斎蹴率いるHチームの対戦相手は、切島と瀬呂のJチームだった。
皆推薦入試を一位でくぐり抜けた、という肩書きにその実力がどれだけのものかと目を向ける。モニターに映る猫の着ぐるみにしか見えないヒーロースーツは不格好でこそあったが、監督者であるオールマイトは特に彼女の行動を注意深く見ていた。
「何故彼女は猫のコスチュームなのだろうか……?」
「かわいーよね!」
初戦を終えた飯田がそう呟いているのに対し、麗日が明るく微笑む。
ヒーロー側のHチームが、敵側のJチームが「核」を隠し終えたのに応じてビルの中へと入っていく様子が映された。
『うーん、困ったな。ざっくり見てきたけど、斥候は切島くんみたいだね。核は最上階だし長期戦に持ち込んで時間を稼ぐつもりだとすると……これは二人を捕らえた方が早いよ』
五分のリミットを終え、ビルに潜入するタイミングになった時にリブートはふよふよと壁を抜けて歩いてきた。
私は、その言葉通りに二人に指示を出す。
「ここは核を回収するより敵の殲滅を優先したい。常闇くんの個性も蛙吹さんの個性も遠距離攻撃に特化しているから、なるべく距離をとって行動して」
「ケロ、了解したわ」
「任せろ」
『二階に上がると6時の方向から奇襲かけられるね。そのまま右折を一回、反対方向回って階段があるから瀬呂くんを背後から叩いて。
それと遼チャン、暗闇は得意かい?』
そこまで言われて、リブートの言わんとしていることを理解した私は黙って頷いて二人に合図を出した。
「もう敵の索敵を済ませたのか……!?」
「シッ……」
ハンドサインで上の階に一人いる、と教えれば常闇くんの
彼女はその提案に戸惑いながらも了承してくれたので、これである程度の策は整った。私は天井のライトに体をめり込ませているリブートを見た。
『ンー、中の回線いじれば停電すると思ったんだけどなあ。雄英って照明にまで拘ってるのね……もう少し時間稼いどいて』
「黒影が敵を捕捉。未だ気づいていないようだがどうする。戦闘に移るか?」
「……許可する」
「両方から挟み撃ちにして捕縛しましょう」
私を筆頭に階段を駆け上がると、案の定切島くんが待ち構えていた。まずは私目掛けてとんできた拳を避ける。
……奇襲とは甚だしいそれは、もはや正面衝突の部類であるが。
「よォ、ヒーロー共! 待ってたぜ」
腕をガチガチに硬化したことで、切島くんが殴りつけた壁はベコベコにへこんでいた。もし当たりでもしたらひとたまりもない。
「……蛙吹さん」
「分かってるわ」
常闇くんの黒影が揺れ動いて、切島くんとの攻防戦が激化する。蛙吹さんには事前に伝えておいた事をさせる。
「斎蹴ーッ!! ここは俺たちに任せてお前はもう一人を探せ!」
「させるかよ!!」
「ッ!!」
階段を駆け上がろうとしたその瞬間、反対側から勢いよくコンクリートの一部が飛んできたのを見て、それを素早く躱す。
「遼ちゃん!!」
マズイ、避けてばかりでは今回の訓練における戦闘面での評価に関わる。
常闇くんの援護に回るべきか、そう思った時。
「!!」
ぐん、動かそうとした体が前につんのめって体が何かに縛り上げられる感覚を覚える。
揺れる視界の中で私の目は正確にもう一人__テープでこちらを拘束してきた瀬呂くんの姿を捉えていた。
「ハッ、流石の首席サマもこれには手も足も出ねーか!?」
私は彼のテープに雁字搦めになりながら、リブートの奴、敢えて何も言わなかったなと上に視線を向けた。
瀬呂くんのテープが私の体を縛り上げ、肺がギュッと締めあげられる感覚に陥る。
そのまま彼は私の体を吹っ飛ばし、重力に流れるようにしていとも容易く壁に叩きつけられた。
背中がミシリ、と嫌な音を立てて全身から脂汗が滲む。体が縛られているせいで上手く息も吸えない。
「次はお前だな、蛙吹!」
瀬呂くんが地面に引っ付いていた蛙吹さんの方に意識を向けた。その時だった。
『おや、私の知らぬ間にやられちゃった? それともフリかい?』
キーンと耳鳴りが止まらない私の隣に、リブートがやってきてそう囁いた。それはまるで、戦場の悪魔が舞い降りたかのような畏怖。
『よく言うよね、無茶と無謀は違うってさ。遼のそれは無謀で終わるようなものなのかなあ』
「……」
わざとらしい言い分だった。
私のことをこんなに引っ掻き回しておいて、飄々とした態度で笑っているその姿が、今は酷く私を苛つかせる。
『その答えは今から分かる』
音質の荒い機械音声が、まるで脳内に直接囁かれたように響く。
リブートが、歪なニコちゃんマークを貼っつけたヘルメットをこちらに向けて見下ろした刹那__。
バァン!!
