「お前、イカサマとかしてねえだろうなあ」
「おいおい、何を
――時刻は夜となり、暗がりを照らす
交替制の任務で暇を持て余した守衛二人がこそこそと遊びに
「何か
「心外にも程があるな。この札を使った
守衛の随分な言い掛かりを、しかし、器の広いオレは
そんなオレの
「いや、でもお前……さっきから“レンテ”とか何とか、意味の分からん言葉を
「ああ、それはただの“決まり文句”みたいなものだから気にするな。
「そ、そうなのか……?」
灯火の明かり一つに照らされた詰め所の端で、守衛二人と行った札の遊戯のこれまでの戦績は――オレが五勝、守衛たちが五敗で、確かに疑わしくもなるほどにオレの圧勝だった。
もしも相手が酒にでも酔っていれば、オレの言葉に耳を傾ける必要もなく、平穏無事に拳を振るって賭け事を終わらせている状況だろう。
「さあ、もう一度やろうじゃないか。オレに勝てば、今日の賭けで稼いだ分を全部、アンタたちに返すよ」
「ま、負けたら……?」
「そうだな……その時に考えるとしよう」
二人の守衛から勝ち取った銀貨数枚を机の上に出す。
オレがここを訪れる前は、二人して『警備の位置』や『明日の食事』を掛けの対象としていたらしいが、それではつまらない――というオレの言葉に乗ってしまったのがこの現状である。
そして、守衛の手持ちが残り少ないことは、硬貨を入れていた袋の中の金属音で全て把握済みだ。
こんな一夜の遊戯程度で、手持ち全てを失うのはあまりにも
二人はまたしても顔を見合わせて、このまま賭けを続行するか、それとも
「おい、お前らな……」
ふと、詰め所の入り口から聞き覚えのある声が飛んできて、オレと守衛二人の視線がそちらに向いた。
そこに立っていたのは、もはや三度目の対面となった用心棒の大男ユーゴであった。
「せめて、
「あ、えっと、その……すいません」
呆れ気味の大男の言葉に守衛の二人は肩を落としながら、机の上に散らばった札をそそくさと回収し始める。
賭けはこれでお開きということだろう、持ち場に戻る二人からの後悔の
「よう、今日は何度もアンタに会うな」
オレの斜め後ろの椅子に腰を下ろして、背負っていた大剣の手入れを始めたユーゴに話しかける。
「そりゃあ、坊ちゃんに雇われたもん同士だからな」
「昼間といいさっきといい、真面目なんだな、アンタ。オレの中では
「ハハハ、その常識は当たってるかも知れないぜ。俺だって別に真面目ってわけじゃないしな」
そう笑いながらも、ユーゴは大剣の刃を丁寧に拭き続けていた。
普段は背中に隠れて確認しづらかったが、よく見れば、膝に置かれたその大剣は――大きさを除けば、儀礼用とも
「――“
「…………」
その名前は、ついさっきオレが思い出した――ある“勇者候補”の通り名だった。
「……まあ、そう呼ばれていたこともあったな」
ユーゴはあっさりとそれを認めつつ、大剣の手入れから視線を外さずに、
「でも、今はただの坊ちゃんのお
「無いな」
オレとユーゴは互いに肩を
(暇潰しの賭けも終わったことだし、帰るか)
オレは立ち上がって、用意された自室に戻るために入り口に向かう……が。
「……おっと、そういや、聞き忘れていた」
詰め所の扉に伸ばし掛けた手を戻して、オレは大剣の手入れを続けているユーゴを振り返った。
「なあ、ルドヴィックの部屋はどこにある?」
「ん? 坊ちゃんの部屋? そんなものを聞いてどうするんだ」
「いや、今日の内に話しておきたいことがあってな。命に関わることだ」
オレのその言葉に、見張り用の壁穴から中庭を監視していた守衛が鼻で笑う。
「命に関わるって、まさかユオル様みたいに暗殺でもされるのか?」
「それは分からない。もしかすれば、爆殺かもしれん、どかーんってな」
冗談めかしてそう返すと、守衛二人はため息を付いて、「こいつ絶対イカサマしただろ」と頭を振りながら監視に戻った。
しかし、質問された当人のユーゴはオレのそんな態度にも構わずに、
「まあ、アンタも坊ちゃんに雇われてるんだ、知っておいて問題ないだろ」
と、ルドヴィックの部屋の場所を教えてくれた。
自室に戻ると、ちょうど、フェリスが
毛布を手に持った状態で、オレに気付いて振り返る。
「あ、ベルトランさん」
「もう寝るのか。健康的だな、オレが昔住んでいた家の近所の老人を思い出す」
「あ、あはは……そうなんですか」
苦笑いを浮かべつつ、フェリスは毛布を
それから、申し訳なさそうに頭を下げる。
「昼間はすみません、先に帰ってしまって」
「気にするな、オレが食事の席で相手に帰られた経験は一度や二度じゃない。それより……」
入り口のそばに置かれていた丸机の上に先ほど勝ち取った銀貨を置いて、改めてフェリスの方を向く。
「――お前は
「…………」
オレのその問いに、寝台に腰を下ろしたフェリスは一瞬だけびくっと反応したが、押し黙ったままだった。
それから、数秒の沈黙を
「……ベルトランさんは相変わらず、遠慮のない聞き方をしますね。あはは……」
首を
いつもは後頭に
フェリスは床に視線を
「……憎くない、といえば嘘になります。信奉者たちが行ってきたことは、どの行為を取っても……決して許されないものばかりでしたから」
「まあな」
それはきっと、この大陸に住む人間であれば誰しもが思うことなのだろう。
オレ自身には強い憎しみの感情があるわけではないが、信奉者という存在がいかに厄介で、いかに野放しにしてはいけない連中であるか――くらいの道理は理解できているつもりだ。
魔女アリギエイヌスが死してしばらくの時が過ぎた現在も、残された負の遺産は魔獣だけに留まらず、多くの人々を苦しめている。
フェリスも、そんな苦しめられた多くの人々の中の一人だったはずだ。
しかし、それでもフェリスは……集団に混じって石を投げるのではなく、身を
(…………)
遠い目をして壁を見つめていた少女が、オレの方に顔を向けて、微苦笑を浮かべた。
「でも、どんな人であったとしても――その人の罪による審判は公正であるべきなんです。そうメリザンシヤ様から教わりました」
「一応言っておくが、それはリディヴィーヌの受け売りだぞ」
「はい、そう聞いています」
「…………」
ちょこんと寝台の上に座り、まっすぐな瞳でオレを見るフェリス。
可愛らしい顔立ち、歳相応の小柄な体躯、亜麻色の髪を尻尾のように揺らす小動物のような純真さ。
そんな見た目とは裏腹に、どこまでも真剣な眼差しで“正義”を追い求める、強い
――オレがこいつを風変わりだと感じる全てが、そこにあった。
「ベルトランさんも、もうお休みになりますか?」
「……いや、オレは今からまた出掛けるところだ」
「そうですか。では、おやすみなさい」
「ああ」
オレは寝ないんだが――とは言わなかった。オレにも読める空気はある。
横になるフェリスを確認して、入り口の近くにあった角灯の火を吹き消す。
(……公正か)
フェリスの放った言葉――厳密には、過去にも一度聞いたことのあるリディヴィーヌのその言葉を思い返す。
……オレにはどうにも受け付けない言葉だった。