられない速度で遠ざかっていた。

 

「敵潜水艦、速力25ノット以上!」

「25ノットだと!?」

「さらに増速しています!」

 

 探信音の中に、僅かな推進音が混じる。

 だが、それも間もなく水温躍層の下へ消えた。

 

「反応消失!」

「爆雷投下! 敵がいた海域をすべて叩け!」

 

 護衛駆逐艦が爆雷を投下する。

 海面が激しく沸き立ち、爆発が続く。

 しかし、そこに〈そうりゅう〉の姿はなかった。

 


 

「敵艦、爆雷攻撃を開始しました」

「距離は?」

「最接近艦、一万一千。遠ざかっています」

 

 〈そうりゅう〉は深度を取り、二十ノット以上の速度で戦闘海域を離脱していた。

 

「目標艦の船体破壊音を確認」

「前後二つに分断されたようです」

「沈没は確実だね」

 

 恒星は表示器を確認する。

 敵護衛駆逐艦は、〈そうりゅう〉が魚雷を発射した地点へ集まり、爆雷を投下していた。

 だが〈そうりゅう〉は魚雷発射直後に針路を変え、既に十キロメートル以上離れている。

 

「艦長。あれだけの護衛艦がいても、母艦を守れませんでしたね」

「彼らは潜水艦を探すために広がり過ぎた。捜索部隊としては正しいが、護衛部隊としては隙だらけになる」

 

 潜水艦を発見するためには、艦艇や航空機を広い範囲へ分散させなければならない。

 しかし、分散すれば部隊の中心にいる護衛空母を守る戦力が薄くなる。

 反対に護衛空母の周囲へ集まれば、広大な海域から潜水艦を探し出せなくなる。

 グラ・バルカス帝国海軍の対潜哨戒部隊は、解決困難な矛盾を抱えていた。

 

「魚雷残数を確認」

「89式長魚雷24、サブハープーン8。総搭載数、残り32です」

 

「了解」

 

 敵護衛空母一隻を、一発の魚雷で撃沈した。

 海神作戦を継続するうえで、極めて効率的な戦果である。

 

「速力を十五ノットまで落とす。南方の哨戒区画へ移動しよう」

「了解。速力十五ノット」

「通信封止を継続。戦果報告は次回の定時通信まで保留する」

「了解しました」

 

 原子力潜水艦〈そうりゅう〉は、護衛駆逐艦が投下する爆雷の音を背に、再び深海へ姿を消していった。

 


 

数分後

グラ・バルカス帝国海軍司令部

 

「第2対潜隊より緊急報告!」

 

 通信参謀が、青ざめた顔で立ち上がった。

 

「アウリーガ級護衛空母〈カペラ〉、敵潜水艦の雷撃を受け沈没!」

 

 作戦室内が静まり返る。

 

「護衛駆逐艦は何をしていた」

 

 カイザルが尋ねた。

 

「2隻は磁気反応の確認へ向かっていました。残る4隻が反撃しましたが、敵潜水艦は海中を高速で離脱。撃沈を確認できていません」

「飛行艇は?」

「哨戒中の4機は生存しています。しかし母艦を失ったため、最寄りの基地へ向かっています。艦内に残っていた二機は〈カペラ〉とともに失われました」

 

 対潜哨戒部隊は敵潜水艦を探すために派遣された。

 その部隊の旗艦が、敵潜水艦によって撃沈されたのである。

 

「魚雷は何本だ」

「一本です」

「一本……」

 

 参謀たちの間に動揺が広がる。

 一万七千トンを超える艦が、たった一発で真っ二つに折られた。

 しかも敵潜水艦は、飛行艇と六隻の護衛駆逐艦が捜索していた海域へ自ら接近し、護衛空母だけを正確に撃沈して離脱している。

 

「日本軍は、こちらの対潜哨戒部隊を恐れていない」

 

 カイザルが低く呟いた。

 

「それどころか、哨戒部隊そのものを新たな獲物と見なしている」

「では、護衛空母部隊を撤退させますか?」

「撤退させれば、商船を守る手段がなくなる」

「しかし、このままでは護衛空母が次々と狙われます」

「分かっている!」

 

 カイザルの怒声が作戦室に響いた。

 誰も言葉を発しなくなる。

 カイザルは机上の海図へ視線を落とした。

 海神作戦開始から、まだ二十四時間も経過していない。

 それにもかかわらず、帝国海軍の海上輸送はほぼ停止し、商船十数隻と複数の護衛艦が失われた。

 そして今、対潜作戦の中核となる護衛空母までも撃沈された。

 帝国海軍は日本の潜水艦を探している。

 だが同時に、日本の潜水艦もまた、帝国海軍の対潜部隊を探している。

 互いに相手を狩ろうとしているように見えて、その実態は対等な戦いではなかった。

 帝国側は、敵の姿を見ることすらできない。

 

「護衛空母部隊の運用を変更する」

 

 しばらくして、カイザルは口を開いた。

 

「今後、飛行艇の発進母艦は沿岸基地及び港湾の近くに配置する。外洋では護衛駆逐艦を二重の輪形陣に組ませ、母艦へ潜水艦を近づけるな」

「捜索範囲が狭まります」

「母艦を失うよりはましだ」

 

 カイザルは地図上のレイフォルを睨みつけた。

 

「さらに、各哨戒部隊間の連携を強化しろ。一部隊だけで敵潜水艦を追うな。発見した場合は隣接する部隊を集め、複数方向から包囲する」

「了解しました」

「日本の潜水艦がどれほど高速であろうと、永遠に逃げ続けられるわけではない。航路を狭め、追い込み、海域全体を爆雷で埋め尽くせ」

 

 命令を受けた参謀たちが動き始める。

 だが、作戦室に漂う重苦しい空気は消えなかった。

 海中の敵を発見できないまま、果たして包囲など可能なのか。

 誰も、その疑問を口にはしなかった。

 海神作戦開始から二十四時間。

 レイフォル周辺の海は、既に日本の原子力潜水艦にとって広大な狩り場へと変わりつつあった。

 

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総理大臣、ダンジョンを駆ける~憲政史上最低支持率◤4.6%◢の総理大臣がダンジョンで無双した結果、日本までもが無双する~(作者:三月菫)(オリジナル現代/冒険・バトル)

「総理はこの国を立て直すために、何をするんですか?」▼「ダンジョンに潜ります」▼「は?」▼ ▼第105代内閣総理大臣、和泉迅一郎(いずみじんいちろう)。▼政治不信による歴史的な与党の支持率低下の最中に行われた総裁選にて選出された若き総理である。▼彼は就任会見にて、かく語った。▼全国民の嘲笑の的になったその発言。▼だが、国民は気づいていなかった。▼この発言が、…


総合評価:537/評価:7.81/連載:33話/更新日時:2026年06月07日(日) 20:49 小説情報

【悲報】ここはStellaris世界でそのうち危機が来るらしい(作者:カカルキリヤ)(原作:Stellaris)

いつの間にかStellaris世界に転生していた転生者達。 掲示板を利用し他の転生者と協力して、いつか来る危機から銀河を守ることは出来るのか? そもそも彼らの精神は持つのか?


総合評価:2584/評価:8.77/連載:22話/更新日時:2026年05月25日(月) 22:00 小説情報


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