海の恐怖!グラ・バルカス帝国海軍vs原子力潜水艦   作:通常弾頭

20 / 20
第十九話

中央暦1642年12月22日

マギカライヒ南方・臨時補給海域

 

 日没から二時間。

 月明かりさえ雲に遮られた暗い海上に、巨大な艦影が浮かんでいた。

 ちよだ型潜水救難母艦〈ちよだ〉。

 本来は、事故を起こした潜水艦の乗員救助や、潜水艦に対する洋上支援を担う艦である。しかし海神作戦の開始後は、潜水艦部隊の前進補給拠点としての役割も与えられていた。

 その周囲には護衛艦が展開し、さらに上空では哨戒ヘリが交代で警戒を続けている。

 〈ちよだ〉の舷側には、浮上した原子力潜水艦〈そうりゅう〉が接舷していた。

 波に揺られる二隻の間には防舷材が挟まれ、複数の係留索が渡されている。

 〈そうりゅう〉の艦上では、夜間作業用の赤色灯を頼りに補給作業が進められていた。

 

「魚雷搬入、次行きます!」

「吊り荷の下に入るな! 誘導索を離すなよ!」

 

 〈ちよだ〉の大型クレーンに吊り上げられた89式長魚雷が、ゆっくりと〈そうりゅう〉の兵装搭載口へ移されていく。

 全長数メートルに及ぶ魚雷は、わずかな衝撃も与えられないよう慎重に扱われていた。

 搭載口から艦内へ下ろされた魚雷は、水雷員たちの手によって兵装庫へ運ばれる。

 その隣では、円筒形の発射カプセルに収められた潜水艦発射型ハープーンの補給も進んでいた。

 食料。

 医薬品。

 交換部品。

 乗組員用の郵便物。

 艦内で発生した廃棄物。

 短期間の戦闘航海で不足した物資が搬入され、不要となったものが運び出されていく。

 原子力潜水艦は燃料補給を必要としない。

 だが、魚雷も食料も無限ではなかった。

 

「艦尾側係留索、張力上がっています!」

「巻き取れ! 二メートル詰めろ!」

「了解!」

 

 波の上下動に合わせ、乗組員たちが係留索を調整する。

 補給作業と並行して、〈ちよだ〉から派遣された整備員が〈そうりゅう〉の船体各部を点検していた。

 潜望鏡。

 通信マスト。

 ソナー。

 魚雷発射管。

 推進器周辺。

 特に重点的に確認されたのは、ここ一週間で何度も最大戦速を発揮した原子炉系統と推進器である。

 

「原子炉系統、異常ありません」

「冷却水循環系も正常です」

「推進器から異常振動の記録はなし。ただし念のため、潜水員による目視点検を実施します」

 

 報告を受けた副長が頷いた。

 

「頼む。帝国軍の爆雷を何度も受けている。小さな損傷も見逃さないでくれ」

「承知しました」

 

 〈そうりゅう〉の艦内では、戦闘配置から解放された乗組員たちが、順番に休息を取っている。

 一週間にわたる連続戦闘。

 敵船団の追跡。

 雷撃。

 対潜艦艇からの逃走。

 爆雷攻撃。

 原子力潜水艦の性能に余裕があっても、乗組員の疲労までは消すことができない。

 何人かは〈ちよだ〉へ移り、久しぶりに広い浴室で湯に浸かっている。

 食堂では、潜水艦乗員のために用意された温かい食事が振る舞われていた。

 だが、恒星次男二等海佐に休む暇はなかった。

 彼は〈ちよだ〉の作戦会議室で、交代艦の艦長と向かい合っていた。

 

「原子力潜水艦〈じんりゅう〉艦長、早瀬隆臣二等海佐です」

「〈そうりゅう〉艦長、恒星次男二等海佐。よろしく」

 

 二人は短く敬礼を交わし、海図台を挟んで席に着いた。

 早瀬は恒星より幾つか年下だったが、潜水艦乗りとしてそれなりに長い経験を持つ。

 今夜、〈じんりゅう〉は〈そうりゅう〉が担当していたパガンダ=レイフォル間航路の哨戒任務を引き継ぐ予定である。

 海図台には、この一週間で〈そうりゅう〉が収集した情報が表示されていた。

 商船団が使用する主要航路。

 沿岸泊地。

 帝国海軍の哨戒区域。

 護衛空母の活動範囲。

 飛行艇が聴音浮標を投下した場所。

 誘導魚雷を搭載する対潜駆逐艦の出現地点。

 これらの情報が、色分けされた記号として海図を埋めている。

 

