海の恐怖!グラ・バルカス帝国海軍vs原子力潜水艦 作:通常弾頭
中央暦1642年12月27日午前0時47分
レイフォル旧首都レイフォリア沖
レイフォル各地に点在する四つの帝国軍港へ向け、日本海軍の原子力潜水艦部隊が静かに接近していた。
攻撃時刻は、午前1時ちょうど。
すべての部隊が同じ時刻に第一撃を放ち、グラ・バルカス帝国海軍の指揮系統を混乱させる。
標的は停泊艦艇だけではない。
燃料貯蔵施設、弾薬庫、通信施設、修理ドック、発電所まで。
港湾を海軍基地として機能させる、あらゆる重要設備が攻撃対象に指定されていた。
四つ港のうち、最大の攻撃目標となったのがレイフォル旧首都レイフォリアの軍港である。
かつてレイフォル王国の王都であったレイフォリアは、大河の河口に形成された広大な三角州に位置していた。
水路そのものは複雑ではない。
港外から主要航路を通れば、比較的真っ直ぐに軍港へ接近できる。
しかし河川から運ばれてくる土砂が長年にわたって堆積し、周辺海域の水深は浅かった。
浚渫された大型艦用航路を外れれば、戦艦ですら座礁する危険がある。
ましてや大型原子力潜水艦にとって、それは極めて危険な戦場だった。
「海底まで、十二メートル」
原子力潜水艦〈じんりゅう〉の発令所で、測深担当員が報告した。
「前方百メートルから、さらに一メートル浅くなります」
「深度そのまま。艦首上げ〇・五度」
艦長の早瀬隆臣二等海佐は、正面の海底地形図を見ながら命令した。
「艦首上げ〇・五度」
〈じんりゅう〉は速度を三ノットまで落とし、海底を這うように進んでいる。
船体下部と海底の間には、十メートル前後の余裕しかない。
僅かな操艦ミスでも艦底を泥へ突っ込みかねない。
海底へ接触すれば、船体の損傷だけでは済まない。大きな騒音が発生し、軍港周辺に展開する帝国軍の聴音所へ位置を知らせることになる。
「港口聴音所からの探信音、変化ありません」
「敵哨戒艇、左舷前方8000。針路は南」
「こちらには気づいていないな」
早瀬は小さく呟いた。
レイフォリア軍港周辺には、数十隻の哨戒艇と対潜駆逐艦が配備されていた。
沿岸には聴音所が設けられ、港口付近には係維機雷と防潜網も確認されている。
しかし、それらの防備は大型艦が通る浚渫航路と港口正面へ集中していた。
〈じんりゅう〉は数日前から周辺海域を偵察し、河口から流れ込む濁水と海底地形を利用できる接近経路を割り出している。
敵が潜水艦の侵入は不可能と考えていた浅瀬こそが、日本側の選んだ進入路だった。
「〈せきりゅう〉との距離は?」
「推定二十二キロ。港外待機線へ到達したとの符号通信を受信済みです」
今回のレイフォリア攻撃には、二隻の原子力潜水艦が投入されていた。
先行して偵察を行った〈じんりゅう〉。
そして増援として到着した〈せきりゅう〉。
〈じんりゅう〉は浅海域まで接近し、港湾施設と内港の艦艇を攻撃する。
一方の〈せきりゅう〉は比較的水深のある港外に待機し、外洋へ逃げ出す艦艇や増援へ対処する。
さらに、双方が異なる方角から魚雷を放つことで、帝国側に潜水艦の正確な位置を把握させない狙いもあった。
「攻撃時刻まで、あと一時間十分」
副長が時計を確認する。
「目標情報を更新します」
大型表示器へ、レイフォリア軍港の全体図が映し出された。
内港西側には、戦艦を収容できる大型桟橋が並んでいる。
そこにはヘルクレス級戦艦〈マゼラン〉を中心として、複数の主力艦が停泊していた。
〈マゼラン〉はグラ・バルカス帝国海軍が誇る大型戦艦である。
その巨体と重装甲は、帝国国内では無敵の象徴と見なされていた。
