海の恐怖!グラ・バルカス帝国海軍vs原子力潜水艦 作:通常弾頭
中央暦1642年12月16日
パガンダ=レイフォル間沿岸海域
海上自衛隊 原子力潜水艦〈うんりゅう〉
海神作戦の開始から二日。
パガンダとレイフォルを結ぶ主要航路では、日本海軍の原子力潜水艦による通商破壊が続いていた。
グラ・バルカス帝国海軍は航行中の輸送船団と商船に対し、最寄りの港湾、軍事拠点、あるいは友軍艦隊の支配海域へ退避するよう命じている。
その結果、外洋から多くの船が姿を消した。
代わりに商船たちは、大型潜水艦が行動しにくい浅海域や、島々に囲まれた沿岸航路へ殺到していた。
原子力潜水艦の圧倒的な航続力と高速性能も、海が浅くなれば大きく制限される。
水深が浅ければ海底や海面からの反響音が複雑に重なり、ソナーによる識別が困難になる。大型の船体を持つ原子力潜水艦にとって、海底への接触事故も無視できない。
帝国海軍は、そうした海域ならば日本の潜水艦も容易には接近できないと考えていた。
だが、原子力潜水艦〈うんりゅう〉の艦長、睦月康隆二等海佐は違った。
「商船の推進音、十以上。奥に軍艦と思われる騒音源もあります」
ソナー員の報告を受け、睦月は海図へ視線を落とした。
〈うんりゅう〉が潜航している海域の水深は、およそ八十メートル。
原子力潜水艦が自由に戦闘機動を行うには、あまりにも浅い。
少しでも操艦を誤れば海底へ接触する。急激な深度変更もできず、敵の爆雷や魚雷から逃げる空間も限られていた。
「軍艦の数は?」
「大型艦が一、駆逐艦と思われるものが複数。商船は沿岸の泊地に集まっているようです」
「上手く逃げ込んだものだな」
副長が海図を覗き込んだ。
「艦長。本当に接近しますか?」
「商船を外洋へ追い出すだけでも意味はある。ここが安全ではないと分からせれば、敵はさらに多くの護衛艦を沿岸へ回さなきゃならなくなる」
「ですが、水深80メートルですよ」
「分かっている」
睦月は静かに答えた。
「だから慎重に行く。速力5ノット。海底との距離を20メートルに保て」
「了解。速力5ノット、艦底余裕20」
〈うんりゅう〉は速度を落とし、入り組んだ沿岸海域へ進んでいった。
原子炉を動力とする潜水艦であっても、静粛性を求めれば極めて低速で航行する。
艦内の不要な機器は停止され、乗組員たちは足音すら立てないように動く。
目標海域へ向かう巨大な艦体は、海底の起伏に合わせて緩やかに深度を変える。
「商船までの距離、2万2000」
「護衛艦は?」
「まだ動きはありません」
「こちらには気づいていないか」
睦月が呟いた、その時だった。
ソナー員が突然、顔を上げた。
「新たな騒音源を探知!」
「方位は?」
「右舷後方、方位148! 高速推進音4!」
発令所の空気が変わる。
「分析急げ」
「二軸推進、軍用艦です。駆逐艦クラスと思われます」
「4隻か」
副長が険しい表情を浮かべる。
「こちらへ向かっています」
「偶然ではないな」
睦月は海図上に4隻の推定位置を表示させた。
敵駆逐艦は広がった隊形を取りながら、〈うんりゅう〉の後方から近づいている。
明らかに何かを追跡する動きだった。
「探信音は?」
「ありません。アクティブソナーは使用していません」
「聴音だけでこちらを拾ったか」
浅海域では、海底や海面からの反響がソナーを混乱させる。
だが同時に、逃げ場の少ない海中では潜水艦の音が特定の方向へ伝わりやすくなる場合もあった。
〈うんりゅう〉は静粛航行を続けていたが、完全な無音ではない。
