遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)   作:伊佐木ソラ

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01:除名

 

「お前にはこのパーティを抜け――」

「〈遅延(レンテ)〉」

 

 しかめっ面の隊長がその文句を言い終える前に、オレは魔術を唱えた。

 

「……!?」

 

 卓を囲んでいた同じパーティの冒険者全員が、食事の手を止めてオレの行動に驚き、その目を大きく見開いた。

 酒場の一階、昼下がりに仕事を終えた冒険者や働き手たちがガヤガヤと賑わう喧騒の中、オレたちの隊長は……

 

「――――――」

 

 〈遅延(レンテ)〉――対象の時間を操る魔術によって、まるで喜劇を演じる役者のように、動作の一つ一つが緩慢となっていた。

 次の言葉を紡ぐ口の動きさえままならない様子は、別種の生き物にも見えてくる。

 

 オレは即座に自分の席を立ち上がり、隣に座っていた穏健な性格の冒険者であるシャルロを席ごとオレの席があった位置にずらす。

 

「は、え?」

 

 未だ状況が飲み込めていない彼の困惑を無視して、オレはシャルロがいた場所に自分の席を移し、座る。交換だ。

 

「ふむ」

 

 困惑とドン引きが()()ぜとなった沈黙の漂う食事の場で、オレは指を鳴らして、隊長に掛けていた魔術を解除した。

 空気の弾かれる音とともに、再び隊長の時間が元の速度で動き出す。

 

「――てもらう。はっきり言ってお前は……あ、うん?」

「シャルロ……お前、クビらしいぞ」

「えぇ……」

 

 シャルロが呆れて物も言えないといった顔でオレを見た。その場の全員が同じ反応だった。

 当の隊長はというと、何かを察したのか、さっきまでのしかめっ面をより凶悪にした表情でオレを睨み付ける。

 

「お前っ、ベルトラン! 何度言ったら分かるんだ! 魔術を悪ふざけなんかに使うな! このアホ陰険(いんけん)ド腐れ魔術師がっ!」

「ごもっとも」

 

 へらっと口元が勝手に歪んでしまい、悟られまいと片手で(おお)う。

 

「なにへらへらしてんだ! ああシャルロ、お前に言ったわけじゃないからな。除名の話は、このアホ陰険ド腐れ魔術師に言ったんだからな」

「う、うん」

 

 どうやら笑ったことはバレてしまっていたようだ。

 仲間たちの冷たい視線に晒されながら、オレは両手を挙げて降参の構えを取る。

 

「すまんすまん。隊長の言いたいことはよく分かる。たしかに、オレは性根(しょうね)が極めて悪辣(あくらつ)だ」

「ああ」

「そうだな」

「うん」

 

 パーティ全員からのお墨付きを貰いつつ、オレは言葉を続ける。

 

「やれと言われた仕事は放置、戦いの最中に使えと指示された魔術は気分じゃないと却下、おまけにパーティで管理していた資金の半分以上を賭け事に使ってしまうときた」

「よく殴られずに今日まで生きてきたな。感謝しろ」

「ありがとう。しかし、言いたいことがあるんだ」

 

 そう言ってオレはゆっくりと席を立ち上がり、賑わう酒場の中央に移動する。

 怪訝(けげん)そうにこちらを見る隊長やパーティの仲間たち、それから思い思いに酒を飲んでいた他の客たちや店の従業員さえ、オレの動きに目を留めた。

 

 そして、オレは大仰(おおぎょう)な身振りで両手を広げる。

 隊長の眉間にはっきりと皺が寄せられていくのを確認しながら、言いたいことの続きを言葉にする。

 

「オレはかの大魔術師リディヴィーヌの二番弟子にして、最低最悪の怠惰(たいだ)と自惚れを極めたと噂される魔術師――ベルトランだ。とはいえ、どれほどの宝石を積んだところで、このオレの魔術が生み出す奇跡の価値には到底かなわない。そうだろ?」

「うるせえよ」

 

 他の客が“リディヴィーヌ”の名に動揺を(あら)わにしている間も、隊長は気に食わないといった様子でこっちを睨み付けていた。

 

「オレがアンタのパーティに加わる際にした三つの質問を覚えているか?」

 

 静まり返る酒場の中で、オレは三本の指を立ててみせる。

 

「まず一つ、ノロマくらいでも大丈夫か? と」

「本人の怠慢宣言だと思うやつがいるか」

「次に一つ、オレのやる気を削ぐような真似はするなと言った」

「お前が俺たちのやる気を削ぐような真似ばかりしてんじゃねえか」

「最後に一つ、オレは遅延を得意とする最低最悪の魔術師だ、と――確認した」

「ああ、そこは嘘一つないな、まったく最低最悪だよ、お前は」

 

 隊長の痛快な返しを素直に笑って返そうかと迷ったのだが、本人の心底立腹した表情を前にして、何とか(こら)えることができた。オレにも読める空気はある。

 

 パーティの仲間たちから送られる冷淡(れいたん)な眼差しをかわしつつ、空いていた椅子を足場に、オレは一段高い場所から声を大に言い放った。

 

「何が言いたいかというと、だ。つまりはそう、遅延を得意とするということは……パーティへの良き貢献もまた、遅れて寄与されるということに他ならな――ぐはっ」

 

 言い終える前に飛んできた(さかずき)に頭を打たれて、思わず仰け反ってしまう。

 

「さっさと出てけー!」

 

 まさかと思ったが、見ればパーティ最年少の少女エステルが、なんとオレに向かって投げ付けていたようだ。

 出会った初めの頃の純真無垢な彼女の笑みが脳裏(のうり)を過ぎった。

 続けざまに、今度は陶器の平皿がオレの額を目掛けて投げられたが、すんででそれを避ける。

 

「ぶっちゃけめっちゃ迷惑ですから早く消えてください」

 

 次の言葉は、回復を専門とする治癒術士の青年オデュロンからだった。

 特に会話した記憶もないが、寡黙(かもく)だった彼の口をこうして罵詈雑言のために動かせる人間は、もしかしたら世界でたった一人オレだけなのかもしれない。

 

「えい!」

 

 そして、さっきまで席替えをした仲である穏健な性格のはずのシャルロまでも、オレに物を投げ付けてきた。正確には物ではなく、パンの切れ端だったが。

 

「さっきのベルトランさんの悪戯(いたずら)は度が過ぎてますよ! さすがに僕も怒りました!」

「ははは、すまん」

 

 飛んできたパンの切れ端を受け取り、それを口に運んでいると、最後だと言わんばかりに隊長がゆっくりと席を立つ。

 立ち上がった彼の身長は、椅子を足場にしているオレの目線をやや下げるくらいで済む程度に高く、厳しい顔つきと相まって巨人がこちらに歩み寄ってくるようだった。

 

 オレはふざけて乗っていた椅子を降りて、彼の言葉を待つ。

 

「ベルトラン。もう解るよな。お前の今までの行動は、奢りだと言って初めて連れてきた今日の酒場の飯一回くらいじゃ、どうにもならねえんだよ」

「二回ならどうだ?」

 

 オレの言葉を無視して、隊長が大きく息を吸う。

 その呼吸は、積もりに積もった(うら)みをここで吐き出さんとする準備運動にも見えた。

 そして、

 

「ベルトラン、最低最悪のアホ陰険ド腐れ魔術師、ベルトラン・ハスク。お前は――パーティから追放だ!!」

 

 酒場の外まで響きそうな大声量で、オレの除名が言い渡された。

 

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