「おいお前! 昨日はよくもやってくれたな!」
一階の廊下を歩いていると、背後からルドヴィックの怒鳴り声が飛んできた。
隣を付いて来ていたフェリスがびくりと跳ねて、オレは
そこには、いつ見てもダサい大きな
「驚いたな、命の恩人であるオレに対して『助けてくれてありがとうございます』以外の言葉を吐けるとは」
「何が命の恩人だ! ボクをあんな何もない平原に一晩中放り出しやがって! 魔獣に喰われていたらどうしてくれるんだ、ああ!?」
「喰われた時に聞いてくれ。その時に改めて答えてやる」
「喰われたら聞けないだろうが、この間抜け!!」
どうやら、こいつは昨夜のことで苦言を呈しているらしい。もしもの場合に備えて、
そんなオレの考えを表情から読み取ったのか、青年はなおも苛立ちながら言葉を続ける。
「お前はボクの護衛として雇われているって言ったよな? ボクが転移した先で死ぬかもしれないとは思わなかったのか? あ?」
「生きてるならどうでもいいだろ」
「どうでも良くないんだよ! ――わざわざ“錬金術の国”の近くに転移させるとか正気か!? 脳が遅れているから“遅延特化”なのかお前は!」
「ははっ」
「笑い事じゃないんだよ底抜けの間抜け魔術師が!! この――」
ふと、握り拳を固めるルドヴィック。
ふるふると激情に
「――ルドヴィックさん!」
制止の声がすかさず、オレの隣から飛んできた。
少女のその声を聞いて、ルドヴィックの拳は驚いたように動きを止めたまま、オレの顔面に届くことはなかった。まあ、当たっていたところで大したものでもないが。
「暴力はダメです。それに、ルドヴィックさんはベルトランさんに助けられたんですから……お礼を言った方が、良いと思います」
フェリスの力強い視線が
普段、目にする少女の印象とはかけ離れた気迫ある瞳に、ルドヴィックの表情が少しだけたじろぐ。
「ボクが礼を言うわけないだろ」
「口で言えないなら物で伝えてもいいぞ」
「……チッ!」
ルドヴィックは舌打ちをすると、しばらくオレとフェリスを睨み付けた後に、廊下を歩き始める。
前回みたく、そのままどこかに歩き去っていくかと思いきや……ルドヴィックは数歩進んだ先で立ち止まって、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「……君は知らないのか?」
「え?」
ルドヴィックの視線が、今度はフェリスに向けられる。
変わらずイライラしている様子だが、しかし、今浮かべている表情にはどこか相手を見下す余裕のようなものが含まれていた。
きょとんと首を
それから、オレを指差して得意げに言った。
「ハッ、知らないなら教えてやるよ。そこの間抜けが――元“
「――……」
ルドヴィックの声が廊下を反響する。
ほんのわずかな沈黙を挟んで、ルドヴィックは少女の反応を確かめるように――先ほどよりも声を大きくしながらそれを告げた。
「こいつは信奉者の両親のもとに産まれた“
「……?」
何事かと思って見れば、ルドヴィックの表情が困惑の色を浮かべながら固まっていた。
その見つめる先を追って隣を振り向くと、フェリスが――
「…………」
決して長い付き合いとは言えないが、それでも、オレにはこいつの表情を
そんなオレでもまだ見たことはない。この少女にしては珍しいほどに――怒りを込めた視線が、ルドヴィックを睨み付けていた。
目の奥に宿っているのは、相手に対する軽蔑だ。
そんな感情をフェリスが誰かに向けることがあるのか……などと
「な、なんだよ、お前も信奉者は嫌いだ、ろ……」
さっきまでの勢いはとうに消えて、段々と攻撃的な声を
「! と……とにかく、今度も勝手なことをしたら許さないからな」
そんな台詞を吐いて、今度こそ……ルドヴィックは廊下の向こうに歩き去っていった。
「肝に
青年の背中にそう呟いていると、次はオレたちの後ろから――ユーゴが声を掛けてきた。
「よう、……またあいつが何か余計なことを言っちまったみたいだな?」
挨拶をするなり、察したように頭を
「ただの事実だ」
「問題ないならいいが。ところで、昨日の侵入者の件だが……」
チラリとフェリスを
「あの女だが、治療術師の報告によれば『手を尽くしたがダメだった』とのことだ。今回の暗殺について情報を聞き出せるかと思ったが……上手くいかねえもんだな」
「そうか」
報告を聞いて、オレは現状について思案する。
上の階では今も複数人の兵士たちによる
当初はオレの関与を
このまま収監されるような事態になったとしても、それはそれで、面倒な護衛任務から降りられるので悪くはないと思ったが。
そんなことを考えていると、ユーゴが豪快にオレの肩を叩く。
「ま、昨日のことはアンタなりの最善だって俺は分かってるぜ」
じゃあな、とそれだけを言って、ユーゴと灰色の毛並みをした猫――マリリーズはオレたちの横を通り過ぎて行った。
…………
遠ざかっていく一人と一匹の背中を眺めながら、オレは隣の少女に言葉を投げる。
「――さっきも言ったが、あいつの発言は事実だ。オレは信奉者の両親に育てられた、まさしく元“信奉者”だ」
「そうですか」
と、実にあっさりとした口調で応えた。
「驚かないのか。いい機会だし、ここらでメリザンシヤのもとに帰って貰おうと思ったんだがな」
「……驚いてますよ、すごく。……でも」
フェリスが前に歩き出して、勢いよくこちらを振り向く。
唐突に視界に入ってきたそれに、オレは少しだけ面食らった。
まるで、童女のように透き通った笑顔が、
「――関係ないです、そんなの! それより早く行きましょう、明日のために必要なものを買い揃えないと!」
「…………はあ、元気だなお前は」
夏の
少女の軽やかな背丈を追いながら、廊下を流れる
(……明日か、“
昨夜、現れた暗殺者の青年――バンジャミンが言った〈
そして、その先の“魔術装置”の存在についても知る必要があるだろう。
何も分からないまま、フォルトゥナを追うことほど危険なものはない。
「ベルトランさん、さっ、早く!」
「……はあ」
思考を
明日に待ち受ける面倒な予感にオレはため息をこぼして――まずは目の前の面倒と向き合うことにした。