海の恐怖!グラ・バルカス帝国海軍vs原子力潜水艦   作:通常弾頭

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第二十一話

中央暦1643年1月3日

ムー・レイフォル国境地帯

 

 海神作戦と、それに続くレイフォル四軍港同時攻撃によって、グラ・バルカス帝国海軍は同地域における行動能力をほぼ喪失した。

 レイフォリア軍港では戦艦〈マゼラン〉と〈コルネフォロス〉をはじめ、多数の主力艦艇が撃沈または大破。

 港湾管制所、燃料貯蔵施設、修理ドックも破壊され、残存艦艇は港から出ることすら困難となっていた。

 他の三軍港も同時に攻撃を受け、帝国海軍はどの港を守り、どの艦隊を救援へ向かわせるべきか判断できないまま、その戦力を分断された。

 

 外洋には日本の原子力潜水艦が潜んでいる。

 

 港に留まれば巡航ミサイルを受ける。

 

 出港すれば魚雷の標的となる。

 

 レイフォル周辺の海域から、組織的に行動できる帝国艦隊は事実上消滅していた。

 海上の脅威が取り除かれたことで、連合軍はついにレイフォル奪還へ向けて動き始めた。

 作戦の主力を担うのは、祖国奪還を目指すムー軍である。

 その背後を日本と神聖ミリシアル帝国が支え、陸海空の全域からグラ・バルカス帝国占領軍を圧迫する。

 

「全部隊、配置完了」

「航空攻撃開始まで、あと五分」

 

 ムー軍前線司令部の巨大な作戦室では、各国の連絡将校が慌ただしく動いていた。

 壁面の地図には、レイフォリアへ続く主要街道、帝国軍陣地、飛行場、補給拠点が記されている。

 

 その中でも、最初の攻撃目標に指定されたのがバルクルス駐屯地だった。

 

 レイフォリア東方に築かれた、グラ・バルカス帝国軍最大級の前線拠点。

 戦車、野砲、航空機、燃料、弾薬が集積され、周辺の占領軍を統括する司令部も置かれている。

 海上輸送が遮断された後も、バルクルス駐屯地は周辺基地から物資をかき集め、レイフォリア防衛の中核として機能していた。

 だが、その備蓄も既に底を突きかけていた。

 

「航空部隊、攻撃開始」

 

 連絡将校の報告と同時に、作戦室の空気が変わった。

 


 

一時間後

バルクルス駐屯地

 

「空襲警報!敵機接近!」

 

 けたたましい警報が、駐屯地全体へ鳴り響いた。

 

「方位東南東、高度一万!」

「機数は!?」

「多数! レーダーの損失により、正確な数は確認できません!」

 

 帝国軍の兵士たちが、対空砲陣地へ走る。

 だが、上空に日本の航空機は見えなかった。

 最初に飛来したのは航空機ではない。

 遠距離から発射された空対地ミサイルだった。

 

「飛翔体多数!」

「対空射撃を開始しろ!」

 

 高射砲が火を噴く。

 夜明け前の空へ砲弾が撃ち上げられ、黒い炸裂煙が広がった。

 しかし、低空と高空の双方から進入する誘導弾を、帝国軍の光学照準器だけで迎撃することはできない。

 最初のミサイルが、駐屯地西側のレーダー施設へ命中した。

 大爆発とともにアンテナ塔が崩れ落ちる。

 続いて通信施設、航空管制塔、燃料集積所、弾薬庫、指揮所まで。

 それぞれの施設へ、ほぼ同時にミサイルが突入した。

 

「司令部被弾!」

「通信線が切断されました!」

「第二燃料庫で火災!」

「飛行場との連絡が取れません!」

 

 帝国軍が状況を把握するより早く、日本の戦闘機部隊が到達する。

 F-2戦闘機が低空から接近し、滑走路へ誘導爆弾を投下した。

 巨大な爆発が連続し、舗装面に深い穴が開く。

 離陸準備を進めていた帝国軍機が爆風に煽られ、翼を折られた。

 掩体壕へ格納されていた航空機にも、精密誘導弾が次々と命中する。

 

「敵機、低空!」

「機銃を向けろ!」

「速過ぎる!」

 

