遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)   作:伊佐木ソラ

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03:談合

 

 一連の騒動が落ち着いて、ようやく全員がまともに着席した頃に、リディヴィーヌが改めて魔術を唱える。

 

 魔術の系統としては水に関連したものだが、どうにもそれだけの用途(ようと)ではない様子だった。

 物質操作の魔術によって修繕(しゅうぜん)された円卓の中央に、両手に抱えるほどの大きさをした水の球体が浮かび上がった。

 

「フォルトゥナの追跡について、新たな進展があったのであなた達を呼びました」

「ハッ、随分と時間が掛かったな」

 

 横柄(おうへい)な姿勢で座るエドメが口を挟む。

 

 さっきの懲罰(ちょうばつ)などまるで無かったかのような態度に、しかし、リディヴィーヌは気にすることなく話を続けた。

 

「……ええ、各地の魔術師と連携(れんけい)して追っていましたが、“意識掌握(いしきしょうあく)”を極めた彼の痕跡を辿(たど)るのは非常に困難でした」

「…………」

「以前、捕らえた信奉者(しんぽうしゃ)だけが奇跡的に魔術の影響から逃れていましたが、他は全て、彼の〈忘却(ぼうきゃく)〉によって存在自体を記憶から消していたのです。そして――」

「あ、あの、すみません」

 

 リディヴィーヌの言葉に対して、俺の隣に座っていたフェリスがおずおずと挙手(きょしゅ)する。

 

「意識掌握、って何ですか……?」

「チッ……」

 

 聞こえてきたエドメの舌打ちにすぐさま手を引っ込めるフェリスに、リディヴィーヌが静かな声音で問いに答える。

 

「そうですね、端的に説明するならば、相手の思考や感覚を意図した方向へ改変させることができる魔術……といったところでしょうか。〈忘却〉はそのまま、その人の記憶を操作して、あった事実をなかったことにすることが可能な……危険な魔術です」

 

「わ、分かりました、ご説明ありがとうございます、リディヴィーヌ様!」

 

 リディヴィーヌの丁寧な解説を聞いて、フェリスの表情がふわりと和らぐ。

 

(この中にいれば、一番まともに見えるのがリディヴィーヌなんだから面白いものだな)

 

 にやけそうになる口元を隠して、オレは黙って談合に耳を傾けることに(てっ)した。

 そんなオレの右隣、フェリスの反対側に座っていたミリオールが口を開く。

 

「その彼の尻尾をどうやって掴んだのですか?」

 

 その質問はおそらく、ここにいる誰もが気になって仕方がなかったことだろう。

 

 フォルトゥナの得意とする魔術――意識掌握の最たる強みは他にあるが、基本的にあの男が多く使用しているものが〈忘却〉と〈認識阻害(にんしきそがい)〉の二つだ。

 〈忘却〉は先ほどリディヴィーヌの説明にあった通りで、〈認識阻害〉は周囲の人間の認知から逃れることができる、言わば上位の“透明化”に近しい魔術。

 

 強力すぎる故に適正者が少ない魔術だが、その中でもフォルトゥナは疑うことなく一番の適正だと断言できる男だった。

 そんな人間の所在など、掴めるはずもない――そう諦め掛けていたのだが。

 

「まずはこれを見てください」

 

 リディヴィーヌが席に座りながら、円卓の中央で浮いていた水の球体に向けて新たな魔術を唱える。

 すると――

 

「わっ、水に何か映りました……!」

 

 少女の感嘆(かんたん)の声が上がり、円卓を囲む視線が一斉に中央へと集まった。

 見れば、大きな球体の水面に――どこかの街の広場に集まる人々の姿が映し出されていた。景色から推測するに、建物の屋上から群集を見下ろす何者かの視点だろうか。

 

「これは……“千里眼(せんりがん)”の魔術の応用ですか」

「はい、各地に手配した監視鴉(かんしがらす)の眼を通して、ようやく彼の存在を観測することができました」

「なるほどな。相手が“人間”の目を騙してくるなら、こちらは“動物”の眼を使えばいいってことか」

「くだらねェ」

 

 そう毒づくエドメも、中央の水の球体に視線を向けたままだった。

 

「この投影に映っている場所は、“岩壁(がんぺき)の国”の地方都市メイベンです。時間にして二日前、第三王子ユオルが視察に訪れた際の広場での監視です」

 

 リディヴィーヌの補足通り、水面に映し出された光景には大通りを一列に進む親衛隊らしき騎士たちと、その最前列を優雅に陣取る年若き青年の姿があった。

 

 上等な馬に(またが)り、豪奢(ごうしゃ)な鎧に身を包む姿は間違いなく、この青年が王族に連なる者であることを証明していた。

 