さらに南側の錨地には、オリオン級戦艦〈コルネフォロス〉が停泊している。
周囲には巡洋艦、駆逐艦、給油艦、弾薬輸送船が密集していた。その北側には航空母艦が二隻いる。
その奥には大型修理ドックと造船施設があり、先の戦闘で損傷した複数の艦が修理を受けている。
レイフォリア軍港には、帝国海軍主力艦艇の相当数が集結していた。
「停泊艦艇、確認できるだけで四十三」
「大型艦は?」
「戦艦三、航空母艦二、巡洋艦七。その他、駆逐艦、補助艦艇多数です」
「港に集め過ぎたな」
副長の言葉に、早瀬は頷いた。
「潜水艦を恐れて外洋から逃げ込んだ結果だ。港なら安全だと思っている」
「その認識を、今夜改めさせるわけですね」
「ああ」
早瀬は攻撃目標の一覧を確認する。
〈じんりゅう〉の魚雷発射管は六門。
一番、二番発射管には潜水艦発射型トマホーク巡航ミサイル。
三番、四番発射管には潜水艦発射型ハープーン。
五番、六番発射管には89式長魚雷が装填されていた。
発射後は順次再装填し、複数回に分けて攻撃する。
「トマホーク第一波の目標を確認」
「一番弾、港湾管制所及び通信司令部」
「二番弾、北部発電施設」
「第二斉射は燃料貯蔵区画と大型修理ドック」
「確認した」
「サブハープーンは航空母艦二隻及び補給艦へ割り当てます」
「魚雷は?」
「〈マゼラン〉、〈コルネフォロス〉及び北側大型桟橋の戦艦一隻」
早瀬は画面上の二隻の戦艦を見た。
港内の大型艦は、外洋を航行中の艦よりも狙いやすい。
停泊中で速度はゼロ。
航路は浅く、回避可能な方向も限られる。
しかし同時に、魚雷も海底や港湾構造物からの反響を受けやすい。
民間区画も近いため、攻撃目標の識別には慎重さが求められた。
「目標S1には二本」
早瀬が言った。
「S2にも二本を割り当てる」
「各二本ですか」
「戦艦を確実に沈める。港内で大破着底させれば、航路封鎖にもなる」
「了解しました」
「照準点は艦底中央部。桟橋や市街地側へ爆圧を逃がすな。海側から当てる」
大型艦を沈めるだけでなく、周辺の民間地区への被害を可能な限り抑える。
港湾施設は攻撃する。
しかし無差別な都市攻撃を行うわけではない。
トマホークの目標も、軍用施設だけに限定されていた。
「攻撃時刻まで一時間」
発令所の照明が戦闘用へ切り替わる。
「総員、戦闘配置」
「総員、戦闘配置!」
警報が艦内に鳴り響いた。
同時刻
レイフォリア軍港 帝国海軍警備司令部
「南部聴音所、異常なし」
「河口哨戒艇からも報告なし」
「東部防潜網、正常です」
帝国海軍レイフォリア警備司令部では、夜間当直の士官たちが定時報告を確認していた。
海神作戦の開始以来、軍港の警戒態勢は大幅に強化されている。
すべての港口には哨戒艇が配置され、対潜駆逐艦が交代で周辺海域を巡回していた。
大型艦の多くは蒸気を落としていたものの、非常時には短時間で出港準備へ移れるよう乗組員が艦内に待機している。
「本当に日本の潜水艦が、ここまで来ると思うか?」
若い当直士官が尋ねた。
「来る可能性があるから警戒している」
上官は書類から顔を上げずに答えた。
「しかし、この周辺は浅い。大型潜水艦なら、潜航するだけでも危険です」
「日本軍の潜水艦を、我々の常識で考えるな」
先任士官は厳しい口調で言った。
「奴らは三十ノットで海中を走り、何日も浮上せず、戦艦を一発の魚雷で折る」
「それでも、機雷原と防潜網があります」
「港口正面にはな」
先任士官は窓の向こうに広がる暗い海を見た。
レイフォリア軍港は巨大である。
