「本当に、これで良かったの」
静岡行きの特急券を握り締めて、私は車窓に反射して映るフルフェイスのヘルメットをぼんやりと眺めた。
『そんなのは自分次第だろうよ』
中学二年生の冬。それまで親友だった寧人くんを置いて、私は一人静岡へと転校する事になった。
何しも私が望んでいたことではない。
前の孤児院に比べれば、ここでの暮らしはとても充実したものだったと思う。園の先生達も優しかったし、私を除け者にするような子は誰一人としていなかった。だからこそ、私は自分の居場所を無意識に渇望しては現在の生き方に身を甘んじていたのだ。
そんな生活を続けること早八年。
私の個性「変化」の扱いも板に付いてきて、発動条件の体の一部を対象に触れさせるという点を除けば、多少は意のままに操る事が可能となるレベルにはなった。私が寧人くんと関わることが増えると、リブートはいつの間にか姿を消して、気がつけば戻ってきている、という行動を繰り返すことが増えた。
いかにも意図的なものだった。リブートの方から私と関わる時間を減らしているだろうというのは確実で、私に学校生活の方を優先させてくれているのだろうと、この時の私は軽率にもそんなことを考えていた。
だから。
『来年、君には雄英高校を受けて欲しい』
「……え?」
ある時にリブートが言ってきたその言葉の本意を、私は理解出来ずにいた。
そもそも、高校生活自体が私にしてみれば不確実でいて不透明なものだった。ヒーローが嫌いだといった人間がヒーロー志望の有精卵たちが集まる学校に入ろうなど、そもそも選択肢にすら入れやしないだろう。
孤児院の一室、消灯時間をとっくに過ぎたベッドの上。靡いたカーテンに月光が差し込んでリブートのヘルメットが照らされる。
言っていることの理解が追いつかず、瞠目したままの私を差し置いて、リブートは淡々と話し続ける。
『最近の遼は随分寧人くんと親しいみたいだね。オトモダチが増えたようで良かったよ。けど、本来の目的は何だい? このまま彼とオトモダチごっこを続けること? いや、違うね。
初めに言ったろう、賭けるのは君の命。つまりは人生そのもの』
「……ッ」
『忘れるな。この世界は君のためにあるものじゃない』
リブートのそれは間違いなく激情だった。
波風立てない物言いでこそあったが、その胸の内を何故か私は懐かしいほどに知っている。怒っている訳ではない、かといって諭している訳でもない。まるで自戒のように言い放たれた呪詛は、醞醸の如くこの心を縛り付けて、気がつけば私は一人で静かに涙を零していた。
それを拭おうとして、ハンカチを寧人くんに押しつけてきてしまったことを思い出す。最近はめっきり話す回数も頻度も落ちた彼も、確か雄英高校に行くと聞いた。
私よりは、彼の方がよっぽどヒーローに向いてるだろう。
私は深く息をついて、それからリブートを方を真っ直ぐに見据えた。
「……分かってる」
『ホントかなあ』
リブートがヘルメットの奥でうっそりと口角を上げた気がした。しかし、実際のところは何も見えてなどいなかった。
何も見ようとしなかったのは私のくせに。
その次の日。
あの孤児院でも最年長だった私は、行きたい高校を受験するにあたって、神奈川県では不便だと園の先生に申告した。実際、別の孤児院に行くにしても相応の手続きが必要だ。その工程を色々ぶっ飛ばすにしても、ここで過ごす以前の情報が空白な私のことを怪しまないはずがなかった。
リブートは悲壮感を演出しろと言った。今の中学校生活があまり良いとは思えないこと。対人関係で問題が生じていること。あることないことを綯い交ぜにして話せば、先生は前向きに検討してみるとの事だった。
それを言ったのが二年生の初め。そして三年生に上がる年の終わり頃、静岡に住む人の中で中学生以上の養子を受け入れたい、との連絡があることが分かった。
そうして、私は人生で二度目の転校をするに至った。
「横浜市立神野中学校から来ました、斎蹴遼です。短い間ですが、よろしくお願いします」
「横浜!? なんで都会からわざわざこっちに?」
「中華街とかで有名なあの横浜だろ? 羨ましいなー」
「はいはいお前ら質問なら休み時間にしろー。あ、斎蹴は緑谷の後ろの席な」
わいわい。がやがや。
そうして迎えた登校初日。制服は新調が間に合わないのと、園の出費の都合上ジャージでも構わないとの学校側からの提案があったため、やけに目立つ格好で自己紹介をすませることになった私は指定された自分の席へと座る。
緑谷って誰だ、と思いながら空いていた席に座ると、目の前の緑髪の男の子がビクリと肩を揺らした。どうやら彼がそうらしい。
『……』
リブートは前の中学の時も変わらず、それを黙って見つめているだけ。
「おーし、じゃ授業始めんぞー」
先生がそう言うと、先程まで騒がしかったクラスもシン……と静まり返る。この日の授業の内容は至って普通、というよりもう予習でやった内容だった。とにかく知識を詰めろ、とリブートに言われたのは、雄英高校という国内最大級の学校に入学する為だ。