突如照明が弾け飛ぶ音がして、辺り一面が真っ暗な空間に覆われる。
「今よ遼ちゃん!!」
蛙吹さんの言葉に、瀬呂くんのテープを個性で変化させて脱出を試みる。元来の性質が天然ゴムと大差ないなら、加硫以前の状態に変化させれば抜け出すのは可能なはずだ。
実際に、私の読み通り溶けたことを確認し、そのまま瀬呂くん目掛けて足蹴りを放った。
「ッぐァ……ッ!! すべ、っ!?!」
「ええそうよ、私の粘液を事前に床に塗りつけておいたの!」
「んなのアリかよォ!」
真っ暗な視界では何も見えないのか、つるりと足を滑らせた瀬呂くんにすかさず蛙吹さんが長い舌を絡ませる。
「行けダークシャドウ! 斎蹴の援護を!」
「アイヨッ!」
「ッくそ!! 瀬呂! 俺が核を防御しに行く!」
私は痛む全身に鞭を打って一気に最上階まで駆け上る。リブートは、ビル内の電気を全て落としたことにより、一瞬でもモニターとの接続を遮断できた事が誇らしいようだった。
今は、核を先導する常闇くんの黒影と対話をしているくらいには平常運転である。
『おー、ヤミスケ来たね』
「違ウ!」
最上階まで登り詰め、核を目前にしたちょうどその時、満身創痍になりながらも質量を損なわない切島くんのパンチが私の頬を掠めた。私はそれを間一髪で
「ッ斎蹴!! 核へは行かせねーぞ!」
「……なら、君を倒してからにする」
最小限で、最短に敵を倒すには。
頭の中で策を何度も構築しては、分解を繰り返す。これは一種の消耗戦で、切れ味の鋭い彼の爪がビルの壁にいくつもの傷跡を残していく。
正面突破が売りの、単純で愚直な攻撃ばかりだった。なのに、その諦めの悪さが彼の芯の強さを表しているみたいで、敵役の切島くんの方が心底ヒーローに向いているとさえ思った。
どれだけ怪我をしないように立ち回っても、個性の許容範囲を上回っていてもひたむきにぶつかってくる。
そんな余計なことを考えていたのがいけないのだろうか、私の皮膚は小さな切り傷をいくつも作り、あっけなく血に濡れていった。
『詰めが甘いんだよ、遼チャン。ほら、ヤミツキくん見せてやんな』
「ヴヴ……」
常闇くんの黒影がグワッと形を変え、切島くんの背後に回る。切島くんの意識が不意にそちらへ揺らいだ。その隙を狙って、その反対側からリブートが瓦礫を投げつけた。
勿論、そんな瓦礫程度で切島くんが怪我をするとは思っていない。
油断してくれればそれで十分だった。
「ヒーローチーム……
茫然とした顔でこちらを見た切島くんの体は、黒影によってしっかりと押さえ込まれていた。
黒影との連携プレーで勝利を掴んだ私は、鉛のように重たい体を核に預けてずるずると身を下ろす。
「は、……は、ァ」
視界が定まらない。血を流しすぎたのか、呼吸も心做しか浅い気がする。……いや、拍動は正常だ。きっと疲労しているだけ。
「斎蹴少女は動けるかい? 大丈夫なら返事をしてくれ!」
オールマイトの声が聞こえた。試合終了のゴングはとっくに鳴らされているのに、戻ろうとすらしない私を不思議に思ってのことだと伺える。
『ほら、呼ばれてるよ』
「……はい」
有無を言わせない言葉だった。
やり場のない思いに、自身の血液がべっとりとついた被り物を外して思い切り蹴り飛ばす。ガツン、と破壊された壁に激突した猫の頭部と目が合った。
____ふざけるな。
誰にも聞こえないように口元だけを動かしたのを、リブートだけはしっかりと見ていた。けれども私の望む喜色な反応を示すことはなく。いつも通り他人事のように終わる会話に馬鹿らしくなって、私は引き摺る足を隠して講評を受けに行くことにした。