すべての浅瀬へ防潜網を張ることはできない。
だが、大型原子力潜水艦が河口の浅瀬を進んでくるなど、帝国軍にとって現実的な想定ではなかった。
「今夜も何も起きなければよいが」
その言葉が終わるのと、ほぼ同時だった。
通信室の兵士が声を上げる。
「北方監視所より報告!」
「何だ?」
「海上に不明な飛翔体を確認!」
「航空機か?」
「違います! 海面から突然上昇したとのことです!」
先任士官の顔色が変わった。
「警報を鳴らせ!」
「敵襲警報!」
けたたましい警報が司令部と軍港全体へ響き渡った。
同時刻
原子力潜水艦〈じんりゅう〉
「攻撃時刻」
午前二時ちょうど。
早瀬は時計から視線を上げた。
「一番、二番発射管。トマホーク発射」
「発射了解」
「ファイア!」
二つの円筒形カプセルが、魚雷発射管から押し出された。
カプセルは浅い海中を上昇し、海面へ達する。
上部が分離すると、内部から二発の巡航ミサイルが飛び出し、ロケットブースターへ点火した。
炎を引いたトマホークは急上昇した後、翼を展開する。
やがて高度を下げ、三角州の上空を低空で飛行しながら、それぞれの標的へ向かった。
「一番、二番、正常飛行」
「発射管再装填開始!」
「三番、四番、サブハープーン発射用意」
「目標、北部航空母艦二隻」
ほぼ同時刻、港外に待機する〈せきりゅう〉からもトマホークが発射された。
その目標は、南部燃料貯蔵施設と弾薬集積所。
さらに軍港外縁部の長距離通信所であった。
レイフォリア軍港へ向け、複数方向から巡航ミサイルが接近する。
「敵港湾、警報発令を確認」
「灯火が一斉に点灯しています」
「構わない。もう遅い」
早瀬は次の命令を下す。
「三番、四番、発射」
「ファイア!」
二発の潜水艦発射型ハープーンが海面へ上昇し、港内の航空母艦へ向けて突進した。
「五番、六番、魚雷発射用意」
「目標、戦艦S1」
「魚雷深度、艦底下通過」
「磁気信管設定」
「諸元入力完了!」
「発射」
「ファイア!」
二本の89式長魚雷が、〈じんりゅう〉から放たれた。
港内の浅海を進むため、魚雷の航走深度は慎重に設定されている。
海底の泥を巻き上げぬよう、最初は速度を抑えて進み、目標へ近づいた段階で高速へ移行する。
「第一波発射完了」
「一番、二番発射管、再装填中」
「五番、六番には次弾、目標S2」
「了解!」
〈じんりゅう〉の兵装員たちが、次の魚雷を発射管へ送り込む。
すでに海面上では、トマホークの第一弾がレイフォリア軍港へ到達しようとしていた。
同時刻
レイフォリア軍港
最初に破壊されたのは、軍港中央部の港湾管制所だった。
「飛翔体、正面!」
監視員が叫ぶ。
低空を飛ぶトマホークが、司令部庁舎の横を通過した。
対空機銃が慌てて発砲する。
曳光弾が夜空を切り裂いたが、ミサイルは高度と進路を細かく変えながら砲火を抜けた。
次の瞬間、港湾管制所の下層部へ突入する。
大爆発が起きる。
建物の窓が一斉に吹き飛び、上部に設置されていた信号塔が崩れ落ちた。
艦艇の入出港を管理していた通信装置と航路管制設備が、一撃で破壊される。
「港湾管制所、被弾!」
「通信司令部との回線が切れました!」
「予備回線へ切り替えろ!」
「予備回線も応答しません!」
ほぼ同時に、二発目のトマホークが北部発電施設へ命中した。
発電機建屋が爆発に包まれ、複数の送電線が切断される。
軍港北部の照明が一斉に消えた。
航空母艦や修理ドックの内部でも電力が失われ、非常用発電機への切り替えが始まる。
「全艦へ敵襲を通報しろ!」
「有線通信が使えません!」
「信号灯を使え!」