原子炉冷却系。
各種補機。
推進器。
艦内で動作する無数の装置が、微かな振動を海中へ放っている。
敵はそれを拾ったのだ。
「敵艦隊までの距離、1万6000」
「こちらへ収束しています」
「潜水艦を探す動きに慣れてきたな」
「艦長、離脱すべきです」
副長の進言に、睦月も頷いた。
商船を攻撃するために、艦そのものを危険へさらす必要はない。
「針路を北東。速力10ノットまで上げる」
「了解。針路北東、速力10ノット」
〈うんりゅう〉がゆっくりと進路を変える。
だが、敵駆逐艦もそれに合わせるように針路を修正した。
「敵艦、変針しました」
「追ってきます」
「こちらの進路変更を把握しているな」
睦月は眉をひそめた。
敵は〈うんりゅう〉の正確な位置までは掴んでいない。
しかし、おおよその方位と移動方向を、複数艦の聴音結果から割り出している。
帝国海軍の対潜戦術は、確実に進歩していた。
同時刻
パラス級対潜駆逐艦〈アルゴス〉
「目標推進音、方位034!」
聴音員が叫んだ。
「距離は?」
「推定1万2000! 北東方向へ移動しています!」
「逃がすな」
4隻のパラス級対潜駆逐艦を率いる部隊指揮官は、海図上の推定位置を睨んだ。
パラス級は、日本海軍の潜水艦に対抗するため、対潜装備を強化された駆逐艦である。
艦底の各種聴音装置。
爆雷投射機。
多連装対潜ロケット砲。
そして今回、新たに実戦配備された誘導魚雷を搭載していた。
ムーでに入手した日本語の技術資料を基に開発された、新型G7s誘導魚雷である。
帝国海軍で広く使用されている530ミリ口径のG7魚雷を基礎とし、目標の推進音を追跡するパッシブ音響誘導装置を組み込んだ兵器である。
従来の直進魚雷と異なり、発射後に目標が進路を変更しても、自動的に追尾できる。
少なくとも、帝国海軍技術本部からはそう説明されていた。
「目標の速度は?」
「約10ノット。徐々に増速しています」
「やはり日本軍の潜水艦だ」
「これほど浅い海へ侵入してくるとは……」
「商船を狙っていたのだろう。だが、こちらにとっては好都合だ」
深い海では、日本の潜水艦は信じられない速度で逃走する。
しかし、この海域では深く潜ることができない。
海底と海面に挟まれ、行動できる範囲も限られている。
「各艦、聴音結果を共有。目標の未来位置を算出せよ」
『〈ネレウス〉、目標方位を確認』
『〈ラドン〉、目標音を捕捉中』
『〈オルフェウス〉、右舷側へ回り込みます』
四隻の駆逐艦が扇状に広がり、潜水艦の逃走方向を塞いでいく。
相手が高速である以上、爆雷攻撃のために真上まで接近することは難しい。
だが、新型誘導魚雷ならば話は別だった。
「魚雷発射用意」
「新型G7s、発射管へ装填済みです」
「各艦二本。時間差を設けて発射する」
「了解」
合計八本の誘導魚雷。
どれほど高速の潜水艦であっても、浅い海域で八本の魚雷に追われれば逃げ切れない。
「目標推定距離、9000!」
「魚雷諸元入力完了!」
「全艦、発射」
「発射!」
〈アルゴス〉の舷側魚雷発射管から、二本のG7s誘導魚雷が海中へ飛び込んだ。
続いて他の三隻からも魚雷が発射される。
合計八本の魚雷が、それぞれ僅かに異なる角度から〈うんりゅう〉の推定位置へ向かっていった。
「魚雷、正常航走!」
「目標音を捉えるまで直進を継続!」
部隊指揮官は拳を握り締めた。
「よし、今度こそ日本の潜水艦を沈めるぞ」
同時刻
原子力潜水艦〈うんりゅう〉