「メイベンの周辺では魔獣の増加によって兵士と冒険者の負傷が絶えず、交易(こうえき)にも大きな支障が出ていたようです。そこで彼――大陸でも数少ない〈先見者(せんけんしゃ)〉である王子ユオルが問題の解決を図るために出向いたというのが、この一件です」

「〈先見者〉……」

 

 魔獣を生み出す〈真理の器(ヴェリテス・ノルム)〉の迷彩魔術を見破り、その位置を特定することができる唯一の存在。原理は未だ不明だが、魔術を鋭敏に察知することのできる人間――ごく稀に生まれ持つとされるその才能の主を、人々はそのままに〈先見者〉と呼び始めた。

 

 魔術装置だけではなく魔獣さえも先んじて察知できる能力は、冒険者組合のみならず、ありとあらゆる人間にとって喉から手が出るほどに欲するものだ。

 

 その重要性と希代(きたい)さ故に、討伐の前線で真価を発揮させることなく、王の手厚い保護によって平穏無事に飼い慣らされている例もいくつか存在すると聞いた。だが、

 

「ユオルは積極的に魔獣討伐に参加し先導することもあって、民衆からは厚い支持を受けていたらしいね」

 

 ミリオールが付け加えるように言った。

 

「そのボンボン野郎はどうでもいいだろ、フォルトゥナを見つけたんじゃねェのか」

 

 エドメの指摘に、リディヴィーヌがゆっくりと頷く。

 

「はい、この後、()()()()()()()()――騒然とする群集の中にフォルトゥナの姿を見つけます」

「なっ……」

 

 円卓を囲む全員が、その言葉に反応した。……いや、メリザンシヤ以外が。

 誰かが言葉を続けようとした時、水面に映る光景に新たな変化が発生した。

 

 王族の訪問を笑顔で歓迎する領主と、馬から降りて握手を交える王子ユオル。厳重な警備に守られながら行われていた一連のやり取りの中に、ふと、小さな人影が飛び出してきたのが見えた。

 現れたのはかなり幼い少女だ。鮮明とは言えない投影だったが、その少女が片手に何かを持っていることだけは見て取れた。

 

「監視鴉の視界では補正を加えてもこれが限度ですので、状況を詳しく説明すると――」

 

 リディヴィーヌの言葉に平行して、水面の投影内では事態が進展していた。

 護衛の兵士が飛び出してきた幼い少女を(さえぎ)って止めるものの、今度はそれに気付いた王子自らが少女へと近づいていく様子が見えた。

 

 王子は護衛の兵士を下がらせて、少女と目線を合わせるように腰を(かが)める。

 そして――

 

「ユオルは少女から一輪の花を受け取ると、そのまま、少女の隠し持っていた針によって首を刺されて……毒殺されてしまいます」

 

 水面には、ゆっくりと倒れこむ王子ユオルと少女の姿があった。

 突然の暗殺に慌てふためく人々と、剣を抜き、広場を封鎖せんと隊列を組む兵士たちの混乱が映し出されて、見るに()えない状況だ。

 

「…………ん、アレか?」

 

 そんな騒然とした光景の端に――見覚えのある、というより、嫌でも目に留まる男の姿が確認できた。

 

「はい、そこに映っているのが、フォルトゥナです」

 

 (おごそ)かな声でリディヴィーヌが答える。

 広場を取り囲む衆人環視(しゅうじんかんし)の中にただ一人だけ、背を向けて、流れに逆らうように歩みを進めている男がいた。

 

 白い男。雪に似た白銀の髪と、白を基調とした聖職衣を(まと)う、どこまでも白い……言い換えれば、色彩のない男。

 投影では顔を確認することはできなかったが、記憶にある相貌(そうぼう)は、どんな時であっても――慈悲と思案に暮れた瞳を(たた)えている、そんな男だった。

 

「……つまりこうか? あのクソ野郎は、ガキをてめえの都合で殺しの道具として操った、と」

 

 水の球体に映し出された投影が消えると同時、エドメが不機嫌な声でそう尋ねる。

 

「はい。状況から、フォルトゥナの魔術であることは確定しました」

「…………」

 

 リディヴィーヌの肯定に、円卓を囲む弟子の全員が沈黙した。

 改めて、身内だった弟子の一人がこうもはっきりと〈禁忌(きんき)〉を犯して、大陸に戦渦(せんか)を招く一端を(かつ)がんとしている事実に、閉口せざるを得なかった。

 

 特別、親交があったという話でもないが……そうであっても、同じ弟子という枠組にいた者の一人だ。

 裏切ることを予想していた人間は、ここにはいなかったのだろう。

 

