海の恐怖!グラ・バルカス帝国海軍vs原子力潜水艦   作:通常弾頭

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第十八話

中央暦1642年12月21日

海神作戦開始から七日

 

 日本海軍がグラ・バルカス帝国に対する無制限潜水艦作戦――海神作戦を開始してから、一週間が経過した。

 レイフォル周辺海域へ送り込まれた六隻の原子力潜水艦は、それぞれに割り当てられた哨戒海域で通商破壊を継続している。

 原子力潜水艦は、通常動力型潜水艦のように蓄電池を充電するため浮上する必要がない。

 何日でも潜航を続け、海中を高速で移動し、帝国海軍の哨戒網が薄い場所へ自由に進出できる。

 輸送船団を発見すれば数時間、時には一日以上にわたって追尾し、護衛艦艇の配置や船団の進路を分析したうえで攻撃する。

 攻撃後は海中を二十ノット以上で離脱し、追跡部隊を振り切って次の哨戒海域へ移動する。

 

 帝国海軍にとって、これほど厄介な敵は存在しなかった。

 

 海神作戦開始から七日間で、撃沈が確認された軍事輸送従事中の商船は三十七隻。

 タンカー、鉱石運搬船、兵員輸送船、弾薬輸送船を合わせ、その総トン数は二十六万総トンを超えた。

 さらに、護衛に当たっていた巡洋艦、駆逐艦、哨戒艦、護衛空母など十六隻が撃沈あるいは航行不能となっている。

 消息不明の船舶や、港へ曳航された後に廃船となった艦を含めれば、実際の損害はさらに大きかった。

 

 対する日本側の損失は、未だ皆無。

 

 帝国海軍は複数回にわたって原子力潜水艦らしき推進音を捕捉し、爆雷、対潜ロケット、新型誘導魚雷による攻撃を実施していた。

 だが、撃沈を証明する残骸はおろか、油膜すら確認できていない。

 帝国海軍が海底へ送り込んだ爆雷の数だけが、日を追うごとに増えていった。

 


 

グラ・バルカス帝国海軍司令部

 

「第九輸送船団、入港予定時刻を過ぎても連絡がありません」

「最後の通信位置は?」

「パガンダ北東二百二十キロです。救難信号は確認されていません」

「敵潜水艦に通信設備を破壊されたか、船団ごと沈められた可能性があります」

 

 海軍司令部の作戦室では、報告が途切れることなく読み上げられていた。

 巨大な海図には、沈没地点を示す赤い印が無数に書き込まれている。

 特に多いのは、パガンダとレイフォルを結ぶ海域だった。

 同航路は、帝国本土からレイフォル方面へ物資を運ぶうえで最も重要な中継路である。

 グラ・バルカス帝国は、まず本土からパガンダへ物資を集積する。

 そこから大型輸送船へ積み替え、レイフォルを経由してムー大陸の前線部隊へ送り込んでいた。

 その大動脈が、完全に塞がれようとしている。

 

「パガンダ港に入港した商船は、現在何隻だ」

 

 海軍大将カイザルの問いに、兵站参謀が資料を確認する。

 

「軍徴用船を含め、百四十二隻です」

「積荷は?」

「航空燃料、重油、砲弾、車両部品、食料などです。しかし潜水艦の攻撃を恐れ、出港できません」

「レイフォル側は?」

「大小合わせて八十九隻が泊地へ退避しています。こちらも同様です」

 

 海神作戦の開始を受け、カイザルは航行中の船団へ最寄りの帝国軍勢力圏へ退避するよう命令した。

 その判断によって、多数の商船が日本潜水艦の攻撃を免れている。

 だが同時に、帝国の海上輸送は停止した。

 港湾や沿岸泊地には物資を満載した商船がひしめいているものの、それを目的地へ運ぶことができない。

 たとえ港に百万トンの物資が積まれていようと、前線へ届かなければ存在しないも同然であった。

 

「空輸量はどの程度だ」

「大型輸送機を総動員していますが、海上輸送の一割にも達しません」

「一割か」

「航空機は燃料も消費します。空輸を増やすほど、前線へ届けられる燃料の実質量は減少します」

 