「まず、帝国側の変化から説明する」

 

 恒星が海図の一角を指した。

 

「作戦開始時、敵の対潜部隊は護衛空母一隻と駆逐艦六隻を基本としていた。空母が飛行艇を運用し、駆逐艦が発見地点へ向かう形式だ」

「報告書で確認しました。対潜空母を沈めた時の部隊ですね」

「ああ。だが、あれ以降は運用が変わった」

 

 恒星が海図上の駆逐艦を示す記号を動かす。

 

「今は空母の直衛を最低三隻残す。残りの三隻だけを捜索へ回している。空母自体も、危険を察知すれば沿岸基地へ退避する」

「こちらから護衛空母を狙いにくくなった」

「その通り。代わりに、足の速い巡洋艦と駆逐艦を集めた機動対潜部隊が出てくるようになった」

 

 海図上に、別の記号が表示される。

 

「こいつらは厄介だ。飛行艇や沿岸監視所から情報を受けると、二十ノット以上で一気に接近してくる。こちらを完全に捕捉していなくとも、推定海域へ爆雷と対潜ロケットをばら撒く」

「精度より物量ですか」

「帝国らしい方法だね。しかし、効果がないわけじゃない」

 

 恒星は一度言葉を切った。

 

「連中は我々を撃沈することより、攻撃させることを優先し始めた」

「魚雷を使わせるために、護衛艦を前へ出す」

「そうだ。商船を見逃せば輸送が通る。攻撃すれば弾を使う。護衛艦を沈めても、やはり弾を使う」

 

 早瀬は海図を見つめながら腕を組んだ。

 

「運用の提案者は、あのカイザル海軍大将ですか」

「おそらくね」

 

 恒星も頷いた。

 

「敵の対潜能力そのものは、こちらと比較できる水準ではない。だが、我々の弱点が魚雷搭載数にあることは理解している」

 

 そうりゅう型原子力潜水艦の魚雷発射管は六門。

 搭載できる魚雷と潜水艦発射型ハープーンは、合計四十発である。

 一度の戦闘で三発使用すれば、十数回の攻撃で兵装庫は空になる。

 実際、〈そうりゅう〉は一週間で三十一発を使用していた。

 

「残弾九発で帰ってきたと聞きました」

「少し撃ち過ぎた」

 

 恒星は苦笑した。

 

「だが、撃たなければ通過させていた輸送船も多い。判断は難しいよ」

「敵艦の撃沈より、タンカーや弾薬船を優先します」

「それでいい。護衛艦を全部沈めようとする必要はない。船団の中核となる輸送船を潰せば、護衛艦は救助に回る」

 

 恒星は別の海域を拡大した。

 

「この辺りは水深が浅い。敵商船が逃げ込んでいるが、深入りしない方がいい」

「〈うんりゅう〉が誘導魚雷を撃たれた海域ですね」

「ああ。敵の魚雷は初期型のパッシブ誘導だ。性能は低いが、数を撃たれると無視できない」

「音響デコイで対処可能との報告でしたが」

「可能ではある。しかし、浅海域では回避できる方向が限られる。敵が改良型を投入していないとも限らない」

「アクティブ誘導型ですか」

「〈うんりゅう〉の報告を受けて、司令部も警戒している。探信音を発する魚雷を確認したら、従来型と考えない方がいい」

 

 早瀬は端末へ注意事項を記録する。

 

「帝国軍の聴音能力については?」

「侮らない方がいい。特に四隻以上で方位を共有している時は、こちらの進路をかなり正確に割り出してくる」

「静粛性では、こちらが圧倒的に上のはずですが」

「上だよ。だが、無音ではない」

 

 恒星は真顔で答えた。

 

「こちらが速力を上げれば、相手でも聞こえる。連中は海域へ大量の艦を配置して、偶然拾った音を繋ぎ合わせている」

「原子力潜水艦の速力を封じるために、浅海域へ追い込もうとしている可能性もありますね」

「あるだろうね。だから、敵に追われた時ほど深海へ出る進路を確保しておくことだ」

 

 恒星は最後に、レイフォル沿岸の軍港を示した。

 

「それと、軍港周辺の警戒が強化されている」

「機雷ですか?」

「確認できた範囲では、旧式の係維機雷と防潜網だ。だが港によって配備状況が違う」

「近づく価値はありますか」

「今の任務は通商破壊だ。単艦で無理に港へ入る必要はない」

 

