遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)   作:伊佐木ソラ

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08:夜更け

 

「お前、イカサマとかしてねえだろうなあ」

「おいおい、何を根拠(こんきょ)にそんな不名誉な言い掛かりを付けた? オレはずっと怪しい動き一つせずにお前たちと向かい合っていただろ」

 

 (いぶか)しげにこちらを見る守衛二人に、オレは両手を広げて無実を主張する。

 

 ――時刻は夜となり、暗がりを照らす灯火(とうか)に囲まれた領主の館の片隅にて、オレは守衛(しゅえい)たちと賭け事をしていた。

 

 交替制の任務で暇を持て余した守衛二人がこそこそと遊びに(きょう)じているのを見つけたオレが、密告しない条件として、賭けの途中参加を提案したのだ。

 

「何か胡散臭(うさんくさ)いんだよなあ。さっきから勝ってるのも、お前が魔術で色々とやってるからじゃねえのか?」

「心外にも程があるな。この札を使った遊戯(ゆうぎ)で、一体どんな魔術を使うって言うんだ」

 

 守衛の随分な言い掛かりを、しかし、器の広いオレは激昂(げっこう)せずに真正面から否定する。

 そんなオレの真摯(しんし)な反論に対して、守衛の男どもはそれぞれ顔を見合わせて、同時にこっちを振り向いた。

 

「いや、でもお前……さっきから“レンテ”とか何とか、意味の分からん言葉を(しき)りに口にしてるじゃねえか」

「ああ、それはただの“決まり文句”みたいなものだから気にするな。鋼花(こうか)の国では“切り札”という意味の言葉で、勝っている時にそう叫ぶのが恒例(こうれい)なんだ」

「そ、そうなのか……?」

 

 半信半疑(はんしんはんぎ)な視線が、手札とオレの顔を交互に行き()う。

 

 灯火の明かり一つに照らされた詰め所の端で、守衛二人と行った札の遊戯のこれまでの戦績は――オレが五勝、守衛たちが五敗で、確かに疑わしくもなるほどにオレの圧勝だった。

 

 もしも相手が酒にでも酔っていれば、オレの言葉に耳を傾ける必要もなく、平穏無事に拳を振るって賭け事を終わらせている状況だろう。

 

「さあ、もう一度やろうじゃないか。オレに勝てば、今日の賭けで稼いだ分を全部、アンタたちに返すよ」

「ま、負けたら……?」

「そうだな……その時に考えるとしよう」

 

 二人の守衛から勝ち取った銀貨数枚を机の上に出す。

 オレがここを訪れる前は、二人して『警備の位置』や『明日の食事』を掛けの対象としていたらしいが、それではつまらない――というオレの言葉に乗ってしまったのがこの現状である。

 

 そして、守衛の手持ちが残り少ないことは、硬貨を入れていた袋の中の金属音で全て把握済みだ。

 

 こんな一夜の遊戯程度で、手持ち全てを失うのはあまりにも(ふところ)事情に痛手だろう――そう考えるならば、やることは一つ。

 二人はまたしても顔を見合わせて、このまま賭けを続行するか、それとも棄権(きけん)するか、悩みに悩んだ様子の(すえ)に――

 

「おい、お前らな……」

 

 ふと、詰め所の入り口から聞き覚えのある声が飛んできて、オレと守衛二人の視線がそちらに向いた。

 そこに立っていたのは、もはや三度目の対面となった用心棒の大男ユーゴであった。

 

「せめて、遠征(えんせい)で出払う明後日まではもう少しまともに仕事したらどうなんだ?」

「あ、えっと、その……すいません」

 

 呆れ気味の大男の言葉に守衛の二人は肩を落としながら、机の上に散らばった札をそそくさと回収し始める。

 賭けはこれでお開きということだろう、持ち場に戻る二人からの後悔の眼差(まなざ)しが銀貨に注がれているのを感じつつ、オレはさっさとそれを懐に戻した。

 

「よう、今日は何度もアンタに会うな」

 

 オレの斜め後ろの椅子に腰を下ろして、背負っていた大剣の手入れを始めたユーゴに話しかける。

 

「そりゃあ、坊ちゃんに雇われたもん同士だからな」

「昼間といいさっきといい、真面目なんだな、アンタ。オレの中では図体(ずうたい)がでかい奴は不真面目だってのが常識なんだが」

「ハハハ、その常識は当たってるかも知れないぜ。俺だって別に真面目ってわけじゃないしな」

 

 そう笑いながらも、ユーゴは大剣の刃を丁寧に拭き続けていた。

 

 普段は背中に隠れて確認しづらかったが、よく見れば、膝に置かれたその大剣は――大きさを除けば、儀礼用とも見紛(みまが)うほどに精巧な作りの剣だった。戦士の目ならば、一目で名工によって鍛えられたと分かるその大剣を、ただの元冒険者が無造作に背中に(たずさ)えられるとは思えない。

 

「――“岩剣(がんけん)”のグレゴワール、だったか?」

「…………」

 

 その名前は、ついさっきオレが思い出した――ある“勇者候補”の通り名だった。

 岩壁(がんぺき)の国の冒険者で、まるで巨岩のように重たい一撃を以って魔獣を一刀両断する、冒険者パーティ『()の集い』の団長。

 

「……まあ、そう呼ばれていたこともあったな」

 

 ユーゴはあっさりとそれを認めつつ、大剣の手入れから視線を外さずに、

 

「でも、今はただの坊ちゃんのお()り要員だ。俺はただのユーゴで、明後日の“大討伐(だいとうばつ)”にもただの護衛として参加することになってる。他に質問あるか?」

「無いな」

 