こんな所で躓いていてはまず受からない、そう思って私は一番後ろの席で見えないのをいいことに、細々と入試の過去問を解き続けた。
「えっと、遼ちゃん? だよね。一緒に帰らない?」
「ごめんなさい、私今日用事があるから」
放課後になって、クラスの優しそうな女の子が私に話しかけてきた。それを蔑ろにするのは気が引けたが、今の私にはそんな事を気にしている余裕は無い。突き放すような物言いで鞄を持って立ち上がると、女の子は申し訳なさそうにその場を立ち去った。
『あれ、いいの? せっかく誘ってくれた子なのに』
「そんなことより勉強。雄英高校受けるなら、個性ももっと強くしなきゃでしょ」
『十分やってると思うけど。燈矢くんみたいなこと言うようになってきたね』
「リブートがそうしろって言ったから、私はそれに従ってきたまでだよ」
『ふーん』
その日は、そのまま養母さんの家へと帰宅した。
彼女はこの付近の孤児院と提携して、暫くは私の面倒を見てくれることになっている。もう子を授かる適齢を過ぎていて、小さい子は面倒を見切れそうにないということから、中学生以上の養子を探していたところ私の存在を知ったらしい。
「ただいま帰りました」
「あら、遼ちゃんね。おかえりなさい。初めての学校はどうだった?」
「新しい友達が増えて楽しかったです。どの子も明るい人達ばかりで、刺激を貰えました」
「そう……なら良かったけれど」
『なんか面接みたいだねえ』
リブートが私の後ろで笑いを堪えているのを気にせず、そのまま自分の部屋と指をさされた場所に入った。新しい環境、知らない人、そんな空間で一日を楽しいと思えるような人間はまずいない。精神的にも疲弊しきった私は、知らない柔軟剤の匂いが香るベッドに倒れ込んで死んだように眠りについた。
それから一週間もたてば、私は学校に少しづつではあるが馴染んできていた。というのも、それは昔と同じ。冷たい態度を貫く私を皆は無視して、また空気のようにそこにいるだけ。
「ねえ、昨日のアレ見た?」
「なになにー?」
「今日の体育持久走だってよー」
「えっ俺今日体操着持ってきてねえよ、隣のクラスから借りてくるわ」
私は私の形を保てずに、絶えずそこに存在している。
「雄英高校のヒーロー科の推薦が欲しい、だ?」
「はい」
中学三年の春が終わろうとした日。そろそろ夏に向けての進路を決めなければならない、というところで私は担任にその話を持ちかけた。学校内でも個性をまだ一度も見せたことがない私を勝手に内気な人間だと見ていた先生は、ましてや雄英高校に行きたいと言い出した私に大層驚いたらしい。
「てっきり、斎蹴は普通科の高校に行くと思ってたんだが……。ほら、緑谷と違ってヒーローが好きそうな訳でもないしな」
「そこにヒーローが好きか嫌いかは関係ないですよね。全国統一模模試の成績はA判定。定期テストも学年一位で、内申も推薦の要項を満たしています。是非推薦書を書いてもらえませんか?」
「お前の成績が悪くないのは認めるが……。わかった、俺からも校長に掛け合ってみるよ」
「ありがとうございます。それと、この事は誰にも言わないでください」
「何が……ああ雄英高校を受けることか? 確か爆豪と緑谷も第一志望はそこにするって二年の頃に言ってたな。第一回の進路希望調査票は来週配る予定だから、その時にまた知らせるわ」
「よろしくお願します」
結果的に私は雄英高校を推薦枠で出願する、という方向性になって、校長からも態度よし、学力よしの私がこの学校初の雄英入学者になると見込んで即了承を貰えたそうだ。
とりあえずは固まった方向性を、私は養母であるモトコさんに早速伝えることにした。
「そう……あなたがそう決めた進路なら、私は応援するわ」
「ありがとうございます」
「でも、本当にそれでいいのかしら?」
「……何でですか?」
「遼ちゃん、行きたいって言い出すにしてはあまりにも嬉しくなさそうだもの」
「はは、そんなことないですよ」
頬をかいて、人当たりのいい笑みを浮かべる。
内心では冷や汗が止まらない。
「それに最近ちゃんと寝られてる? 夜中に部屋から声がするけど……」
「勉強が大変だからですかね、寝言かなあ」
悪いことをしている気分になった。
「何か悩みがあるなら___」
「何も、ないです」
私は、嘘をついた。
語気を強めて丁寧に断りを入れると、モトコさんはまだ何か言いたげではあったが、渋々と引き下がってくれた。
悩み? ない訳無いに決まっている。他所の学校からの途中編入に加え、同級生とは完全に関わりを絶った身だ。
これで「正解」なのかとリブートに聞いても最近は沈黙を貫いてばかり。その日を振り返っても私は今日何をして、何を食べて、誰と話したかさえも覚えていない。ご飯は何を食べても薄味ばかりで、それが喉を通るのさえ億劫になる。
友達?