「水中爆発音……いえ、着水音複数!」
ソナー員がヘッドホンを押さえた。
「方位150から180。小型推進音を確認!」
「魚雷か?」
「はい。八つあります!」
発令所内に警報が鳴り響く。
「魚雷接近! 総員、戦闘配置!」
「魚雷の誘導方式は?」
「探信音はありません!」
「アクティブではない……」
睦月は瞬時に考える。
魚雷から探信音が聞こえない以上、自ら音波を発して目標を探しているわけではない。
直進魚雷でなければ、考えられるのはパッシブ音響誘導だった。
潜水艦の推進音や機関音を聞き、その音へ向かってくる魚雷。
「魚雷、こちらの変針に追従しています!」
「間違いありません。追尾されています!」
「音を追ってくるなら、静かにすればよいのでは?」
副長が尋ねる。
「この距離では遅い」
睦月は首を横に振った。
「今から機関を絞っても、奴らは既に本艦の方向を掴んでいる。浅過ぎて下にも逃げられない」
「では、デコイを放出しますか?」
「八本全部を引きつけられる保証はない」
海図には、海底の起伏が詳細に表示されている。
〈うんりゅう〉の前方には、砂泥質の海底が広がっていた。
海流によって運ばれた細かな砂が堆積し、周辺より僅かに深くなっている場所である。
睦月は、その海底地形を見つめた。
「海底までの距離は?」
「艦底から12メートルです」
「砂泥質だな?」
「はい。提供された海底地質情報では、細砂と泥の混合層です」
「艦長?」
副長が睦月の横顔を見る。
睦月は艦長席の手すりを握った。
「魚雷が音を追うなら、聞かせてやればいい」
「何をするおつもりですか?」
「海底をかき回す」
一瞬、発令所が静まり返った。
「最大戦速」
「艦長、ここは水深80メートルです!」
「承知している」
「最大戦速では、海底へ接触する危険が――」
「だから操舵を誤るな」
睦月は前方を見据えた。
「深度を維持。海底との距離10はメートル。最大戦速!」
「……了解!」
「最大戦速! 深度そのまま!」
「原子炉出力上昇!」
「主機、最大!」
原子炉から生み出される膨大な力が推進器へ送り込まれる。
〈うんりゅう〉の船体が震えた。
推進器の回転数が急激に上昇し、艦尾から凄まじい水流が噴き出す。
海底に堆積していた砂と泥が巻き上げられ、〈うんりゅう〉の後方に巨大な濁流が生まれた。
「速力20ノット!」
「艦底余裕10!」
「艦首上げ一度! 海底の起伏に注意!」
「了解!」
「魚雷までの距離、4000!」
浅海域を、巨大な原子力潜水艦が全速力で突進する。
海底付近の水流が激しく乱れ、巻き上がった砂泥が海中を満たす。
推進器から生じる騒音。
船体表面を流れる乱流。
海底へぶつかり、複雑に反射する音。
砂礫が海底を転がる無数の衝突音。
静かだった海中は、一瞬にして巨大な騒音の塊へと変わった。
「速力28ノット!」
「魚雷、追尾しています!」
「まだだ」
睦月は海図を見つめ続ける。
前方に、海底が緩やかに盛り上がる場所があった。
「三十秒後、面舵いっぱい」
「面舵いっぱい、用意!」
「魚雷まで2500!」
「二十秒!」
「艦底余裕8メートル!」
「十秒!」
睦月は時計を睨む。
「今だ。面舵いっぱい!」
「面舵いっぱぁい!」
〈うんりゅう〉が大きく右へ傾いた。
最大戦速のまま、浅い海底をなぞるように急旋回する。
艦尾から噴き出す強烈な水流が、さらに大量の砂を巻き上げた。
「魚雷、一部が旋回に追従!」
「残りは直進を続けています!」
