遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)   作:伊佐木ソラ

14 / 28
13:エピローグ

 

「どうして、あなたが私の執務室(しつむしつ)にいるんですか……ベルトラン」

 

 片頬をぴくぴくとさせながら、乾いた笑みを浮かべる男に向かって手を挙げた。

 

「こっちから出向いてやったというのに、結構な言い草だな、アシュド」

「なるべく来ないでください、これは懇願(こんがん)です」

 

 冒険者組合が管理する建物――寄合所(ギルドハウス)。外の喧騒(けんそう)と隔離された物静かな一室で、オレは来客用の椅子にもたれながら、手に持っていた袋を机の上に置く。

 

「なんですか、それは」

「今月分の報酬らしい、リディヴィーヌから伝言を頼まれた。……『いつも私の愚かな弟子に目を掛けて下さってありがとうございます』、だとさ。報酬にも色を付けておいたらしいぞ」

「それは嬉しいですが……あなたは恥ずかしくないんですか、自分の師匠にこれほどのことをしてもらって」

「オレとしては、あの人のお節介に巻き込まれているだけだからな。それに恥を残して苦しむほどの未来に、果たしてオレは生きているのかどうか」

「何を言ってるんですか……はあ」

 

 自分の席に着いたアシュドはくたびれた顔でため息を吐き、ただでさえ覇気のない表情を殊更(ことさら)に曇らせていた。

 普段よりも色濃く出ている疲労の様相に、仕方なく、オレは気遣う素振りを見せることにした。

 

「どうした、死にそうな顔して」

「……それがあなたなりの気遣いだということを、ここ最近でようやく気付きましたよ」

 

 アシュドは額に手を置き、机の上に山積みとなった書類の中から一枚を手に持った。

 

「一昨日、あなたが捕縛した信奉者(しんぽうしゃ)の男――名前をエルネスタというらしいですが。彼は貴族殺しの容疑で指名手配を受けていたんですよ。その情報提供の応対を冒険者組合は受託(じゅだく)していたんですが、今回の一件で信奉者について取り調べたい騎士団側と是が非でも速やかに処刑したい貴族側でちょっとしたいざこざが起きましてね。その余波がどうしてか、我々にも来て……」

「大変そうだな。まあ、暇よりいいだろ、頑張れ」

 

 オレの一言に対して、アシュドは呆れた目でちらりとこちらを覗き見た。

 

「それともう一つ。あなたの師匠が持ち帰ってきた“ミラの花”について、冒険者から苦情が殺到(さっとう)しましてね。依頼を張り出したその日に、内部の人間が解決したことについて、納得がいかないという文句が受付に押し寄せてるんです。ここに来たなら見たでしょう、あの血迷った猛獣の群れみたいな人だかりを」

 

 てっきり、そこらの冒険者は依頼掲示板が通常通りに戻ったことを喜ぶものと思っていたが、どうやら、得をしなかった奴らもいるらしい。完全な言い掛かりなのだろうが、その程度の人間を無造作に集めた組合側にも問題がある。

 

「お手上げですよ。一体いつになったら、私はこの寄合所(ギルドハウス)で平穏な日々を過ごせるのでしょうかね」

「なら、一つ良い知らせがある。お前が引き受けていた、オレを冒険者パーティに無理やり推薦する作業は不要になった。良かったな」

「はあ……他所(よそ)に活動拠点を移すんですか? 確か、まとまった資金を手に入れたと聞きましたが」

「あの金なら魔封具を壊した弁償代としてメリザンシヤに全額奪われた。赤竜(せきりゅう)の討伐もリディヴィーヌの手柄になってるしな。単に、やらなきゃいけない面倒事が一つ増えた、それだけのことだ」

 

 オレはそう言って立ち上がり、部屋の入り口に(きびす)を返す。

 

 すると、さっきまで物憂(ものう)げな態度だったアシュドがスッと背筋を伸ばして、オレを呼び止めた。

 

「待って下さい、あなた()てに手紙を預かっています」

「……手紙? なんだ、前に組んだ冒険者からの果たし状か?」

「違いますよ、例の村の責任者からあなたにお礼を、と。彼らの仮の住居に、我々が管理する建物を一棟(ひとむね)貸すことになったので、そのついでに預かってきました」

 

 アシュドは書類の山の端にひっそりと置かれた小さな封筒を手に取り、オレへと差し出す。

 その封筒を受け取ると、手に持って伝わる重さから、中には手紙以外のもの――小粒の何かが入っていることが(うかが)えた。

 

「ロイクという少年が、あなたに直接会ってお礼を言いたがってましたよ」

「そうか、まあ、気が向いたら会いに行く」

 

 オレはそれだけを言って、今度こそ、こじんまりとした執務室を抜け出そうと入り口に向かい――

 

「――失礼します!!」

「うおっ」

 

 外に出ようと入り口の前に立った瞬間、オレの鼻先すれすれを両開きの扉が勢いよく開かれた。咄嗟(とっさ)に身を引いたおかげで、顔面をこそげ落とす事態には至らなかった、が。

 

 やや遅れて視界の中央に映り込んだその姿に……次は、オレがため息を吐く番となった。

 亜麻色(あまいろ)の髪を尻尾のように揺らしながら、弓兵の少女――フェリシティ・マナドゥが目の前に立っていた。

 

「なんだお前」

「ここに来れば、ベルトランさんに会えるとお聞きしたので!」

 

 明るい笑顔を浮かべて答えるフェリス。

 さっきのアシュドの陰鬱(いんうつ)な表情を見た直後だと、余計に、太陽のような(まぶ)しさを錯覚するほどだ。

 しかし、少女の返答は何一つと答えになっていない。オレは改めて尋ねた。

 

「どうしてオレに会いに来た?」

 

 (いぶか)しむオレの態度を受けて、フェリスは自分があまり歓迎されていないことを悟ったのか、数秒の間を置いて……ぎこちなく頬を()いた。

 そして、

 

「――えっと、メリザンシヤ様から、ベルトランさんのところでしばらく教えを()えと言われたので、来ました」

「…………」

 

 金の山よりも貴重なオレの時間は、こうして……いとも容易(たやす)くすり減らされることが決まったのであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。