寧人くんがいる訳でもない。彼を裏切ったのは私の方だ。一般の、己の力で雄英高校に行くといって、実際は私の方が遥かに有利に事を進めている。
こんなのをヒーローにさせて、リブートは何をさせたいのだろう。
自室に戻って、鏡に映る自分を見た。
目つきは昔よりもずっと鋭く、常に瞳孔が沈んでいた。ギラギラと獲物を睨めつけるように見えて、気味が悪い。
「前髪、伸ばそう」
そして迎えた一週間後。
「お前らも三年生ということで!! 本格的に将来を考えていく時期だ! 今から進路希望のプリントを配るが皆!
__だいたいヒーロー科志望だよね」
ついに第一回目の進路希望調査表が配られる日になって、担任の一言に皆が沸き立つ。憂鬱な私の気持ちとは裏腹に、皆は自分の個性をこれ見よがしに見せている。リブートに至っては私の隣に突っ立って、元気な子達だねと呑気に腕を後ろに回して言った。
『遼も手ェ上げればいいのに』
「せんせえー、"皆"とか一緒くたにすんなよ。俺はこんな没個性共と仲良く底辺なんざ行かねー」
リブートがそう言った時とほぼ同時。机に足をどっかりとのせた男子生徒が意気揚々とそう言い出したのを皮切りに、彼に非難の声が殺到する。
何度もクラスで顔を合わせているはずなのに、私は未だその名前を知らない。まあ、知る必要もなさそうだ。
「あー、確か爆豪は"雄英高"志望だったな」
そうか、彼が先生の言ってた爆豪くんか。私の中で人名と顔がようやく一致した瞬間だった。
クラスでは遠巻きに眺めていただけだったが、彼は何かと緑谷くんに対して当たり散らす傾向にあった。
何せ緑谷くんは無個性だから、とか。そのくせ行動力があるのが癪に障る、とか。
「そりゃねーだろカツキ!!」
「モブがモブらしくうっせー!!!」
「……」
『え何あのクソガキムーブ』
典型的なイキリ中学生だとカツキくんを指をさすリブートは鼻で笑った。これは後から知ったことだが、天才肌な彼は教師陣の間でも一目置かれていたそうな。しかし生憎の態度がアレなため、推薦には彼ではなく私が選ばれたらしかった。
「そういや緑谷も雄英志望だったな」
それまではゲラゲラと笑っていたカツキくんの表情が、途端に曇る。緑谷くんは身体を小さくして、周りからの目線に怯えた表情で口ごもった。
その瞬間、教室中がドッと笑いに包み込まれた。暖かい笑いではなく、馬鹿を笑う時の冷ややかな笑いだ。
それはまるで私自身が笑われているみたいに思えて、私は緑谷くんの影に隠れるようにして姿勢を低くして俯いた。
「こらデク!!」
「どわ!!?」
カツキくんは自身の個性である「爆破」を緑谷くんの机に放って、周囲に火花を散らしながら叫んだ。
間一髪で机を引いた私は無傷だったが、緑谷くんは爆風の影響で壁際まで飛んで行ってしまった。その横でリブートはやかましく騒ぎ立てる。
『あっつ! ひ、火の粉がコッチまで飛んできたぞ!』
「うるさい」
小声でリブートに制止した私に構わず、カツキくんは緑谷くんを責め立てた。
「"没個性"どころか"無個性"のテメェがあ〜!
何で俺と同じ土俵に立てるんだ!!?」
「待っ……違う待って、かっちゃん
別に張り合おうとか……そんなの全然!」
緑谷くんはさらに言葉を続けた。
「ただ……小さい頃からの目標なんだ。……それにその、
やってみないと、わかんないし……」
緑谷くんは手足をバタバタとさせて謙虚さをカツキくんに示した。その言葉は、私を動揺させるには十分すぎた。
「!」
『ひゅー、言うね』
「なァにがやってみないとだ! 記念受験が!!
てめェが何をやれるんだ!!?」
緑谷くんは、終始その言葉に答えることが出来ないままでいた。
養母の人の名前はとても適当。みんな大好きな「おばあちゃんが来たからね」の人。
ヒロアカの手鬼こと弔くんを見放したでお馴染みのおばあちゃんでしたが、ここはそれが出来なかった後悔……ということで他の子達を救おうと養子縁組をやってる設定です。
尚、遼は週一で孤児院に行って近況報告をしたり、カウンセリングを受けたりしてメンタルケアをしています。気月じゃねーよ!