 一瞬だけ現れた航空機は、帝国兵が照準を合わせるより早く空の彼方へ消えていく。

 遅れて爆発音が届いた時には、別の施設が炎上していた。

 F-15Jの部隊は駐屯地上空へ進出し、離陸に成功した僅かな帝国軍機を迎撃する。

 帝国軍戦闘機は日本機を視認することさえできないまま、長距離空対空ミサイルによって撃墜された。

 

「敵機を確認できません!」

「レーダーはどうした!」

「最初の攻撃で破壊されました!」

「ならば見張員の報告を使え!」

「速過ぎて方位が分かりません!」

 

 バルクルス駐屯地の組織的な防空能力は、攻撃開始から十分足らずで崩壊した。

 残された対空砲は、見えない敵を求めて空へ砲弾を撃ち続けている。

 

 しかし、その射撃は日本機へ届かなかった。

 

 第二波は、駐屯地周辺の砲兵陣地と戦車集結地を襲った。

 燃料不足によって移動できず、偽装網の下に並べられていた帝国軍戦車へ誘導爆弾が降り注ぐ。

 上空から正確に投下された爆弾は、戦車そのものだけでなく、弾薬運搬車や燃料車を優先して破壊した。

 誘爆が連鎖し、駐屯地の一角が巨大な火災に包まれる。

 

「戦車隊、被害甚大!」

「予備燃料も燃えています!」

「砲兵陣地との通信が途絶!」

 

 指揮官のガオグゲルは、地下指揮所から出撃命令を出そうとした。

 だが、命令を伝える通信網は既に失われている。

 伝令を送り出す車両にも燃料がなかった。

 日本軍は兵士一人一人を狙っているのではない。

 帝国軍が軍隊として行動するために必要な目と耳、手足を破壊していた。

 バルクルス駐屯地は、多数の兵士を残したまま、戦闘拠点としての機能を失った。

 


 

同時刻

レイフォリア上空

 

「目標地域まで、あと百二十」

「敵航空機の反応なし」

「巡航ミサイル発射準備」

 

 雲の上を飛ぶ大型機の機内で、乗員たちが淡々と作業を進めていた。

 機体は、航空自衛隊の可変翼哨戒機P-1。

 しかし、今回の機体は通常の哨戒任務用ではない。

 海上自衛隊と航空自衛隊の共同改修によって、爆撃任務へ対応するための装備が追加されていた。

 対潜哨戒用装備の一部を降ろし、兵装庫と翼下へ長距離巡航ミサイルを搭載。

 大型機としての航続距離と搭載能力を生かし、敵防空圏の外側から多数の誘導兵器を発射する。

 日本側で「BP-1」と呼ばれる仕様の機体である。

 

「目標情報、最終更新」

 

 機内の表示器へ、レイフォリア周辺を映した偵察衛星情報が映し出される。

 帝国軍司令部、兵舎、弾薬集積地、鉄道操車場、砲兵陣地、車両整備施設、市街地周辺に築かれた防御陣地。

 潜水艦部隊による軍港攻撃で損傷した港湾施設にも、なお使用可能な設備が残されていた。

 

「民間区画を再確認」

「各目標とも市街地中心部から離れています」

「進入経路に問題なし」

「了解」

 

 編隊長が命じる。

 

「第一斉射、発射」

 

 P-1の兵装倉が開く。

 巡航ミサイルが次々と投下され、空中で翼を展開した。

 エンジンが始動し、複数のミサイルが編隊から離れていく。

 翼下に搭載された兵器も順次発射された。

 巡航ミサイルは海岸線と河川に沿って低空を飛び、四方からレイフォリアへ接近する。

 

「第一斉射、全弾正常」

「続いて第二斉射」

 

 別のP-1編隊からも巡航ミサイルが放たれる。

 空中から見れば、無数の小さな光点が地平線の彼方へ散っていくように見えた。

 


 

数分後

レイフォリア帝国軍防衛司令部

 

「敵兵器多数接近!」

「方位は!?」

「東、南東、南方! 複数方向から来ます!」

「対空砲部隊へ迎撃命令!」

「通信が回復していません!」

 