「海底の高まりを越えたら機関停止。急速減速する」
「この速度からですか!?」
「やれ!」
「了解!」
〈うんりゅう〉は海底の小さな尾根を越えた。
「機関停止!」
「主機停止!」
「逆進!」
「逆進いっぱい!」
それまで最大出力を発揮していた推進器が、急激に回転を落とす。
艦内へ低い振動が伝わり、乗組員たちの身体が前方へ押し出された。
〈うんりゅう〉の速度が急速に低下していく。
「速力18!」
「12!」
「8ノット!」
「艦首下げ二度!」
「魚雷は?」
「三本、こちらへの追尾を継続!」
「五本は?」
「騒音源へ向かっていますが、本艦ではありません!」
ソナー員が叫んだ。
「後方の海域を旋回しています!」
睦月は息を吐いた。
初期型G7sは、海中で最も大きく聞こえる音へ向かう。
しかし、目標識別能力は低かった。
〈うんりゅう〉が巻き上げた砂泥と乱流によって、潜水艦の正確な位置を示す音は複雑にかき乱されている。
急旋回後に推進器の回転数を落としたことで、魚雷から見た〈うんりゅう〉の音は突然小さくなった。
代わりに魚雷の探知装置へ届いたのは、海面上を高速で航行する複数の駆逐艦の推進音だった。
「残る三本へデコイを放出!」
「音響デコイ、発射!」
〈うんりゅう〉の船体から複数の音響欺瞞装置が放出される。
人工的な推進音を発するデコイへ、残った魚雷が進路を変え始めた。
「魚雷一、デコイへ移行!」
「魚雷二も本艦から離れます!」
「最後の一発は?」
「まだ追尾中!」
「取舵十度。速力5ノット」
「取舵十度、速力5ノット!」
〈うんりゅう〉が静かに進路を変える。
最後の魚雷はしばらく潜水艦を追っていたが、やがて急激に進路を変えた。
「魚雷、本艦から離れます!」
「新たな騒音源を追跡しているようです!」
「海上の駆逐艦か」
睦月は天井を見上げた。
「自分で放った魚雷だ。責任を持って受け取ってもらおう」
パラス級対潜駆逐艦〈アルゴス〉
「目標音を見失いました!」
「何だと!?」
「海中の反響が急激に増大! 多数の騒音源が重なっています!」
〈アルゴス〉の聴音室は混乱していた。
それまで明瞭に捉えていた日本潜水艦の推進音が、突如として激しい雑音に覆われたのである。
海底付近から、巨大な水流音が響いている。
砂礫が動く音。
海底や海面へ乱反射する推進音。
日本潜水艦が高速で旋回したことで、音の方向も絶えず変化していた。
「敵潜水艦はどこだ!」
「分かりません!」
「魚雷は追尾しているはずだ!」
「各魚雷の推進音も混ざっています! 個別に識別できません!」
「全艦、速力を落とせ! 聴音の妨げになる!」
部隊指揮官が命令する。
しかし、その命令が全艦へ伝わるよりも早く、〈ネレウス〉から緊急通信が入った。
『こちら〈ネレウス〉! 魚雷音を探知!』
「敵潜水艦が発射したのか!?」
『違います! 後方から接近しています!』
「後方だと?」
『こちらの魚雷です! 発射したG7sが反転しています!』
艦橋にいた者たちは、自分の耳を疑った。
「馬鹿な! 敵潜水艦を追っているはずだ!」
『魚雷、こちらを追尾中! 二本、いや三本!』
「機関停止! 音を消せ!」
『間に合いません!』
受話器の向こうから警報音と怒号が聞こえる。
『魚雷接近! 取舵いっぱい!』
数秒後。
通信が途絶えた。
遠方の海面に、巨大な水柱が立ち上がる。
「〈ネレウス〉被雷!」
「船体中央部に命中!」
G7s誘導魚雷の一発が、〈ネレウス〉の機関区画付近へ直撃した。
