遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)   作:伊佐木ソラ

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01:定時報告

 

 目の前に映るその風景は、何度見ても、凄惨(せいさん)としか言い様がなかった。

 

「……はあ、どんな魔術を使えばこうなるんだ?」

 

 オレが立つ草原から、数十歩もいらない距離にある向こう側の大地が――死んでいた。

 

 草木の一つも生えておらず、不自然に枯れ果てた、辺り一面が砂礫(されき)だらけの荒野が広がっている。

 ここが砂漠地帯だというなら納得するが、不毛の地の境目からこちら側に立つオレの足元には、緑豊かな自然が生い(しげ)っているという……何とも言えないチグハグさがあった。

 

 生と死の概念を如実(にょじつ)に視覚化しているようで実に面白い景色だが……事情が事情なだけに、笑えない話ではある。

 

(まあ、自業自得なんだが)

 

 錬金術の国エンピレオの首都近郊(きんこう)

 かつて、先進した技術発明により大陸の覇者として君臨していた魔術大国だが、その結末はあまりに呆気(あっけ)ないものだった。

 

 敵国との戦争に敗れたわけではなく、天変地異に巻き込まれたわけでもない。

 

 詳細は不明だが、生き延びたエンピレオの民(いわ)く、かの大国は――魔術実験の失敗による大規模爆発によって滅びたという。

 結果として、崩壊した都市の姿を残しながら、その一帯は生物が近づくことのできない“瘴気(しょうき)”に満ちた場所となっていた。

 

 オレが立っているこの辺りはまだ影響が少ないものの、中心地点に向かえば向かうほど、瘴気の濃度は増していくだろう。

 

 それ故に、誰も近付けず、誰も魔術遺産を回収することはできない――はずだった。

 

「……来たか」

 

 前方から小さな人影がこちらに向かっているのを確認して、オレは軽く手を挙げた。

 無論、前方とは瘴気が漂う一帯、砂礫だらけの荒廃した大地のことだ。

 

 小さな人影は手を挙げるオレを見つけると、なぜだかその場でピョンと飛び跳ねて、全力の勢いでこっちまで走ってきた。

 

「ベルトラン~! 元気だったー!?」

 

 そう言いながら、オレの胸に遠慮なく飛び込もうとする少女――シャルロッテを、(すん)でのところでかわす。

 

「元気なら、お前のところに顔を覗かせに来ることもなかったんだがな」

「むぅ……ヒドイよぉ」

 

 飛び込みに失敗して空を切った少女は、オレを振り返って頬を膨らませた。

 

 シャルロッテ・ダルモン。リディヴィーヌの弟子――黒百合の徒(セクサンブラ)の一人にして、その末席である六番弟子の少女。

 

 陶器のような真っ白な肌に、黄金色(こがねいろ)の髪が陽光を受けて(きら)めいている。

 たしか今年で十四になったと聞いたが、その見た目は未だ幼さが抜け切っていない、無邪気の塊のような少女だ。

 

「で、進捗の方はどうなんだ。内部の調査は順調か?」

 

 動きやすそうな探索用の軽装に小さな背嚢(はいのう)を背負うシャルロッテの格好を見て、オレは尋ねる。

 

「まあまあかなー、どこ向いても魔獣がうろついてて大変だよ~」

 

 黒い髪飾りを弄りながらシャルロッテが答える。

 

「調査隊の中じゃお前が一番戦えるんだったな。そういや、以前言ってた頭でっかちの男はどうした、まだ生きてるのか?」

「ダヴィッドさん? うぅ……今も元気だし昨日もまた怒られちゃったよ、『君の魔術は遺跡破壊しかできないのか』って」

「はは、それなら戦闘中にまぎれてそいつの頭を破壊してやる作戦はどうだ」

「そんなことしたらお師匠さまに怒られちゃうよー」

 

 オレの軽口に、歳相応にけたけたと笑うシャルロッテ。

 

 この小さな魔術師が得意とする魔術は物質操作だ。

 操作と言っても、出来ることはそこまで多彩ではない。基本的には物を動かしたり、思い通りの形に物体を変容させたりと、その程度だ。

 

 基礎中の基礎の魔術として、大体の魔術師がこれを唱えて発動させることができるだろう。

 

 ならばこの少女は凡人なのか、と問われればそうではない、と断言できる。

 

 ――無詠唱による物質操作と、比較にならないほどの強大な操作範囲はこのシャルロッテ以外に()し得る芸当ではないからだ。

 

「お前の場合は細かい操作が苦手だから、巻き込み事故を装うのは現実的だぞ。……まあ、それはさておき」

 