「では講評といこうじゃないか! 今回のベストは勿論、斎蹴少女だ! 何故かわかる人ー!?」
『そりゃあ、私がついておきながら不手際なんか起きる訳ないだろう』
「……」
味方ながら嫌なセリフだ。何が面白いのとは思えど、リブートの高飛車な物言いにツッコむ者も、そもそもそれが聞こえる者もいないのだからどうしようもない事だった。
皆一様に黙り込む中で、露出の多い格好をした女生徒が手を挙げた。私の見知らぬ顔の生徒だ。
「それは斎蹴さんの一挙手一投足……その行動に評価されていますわ。状況に応じた適切な判断、味方が敵と遭遇しても無闇に救出に回らないで状況把握に併せての戦闘。無謀に見せかけた攻撃でありながら相手を油断させての制圧……訓練でありながらも巧妙な作戦でした」
『ウン、私の作戦
分かっているじゃないの、と手を挙げたまま言葉を続ける少女にリブートは頬をかいている。
「ただ、いい点だけって訳でもねえだろ」
そこに、背後から絶対零度を超えた発言が投下されたことで、場の空気は一気に氷点下までもつれ込んだ。振り返ればリブートが排他ろきくんと珍妙な名で呼んだ紅白頭の少年が立っている。
「俺には多少独りで突っ走りすぎているように思えたぞ。途中で自分が敢えて捕まることでやり過ごすって独善的すぎやしねえか」
『その作戦についてこれるかは本人次第なだけで』
リブートの嫌味ったらしい言い方でもない、ただ事実を述べているだけの空気が逆に私の心に鋭く突き刺さって、返す言葉も見つからずに拳を握り込む。
「ま、まあまあ……確かに自己犠牲的な所が目立ちはしたけど、遼ちゃんの立ち回りは目を見張るものがあったし……!」
「俺が言ってるのはソイツの命を軽んじてる態度についてだ。お前らが思い込んでいたようなあれはヒーロー達の自己犠牲とは違う、ただ命を捨ててるような行為だ。あれが本当の敵相手だったらどうする?
間違いなく殺されて終わりだろ」
麗日さんの言葉を遮ってまで、紅白頭の少年は語気を強めて言った。それには、皆思うところがあったらしい、誰も文句を言う者は現れなかった。
そこに、私を擁護する二人の声が響いた。作戦は完璧であれど、私とあの二人がそれに順応できるかは定かではない。寧ろ、私は順応せざる他ないのだ。
「でも、遼ちゃんのおかげで敵役の二人と核を制圧できたのよ。あの作戦なしにはきっと成し得なかった事だわ」
「同感だ。蛙吹の個性を利用して、ビルの照明ごと落とす戦法は革新的だと思ったのだが」
『蛙は特殊な桿体を持ってるからね。ロドプシンの代わりに独自の青色感受性錐体視物質が発達したおかげなのだよワトソンくん』
それが常闇くんの耳に届くはずもないのを分かっていて、あたかも対話をしているように気丈に振る舞う。心底気味が悪かった。
「そう、私は蛙吹さんと常闇くんの個性の長所を活かして作戦を立案したんだよ。敵の被害を最小限にするには敵を分散させて効率的に捕縛した方が早いでしょ」
今日は思っていないことに対してよく口が回る。
「なア、斎蹴。お前何であんま個性使おうとしねーの?」
は、と浅く息を吐く音がした。
それは、私が発したもので。それまで忘れていたのが途端に息を吹き返すように、怪我をした箇所がジクジクと熱を持ち始めた。
「何言って」
「敵役の俺たちに全然攻撃してこねーどころか避けてばっかだったろ。思えば切島との一戦くらいでしか使ってなかったし」
瀬呂くんの言葉に、皆が確かにと私を見た。