 潜水艦攻撃によって破壊された通信司令部は、未だ十分に復旧していなかった。

 仮設通信線が敷設されていたものの、市内と軍港の全防空部隊を統一して指揮できる状態ではない。

 

 そこへ、P-1から発射された巡航ミサイルが押し寄せた。

 

 最初の一発が、郊外に設置された方面軍司令部へ突入する。

 地下施設を直接破壊することはできなかったが、地上の通信塔、出入口、車両集積所が爆発に包まれた。

 二発目と三発目は、鉄道操車場へ命中した。

 停車していた弾薬列車が誘爆し、周囲の線路を吹き飛ばす。

 レイフォリアと前線を結ぶ鉄道網が寸断された。

 続いて砲兵陣地、街道の交差点に築かれた対戦車陣地、航空基地、燃料不足のため放棄されていた車両集積地。それら全てへ。

 帝国軍の主要拠点が、時間差を置きながら次々と破壊されていく。

 

「南部砲兵陣地、応答なし!」

「東部防衛線で爆発多数!」

「市外との有線通信が切断されました!」

「日本軍の地上部隊はどこにいる!」

「分かりません!」

 

 防衛司令部の地図には、昨日までの情報しか記されていない。

 航空偵察は日本軍に阻まれ、街道へ送り出した偵察車両も戻ってこなかった。

 連合軍がどこまで進出しているのか。

 その全体像を把握する者は、もはやレイフォリアには存在しなかった。

 


 

レイフォル東部街道

陸上自衛隊第七師団

 

「前方集落、敵陣地確認」

「戦車三、対戦車砲複数」

「住民は避難済みです」

 

 第七師団の指揮車両内で、無人航空機から送られてくる映像が表示された。

 街道を塞ぐように土嚢と壕が築かれ、その後方には帝国軍戦車が配置されている。

 だが、その戦車はエンジンを止めていた。

 燃料を節約するためである。

 

「特科へ目標送信」

「了解」

 

 数十キロ後方に展開する99式自走榴弾砲の部隊へ、敵陣地の座標が送られる。

 

「射撃開始」

 

 数秒後。

 遠方から砲声が響いた。

 誘導砲弾が帝国軍陣地へ降り注ぐ。

 対戦車砲が吹き飛び、土嚢陣地が土煙に包まれた。

 帝国兵たちが混乱する中、第七師団の戦車隊が前進を開始する。

 

「全車、前進」

 

 10式戦車と90式戦車が街道上を進む。

 帝国軍戦車が慌ててエンジンを始動させる。

 だが、燃料配給を絞られ、長期間整備を受けていなかった車両の一部は動かなかった。

 

「敵戦車、砲塔旋回!」

「距離2800」

「撃て」

 

 10式戦車の主砲が火を噴く。多目的榴弾が放たれた。

 砲弾は帝国戦車の正面装甲を貫通し、車内で爆発した。

 別の帝国戦車も射撃を試みるが、射程も照準速度も違い過ぎた。

 砲弾は日本戦車の遥か手前へ落下する。

 

「敵戦車二、撃破」

「残り一両、後退します」

「逃走経路を塞ぐ。歩兵を前へ」

 

 装甲車から普通科隊員が展開し、街道沿いの壕を一つずつ制圧していく。

 帝国軍の抵抗は散発的だった。

 部隊間の通信が切断され、隣の陣地がまだ戦っているのか、既に撤退したのかさえ分からない。

 それでも一部の兵士は抵抗を続けた。

 しかし、航空支援と砲兵支援を受ける陸上自衛隊の前進を止めることはできなかった。

 

「前方陣地、制圧完了」

「街道上の障害物を除去します」

「後続部隊を前進させろ」

 

 第七師団は機甲戦力を集中し、レイフォリアへ続く主要街道を高速で進んだ。

 敵の強固な拠点を発見すれば、無理に正面突破しない。

 航空攻撃または砲撃によって弱体化させ、戦車と機械化歩兵が突破する。

 後方に残された小規模な陣地は、続くムー軍部隊が包囲し、降伏を呼びかけた。

 


 

 第七師団の北側では、第五旅団が別の街道を進んでいた。

 第五旅団の任務は、レイフォリア東方の町や集落を確保し、第七師団の側面を守ることである。

 都市や森林の多い地域では、戦車だけを高速で前進させることはできない。

 偵察部隊、普通科部隊、装輪装甲車、施設科部隊。

 これらが連携し、帝国軍が破壊した橋や道路を修復しながら進んでいた。

 