 オレはへらっと笑っていた表情を元に戻して、シャルロッテに向き合った。

 

「教えてくれ、今回は治療に関する魔術装置や資料は見つかったか?」

 

 何気ない風を装いながら尋ねる。

 そんなオレの問いに対して、しかし、シャルロッテは浮かない顔で首を振った。

 

「他の人やダヴィットさんにも聞いたけど、今回もそういうものは見つからなかったって」

「そうか。悪いな、毎回」

「ううん……“病気”は大丈夫?」

 

 シャルロッテが上目遣いでオレを見る。

 

「安心しろ、余裕なくらいだ。人より少し長生きできない程度の病気だからな」

「そっか……それでも良くなるといいな」

 

 そう言いながら(うつむ)き、地面に生えた雑草をつま先でちょいちょいと弄るシャルロッテ。

 

「…………」

 

 この少女相手には便宜上(べんぎじょう)、そういう“設定”で話を通しているが……実際のところはそんな生易しい病などではない。

 

 オレは明確に――己の寿命を知っている。

 そして、それが遅延魔術によって遅らせなければとっくのとうに死んでいたであろうほどにせっかちな“奇病”であったことも。

 

(遅延魔術による制約で稼げる時間を除けば……オレはあと、一ヶ月程度しか余裕がない)

 

 事ここに至るまでに多くの足掻(あが)きを行ってきたものの、とうとう、オレはシャルロッテの報告以外で光明(こうみょう)を見出せるものがない状態となっていた。

 

 シャルロッテが属する調査隊――ある三ヶ国の密かな同盟によって編成された、錬金術の国の遺跡調査を実行する少数部隊。

 瘴気を無効化する特殊な体質を持った隊員、そのほとんどが錬金術の国の血筋が入った者たちで構成されているらしい。

 

 泣ける話だが、オレの命運はもはや彼らの調査結果に委ねられていると言っても過言ではない。

 

(そうでもなきゃ、こんなクソみたいな場所にわざわざ足を運ぶわけがない)

 

 ただただ殺風景(さっぷうけい)なだけの景色を眺めながら、シャルロッテに視線を戻す。

 さっきまで暗い顔をしていたように見えたが、今は足元を跳んでいる虫を捕まえることに夢中になっているようだった。

 

 オレはため息を吐き、(ふところ)から銀貨を一枚出して渡した。

 

「とりあえず、報告は助かった。ほれ、今回のおこづかい」

「あ、やったー! ありがとう、ベルトラン!」

「調査隊の連中が心配するだろうし、そろそろ戻ってやれ」

「うん、分かった!」

 

 素直に頷いて、シャルロッテは腰に(くく)り付けている袋から魔封具(まほうぐ)を取り出す。

 メリザンシヤの空間魔術が封じられたそれを、使い慣れた様子で空間に固定すると、

 

「〈飛躍(ウォラレ)〉、起動!」

 

 と、元気よく命令を発した。

 

 すると、すぐさま魔封具から――虚空の渦が展開して、シャルロッテはその闇の向こうへ物怖(ものお)じせずに足を踏み入れる。

 

 ……と思ったのだが、ふと、その場でくるりと振り返り、オレに向かって笑顔を見せた。

 

「ベルトラン、絶対は言えないけど、でもでも、頑張って手がかりを探してくるからね」

「……はは、お前だけが頼りだよ」

 

 シャルロッテの笑顔に対して、オレは肩を(すく)めながら、皮肉に笑うことしかできなかった。

 

 

 

「……ふう」

 

 宿屋の一室に着いて、オレは一息を吐いた。

 背後に展開しているもの――黒い虚空の渦を閉じて、中心にあった空間魔術の魔封具を回収する。

 

 当然ながらこの魔封具もまた、メリザンシヤによって作られたメリザンシヤの所有物だ。

 寝具の上に腰を下ろして、その魔封具をまじまじと見つめる。

 

「あの女は本当に抜けてるな、いつになったらオレが持ってると気付くのやら」

 

 四角窓から差し込む朝の陽射(ひざ)しに結晶体を()かして、見えた七色の輝きに目を細める。

 

 これはメリザンシヤから盗んできたものだった。

 譲ってもらったわけではないし、拾ったわけでもない。正真正銘、しっかりと盗んできた魔封具だ。

 

 そうでもしなければ、オレは先んじてシャルロッテに――遺跡の調査に間接的とはいえ立ち会うことができない。

 

 魔術師が錬金術の国エンピレオの知識を探求することは、それ自体が掟に反する明確な〈禁忌(きんき)〉だからだ。

 その〈禁忌〉を破るような真似を、果たしてメリザンシヤが快諾(かいだく)するわけがない。

 