 兵站参謀の説明に、作戦室の空気がさらに重くなる。

 数千トンの物資を一度に運べる輸送船と違い、航空機が一回の飛行で運べる量には限界がある。

 輸送機を何百機飛ばそうとも、船団一つ分の輸送量には及ばない。

 しかも、航空輸送には高品質な燃料が必要となる。

 燃料を運ぶために燃料を使い、その途中で事故や敵の迎撃によって機体が失われる可能性もあった。

 

「ムー方面の陸軍部隊からは、燃料供給を求める要請が殺到しています」

「機甲部隊の状況は?」

「一部部隊では、保有車両の三割を稼働停止としています。燃料を保存するため、哨戒活動も縮小中です」

「航空隊は?」

「迎撃待機を除く飛行が制限されています。訓練飛行は全面中止。偵察任務も回数を減らしています」

 

 帝国軍の戦闘能力は、まだ失われてはいない。

 戦車も航空機も砲弾も存在する。

 だが、それらを動かす燃料が届かない。

 戦闘車両は整然と駐車場へ並べられ、航空機は滑走路脇へ固定されていた。

 ムー軍による大規模な侵攻は、未だ確認されていない。

 しかし、仮に今攻撃を受ければ、帝国軍は満足な機動戦を展開できなかった。

 

「それだけではありません」

 

 情報参謀が、新たな書類をカイザルの前へ置いた。

 

「占領地各地で暴動が発生しています」

「規模は?」

「現時点では小規模です。食料倉庫への襲撃、鉄道施設への放火、通信線の切断、帝国軍巡察隊への投石などが中心です」

「武装蜂起ではないのか」

「組織的な反乱には至っていません。しかし、パガンダ=レイフォル間の輸送停止が長引いているという噂が広まっています」

 

 物資が届かないのは、軍隊だけではない。

 帝国の占領統治下に置かれた都市にも、食料、燃料、医薬品、工業製品が届かなくなり始めていた。

 輸送の遅れによって配給量が減り、物価が上昇する。

 現地住民は、それを帝国支配の弱体化と受け取った。

 

「帝国軍には、もはや物資を運ぶ力がない」

「日本軍が帝国の船をすべて沈めた」

「ムー軍が間もなく解放してくれる」

 

 そのような噂が、占領地の市場や酒場で囁かれている。

 今のところ、暴動は憲兵隊と現地守備隊によって鎮圧されていた。

 だが、鎮圧に向かう車両を動かそうにも燃料が必要となる。

 治安維持部隊を市街地へ派遣すれば、前線の兵力が減る。

 補給不足は、帝国の軍事力だけでなく、占領統治そのものを内部から蝕み始めていた。

 

「たった数隻の潜水艦が、ここまで……」

 

 若い参謀が思わず呟いた。

 

「数隻とは限らん」

 

 カイザルは海図から目を離さずに答えた。

 

「確認された攻撃地点から推測した数にすぎない。交代艦が既に投入されている可能性もある」

「では、日本軍はさらに多くの潜水艦を……」

「重要なのは数ではない」

 

 カイザルは参謀たちを振り返った。

 

「敵潜水艦にも限界はある」

「限界、ですか」

「人員でも燃料でもない。魚雷だ」

 

 作戦室内が静まり返る。

 

「原子力機関によって、敵は長期間潜航できる。海中を高速で移動することもできる。だが、魚雷と誘導弾を艦内で製造することはできない」

 

 海神作戦開始から一週間。

 日本の潜水艦は多数の商船と軍艦を撃沈している。

 一隻につき一本の魚雷を使用したとしても、既に相当数の弾薬を消費したはずである。

 実際には、撃沈を確実にするため複数本を発射した攻撃も確認されていた。

 

「敵潜水艦を発見し、撃沈することだけが対潜戦闘ではない」

 

 カイザルは海図上に並ぶ港と泊地を指し示す。

 

「攻撃を強要し、魚雷を使わせろ」

「護衛艦を囮にするのですか?」

「囮ではない。潜水艦を追い立てるための戦力だ」

 

 カイザルは即座に否定した。

 だが、その作戦が護衛艦艇に大きな損害を強いるものであることは、誰の目にも明らかだった。

 