「北部は停電しています!」
警備司令部は瞬く間に混乱へ陥った。
その最中、港外から飛来した別のトマホークが燃料貯蔵区画へ接近する。
「飛翔体、南部上空!」
「高角砲、撃て!」
地上に設置された高角砲が砲撃を開始した。
砲弾が夜空で炸裂する。
だが、低空を飛ぶ巡航ミサイルを照準器だけで正確に捉えることは困難だった。
トマホークは砲火を抜け、燃料貯蔵区画のポンプ施設へ突入した。
巨大な火球が発生する。
破壊された配管から重油と航空燃料が噴き出し、周囲へ広がった炎が隣接する貯蔵槽へ燃え移った。
夜空を照らすほどの炎が立ち上がる。
「燃料区画で火災!」
「消火隊を向かわせろ!」
「配管が破壊され、消火用水の圧力が上がりません!」
続いて弾薬集積所が攻撃を受けた。
トマホークは大型弾薬庫そのものではなく、貨車から艦艇へ砲弾を積み替える荷役施設へ命中する。
停車していた弾薬列車の一部が誘爆し、周囲へ砲弾と破片を撒き散らした。
軍港の機能は、第一撃だけで大きく損なわれていた。
しかし、帝国海軍にとって本当の脅威は海中から接近していた。
同時刻
ヘルクレス級戦艦〈マゼラン〉
「機関始動を急げ!」
「一号缶、圧力上昇中!」
「出港までどれほどかかる!」
「最低でも四十分!」
「遅過ぎる!」
〈マゼラン〉の艦橋では、艦長が怒声を上げていた。
停泊中の戦艦は、すぐに全速航行できるわけではない。
蒸気タービンを動かすには、ボイラーの蒸気圧を上げる必要がある。
平時同様に機関を停止していた〈マゼラン〉が出港するまでには、相応の時間が必要だった。
「曳船を使え! 桟橋から離すだけでもよい!」
「港湾管制所と連絡が取れません!」
「他艦との調整は!」
「通信が混乱しています!」
周囲の桟橋でも、停泊艦艇が一斉に出港準備を始めていた。
戦艦。
巡洋艦。
給油艦。
駆逐艦。
どの艦も、少しでも早く港外へ逃れようとしている。
しかし軍港の航路は限られている。
大型艦が一斉に動けば衝突や座礁の危険があった。
「水中音を探知!」
突然、聴音室から報告が上がる。
「方位南東! 高速推進音二!」
「魚雷か!?」
「接近中です!」
「防雷網はどうした!」
「桟橋内側までは設置されていません!」
「係留索を切れ!」
甲板員たちが斧を持って係留索へ走る。
曳船が〈マゼラン〉の船腹へ接近し、艦を桟橋から引き離そうとする。
しかし、数万トンの戦艦がすぐに動くはずもなかった。
「魚雷、距離千五百!」
「対魚雷防御!」
「爆雷を投下しろ!」
「港内で投下すれば、味方艦と施設を損傷します!」
「構わん、撃て!」
戦艦の甲板から爆雷が投下された。
浅い海中で爆発し、巨大な水柱が立ち上がる。
港内にいた小型艇が揺さぶられ、桟橋の窓ガラスが割れた。
だが二本の89式長魚雷は、爆発位置を避けるように進路を修正していた。
「魚雷、なお接近!」
「右舷側!」
「衝撃に備えろ!」
一本目の魚雷が〈マゼラン〉の中央部直下へ到達する。
磁気信管が作動した。
海底を震わせる爆発。
巨大なガス球が、戦艦の船底を持ち上げる。
数万トンの巨体が海面から押し上げられ、船体中央部が大きく湾曲した。
機関室と弾薬庫を隔てる隔壁が引き裂かれる。
ボイラー配管が破裂し、高温の蒸気が艦内へ噴き出した。
「中央機関室、浸水!」
「主電源喪失!」
「右舷へ傾斜!」
〈マゼラン〉は一発目の魚雷に耐えた。
竜骨は損傷しながらも、完全には折れていない。
だが、二本目が迫っていた。
「再び魚雷、艦尾方向!」
「回避できません!」
二発目は、後部主砲塔付近の船底下で爆発した。