 恒星はそう答えた後、僅かに間を置いた。

 

「ただし、近いうちに状況が変わるかもしれない」

「新たな作戦ですか?」

「司令部から正式な命令は出ていない。だが、軍港の出入口と停泊艦艇を詳しく調べろという指示が来ている」

 

 早瀬の目が細くなる。

 

「なるほど」

「航路ごとに、水深、防潜網、機雷原、哨戒艦の交代時間を記録してくれ。攻撃しなくとも構わない」

「偵察を優先します」

「頼む」

 

 二人は席を立った。

 補給を終えた〈そうりゅう〉は、点検後に再び戦列へ復帰する。

 それまでの間、〈じんりゅう〉がこの海域の狩りを引き継ぐ。

 

「商船を沈めた数を競うつもりはありませんが」

 

 早瀬が言った。

 

「何隻か残しておいていただけましたか?」

「安心しろ」

 

 恒星は海図上に無数に記された航路を見た。

 

「帝国が戦争を続ける限り、いくらでも出てくる」

「それでは、行ってきます」

「ああ。気をつけて」

 

 二人はもう一度敬礼を交わした。

 


 

 夜明け前。

 補給を終えた原子力潜水艦〈じんりゅう〉が、〈ちよだ〉の舷側を離れた。

 係留索が解かれ、乗組員たちが艦内へ入る。

 艦橋に立つ早瀬艦長が〈ちよだ〉と〈そうりゅう〉へ敬礼した後、ハッチを閉じた。

 

「潜航始め」

 

 艦内へ号令が伝わる。

 バラストタンクへ海水が注入され、〈じんりゅう〉の船体がゆっくりと沈み始めた。

 艦橋が海面下へ消える。

 やがて海上から完全に姿を消した〈じんりゅう〉は、パガンダ=レイフォル間航路を目指して西へ進んでいった。

 

 同時刻。

 

 整備を受ける〈そうりゅう〉の発令所では、交代艦が遠ざかっていく推進音をソナー員が聞いていた。

 

「〈じんりゅう〉、十五ノットまで増速」

「西方へ向かっています」

 

 恒星は表示器上から消えていく友軍艦の記号を見つめた。

 

「任務の引き継ぎ、完了だな」

 

 〈そうりゅう〉が戦場を離れても、海神作戦は止まらない。

 ひとつの狩人が休めば、別の狩人が海へ出る。

 グラ・バルカス帝国にとって、それは最も望ましくない交代であった。

 


 

神聖ミリシアル帝国首都ルーンポリス

連合軍統合作戦会議

 

 神聖ミリシアル帝国の首都ルーンポリス。

 その中心部に位置する国防府の大会議室には、対グラ・バルカス帝国戦へ参加する各国の軍人が集まっていた。

 神聖ミリシアル帝国。

 ムー。

 日本。

 さらに周辺諸国から派遣された軍事代表。

 彼らが囲む巨大な円卓の中央には、日本製投影装置によってレイフォル周辺の立体海図が表示されている。

 海図上に浮かぶ無数の赤い光点は、この一週間に日本の潜水艦が攻撃した地点を示していた。

 

「それでは、日本側から海神作戦第一週の戦果について報告いたします」

 

 立ち上がったのは、海上自衛隊統合任務部隊から派遣された平田海将補である。

 会議室の照明が落とされ、正面の大型画面へ資料が表示された。

 

「作戦開始から七日間。日本側が撃沈を確実と判定した帝国軍徴用商船及び軍事輸送船は、三十七隻です」

 

 各国代表がざわめく。

 画面には、撃沈された船舶の種類が示されていた。

 タンカー。

 弾薬輸送船。

 兵員輸送船。

 鉱石運搬船。

 一般貨物船。

 

「商船の推定合計は、約二十六万総トンです」

「二十六万……」

 

 ムー軍代表が思わず呟いた。

 ムーにとっても、それほどの船腹量を一週間で喪失することは国家規模の損害である。

 

「これとは別に、帝国海軍の戦闘艦艇十六隻を撃沈、あるいは再使用困難な状態へ追い込みました」

 

 画面が切り替わる。

 

「内訳は巡洋艦三、駆逐艦及び対潜艦九、護衛空母三、その他哨戒艦一。合計排水量は推定九万トン前後です」

「つまり、合計三十五万トンもの艦船を、わずか一週間で?」

 