「足の遅い護衛空母を中心とした哨戒部隊では、敵潜水艦の移動に追従できん。巡洋艦と高速駆逐艦を中心に、機動対潜部隊を編成する」

「対潜空母はどうしますか?」

「後方から飛行艇を運用させる。機動対潜部隊は飛行艇の磁気探知、聴音浮標、沿岸監視所からの情報を受けて高速で現場へ急行する」

「発見後は?」

「敵潜水艦を海域から追い出せ。爆雷でも対潜ロケットでも誘導魚雷でも構わん。撃沈できなければ、攻撃位置を変えさせるだけでもいい」

 

 カイザルは別の海図を広げた。

 そこには、パガンダやレイフォル周辺の泊地に退避している商船の位置が記されていた。

 

「対潜部隊が敵を追い回している間に、商船を回航させる」

「同時にですか?」

「そうだ。日本潜水艦が商船を狙えば魚雷を消費する。護衛艦を狙っても同じだ。攻撃せず退避するなら、商船は目的地へ到達できる」

「しかし、損害は避けられません」

「既に輸送は止まっている」

 

 カイザルは冷たく言い放った。

 

「何もしなければ、前線は一滴の燃料も受け取れん。すべての船を守ろうとするな。一隻でも多く、目的地へ到達させろ」

 

 潜水艦を沈めることに固執しない。

 敵の魚雷を消費させ、戦場から一時的に退かせる。

 そのわずかな時間に、溜まっていた商船を一斉に移動させる。

 それが、カイザルの考えた対抗策だった。

 

「各艦隊へ命令を出せ」

 

 カイザルの声が、作戦室へ響く。

 

「機動対潜作戦を開始する」

 


 

 翌日、グラ・バルカス帝国海軍はレイフォル周辺の各海域で一斉に動き始めた。

 巡洋艦と高速駆逐艦を中心とした機動対潜部隊が、救難信号の発信地点や潜水艦の推定進路へ殺到する。

 空からは、護衛空母や沿岸基地を発進した飛行艇が低空を飛び、磁気探知機と聴音浮標によって海中を捜索した。

 沿岸監視所も、海面に現れる不審な航跡や潜望鏡を警戒する。

 日本の原子力潜水艦が存在すると推定された海域には、数十発、時には数百発の爆雷が投下された。

 爆発による水柱が海面を埋め尽くす。

 海中へ放たれた対潜ロケットが次々と炸裂し、浅海域では海底の砂泥が巻き上げられた。

 新型G7s誘導魚雷も大量に使用された。

 初期型の欠陥による同士討ちを避けるため、発射後は味方艦が機関を停止し、魚雷の進行方向から離れるという暫定的な運用規則が定められている。

 それでも誤作動や誤追尾は発生したが、以前のような大規模な同士討ちは減少していた。

 対する日本の潜水艦も、ただ逃げ続けたわけではない。

 高速で接近する対潜駆逐艦へ魚雷を発射し、捜索部隊の中核となる護衛空母へ潜水艦発射型ハープーンを撃ち込む。

 商船団が泊地から出港すれば、その進路へ先回りして待ち伏せた。

 レイフォル南方海域では、原子力潜水艦一隻が機動対潜部隊に包囲されながら、魚雷六本を発射して駆逐艦二隻を撃沈。

 爆雷攻撃を受けつつ、三十ノット近い速度で包囲網を突破した。

 パガンダ東方では、商船十五隻と護衛艦九隻からなる船団が攻撃を受け、商船四隻と駆逐艦一隻を失った。

 しかし、残る十一隻の商船はレイフォル方面への回航に成功している。

 帝国北方航路では、対潜巡洋艦が魚雷を受けて大破したものの、その間にタンカー七隻が沿岸港へ逃げ込んだ。

 

 機動対潜作戦は、日本の原子力潜水艦を一隻も撃沈できなかった。

 

 帝国海軍は一度だけ、大規模な水中爆発の後に推進音が停止したと報告した。

 だが、海面へ浮上したのは音響欺瞞用のデコイと、爆発で死んだ魚だけだった。

 翌日には、撃沈したはずの海域から百キロ以上離れた場所で新たな雷撃が発生している。

 

 またしても、日本側の損害を示す証拠は得られなかった。

 

 帝国海軍が支払った代償は大きい。

 