推薦入試で一位をとった実力者が戦闘訓練で個性を全くと言っていいほど使わないことの方がおかしいのである。それは私の力ではないのに。
『君の個性を見せないように画策したつもりだったけど、見せなすぎてもダメってことだね。じゃあ、こう濁しておこうか』
リブートがヘルメットに描かれた顔の口元にあたる部分に手を這わせて、頬をつり上げるようなポーズをとった後、私に次の言葉を復唱するように言った。
それに合わせて私の口は、微塵もそうは思わない私の意思と反して、元からそう告げるのを予言していたかのように簡明にその台詞の続きを陳述する。
「敵も"人"だから、実力行使はあくまでも最終手段に留めておきたくて。
単なる制圧を目標に個性の多用を避けただけの話だよ」
その言葉には、誰しもが驚きの表情を隠せないでいた。
無論、我らが
初の戦闘訓練が終了してすぐ。ほぼ個性を使わないで肉弾戦で体を酷使したことにより、外見だけは重傷な私はオールマイトからの提案もありリカバリーガールの元へ行くように伝えられた。
「うん、見事に折れてるよ」
『あちゃあ、やっぱり折れてるよねえ』
「そうですか」
スクリーンに映った自身のレントゲン写真を見て、眉を顰める女医さん__恐らく彼女がそうなのだろう__に私はまるで他人事のように相槌を打つ。肋骨が数本、あとは内蔵の損傷があるという。
彼女も雄英の教職員である以上はプロヒーローなのだろうか、怪我をした箇所に包帯を巻いて止血してくれている間も散々オールマイトの教育方針や監督不行き届についてを嘆いていた。
「そうですか……ってあんたねえ、自分の体なんだから少しは気にかけたらどうなんだい! 立ってるのが不思議なくらいさね」
「今は立ってません」
「そういう話じゃないんだよ」
椅子に座って話を聞いているだけなので立ってはいない。そう弁明をすると彼女は呆れたようにため息をついた。それから、視線は後方のベッドで点滴を受けている緑谷くんに移る。そう、実は彼も初戦で勝己くんに痛手を食らったことにより保健室送りになっていたのだ。最後の講評も彼だけいなかったことに納得がいく。
「あのね、私の個性【治癒】だって万能じゃないんだ、回復するには体力がいるんだ。今後はあんま無理はしないように、じゃなきゃあの子の二の舞だよ」
「はい」
『アいいなあ、私もペッツ食べたい』
未だ深く眠りについている緑谷くんを顎でしゃくってそう言い聞かせたリカバリーガールは、その個性で口先を尖らせて私の頬に口付けをしたかと思うと手早く処置を終えた。その施術方法に驚くほど無反応だった私に対し珍しい子だねと感想を述べて、最後はヒーローがあしらわれたディスペンサーからキャンディまで頂いてしまった。
『リカバリーガールの
戦闘訓練の怪我は治療を受けたとはいえ、まだ未完全のまままである。私はリブートの声など気にもせずに教室へ向かった。
「にしても斎蹴のアレは凄かったよなー」
「んな、流石は推薦入試一位通過だよ、爆豪とは別のベクトルでスゴいってカンジしねえ?」
「うっせーよモブ共、俺とあの白髪を一緒にすんな」
1‐Aと書かれた教室に入ろうとして、ふと足が止まる。
私のことについて話していると思うと、恐怖で体が動かなかった。
『教室、入んないの。皆遼のこと褒めてるよ』
リブートが何か言っている。
私は丁寧に腕に巻かれた包帯の上から、傷の部位を爪で引っ掻くようにして俯いてから、か細い声でこう吐き捨ててから雄英を後にした。
「……私には、どうでもいいことだから」
書いてて気づいたけど、リカバリーガールの個性の治癒と「チユーー」って台詞かかってんのね。