「…………」

 

 魔封具を机の上に置いて、外に出るための準備をする。

 どこに行くかは考えていない。賭博場にでも(おもむ)いて敗者どもの顔を拝みたいところだが、生憎と、そんな余暇(よか)(つい)やせるほどの金は持ち合わせていなかった。

 

「さて、どうしたものか」

 

 やることがないわけではないのだが……それも、現状だと特に動ける状況にない。

 

 数日前、リディヴィーヌより直々に宣告された、〈禁忌〉を破った裏切り者……三番弟子“フォルトゥナ”の追討(ついとう)

 

 奴の行方はまだ掴めておらず、どこにいるのかという情報はおろか、なにが目的なのかさえ不明だという。

 

 そもフォルトゥナが首謀者であるという情報も、リディヴィーヌが捕らえた信奉者(しんぽうしゃ)より引き出した証言と、状況証拠以外には手がかりがないと聞いた。

 

 つまりは、完全にお手上げ、できることはないというのが現状になる。

 ならば――

 

「やっぱり賭博場に行くか」

 

 残り少ない手持ちをサッと確認して、部屋の入り口に向かう。

 そうして取っ手を掴み、外に出ようと扉を開けると――

 

「…………あ、あはは……おはようございます、ベルトランさん」

「…………」

 

 目の前に立っていた亜麻色(あまいろ)の髪の少女――フェリスを見て、オレは無言で扉を閉めた。

 すると、すぐさま向こう側から慌てた声が聞こえてくる。

 

「違います、追跡行為とかそういうアレじゃなくて! メリザンシヤ様が連れて来いって!」

「…………」

 

 ゆっくりと扉を開けて、外にいる騎士見習いの少女と目を合わせる。

 フェリスは弁解を図ろうとしているのか、ふん、と手に持つ魔封具をわざわざオレに見せ付けるように掲げていた。

 

「お前が来た理由はともかく、なんでオレの宿泊先を知ってるんだ?」

「アシュドさんからお聞きして……」

 

 不本意そうな態度を見せつつも、少女の言葉の端がだんだんと小さくなっていく。

 

「はあ、オレの情報を売るとはな。曲がりなりにも人の上に立つ立場の人間がこれだ、オレの人間性なんてまだマシな方じゃないか?」

「いえ、お金の取引なんてしてないですよ!」

 

 これに関してはメリザンシヤ様がお教えしてくださらなかったのが……などと、ぶつぶつ言いながら俯くフェリス。

 

 面倒な上司の(げん)に振り回されるフェリスの苦労には、さすがのオレも同情を禁じ得ない。何せ、同じく厄介な姉弟子(あねでし)も持つ身だ、あの女の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)さと正道に対する頭の固さは誰よりも知っている。つくづく嫌気が差すのも無理はない。

 

 ――と思っていた矢先、突然、フェリスが頭を振り出して、

 

「……いいや、メリザンシヤ様は私を試しているんだ。自分の力で、ベルトランさんの所に辿り着けるかどうかを」

「…………」

 

 などと、お花畑の脳内で勝手にメリザンシヤを過大評価して気を取り直したようなので、オレは無視して話を続けることにした。

 

「で、どこに連れて来いと言われた?」

 

 フェリスの手に握られた魔封具の結晶体を見て、(たず)ねる。

 

「“庭園”に向かえ、と言えば伝わる……と」

「……庭園か、なるほどな」

 

 そう言われて、オレが思い付く場所は一つしかない。おそらくはフォルトゥナか、または信奉者関連で何か進展があったのだろう。

 

 できることはないと結論付けた手前でこれとは、話が早いのか、遅いのか。

 オレは面倒に思いつつも手を差し出して、フェリスから魔封具を受け取る。

 念じる転移地点は――

 

(あの場所に向かえばいいんだな)

 

 今日だけで三度も見ている転移魔術の(うず)を廊下に押し広げて、オレは背後のフェリスを振り返る。

 

「お前も来るのか?」

「えぇと……一応、連れて来いと言われたので」

「それじゃ、一つだけ忠告するぞ。今から行く場所におそらく一人、極端に気の短い男がいる。巻き込まれないように注意しろ」

「え?」

 

 戸惑うフェリスを尻目に、オレはさっさと虚空の渦の中へと歩みを進めた。

 向かう先は、リディヴィーヌの六人弟子が集う際はここだと取り決めた、たった一つの場所。

 

 大魔術師が管理している施設、“始まりの拠点(インスラ・イニティ)”と名付けられた庭園の内部だった。

 

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