 機動対潜作戦の開始から三日間で、駆逐艦六隻、巡洋艦二隻、護衛空母一隻が撃沈された。

 大破して曳航された艦艇も十隻を超える。

 商船も十一隻が失われた。

 それでも、泊地に閉じ込められていた商船のうち六十隻以上が回航に成功した。

 前線へ届いた物資は必要量には遠く及ばなかったものの、完全に枯渇しかけていた航空燃料と車両用燃料が補充された。

 帝国軍は数日分の活動能力を取り戻すことができた。

 そして何より、日本の潜水艦は大量の魚雷と対艦ミサイルを使用した。

 


 

日本海軍潜水艦隊司令部

 

「各艦からの残弾報告、出揃いました」

 

 防衛省の幹部にして、海神作戦の発案者の一人である三津木が一覧表を司令官へ差し出した。

 

「〈うんりゅう〉、残存兵装十六。〈はくりゅう〉、十四。〈けんりゅう〉は十一です」

「〈そうりゅう〉は?」

「現在交戦中ですが、最後の定時通信では十二発。以降、少なくとも魚雷三本とハープーン二発を使用したと推定されます」

「一週間で、随分と撃ったものだな」

 

 司令官は眉をひそめた。

 そうりゅう型原子力潜水艦が搭載できる魚雷及び潜水艦発射型ハープーンは、合計四十発。

 外洋で長期間行動する潜水艦にとって、決して少ない数ではない。

 だが、海神作戦では敵商船だけでなく、次々と送り込まれる護衛艦艇や対潜部隊とも交戦しなければならなかった。

 帝国海軍は、日本潜水艦を撃沈することには失敗している。

 しかし、護衛艦を惜しまず投入し、攻撃を繰り返すことで、日本側へ魚雷の使用を強要していた。

 

「敵も、こちらの弱点に気づいたようです」

「ああ。燃料切れを狙えないなら、弾切れを狙う。当然の判断だ」

「哨戒を継続させますか?」

「残弾十発以下の艦は交代させる。無理をさせる必要はない」

 

 司令官は海図上の後方海域を指した。

 そこには、日本海軍の護衛部隊によって確保された臨時補給海域が設けられている。

 

「〈けんりゅう〉は直ちに後退。〈そうりゅう〉も現在の交戦が終了次第、補給海域へ向かわせろ」

「〈うんりゅう〉は?」

「船体と推進器の点検を優先する。沿岸海域で海底すれすれを最大戦速で走ったそうじゃないか」

「艦長は異常なしと報告しています」

「艦長が大丈夫だと言うのと、本当に大丈夫なのは別問題だ」

 

 司令官は苦笑した。

 

「潜水母艦〈ちよだ〉に受け入れ準備を命じろ。魚雷とハープーンの補給、食料の搭載、原子炉及び推進器の点検を実施する」

「交代艦は?」

「第二陣を投入する。補給を終えた艦から、順次戦列へ復帰させればよい」

 

 日本海軍は、海神作戦を六隻だけで終わらせるつもりはなかった。

 後方には交代要員となる原子力潜水艦が待機している。

 魚雷を使い切りかけた艦は後退し、ちよだ型潜水救難母艦から補給を受ける。

 その間は、別の潜水艦が哨戒海域を引き継ぐ。

 グラ・バルカス帝国海軍が一時的に魚雷を消耗させることに成功しても、補給と交代の仕組みが維持されている限り、海神作戦そのものを止めることはできなかった。

 


 

中央暦1642年12月21日

レイフォル南西海域

海上自衛隊 原子力潜水艦〈そうりゅう〉

 

「敵護衛空母、右舷へ回頭!」

「護衛駆逐艦三隻、こちらへ接近しています!」

 

 〈そうりゅう〉の発令所には、断続的なアクティブソナー音が響いていた。

 帝国海軍の機動対潜作戦が開始されて以来、〈そうりゅう〉は何度も護衛艦艇から追跡を受けている。

 恒星艦長はそのたびに深度、水温層、海底地形を利用して追跡を振り切っていた。

 だが今回は、敵の動きがこれまでより速い。

 護衛空母一隻。

 駆逐艦六隻。

 さらに周辺上空には、磁気探知機を搭載した飛行艇が展開している。

 護衛空母は後方へ下がりながら飛行艇を運用し、駆逐艦だけを前方へ送り込んでいた。

 先に撃沈された〈カペラ〉の教訓を反映した陣形である。

 