最初の爆発で歪んでいた船体が、再び強烈な衝撃を受ける。
後部弾薬庫の隔壁に亀裂が入り、浸水が始まった。
固定が外れた砲弾が弾薬庫内を転がり、装薬庫で火災が発生する。
「後部弾薬庫で火災!」
「注水しろ!」
「注水装置が作動しません!」
「手動弁を開けろ!」
艦内では必死の消火活動が始まった。
だが電源と消火配管の多くが破壊されている。
右舷へ傾斜した船体は桟橋へ押しつけられ、主砲塔の一部が岸壁設備をなぎ倒した。
「総員退艦準備!」
「艦長!」
「弾薬庫が爆発する前に乗員を出せ!」
数分後。
後部弾薬庫で火災が装薬へ達した。
〈マゼラン〉の船体後部が、内側から膨れ上がる。
次の瞬間、夜空を白く染めるほどの爆発が発生した。
後部甲板と主砲塔が吹き飛び、巨大な鋼鉄片が軍港内へ降り注ぐ。
帝国海軍の象徴であったヘルクレス級戦艦〈マゼラン〉は、桟橋に横倒しとなった状態で炎上した。
「大規模な二次爆発を確認」
〈じんりゅう〉のソナー員が報告する。
「船体崩壊音を確認。撃沈確実です」
「次弾、装填完了!」
「五番、六番、目標S2」
「諸元入力済みです」
「発射」
「ファイア!」
新たな二本の魚雷が発射された。
その間にも、再装填を終えた一番、二番発射管から第二波のトマホークが放たれる。
目標は大型修理ドックと海軍工廠。
「一番、二番、トマホーク発射!」
「三番、四番、次弾サブハープーン装填!」
「目標は?」
「港内給油艦及び弾薬補給艦」
「そのまま実行」
早瀬は攻撃を続ける一方、敵の対潜艦艇の動きにも注意を払っていた。
「港外駆逐艦、動きあり!」
「二隻が河口方向へ接近!」
「〈せきりゅう〉が対応する。こちらは内港への攻撃を続ける」
「敵哨戒艇三隻、発射地点を捜索中」
「距離は?」
「最も近い艇で5000」
「浅いな」
〈じんりゅう〉はこれ以上深く潜れない。
速度を上げれば、海底の泥を巻き上げて位置を晒す危険がある。
攻撃を続けるほど、敵に発見される可能性は高まっていた。
「全兵装の発射終了後、後退する」
「了解」
同時刻
オリオン級戦艦〈コルネフォロス〉
「〈マゼラン〉爆沈!」
「後部が完全に吹き飛びました!」
「本艦は直ちに出港する!」
〈コルネフォロス〉は〈マゼラン〉よりも早く機関待機状態へ移っていた。
蒸気圧は上昇し、既に推進器を低速で回せる状態にある。
係留索が切断され、曳船の補助を受けながら桟橋を離れ始めていた。
「前方の巡洋艦を退避させろ!」
「航路上に駆逐艦が停止しています!」
「押し退けろ!」
「衝突します!」
「ここに留まるよりましだ!」
軍港内は、完全な混乱状態だった。
炎上する燃料施設から黒煙が流れ込み、視界を遮っている。
停電によって航路標識の多くは消え、各艦が信号灯と探照灯を使って互いの位置を確認していた。
そこへ多数の艦が殺到し、狭い浚渫航路へ入り込もうとしている。
「右舷前方、航空母艦被弾!」
低空を飛んできたハープーンが、停泊中の航空母艦の舷側へ突入した。
格納庫内で爆発し、搭載機と航空燃料に火がつく。
炎上した航空母艦が航路側へ傾き始め、出港しようとしていた艦艇の進路を塞いだ。
「魚雷音!」
〈コルネフォロス〉の艦橋に警報が響く。
「方位東南東、二本!」
「またか!」
「本艦を追尾しています!」
「最大戦速!」
「まだ蒸気圧が足りません!」
「出せるだけ出せ!」
〈コルネフォロス〉は黒煙を吐きながら加速する。
速度は六ノット。
大型戦艦としては、あまりにも遅い。
しかし、停止したままよりは回避の可能性がある。
「取舵いっぱい!」
