遅延特化の陰険魔術師(ベルトラン)   作:伊佐木ソラ

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13:エピローグ〈祈りし者〉

 

 ――目の前に(たたず)む教会を見上げながら、背後に展開していた虚空の渦を閉ざした。

 

 宙に浮かんだままの魔封具(まほうぐ)を回収し、改めて、その教会に足を向ける。

 視界に飛び込んできたのは、陽に照らされて燦然(さんぜん)ときらめく白銀の外観と、その周囲を咲き誇る色鮮やかな花畑。

 掲げられた装飾から見て、この場所はおそらく――マナ教の礼拝施設なのだろう。

 

「……まるで、誰かの夢に出てくる景色だ」

 

 ぽつりと呟き、そのまま扉を押し開いて……教会の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

「おや……どこに行っていたのかね、ディオメッド君」

 

 入ってすぐに自分を出迎えたのは――老紳士風の男だった。

 清浄な空気に包まれた教会の中で、男は会衆席(かいしゅうせき)に腰を下ろしたままこちらを振り向いた。

 

「“首刈り”に(たわむ)れるのは結構なことだが、我々が有する貴重な魔封具の一つを無断で持ち出すのは、いささか感心しないものだね」

 

 穏やかで低い声が、祭壇の向こう側まで反響する。

 豪奢(ごうしゃ)な衣服の上から赤い外套(がいとう)を羽織り、ギラつく黄金色(こがねいろ)の髪を束ねた初老の男――リームスの質問に、俺は笑って返答する。

 

「ごめんごめん。これから始まる愉しみの前に、一つやるべきことをやってきたんだ」

「ふむ……」

 

 リームスは(うな)りながら目を閉じて、次には何かを静聴するように、ひた、と身動きをしなくなった。

 

 紳士然とした居住まいはそのままに、突いている杖の持ち手を愛おしそうに撫でて、しばしの無言が空間を流れた。

 やがて、

 

「……ならば、致し方あるまい。悩みの種は純粋な(たの)しみに(かげ)りを差すものだからね」

 

 初老の男は口髭を片手にさすって、実に愉快そうな声でそう言った。

 

「感謝するよ」

 

 俺は礼を述べて、教会の中をぐるりと見回す。

 

「彼は――フォルトゥナはどこに?」

「ふむ、彼は地下だ」

「地下?」

 

 初老の男が指差した一角を振り向く。

 そこは、祭壇の隣に開かれた通路の入り口だった。

 

 

 

 地下に続く階段を下りていくと、暗がりの先に小さな両開きの扉を見つけた。

 教会内の清らかな雰囲気と打って変わって、その扉はひどく錆び付いているようだった。

 

 ギィ、と音を立てる扉を押して、地下室に入る。

 そして、

 

「――――」

 

 地下室の中に見えた光景に、ほんの一瞬だけ息をすることを忘れてしまった。

 

 美しい花畑が広がっていた。

 

 手狭(てぜま)な地下空間であるはずのその場所は、見上げれば青空が澄み渡り、下はどこまでも続く無数の花々が地面を覆い尽くしていた。

 満ちる陽光と花畑の香りが鼻腔(びこう)をくすぐって、口を開けば土の味すらしそうなほどの豊かな景色。

 

 奇妙だ。

 いや、奇妙というには、あまりに現実味がない。

 …………思えば最初からそうだっただろうか。ああそうだ、この教会自体が――

 

「ふふっ」

 

 聞こえた声に視線を向ければ、花畑の中心で一人の女が微笑(ほほえ)んでいた。

 子犬を両手で抱えながら、(いつく)しむような柔らかい笑みを浮かべている。

 

「…………」

 

 全く知らない女だった。

 知らないのに、子犬を撫でる手つきと見守る眼差(まなざ)しが、何を語らずともその人となりを伝えていた。

 

 おそらく、とても心優しい人なのだろう。

 花に囲まれていても決して(かす)まない温かな光を、その女は放っていた。

 ――だからこそ。

 

「……やあ、フォルトゥナ」

 

 俺の背後にいる、何色も持たない空虚(くうきょ)な男の存在が、どこまでも際立って感じることができた。

 

「…………」

 

 男にそう声を掛けた瞬間、世界のひび割れる音が聞こえたような気がした。

 

 (まばた)き一つ、たったそれだけの空白で――さっきまでたしかに目の前を広がっていたはずの花畑が、中心にいた女が、今はもうどこにも見当たらない。

 ここにあるのは、薄暗い地下の一室だった。

 最低限の蝋燭(ろうそく)(とも)された火が、室内をやんわりと照らしている。

 

「……私に用ですか、バンジャミン」

 

 落ち着いた声音が耳朶(じだ)を打った。

 振り返れば、入り口の脇に置かれた長椅子にいつの間にか腰を下ろす男がいた。

 

 雪を思わす白銀の髪と、白を基調とした聖職衣を身に纏う、真っ白な男――フォルトゥナ・パルーフェ。

 大魔術師リディヴィーヌの三番弟子にして、マナ教の信徒だった男。

 

「貴方の兄弟子に会ったよ。挨拶してきたけど良かったかな」

「……ええ、構いませんよ。彼は元気そうでしたか」

 

 色のない気配、静かで熱のない口調、どこまでも……虚しさを感じずにはいられない茫洋(ぼうよう)とした瞳が、部屋の中央を眺めていた。

 

「さあ、見た感じは元気そうだったけど」

 

 俺は肩をすくめながら答えて、すぐに「ところで」と話を切り替えた。

 

「残りの〈先見者(せんけんしゃ)〉はどう? 一応、“白幻(はくげん)の国”の橋渡し役としては進捗を聞いておかないとなんだけど」

「……そちらに」

 

 長い指がしなやかに伸びて、地下室の隅をゆるりと示した。

 そうして、ふと、その床に落ちている丸い形状の何かを目視し――俺は思わず、

 

「――へえ、スゴい」

 

 と、歯を()いて笑ってしまった。

 

 床には――()()()()()が三つ、綺麗な列になって並べられていたのだ。

 瞼は閉ざされたままに、あたかも眠っているだけのような、穏やかな表情で時を止めた死顔が……文字通り床に落ちていた。

 

「…………」

 

 俺は一頻(ひとしき)り、それを観察して。

 

「……間違いない。岩壁(がんぺき)の国の〈先見者〉だ」

 

 彼の魔術――“意識掌握”による幻想ではないと確信を得てから、フォルトゥナに向き直った。

 懐から取り出した物を、彼の手元にひょいと投げる。

 

「これで二つ目、ということだね」

 

 彼らが〈銀の欠片(ミスリル)〉と呼ぶそれを――長方形に加工された鉱石のような物体をフォルトゥナへと渡す。

 彼らが必要としているモノであり、ある“魔術装置”を起動するために不可欠らしいモノ。

 

「ねえ、俺にも教えてくれないかな。君たちは一体、何をしようとしているんだ?」

 

 俺の素朴(そぼく)な疑問に、フォルトゥナがゆっくりと顔を上げて。

 物憂(ものう)げそうな淡い瞳が、こちらを覗き込んだ。

 

「――魔女の遺志を継ぎ、新たな“錬金術の国”を作り出す。それが我々――〈祈りし者〉の目的ですよ」

 

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