「敵も学習しているね」

「空母の周囲に駆逐艦三隻を残しています」

「簡単には近づけさせないつもりか」

「本艦を探知した駆逐艦は、左舷前方から接近中。最短距離6000です」

 

 強烈な探信音が〈そうりゅう〉の船体を叩いた。

 

「被探知の可能性あり!」

「敵駆逐艦、増速!」

「対潜ロケット発射音!」

「取舵二十。深度250」

「取舵二十度ぉ、深度250!」

 

 〈そうりゅう〉が急速に深度を下げる。

 直後、先ほどまで潜水艦がいた海域へ対潜ロケットが降り注いだ。

 複数の爆発が発生し、艦内の照明が僅かに揺れる。

 

「着弾!」

「損害は?」

「船体に異常なし!」

「敵駆逐艦、第二射準備中の模様!」

「空母までの距離は?」

「1万1000!」

 

 恒星は戦術表示画面を見つめる。

 このまま離脱することはできる。

 だが、敵護衛空母を残せば、飛行艇による捜索が続く。

 今後この海域へ入る味方潜水艦にとっても、脅威となるだろう。

 

「ハープーンを使うには近過ぎるか」

「最低射程は満たしていますが、発射カプセルの浮上位置を見られます」

「それなら魚雷だ」

 

 恒星は即座に決断した。

 

「一番、二番発射管。89式長魚雷、護衛空母を狙え」

「了解。一番、二番、目標護衛空母!」

「三番発射管、最接近中の駆逐艦」

「三番、目標駆逐艦!」

 

 火器管制員が目標の針路と速度を入力する。

 

「護衛空母は増速しています。速力18ノット」

「改造商船にしては頑張るね」

「一番、二番、諸元入力完了!」

「三番も発射準備よし!」

「一番、二番、発射」

「発射了解、ファイア!」

 

 二本の89式長魚雷が発射管から射出された。

 続いて恒星が三番発射管へ命令を下す。

 

「三番、発射」

「ファイア!」

 

 三本目の魚雷が、接近する駆逐艦へ向かった。

 

「魚雷正常航走!」

「敵駆逐艦、魚雷発射音を探知した模様!」

「護衛空母へ警告を送っています!」

 

 海上の艦艇が一斉に動き始めた。

 護衛空母は黒煙を吐きながら最大戦速へ移行し、魚雷の進行方向へ艦首を向けようとする。

 直衛の駆逐艦二隻が空母の前へ出て、爆雷と対潜ロケットを発射した。

 しかし、それらは魚雷を迎撃するための兵器ではない。

 

「敵駆逐艦、回避運動!」

「三番魚雷、目標を追尾中!」

「一番、二番、終末誘導へ移行!」

 

 最初の爆発は、駆逐艦からだった。

 三番魚雷が艦尾付近へ命中し、推進器と舵をまとめて吹き飛ばす。

 駆逐艦は急速に速度を失い、大きく左へ傾いた。

 

「駆逐艦、推進音停止!」

「護衛空母まで、魚雷距離1500!」

 

 探信音と爆発音が海中に満ちる。

 護衛空母は必死に旋回していたが、二本の魚雷は左右へ分かれるように接近していた。

 

「一番魚雷、命中!」

 

 低く重い爆発音。

 一番魚雷が、護衛空母の艦首寄りで炸裂した。

 船体が持ち上がり、格納庫と飛行甲板が大きく歪む。

 

「二番魚雷、命中!」

 

 二発目は船体中央部の直下で爆発した。

 巨大な水圧が竜骨を押し上げ、機関区画と格納庫の間に亀裂を走らせる。

 

「目標艦、船体破壊音!」

「機関停止!」

「二次爆発を確認!」

 

 護衛空母の艦内で、搭載されていた爆雷と航空燃料が誘爆した。

 海面上で巨大な炎が立ち上がり、損傷した船体が中央部から折れ始める。

 だが、敵駆逐艦の攻撃も止まってはいなかった。

 

「敵駆逐艦二隻、右舷から接近!」

「アクティブソナー、至近!」

「魚雷発射音!」

「敵魚雷、四!」

 