「取舵いっぱぁい!」
戦艦が左へ舵を切る。
ところが浚渫航路を外れた左舷側には、浅瀬が広がっていた。
「水深低下!」
「左舷艦底、海底まで三メートル!」
「舵を戻せ!」
「魚雷が右舷から来ます!」
艦長は一瞬、判断を失った。
魚雷を避けて浅瀬へ乗り上げるか。
航路内へ戻り、魚雷を受けるか。
迷っている間にも、魚雷は接近する。
「距離500!」
「衝撃に備えろ!」
一本目の魚雷が、〈コルネフォロス〉の艦首下で爆発した。
艦首が大きく持ち上がり、外板が裂ける。
巨大な錨鎖庫と前部区画へ海水が流れ込み、艦首が沈み始めた。
「前部浸水!」
「一番砲塔、旋回不能!」
「魚雷再び接近!」
二本目は船体中央部を狙っていた。
「面舵!」
「間に合いません!」
爆発。
〈コルネフォロス〉の船体中央が激しく持ち上がる。
海面へ落下した際、竜骨が損傷に耐えきれず折れた。
甲板に大きな亀裂が走り、中央構造物が傾く。
機関区画へ海水が流入し、推進器の回転が止まった。
「船体中央部、破断!」
「傾斜が止まりません!」
「総員退艦!」
浚渫航路上で、〈コルネフォロス〉はゆっくりと横倒しになっていった。
完全に沈没するだけの水深はない。
巨大な船体は半ば海面上へ露出したまま海底へ着底し、軍港から外洋へ続く主要航路の一部を塞いだ。
「〈コルネフォロス〉、航路上で着底!」
「後続艦、停止しろ!」
「間に合いません!」
後方から出港しようとしていた重巡洋艦が、急停止できずに戦艦の艦尾へ衝突した。
さらに後続の駆逐艦が巡洋艦へ接触する。
レイフォリア軍港の脱出路は、沈みかけた味方艦によって塞がれ始めていた。
同時刻
レイフォリア港外 原子力潜水艦〈せきりゅう〉
「港口から駆逐艦二隻、出てきます」
「後方に巡洋艦一。続いて輸送艦複数」
〈せきりゅう〉艦長の秋月雅人二等海佐は、敵艦の動きを表示器で確認した。
レイフォリア軍港が攻撃を受けたことで、港外哨戒中だった帝国艦艇は潜水艦を捜索するため河口へ集まりつつある。
一方、港内からは被害を免れた艦艇が脱出しようとしていた。
だが、港湾管制所が破壊され、航路上では〈コルネフォロス〉が着底している。
出口へ到達できた艦は多くない。
「先頭の駆逐艦は対潜部隊だな」
「アクティブソナーを使用しています」
「〈じんりゅう〉へ近づけさせるな」
「一番、二番、魚雷戦用意」
「目標、先頭駆逐艦二隻」
「三番、四番、サブハープーン」
「目標、後続巡洋艦」
〈せきりゅう〉は水深のある港外に潜んでいる。
浅海域で行動する〈じんりゅう〉とは異なり、回避と高速離脱のための空間を確保していた。
「一番、二番、発射」
「ファイア!」
二本の魚雷が、対潜駆逐艦へ向かう。
「三番、四番、サブハープーン発射」
「ファイア!」
直後、帝国駆逐艦は魚雷発射音を探知した。
アクティブソナーで〈じんりゅう〉を探していた駆逐艦隊が、一斉に散開する。
そのため、浅海域へ向かっていた対潜包囲網に大きな穴が開いた。
「敵駆逐艦、回避運動へ移行」
「〈じんりゅう〉への進路が開きました」
「予定通りだ」
秋月は頷いた。
「我々の仕事は、港内の艦を全部沈めることじゃない。〈じんりゅう〉を無事に帰すことだ」
魚雷の一本が駆逐艦へ命中する。
艦首が爆発で吹き飛び、帝国艦は前のめりになるように沈み始めた。
もう一隻は辛うじて回避したものの、追尾する魚雷を避けるため港外へ向けて逃走する。
後方の巡洋艦には、二発のハープーンが相次いで命中した。
一発目が艦橋を破壊し、二発目が機関区画上部で爆発する。