「橋梁中央部、爆破されています」

「仮設橋の設置に入る」

「対岸に敵兵らしき人影」

「攻撃意思を確認するまで撃つな」

 

 第五旅団の先遣部隊が河岸へ展開する。

 対岸の帝国兵は銃を構えていたが、日本側の装甲車と、その上空を旋回する攻撃ヘリを見て動きを止めた。

 既に後方との連絡はない。食料も弾薬も残り少ない。救援が来る見込みもなかった。

 拡声器を通じて降伏勧告が行われる。

 しばらくして、一人の帝国兵が銃を地面へ置いた。

 続いて、他の兵士も武器を捨て始める。

 

「敵部隊、降伏します」

「武装解除後、ムー軍へ引き渡せ」

「了解」

 

 前線のすべてが激しい戦闘になったわけではない。

 帝国の敗北を悟り、自ら武器を捨てる部隊も増え始めていた。

 レイフォリアへ近づくほど、街道脇には放棄された帝国軍車両が増えていく。

 兵器の燃料切れ、または故障、それか航空攻撃への恐怖。

 理由は様々だった。

 グラ・バルカス帝国軍は、部隊としての形を保ちながら崩壊しつつあった。

 


 

同時刻

レイフォリア沖

 

 陸上自衛隊が東方から接近する一方、海上からも連合軍艦隊がレイフォリアへ迫っていた。

 神聖ミリシアル帝国西方方面艦隊旗艦〈コスモ〉。

 その周囲には、ミリシアル帝国の魔導戦艦と巡洋艦が隊列を組んでいる。

 さらに前方と両翼を、海上自衛隊の護衛隊群が固めていた。

 数日前まで、このような艦隊行動は不可能だった。

 レイフォリア軍港にはグラ・バルカス帝国海軍の戦艦と空母が集結し、外洋にも潜水艦と対潜部隊が存在していた。

 しかし今、その大半は海底か、破壊された港湾施設の横で炎上している。

 

「レイフォリア軍港まで、距離四十」

「港内に小型艦艇複数」

「大型艦に行動の兆候なし」

 

 海上自衛隊のイージス護衛艦〈あたご〉が、艦隊全体へ敵情を共有する。

 軍港内部には、潜水艦攻撃を生き延びた駆逐艦や哨戒艇が残されていた。

 その一部が港外へ出ようとしている。

 

「敵巡洋艦三隻、出港」

「砲門をこちらへ向けています」

「警告を送信」

『前方のグラ・バルカス帝国艦艇へ通告する。直ちに機関を停止し、武装を解除せよ』

 

 帝国艦隊から返答はない。

 代わりに、一隻の巡洋艦が主砲を発射した。

 砲弾は連合艦隊へ届かず、手前の海面へ着弾する。

 

「敵艦発砲! 攻撃意思を確認!」

「対艦戦闘開始」

 

 海上自衛隊の護衛艦から対艦ミサイルが発射された。

 同時に、〈コスモ〉をはじめとするミリシアル艦隊も魔導砲撃を開始する。

 光線と誘導弾が海上を走る。

 帝国巡洋艦は回避運動を行う間もなく攻撃を受けた。

 一隻は艦橋を破壊され、もう一隻は機関区画に命中したミサイルによって航行不能となる。

 三隻目は戦意を失い、白旗を掲げた。

 

「敵二隻、戦闘不能」

「一隻は降伏を表明」

「港内哨戒艇も機関を停止しています」

 

 レイフォリア沖に、連合軍を阻む海上戦力は残っていなかった。

 クリング提督は〈コスモ〉の艦橋から、炎上した軍港を見つめていた。

 

「これが、日本の言っていた結果か」

 

 敵主力艦隊との華々しい決戦はなかった。

 代わりに、帝国艦隊は港へ閉じ込められたまま潜水艦によって破壊されている。

 そして今、連合軍艦隊はほとんど損害を受けることなく、敵国の海岸へ到達した。

 

「上陸部隊の発進を許可する」

 

 クリングが命じる。

 