 発令所に警報が鳴り響く。

 

「空母直下へ入る」

 

 恒星の命令に、副長が振り向いた。

 

「沈没中の艦です!」

「だからだ。爆発音と船体崩壊音に紛れる」

「沈降してくれば接触します!」

「まだ船体の大半は海面上だ。完全に沈む前に抜ける」

 

 恒星は即座に命令を重ねた。

 

「深度180。最大戦速」

「深度180、最大戦速!」

「進路070」

「進路070へ!」

 

 〈そうりゅう〉が原子炉出力を上げる。

 推進器の回転数が上昇し、巨大な船体が海中を加速した。

 その頭上では、護衛空母が炎に包まれながら沈みつつある。

 艦底が裂け、機関や航空機、弾薬、無数の残骸が海中へ落下していた。

 

「上方から落下物多数!」

「艦底までの距離、90……80!」

「針路そのまま!」

 

 〈そうりゅう〉の上を、折れた護衛空母の船体が覆う。

 沈没艦から発せられる轟音が、潜水艦の推進音をかき消した。

 海面から放たれた帝国軍の誘導魚雷は、爆発、船体崩壊、海水流入、落下する機械類の音を区別できない。

 

「敵魚雷、進路不安定!」

「二本が沈没艦へ向かいます!」

 

 魚雷は最も大きな音を発している護衛空母へ引き寄せられた。

 一発が傾いた船体へ命中し、新たな爆発を引き起こす。

 残る魚雷も残骸と乱流の中で進路を乱し、〈そうりゅう〉を見失った。

 

「敵魚雷、本艦から離れます!」

「上方、船体との距離60!」

「抜けるぞ」

 

 発令所の全員が息を潜める。

 頭上から聞こえる金属の崩壊音が、次第に後方へ流れていった。

 

「上方クリア!」

「沈没艦直下を通過!」

「敵駆逐艦、こちらを見失った模様!」

「深度300へ。速力二十五ノットを維持」

「了解。深度300」

 

 〈そうりゅう〉は沈みゆく護衛空母を背に、深海へ向かっていく。

 敵駆逐艦は炎上する空母の周囲で救助活動を開始し、一部は見当違いの方向へ爆雷を投下していた。

 

「敵空母、船体が完全に分断されました」

「沈没は確実です」

「駆逐艦一隻も航行不能」

「了解」

 

 恒星は艦長席へ身体を預けた。

 勝利ではある。

 だが、発令所に歓声はなかった。

 この一週間、〈そうりゅう〉は多くの戦闘を経験していた。

 輸送船団への攻撃。

 対潜駆逐艦との交戦。

 護衛空母への雷撃。

 敵艦を撃沈するたび、艦内の魚雷は確実に減っている。

 

「兵装残数を報告」

「89式長魚雷、残り五」

「サブハープーン、残り四。総残弾九です」

「九発か」

 

 副長が恒星を見る。

 

「司令部からは、残弾十発以下となった艦は後退せよとの命令が出ています」

「ああ。先ほど受信したな」

「では、補給海域へ?」

「そうしよう」

 

 恒星は戦術画面を切り替えた。

 後方には、ちよだ型潜水救難母艦が待機する臨時補給海域が設定されている。

 そこで魚雷とハープーンを補充し、艦体と機関の点検を受ける。

 〈そうりゅう〉が戦列を離れている間は、交代の原子力潜水艦がこの哨戒海域を引き継ぐ予定だった。

 

「針路を東。速力十五ノット」

「了解。針路東、速力十五ノット」

「通信封止は継続。安全海域へ入った後、戦果と帰投予定を送信する」

「了解しました」

 

 遠ざかる護衛空母の崩壊音を聞きながら、恒星は小さく息を吐いた。

 

「……少し、景気が良すぎたかな」

 

 海神作戦開始から一週間。

 グラ・バルカス帝国は、日本の原子力潜水艦を一隻も沈めることができなかった。

 だが、無数の護衛艦と商船を犠牲にしながら、その魚雷を消耗させ、一部を戦場から後退させることには成功した。

 しかし、それは帝国が待ち望んだ勝利ではない。

 〈そうりゅう〉が去った海域には、既に次の原子力潜水艦が接近していた。

 

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