 オレとユーゴは互いに肩を(すく)めて、この話はこれでおわりだ――という意思表示を交わす。オレとしても、別に詮索(せんさく)するほど興味があるわけではないので問題はなかった。

 

(暇潰しの賭けも終わったことだし、帰るか)

 

 オレは立ち上がって、用意された自室に戻るために入り口に向かう……が。

 

「……おっと、そういや、聞き忘れていた」

 

 詰め所の扉に伸ばし掛けた手を戻して、オレは大剣の手入れを続けているユーゴを振り返った。

 

「なあ、ルドヴィックの部屋はどこにある?」

「ん? 坊ちゃんの部屋? そんなものを聞いてどうするんだ」

「いや、今日の内に話しておきたいことがあってな。命に関わることだ」

 

 オレのその言葉に、見張り用の壁穴から中庭を監視していた守衛が鼻で笑う。

 

「命に関わるって、まさかユオル様みたいに暗殺でもされるのか?」

「それは分からない。もしかすれば、爆殺かもしれん、どかーんってな」

 

 冗談めかしてそう返すと、守衛二人はため息を付いて、「こいつ絶対イカサマしただろ」と頭を振りながら監視に戻った。

 

 しかし、質問された当人のユーゴはオレのそんな態度にも構わずに、

 

「まあ、アンタも坊ちゃんに雇われてるんだ、知っておいて問題ないだろ」

 

 と、ルドヴィックの部屋の場所を教えてくれた。

 

 

 

 自室に戻ると、ちょうど、フェリスが就寝(しゅうしん)の準備を終える直前だった。

 毛布を手に持った状態で、オレに気付いて振り返る。

 

「あ、ベルトランさん」

「もう寝るのか。健康的だな、オレが昔住んでいた家の近所の老人を思い出す」

「あ、あはは……そうなんですか」

 

 苦笑いを浮かべつつ、フェリスは毛布を寝台(しんだい)の上に丁寧に()く。

 それから、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「昼間はすみません、先に帰ってしまって」

「気にするな、オレが食事の席で相手に帰られた経験は一度や二度じゃない。それより……」

 

 入り口のそばに置かれていた丸机の上に先ほど勝ち取った銀貨を置いて、改めてフェリスの方を向く。

 

「――お前は信奉者(しんぽうしゃ)の残党に両親を殺されたと言っていたな。昼間、お前が助けたあの男も信奉者だったが、憎くはないのか」

「…………」

 

 オレのその問いに、寝台に腰を下ろしたフェリスは一瞬だけびくっと反応したが、押し黙ったままだった。

 それから、数秒の沈黙を()て、ゆっくりと口を開く。

 

「……ベルトランさんは相変わらず、遠慮のない聞き方をしますね。あはは……」

 

 首を(かし)げながら笑う声には、少女にしては珍しく、自嘲(じちょう)的な――後ろ向きな響きがあった。……まあ、質問が質問なだけにそれも当然ではあるが。

 

 いつもは後頭に(くく)られた亜麻色(あまいろ)の長い髪が今は解かれていることもあって、普段見る陽気な少女の印象とは遠く、よりしおらしい雰囲気を際立たせていた。

 

 フェリスは床に視線を彷徨(さまよ)わせながら、静かに言葉を続けた。

 

「……憎くない、といえば嘘になります。信奉者たちが行ってきたことは、どの行為を取っても……決して許されないものばかりでしたから」

「まあな」

 

 それはきっと、この大陸に住む人間であれば誰しもが思うことなのだろう。

 

 オレ自身には強い憎しみの感情があるわけではないが、信奉者という存在がいかに厄介で、いかに野放しにしてはいけない連中であるか――くらいの道理は理解できているつもりだ。

 

 魔女アリギエイヌスが死してしばらくの時が過ぎた現在も、残された負の遺産は魔獣だけに留まらず、多くの人々を苦しめている。

 フェリスも、そんな苦しめられた多くの人々の中の一人だったはずだ。

 

 しかし、それでもフェリスは……集団に混じって石を投げるのではなく、身を(てい)して(かば)うことを選んだ。

 

(…………)

 

 遠い目をして壁を見つめていた少女が、オレの方に顔を向けて、微苦笑を浮かべた。

 

「でも、どんな人であったとしても――その人の罪による審判は公正であるべきなんです。そうメリザンシヤ様から教わりました」

「一応言っておくが、それはリディヴィーヌの受け売りだぞ」

「はい、そう聞いています」

「…………」

 

 ちょこんと寝台の上に座り、まっすぐな瞳でオレを見るフェリス。

 

 可愛らしい顔立ち、歳相応の小柄な体躯、亜麻色の髪を尻尾のように揺らす小動物のような純真さ。

 そんな見た目とは裏腹に、どこまでも真剣な眼差しで“正義”を追い求める、強い情動(じょうどう)を秘めた瞳。

 

 ――オレがこいつを風変わりだと感じる全てが、そこにあった。

 

「ベルトランさんも、もうお休みになりますか?」

「……いや、オレは今からまた出掛けるところだ」

「そうですか。では、おやすみなさい」

「ああ」

 

 オレは寝ないんだが――とは言わなかった。オレにも読める空気はある。

 

 横になるフェリスを確認して、入り口の近くにあった角灯の火を吹き消す。

 ()いで、机の上に置かれていたメリザンシヤの魔封具(まほうぐ)を懐に仕舞(しま)うと、オレは部屋を後にした。

 

(……公正か)

 

 フェリスの放った言葉――厳密には、過去にも一度聞いたことのあるリディヴィーヌのその言葉を思い返す。

 ……オレにはどうにも受け付けない言葉だった。

 

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