「レイフォリアを奪還せよ」

 


 

 海上自衛隊の輸送艦から、LCACが次々と発進した。

 水陸機動団の隊員と、その水陸両用車、軽装甲機動車など。後続には弾薬と補給物資。

 それらを載せた艇が、白い飛沫を上げながらレイフォリアの海岸へ向かう。

 上空では航空自衛隊機と陸上自衛隊の攻撃ヘリが警戒を続けていた。

 

「上陸地点、敵反応あり」

「海岸陣地に機関銃座複数」

「艦砲射撃、開始」

 

 護衛艦の主砲が火を噴く。

 精密な砲撃が海岸線の帝国軍陣地へ命中した。

 土嚢陣地が崩れ、機関銃座が沈黙する。

 続いて〈コスモ〉から魔導砲撃が行われ、海岸後方の砲兵陣地が破壊された。

 

「第一波、上陸!」

 

 LCACが砂浜へ乗り上げる。

 水陸機動団の隊員たちが飛び出し、周辺を警戒しながら前進した。

 AAV7水陸両用車も海岸へ到達し、車載機関銃で残存する敵陣地を制圧する。

 帝国軍は抵抗を試みたものの、砲兵と通信網を失っていた。

 海岸守備隊は各陣地が孤立し、どこへ退却すべきかさえ分からない。

 

「海岸線、確保!」

「第二波を誘導せよ!」

「市街地への進入口を確認!」

 

 水陸機動団は港湾地区から市街地へ進入した。

 道路には潜水艦攻撃で破壊された軍港施設の瓦礫が散乱し、炎上した帝国艦艇から黒煙が上がっている。

 〈マゼラン〉の巨大な船体は桟橋に横倒しとなり、〈コルネフォロス〉は航路を塞ぐように着底していた。

 その光景を見た帝国兵の多くは、抵抗する意思を失っていた。

 

「前方建物から発砲!」

「三階の窓だ!」

「制圧しろ!」

 

 短い銃撃戦。

 水陸機動団は建物内部へ突入し、一室ずつ制圧していく。

 市街地では、帝国軍の小部隊が散発的に抵抗していた。

 だが、互いに連携していない。

 ある部隊が激しく抵抗している隣の街区で、別の部隊が降伏する。

 帝国軍の指揮系統は完全に崩壊していた。

 

 正午前。

 

 水陸機動団はレイフォリア中心部へ到達する。

 ほぼ同時刻、東方から進撃してきた第七師団の先遣部隊が郊外へ姿を現した。

 

「陸上部隊を確認」

「第七師団です」

「友軍識別信号を送れ」

 

 海側から進入した水陸機動団。

 東部街道を突破した第七師団。

 北東部から回り込んだ第五師団。

 三方向からの部隊が、レイフォリア市街地を包囲する。

 さらにその外側ではムー軍部隊が展開し、帝国軍の退路を塞いでいた。

 

「帝国軍防衛司令部へ通告する」

 

 拡声器とラジオ放送を通じ、降伏勧告が市内へ流された。

 

『レイフォリアは包囲された。組織的抵抗を継続する意味はない』

『武器を捨て、指定された場所へ集合せよ』

『降伏する兵士の生命と待遇は保証する』

 

 帝国軍防衛司令部から返答が届いたのは、それから一時間後だった。

 

『……レイフォリア守備隊は、連合軍へ降伏する』

 

 旧レイフォル王国の首都レイフォリア。

 グラ・バルカス帝国による占領から長い時間を経て、その街は連合軍の手によって奪還された。

 


 

数時間後 グラ・バルカス帝国本土

帝国海軍司令部

 

「レイフォリア守備隊、降伏を確認」

 

 作戦室に響いた報告に、誰も言葉を発しなかった。

 

「バルクルス駐屯地も組織的抵抗を停止。第八軍団との通信は途絶したままです」

「レイフォル方面の残存部隊は、西方または北方へ個別に後退しています」

「連合軍艦隊がレイフォリア港へ入港」

「ムー軍は各都市へ進出し、現地住民の協力を受けながら帝国軍施設を接収しています」

 