「クソ野郎から、ゴミクズに堕ちやがったか」

「この件についても“ジオフロワ”に尋問を行いましたが、以前と同じく、関わりを見つけることはできませんでした」

 

 ジオフロワは、信奉者の残党として監獄に拘束されている元騎士団所属の男だ。

 かつて魔女アリギエイヌスを仰ぎ、数多くの信奉者を率いていた幹部の内の一人だったと聞く。

 

「オレが前に騎士団に引き渡した、道化だったか調教師だったかの男はどうした?」

「エルネスタ、ですね。彼は現在、意識不明です」

「……おいおい」

 

 意外すぎる返答に、オレは思わず眉を(ひそ)めた。

 

 引き渡した数日前には受け答えのできていたあの男が、そんな突然に意識を失うはずがない。

 病気の線を除けば、考えられる可能性はやはり……意識掌握の魔術による介入、か。

 

「フォルトゥナの目的は何なんでしょうか」

 

 ミリオールが尋ねる。

 

「まだ、分かってはいません。信奉者の目的に沿うのであれば……〈先見者〉を亡くすことで、魔獣による被害を増加させることが狙い、と考えられるでしょう」

 

 信奉者の目的――それは即ち、魔女アリギエイヌスの目的だ。

 

 “至高の大地”であるリュミラルジュ大陸は、選ばれし魔術師とその従者だけが住まう権利を持つ――などと意味不明なことを主張していた、と記憶している。

 だからこそ、自分たち以外の多くの“選ばれない者”を排除するために、各国を巻き込む大きな闘争を作り出さんと画策していたらしいが。

 

(……あいつがそんな目的に加担するか?)

 

 今一つ釈然としない答えだが、それをはっきりと否定できるほど、フォルトゥナという人間のことを知っているわけでもない。

 

 所詮(しょせん)、リディヴィーヌの弟子というだけの繋がりしかなかったのだ。オレは深く考えることを止めて、談合に集中する。

 

「我々はこの一件を重く受け止める必要があります。錬金術の国がもたらした戦乱から現在に至るまで、魔術師が民衆に証明し続けてきた潔白の歴史を反故(ほご)にする――あの魔女アリギエイヌスの恐慌(きょうこう)と同じ過ちを、二度も繰り返させないために」

「で、そのクソゴミクズは今、どこにいんだよ」

 

 リディヴィーヌの言葉を聞いているのかいないのか、至極(しごく)つまらなさそうにエドメが言った。

 そんな無遠慮な弟子の質問に、小さく息を吐いて、リディヴィーヌは話を続けた。

 

「正確な所在は不明です。ですが――」

「連中が〈先見者〉を潰して回ってるなら、先回りして先見者の護衛をすれば探す手間も省ける。そう言うことか?」

 

 オレの発言に対して、ゆっくりとリディヴィーヌが頷く。

 

「はい。今日、あなたたちを呼んだのは、そのことについて話し合いたかったからです。今回の暗殺事件に関する情報を岩壁の国の統治者に提供し、その上で交渉した結果、ひとまずこちら側から〈先見者〉の護衛を渡すという形で協力の同意を得ました」

「あ?」

 

 話の流れを察したエドメが不機嫌な声を上げる。

 

「俺はやらねェからな」

 

 いち早く拒否を表明した男に続いて、隣にいた青年も首を振りながら手を上げた。

 

「護衛ということでしたら、僕も〈神聖なる霊森(れいしん)〉を長く離れるのは難しいです。すみません、リディヴィーヌ様」

 

 二名の弟子のあまりに早い辞退に、先ほどまで表情を崩さなかったリディヴィーヌが――わずかに呆れた視線を向けて、小さくため息を(こぼ)す。

 

「シルヴィ様の症状が安定したら、私が向かいましょう」

 

 見かねたようにメリザンシヤが口を開く。

 しかし、

 

「いいえ――ベルトラン。あなたに頼みたいのです」

「…………ん? オレの聞き間違いか? ベルトランはオレのことだぞ、弟子の名前くらいちゃんと覚えておいてくれ。ボケるにはまだ早いだろ」

 

 いきなり名指しされたので、オレはすかさず訂正を加えておく。

 ついこの間、赤竜を倒すという大手柄を立てた働き者の弟子に更なる面倒事を押し付けるなど、あまりに非常識が過ぎる。

 

 そう言外(げんがい)に訴えたつもりだったのだが、当のリディヴィーヌは極めて落ち着き払った態度で、

 

「相手が、あなたを指名したのです」

 

 と、きっぱりと言い放った。

 

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