 ミリシアル軍の参謀が尋ねた。

 

「商船の総トン数と軍艦の排水量は単純比較できません。しかし、喪失した船体規模として考えるなら、その理解で大きな誤りはありません」

 

 平田は淡々と答えた。

 

「加えて、敵自身の誘導魚雷によって撃沈された駆逐艦二隻、損傷後に港湾へ曳航された複数の艦艇が確認されています」

「日本側の損失は?」

 

 別の代表が身を乗り出す。

 

「潜水艦の喪失はありません」

 

 その一言で、会議室が再びざわついた。

 

「損傷艦も存在しないのですか?」

「爆雷及び対潜ロケットの至近爆発を受けた艦はあります。現在、順次点検を実施していますが、作戦継続に支障を来す損傷は確認されていません」

 

 平田は次の資料を表示した。

 パガンダ。

 レイフォリア

 その他ムー大陸西部。

 それぞれを結ぶ輸送線が、太い線で描かれている。

 

「戦果は、撃沈数だけではありません」

 

 平田がパガンダ=レイフォル間航路を指し示す。

 

「この主要航路における帝国の定期輸送は、事実上停止しました」

「完全に、ですか?」

「大規模船団を定期的に運航する能力は失われています」

 

 画面に、作戦開始前と現在の船舶移動量が比較表示される。

 

「作戦開始前と比較し、パガンダ=レイフォル間の海上輸送量は八割以上減少したと推定しています」

「残る二割は?」

「帝国海軍が大規模な対潜部隊を投入し、その間に強行突破させた船舶です。すべてを阻止することはできていません」

 

 平田は、その点を隠さなかった。

 

「帝国軍は六十隻以上の商船を各地の泊地から移動させることに成功しています。ただし、目的地へ到達した船舶の多くは、近隣の港湾間を移動したに過ぎません」

「前線へ到達した物資は限定的ということですか」

「はい」

 

 次の画面には、ムー大陸に展開する帝国軍の状況が示された。

 

「現地情報によれば、帝国陸軍の複数の機甲部隊が燃料不足によって活動を停止しています。航空部隊も、迎撃任務以外の飛行を大幅に制限。占領地では配給の減少と物価上昇が起き、小規模な暴動、鉄道破壊、倉庫襲撃が相次いでいます」

 

 ムー軍代表の表情が変わった。

 自国領土を占領する帝国軍の弱体化は、彼らにとって待ち望んだ情報である。

 

「現在、帝国は航空輸送によって不足分を補おうとしています」

「空から運べる量には限界がある」

 

 ミリシアル軍の将官が言った。

 

「我が国の輸送機を用いても、海運の代替など不可能だ」

「我々も同じ判断です」

 

 平田は頷いた。

 

「航空輸送だけで、ムー大陸に展開する帝国軍の全戦力を維持することはできません」

「つまり」

 

 円卓の反対側から、低く力強い声が響いた。

 神聖ミリシアル帝国軍西方方面艦隊司令官、クリング提督である。

 

「帝国海軍は混乱し、陸軍は燃料を失い、占領地では反乱が始まっている」

 

 クリングは海図を見つめた。

 

「これ以上ない好機ではないか」

 

 周囲のミリシアル軍人たちが頷く。

 

「西方方面艦隊を出撃させる」

 

 クリングは海図上に艦隊記号を表示させた。

 

「我が艦隊を主力として、ムー艦隊及び日本艦隊と合流。レイフォル沖へ進出し、残存するグラ・バルカス帝国艦隊を撃滅する」

 

「艦隊決戦を行うと?」

 

 平田が問い返した。

 

「その通りだ」

 

 クリングは自信に満ちた口調で答えた。

 

「敵の輸送網は崩壊した。対潜部隊も貴国の潜水艦によって損害を受けている。今なら、敵艦隊を港から引きずり出し、一戦で壊滅させることができる」

「帝国海軍は未だ多数の戦艦、巡洋艦、空母を保有しています」

「だからこそ、今叩くのだ」

 

 クリングは平田を見据えた。

 

「敵艦隊を残せば、輸送路を再建される。潜水艦だけで戦争を終わらせることはできまい」

 

 会議室の一部から、同意を示す声が上がる。

 神聖ミリシアル帝国にとって、艦隊決戦は単なる戦術ではない。

 世界最強を自任する海軍が、敵の主力艦隊を正面から打ち破る。

 それは戦争の主導権と帝国の威信を示す行為でもあった。

 しかし、平田はすぐには答えなかった。

 正面画面へ、新たな資料を表示する。

 