指揮能力と推進力を失った巡洋艦は、河口の浅瀬へ乗り上げた。
「敵対潜部隊、瓦解」
「港口から出る大型艦はありません」
「〈じんりゅう〉へ離脱信号を送れ」
「了解」
短い符号通信が海中へ送られる。
同時刻
原子力潜水艦〈じんりゅう〉
「〈せきりゅう〉より符号通信。港外対潜部隊の排除に成功」
「離脱経路、確保されました」
「こちらも攻撃終了だ」
早瀬は兵装残数を確認した。
トマホーク六発。
潜水艦発射型ハープーン四発。
89式長魚雷六本。
〈じんりゅう〉は短時間のうちに十六発もの兵装を使用している。
しかし、その戦果は大きかった。
「確認戦果を報告」
「ヘルクレス級戦艦〈マゼラン〉、二次爆発後に横転。撃沈確実」
「オリオン級戦艦〈コルネフォロス〉、船体破断。港内航路上で着底」
「航空母艦二隻にハープーン命中。一隻は大火災、もう一隻は格納庫爆発を確認」
「給油艦一、弾薬補給艦一、炎上」
「修理ドック及び海軍工廠にトマホーク命中」
「港湾管制所、発電所、通信施設、燃料貯蔵施設も破壊を確認しています」
「十分だ」
早瀬は静かに命じた。
「取舵十五。進路を東南東」
「取舵十五。進路東南東」
「速力六ノット。海底地形に注意」
〈じんりゅう〉がゆっくりと向きを変える。
最大戦速で逃げることはできない。
浅い海域で急激に速度を上げれば、海底の土砂を巻き上げ、敵に位置を知らせてしまう。
「敵哨戒艇、後方六千」
「探信音あり」
「こちらを捕捉しているか?」
「反響が乱れています。港内の沈没艦と爆発音が大き過ぎるようです」
レイフォリア軍港では、今も爆発が続いている。
沈みゆく戦艦、炎上する航空母艦、爆発する燃料、倒壊する港湾施設。
海中には無数の音が満ち、帝国軍のソナーは潜水艦の推進音を識別できなかった。
「港外まで、あと十二キロ」
「〈せきりゅう〉、本艦北方で待機中」
「合流はしない。そのまま別経路で離脱させろ」
「了解」
二隻の潜水艦が同じ方向へ逃げれば、敵の対潜部隊を一か所へ集めることになる。
〈じんりゅう〉は南東へ向かい、〈せきりゅう〉は北東へ。
異なる経路を使って戦場を離脱する。
「艦長」
副長が後方の音響情報へ目を向けた。
「レイフォリア軍港、しばらくは使い物にならないでしょうね」
「ああ」
早瀬も戦術画面を見た。
〈マゼラン〉は大型桟橋を押し潰すように横転している。
〈コルネフォロス〉は主要航路上に着底し、大型艦の出入りを妨げていた。
燃料貯蔵区画では火災が広がり、修理ドックと発電所も機能を失っている。
たとえ生き残った艦艇があったとしても、燃料と弾薬を補給し、修理を受け、統制を取って出撃することは困難だった。
「艦を沈めたことより、港を止めたことの方が大きい」
早瀬は言った。
「戦艦が何隻残っていても、出港できなければ戦力にはならない」
「他の三軍港も同じ時刻に攻撃を受けています」
「帝国海軍は今頃、どこへ増援を送るべきか迷っているだろうね」
四つの目標はの同時攻撃。
それぞれの港で、帝国軍は異なる数の潜水艦が侵入したと判断するだろう。
日本側が実際に何隻を投入したのか。
次の攻撃がいつ、どこで行われるのか。
それを知る手段はない。
「港外へ出ます」
「海底までの余裕、二十五メートルへ増加」
「速力十五ノットまで上げる」
「速力十五ノット」
水深が増すにつれ、〈じんりゅう〉は徐々に速度を上げていく。
後方ではレイフォリア軍港の火災と爆発が続いていた。
旧王都の夜空を、燃え上がる帝国艦隊の炎が赤く染めている。
レイフォリアへ退避していた多数の主力艦艇は、戦列へ戻る機会を得ないまま失われた。