二百八十キログラムの炸薬が爆発し、艦底と隔壁をまとめて吹き飛ばす。
機関室へ大量の海水が流入し、蒸気配管が破裂した。
艦内から白煙と黒煙が同時に噴き上がる。
「〈ネレウス〉、急速に傾斜!」
「救助へ向かわせろ!」
「待ってください!」
聴音員が再び叫ぶ。
「本艦へ魚雷接近!」
「何っ!?」
「左舷後方! 距離2000!」
「機関停止!」
「既に最低速です!」
「ならば全速前進! 魚雷を振り切れ!」
矛盾した命令が艦橋を飛び交う。
G7sが音を追跡する以上、速度を上げれば魚雷に発見されやすくなる。
だが、機関を停止すれば、既に接近している魚雷を回避できない。
「魚雷、左舷1000!」
「面舵いっぱい!」
〈アルゴス〉が大きく舵を切る。
魚雷の航跡が艦尾近くを通過した。
「かわした!」
見張員が叫ぶ。
だが魚雷はそのまま直進せず、緩やかな弧を描いて旋回を始めた。
「魚雷、再接近!」
「また戻ってくるぞ!」
「本艦の推進音を追っています!」
「機関停止! 今度こそ止めろ!」
推進器が回転を落とす。
魚雷は一時的に〈アルゴス〉への進路を見失った。
しかし次の瞬間、付近を航行していた〈ラドン〉が、救助のために増速する。
G7sは新たに聞こえてきた大きな推進音へ反応し、進路を変更した。
『魚雷がこちらへ来る!』
「〈ラドン〉、機関を止めろ!」
『既に回避運動中です!』
「速度を上げるな! 音を聞かれるぞ!」
『では、どうやって避けろと!?』
通信機から悲鳴にも似た声が響く。
〈ラドン〉は左右へ激しく舵を切った。
しかし、その回避運動によって推進器の音はさらに大きくなる。
魚雷は迷うことなく〈ラドン〉へ向かった。
「魚雷接近!」
『総員、衝撃に備え――』
二度目の爆発。
〈ラドン〉の艦尾が、炎と水柱に包まれた。
推進器と舵が吹き飛び、艦尾機関区画が瞬時に浸水する。
急激に速度を失った〈ラドン〉へ、別のG7sが接近した。
今度は船体中央部へ直撃する。
最初の被雷で弱っていた船体は二度目の爆発に耐えられず、大きく折れ曲がった。
『〈ラドン〉、航行不能!』
『船体が折れます!』
『総員退艦!』
部隊指揮官は青ざめた顔で、炎上する二隻を見つめた。
「残る魚雷はどこだ……」
「複数が燃料切れで停止したと思われます」
「思われる?」
「海中の雑音が多過ぎて、確認できません!」
「〈オルフェウス〉へ命令! 機関停止! いかなる音も出すな!」
『しかし、敵潜水艦は――』
「今は味方の魚雷の方が危険だ!」
四隻で始めた対潜攻撃。
日本の潜水艦へ命中した魚雷は一本もない。
それどころか、自ら発射した新型誘導魚雷によって二隻が失われようとしていた。
「敵潜水艦の音は?」
「完全に消失しました」
「逃げられたのか」
「……はい」
部隊指揮官は唇を噛んだ。
海面には、〈ネレウス〉と〈ラドン〉から投げ出された乗組員が浮かんでいる。
既に日本潜水艦を追う状況ではなかった。
「対潜戦闘を中止する」
「よろしいのですか?」
「これ以上魚雷を発射すれば、次は我々が沈む」
部隊指揮官は炎上する二隻を見つめたまま命じた。
「生存者を救助せよ。商船には引き続き泊地で待機するよう伝えろ」
「了解……」
「敵潜水艦を取り逃がしたことも、二隻が味方魚雷によって被雷したことも、すべて司令部へ報告する」
苦渋に満ちた声だった。
商船は守られた。
日本潜水艦による攻撃も受けていない。
その一点だけを見れば、対潜哨戒部隊は任務を達成していた。