「日本側は、現段階での艦隊決戦に反対します」

 

 会議室が静まり返った。

 

「理由を聞こう」

 

 クリングの声から、先ほどまでの熱が消える。

 

「第一に、必要がありません」

「必要がない?」

「敵艦隊は、自ら港湾へ閉じこもりつつあります」

 

 平田はレイフォル各地の軍港を示した。

 

「海上へ出れば潜水艦に攻撃される。商船護衛へ出せば護衛艦を失う。その結果、帝国海軍の主力艦は軍港周辺へ集結しています」

「だから、その主力艦を港から引きずり出すのだ」

「敵が応じる保証はありません」

 

 平田は静かに返した。

 

「我々が艦隊を集結させれば、帝国側は沿岸航空隊、要塞砲、機雷原の支援を受けられる海域で待ち構えるでしょう」

「それでも、我が艦隊ならば――」

「勝てるかどうかだけが問題ではありません」

 

 平田の口調は変わらない。

 

「勝利のために、何隻失うのかという問題です」

 

 クリングの眉が動いた。

 

「敵の輸送能力は既に大幅に低下しています。前線部隊は燃料不足に陥り、占領統治も揺らいでいる」

「時間は、こちらの味方です」

「今、我々から敵の得意な形へ踏み込む理由はありません」

 

 ムー軍代表が慎重に口を開いた。

 

「日本側の意見には一理ある。我が国としても、艦隊決戦で多数の艦を失うより、占領軍への補給を止め続ける方が望ましい」

「では、何もせず待てと言うのか?」

 

 クリングが問いかける。

 

「いいえ」

 

 平田はレイフォル沿岸の海図を拡大した。

 複数の軍港が赤い円で囲まれる。

 

「次の段階へ移行します」

「次の段階?」

「これまで、潜水艦は主に海上交通路を攻撃してきました」

 

 平田は港湾内部に表示された艦艇記号を指した。

 

「その結果、帝国海軍は多数の艦艇をレイフォル各地の軍港へ退避させています」

「現在確認されているだけでも、主要軍港は四か所」

「戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、輸送船、修理艦が分散して停泊しています」

「まさか」

 

 クリングが海図を見る。

 

「港の中を攻撃すると言うのか」

「その通りです」

 

 平田は頷いた。

 

「潜水艦部隊による、レイフォル各軍港への同時攻撃を提案します」

 

 会議室にざわめきが広がった。

 

「潜水艦が軍港へ侵入するのですか?」

「港内へ直接侵入する艦もあれば、港外から攻撃する艦もあります。地形と敵防備によって方法を変えます」

 

 海図上に攻撃経路が表示される。

 

「潜水艦発射型対艦ミサイルによって、港内または泊地に停泊する大型艦を攻撃。港口に展開する哨戒艦、補給艦、修理艦には魚雷を使用。出港しようとする艦艇は、港外に待機する別の潜水艦が迎撃します」

「防潜網や機雷原は?」

 

 ミリシアル軍参謀が尋ねる。

 

「現在、潜水艦部隊が偵察を進めています」

 

 平田は各軍港の情報を表示した。

 

「帝国の機雷及び防潜網は、軍港によって設置状況が異なります。防備の強い港へ無理に侵入する必要はありません」

「港から出られないよう、外側から封鎖するだけでも効果があります」

「同時攻撃の目的は、敵艦すべてを一度に沈めることではありません」

 

 平田は一拍置いた。

 

「帝国海軍へ、どの軍港も安全ではないと理解させることです」

 

 レイフォル各地の軍港が、同時に赤く点滅する。

 

「四か所の軍港が同じ夜に攻撃を受ければ、帝国側は潜水艦の数と位置を把握できなくなります」

「各港の護衛艦艇を増強すれば、通商護衛へ回す戦力が減る」

「主力艦を港外へ避難させれば、海中で待つ潜水艦の標的となる」

「港へ留まれば、停泊中に対艦ミサイルを受ける」

「修理施設と補給拠点が麻痺すれば、損傷艦の復帰も遅れます」

 