 作戦室中央の地図から、帝国軍を示す印が次々と取り除かれていく。

 海軍大将カイザルは、その地図を無言で見つめていた。

 制服は皺だらけだった。

 目の下には深い隈ができ、頬も痩せている。

 海神作戦が始まって以来、カイザルはまともに眠っていなかった。

 食事も作戦室へ運ばれていたが、その多くは手を付けられないまま下げられている。

 机の端には、冷え切った飲み物と、乾燥したパンが残されていた。

 

「損害の総計は」

 

 カイザルが尋ねる。

 声は掠れていた。

 

「現時点では算出できません」

 

 参謀が答える。

 

「レイフォリア軍港だけでも、戦艦二隻、航空母艦二隻、巡洋艦及び駆逐艦多数を喪失」

「港湾施設も使用不能です」

「陸上部隊の損失を含めれば……」

「聞いているのは、総計だ」

 

 カイザルの声が低くなる。

 

「分からないという報告を聞きたいのではない」

「しかし、通信網が崩壊しており――」

「分からないなら調べろ!」

 

 カイザルが拳を机へ叩きつけた。

 鈍い音が作戦室に響く。

 

「何隻沈んだ! 何人死んだ! どれだけの物資が敵の手に渡った! 我々は何を残して撤退した!」

 

 参謀たちは俯いた。

 ただ、正確な数字を知る者はいなかった。

 軍港の損害、海上輸送の崩壊、地上部隊の燃料不足、占領地の反乱、レイフォリアの陥落。

 事態はあまりにも速く進み、帝国海軍司令部の集計能力を超えていた。

 

「潜水艦だ」

 

 カイザルは地図上の海域を指した。

 

「最初から、あの潜水艦を止められなかった」

「商船を沈められ、燃料を断たれ、軍港まで攻撃された」

「艦隊を出せば沈められる」

「港へ戻せば、そこを狙われる」

「では、我々はどうすればよかったのだ……」

 

 最後の言葉は、怒声ではなかった。

 疲れ切った男の、弱々しい呟きだった。

 

「閣下」

 

 参謀長が前へ出る。

 

「お休みください」

「何を言っている」

「閣下は三日以上、まともに睡眠を取っておられません」

「今、私が休めると思うのか」

「このままでは判断を誤ります」

「既に誤っている!」

 

 カイザルは再び机を叩こうとした。

 しかし腕に力が入らず、拳は机へ落ちるように当たった。

 身体が僅かに揺れる。

 

「閣下!」

 

 近くにいた副官が、倒れかけたカイザルの身体を支えた。

 

「放せ」

「放せません」

「まだ、残存艦隊の再配置が──」

「参謀本部で引き継ぎます」

「私の許可なしにか」

「はい」

 

 参謀長はカイザルの目を正面から見た。

 

「これは命令ではありません。部下としての進言です。今の閣下に作戦指揮を続けさせることは、帝国海軍にとって危険です」

 

 カイザルは何か言い返そうとした。

 だが言葉が出てこない。

 焦点の合わない目で地図を見つめ、やがて小さく首を振った。

 

「レイフォルを失った」

「はい」

「艦隊も、港も、輸送路も……」

「すべてが失われたわけではありません」

「同じことだ」

 

 カイザルは副官に支えられながら、椅子へ座り込んだ。

 

「日本は、こちらが何かを守ろうとするたび、その守る場所を攻撃してくる」

「はい」

「船団を守れば護衛艦を沈める」

「はい」

「港を守れば港を攻撃する」

「はい」

「前線を守ろうとすれば、補給を断つ」

「…………」

 

 参謀長は何も答えなかった。

 それが事実だったからである。

 

「医務室へお連れしろ」

「おい──」

「閣下」

 

 参謀長は静かに言った。

 

「次の報告を受けるためにも、今は眠ってください」

 

 カイザルは抵抗しなかった。

 副官と軍医に両側から支えられ、作戦室を出ていく。

 扉が閉じる直前、彼は一度だけ振り返った。

 壁面の地図では、レイフォル一帯から帝国軍の印が消えつつあった。

 

 海神作戦の開始から、二十日足らず。

 

 グラ・バルカス帝国は、一度の艦隊決戦にも敗れることなく、レイフォルにおける制海権、補給網、軍港、そして占領地そのものを失った。

 

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