しかし、その代償は駆逐艦二隻。
しかも敵の攻撃によるものではない。
帝国が日本潜水艦を倒すために開発した新兵器が、帝国自身へ牙を剥いたのである。
同時刻
原子力潜水艦〈うんりゅう〉
「敵艦二隻から大規模な爆発音を確認」
「一隻は船体崩壊音あり。もう一隻も推進音を喪失しました」
「残存する二隻は機関を停止しています」
〈うんりゅう〉は低速で海底付近を離脱していた。
最大戦速で巻き上げた砂泥は、未だ海中を漂っている。
ソナー画面には複雑な反響が残り、敵艦も〈うんりゅう〉の正確な位置を捉えられていなかった。
「こちらの損害は?」
「艦内各部、異常ありません」
「ソナードーム正常」
「推進器にも問題なし。ただし、海底付近での最大戦速航行により、各部の詳細点検が必要です」
「分かった」
睦月は艦長席へ深く座った。
危険な賭けだった。
海底の起伏を読み違えていれば、〈うんりゅう〉は海底へ衝突していた。
砂泥を巻き上げても、敵魚雷が正確に追尾を続けていれば逃げ切れなかった可能性もある。
「商船は?」
「泊地内に留まっています。護衛艦も救助活動を開始したようです」
「攻撃は中止する」
睦月は即座に命じた。
「敵は新型魚雷を実戦投入している。性能の確認を優先しよう。浅海域で無理に商船を狙う必要はない」
「了解です」
「それに、救助作業中の艦艇へ近づけば、今度こそ捕捉されかねない」
副長が小さく息を吐いた。
「結果的に商船は守られましたね」
「ああ」
睦月は海図へ視線を落とした。
「こちらは攻撃できず、敵も本艦を沈められなかった。戦術的には引き分けだ」
「敵は駆逐艦を二隻失っていますが」
「それは彼らが自分で沈めた艦だ。本艦の戦果には数えられないよ」
発令所内に、僅かな笑いが起きた。
緊張が少しだけ和らぐ。
「しかし、笑ってばかりもいられない」
睦月の言葉に、乗組員たちは再び表情を引き締めた。
「初期型とはいえ、帝国は音響誘導魚雷を完成させた。今回は欠陥に助けられたが、改良されれば厄介な兵器になる」
「司令部へ緊急報告を送りますか?」
「定時通信を待たず、優先情報として送る」
睦月は報告内容を読み上げる。
「敵対潜駆逐艦四隻と遭遇。敵はパッシブ音響誘導式と思われる新型魚雷を8本発射」
通信士がメモを取る。
「魚雷は目標識別能力が低く、大きな騒音源へ無差別に誘導される傾向あり。浅海域の海底反響、砂泥及び音響デコイによって欺瞞可能」
艦長は続ける。
「敵艦二隻が自軍魚雷により被雷。一隻沈没確実、一隻航行不能と推定」
通信士が内容を入力していく。
「最後に付け加えてくれ」
「何でしょう?」
「敵魚雷の改良型投入を警戒すべし」
「了解しました」
〈うんりゅう〉は沿岸海域を離れ、より深い海へ向かって進む。
商船を沈めることはできなかった。
だが、日本海軍は帝国が誘導魚雷を実戦投入したという重要な情報を手に入れた。
一方、グラ・バルカス帝国海軍もまた、日本の原子力潜水艦を聴音で捕捉し、魚雷発射にまで持ち込んでいる。
帝国の対潜能力は、間違いなく向上していた。
しかし、急造された新兵器は未成熟であり、敵と味方を区別する能力すら不十分だった。
後に帝国海軍内部で「沿岸海域誘導魚雷事故」と呼ばれるこの戦闘は、新型G7s誘導魚雷の欠陥を、最悪の形で証明することとなった。
商船に被害はなかった。
日本の潜水艦も撃沈されなかった。
ただ二隻の帝国駆逐艦だけが、味方の放った魚雷によって海底へ沈んでいった。