 クリングは海図を見つめたまま黙っていた。

 正面から敵艦隊を撃滅する艦隊決戦とは、全く異なる発想である。

 敵の主力を一か所へ集めさせない。

 戦う場所も、戦う時間も与えない。

 出撃すれば沈める。

 停泊しても攻撃する。

 敵がどちらを選んでも損害を受ける状況を作り出す。

 

「西方方面艦隊には、何を求める」

 

 クリングが尋ねた。

 

「外洋での封鎖です」

 

 平田は即座に答えた。

 

「軍港攻撃を受けた敵艦隊が、まとまって退避する可能性があります。それが確認された場合、西方方面艦隊にはレイフォル北西海域へ進出していただきたい」

 

 そこで一呼吸置き、指を一本立てる。

 

「ただし、敵主力との決戦は避けること。航空偵察と長距離攻撃によって圧力を加え、潜水艦が待ち受ける海域へ誘導します」

 

 クリングは僅かに顔をしかめた。

 

「我が艦隊を、追い立て役に使うつもりか」

「敵の主力を最も効率よく無力化するためです」

「栄誉ある役割とは言い難いな」

「艦艇を失わずに戦争を終わらせること以上の栄誉があるとは、私は考えておりません」

 

 平田の答えに、会議室が静まった。

 クリングはしばらく平田を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「貴国は、徹底して敵の望む戦いを避けるのだな」

「敵の望む形で戦う義務はありません」

「なるほど」

 

 クリングは椅子へ座り直した。

 

「軍港同時攻撃の詳細を聞こう」

 

 それは、全面的な同意ではなかった。

 だが少なくとも、即座の艦隊決戦案は退けられた。

 平田は次の資料を表示する。

 

「作戦開始予定は、潜水艦の補給と交代が完了した後。攻撃目標は四か所。各軍港への攻撃時刻を統一し、可能な限り同時に第一撃を加えます」

 

 ルーンポリスの大会議室で、新たな作戦の立案が始まった。

 海神作戦は、帝国の船を海上で狩る段階から、海軍の根拠地そのものを脅かす段階へ移ろうとしている。

 そしてこの会議を境に、連合軍の作戦主導権は、次第に日本の手へ移り始めていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

光の申し子(作者:松雨)(原作:日本国召喚)

異世界の列強『神聖ミリシアル帝国』へ転生した日本人女性が、優秀な魔導師かつ技術者として、祖国のために奮闘する話。▼※原作よりも、神聖ミリシアル帝国が強化されています。


総合評価:1451/評価:8.29/連載:84話/更新日時:2026年05月04日(月) 08:40 小説情報

新世界の敵、日本国(作者:篠乃丸@綾香)(原作:日本国召喚)

もしも日本とグラ・バルカスの転移した場所が逆だったら?という内容です。▼タイトルロゴ▼【挿絵表示】▼


総合評価:4775/評価:8.59/連載:59話/更新日時:2026年07月08日(水) 08:15 小説情報

征途日本召喚(作者:猫戦車)(原作:日本国召喚)

レイテ沖海戦の勝利をきっかけとして南北に分断され、史実と異なる歴史を歩んできた日本。▼数十年の分断ののちに再統一を果たした弧状列島と、大戦を生き延び数奇な艦暦を送った一隻の戦艦が、2020年のある日、異世界に転移した▼


総合評価:1064/評価:8.8/連載:34話/更新日時:2026年04月26日(日) 01:07 小説情報

皇国の黎明 大日本連邦皇国召喚(作者:星ノ河)(原作:日本国召喚)

第三次世界大戦、第四次世界大戦を勝利し、世界最強国家として君臨した大日本皇国。▼ある時、日本国は2059年9月13日に国土ごと異世界に転移した。▼魔法という新たなる技術や獣人、エルフなどの亜人などが住まうカオスな世界で、日本は再び数多の戦争に巻き込まれる。▼そして日本が転移してから9年後の2068年1月24日、日本は再び異世界へと転移する。▼注意▼・本作品は…


総合評価:408/評価:8.6/連載:26話/更新日時:2026年06月10日(水) 00:15 小説情報

旧型サラミスで生きる1年戦争(作者:カズkaz)(原作:機動戦士ガンダム)

ありきたりな転生ものです。機動戦士ガンダムをそこそこに知っている主人公が旧型のサラミスに乗り込み、なんとか1年戦争を生き抜こうと奮闘する物語。▼思い付きで投稿していますので続かないかもしれません。▼箸休めにご覧ください


総合評価:3215/評価:8.26/短編:22話/更新日時:2026年07月04日(土) 21:20 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>