NEVER ENDING!!   作:振槍

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第5話 入試

 

 

 

 昨日はたまたま教室に忘れ物をしたのが災難な目に遭った。クラス一の人気者である勝己くんに説教をした上、果てには手を出してしまったのだから。

 しかも、彼に何でも一つ言うことを聞いてもらうなんて大それた話をふっかけておいてその答えを出さずにいるのなら尚更。

 

 今更合わせる顔がなくなってしまった私は翌日、人生で初めて学校を欠席した。モトコさんには体調不良だと偽って、布団の中でただただ時間が過ぎるのを待っていた。

 

 

 

 

 その次の日。

 

 

 私は断頭台にのぼる思いで教室に足を踏み入れた。勝己くんの事だ。一昨日はいけしゃあしゃあと言ってくれたな、くらいには詰められそうなのを覚悟の上である。

 

 しかし、その時にはもう誰も私の話はしていなかった。

 

 

「カツキ昨日ヴィランに襲われたってマジ!?」

「ちょっとやめなよ〜、可哀想じゃん」

 

「……」

 

 

 

 勝己くんの周りに出来た人集りを不思議に思いながらも、私を見かけても一目散に爆破しに来ないだけマシかと思いながら自分の席についた。

 

 

 

 

『ヘドロに食われちゃあ……流石の勝己くんも大人しくなるもんなんだね』

 

 リブートが私の後ろに回ってクスクスと笑いを堪えながらと何かを呟いている。勝己くんが静かなのがそんなに面白いのだろうか。私としては、あれが本来の勝己くんのように思えるものだが。

 

 

 これは後に新聞記事を通して知ることになるものだが、この日の前日。勝己くんはヴィランに襲われていたところをオールマイトに助けて貰っていたらしく、それが皆から注目を集め良い意味でも悪い意味でも目立つキッカケになっていた。

 

 

 

 それでも、幾ら勝己くんが言及してこないからといって、私が彼にしたことは消える訳ではない。

 

 

 

 そんな嵐の前の静けさとも言える状況は、かれこれ数ヶ月間続いた。

 

 

 

『最近の出久くんさァ、なーんか変わったよね。私の気の所為かな』

 

「知らない」

『冷めてーの』

 

 

 授業中に話しかけてくるな、という私の視線をリブートはガッツリ無視して音質の荒い猫撫で声で話しかけてくる。余程暇なのか、あるいは何かを伝えたいのか。どちらにせよ、今の私には関係の無い話だとペンを握る手を持ち替えて問題集を解き進めた。

 

 

 

 

 予鈴がなって、その日の授業は終了した。皆が放課後どこに寄ろうだのと和気あいあいとしているのを尻目に教室を足早に出る。急ぎの用事がある訳でもないのに、何かに急かされているのように家に向かって歩いていた。

 

 

『あ、そこ曲がって』

 

 

 

 普段通りの帰り道。

 

 少し進んだところで細い路地が視界の端に映って、すかさずリブートが私に囁いた。

 そのまま真っ直ぐ帰路に着こうと進めていた歩みが瞬間、縛り付けられたようにピタリと止まる。

 

 私は驚きで体を強ばらせるが、リブートは構わず急いで〜と私を捲し立てるばかり。

 

 

 もたつく足を何とか動かして、人気のない路地裏の方へと進み出した。

 

 

 

 

 

 

『そこでストップ』

 

 

 

 リブートはある程度進んだところでそう私に声をかけた。そのまま、ジメジメと仄暗い路地裏に続く暗闇を見上げた私とは反対に、リブートは眩いものを見るかのように溌剌とした声色で続ける。

 

 

 

『じゃあ、実戦と行こうかね』

 

 

 

「は、……!?」

「っ!!?」

 

 

 

 なんの話だ、そう言いかけた私の体に突如何かがぶつかってくる衝撃があった。

 

 咄嗟にぶつかってきた何かを抱えてバッとリブートの方を振り返ると、微笑んでるのかさえ曖昧なヘルメットに描かれた笑顔と目が合う。

 

 

 

『タイムリミットはー……あと十秒ちょっとってとこかな。さあ、その子を抱えたまま敵に見つからず逃げ切れるかい』

 

 

 

「……っうう」

 

 

 リブートが指さしたそこには、角の生えた女の子が涙を浮かべながら私の腕の中にいた。ぶつかってきたのは、この子らしい。

 

 

 

 

「クソっ、どこ行きやがったあのガキ!!」

 

 両腕のそこかしこ、至る所に巻かれた包帯を見た私だったが、すぐ後ろには追っ手と思われる人間の足音が迫っていた。逃げ出した女の子とそれを追う人がいるということは、何らかの事情があると見て、私は彼女を抱えて逃げる決断をした。

 

 

 

 

「……ちゃんと掴まっててね」

 

「!」

 

 

 

 赤い瞳を不安げに揺らす彼女に動揺を見せまいとして笑いかける。そのまま五指で床に触れ、アスファルトを変化させる。

 

 

 黒い舗装が液状化し、ドロドロと溶けだす。煙も出ないまま、高熱によって炭化水素の分子の並びが崩れて「変化」したのだ。

 

 

 まるで黒い波がそこら一体に満ちているかのような光景に、自身の腕に掴まっていた女の子が目を見開いた。

 

 

 

 それから、視線を上に向ける。

 

 

 

 

 コンクリートの壁に立ち並んだパイプを見て、グッと足に力を込める。大丈夫、体力強化なら昔からずっとやってきている。

 

 

 

 

 

 

 恐ろしくも静かな跳躍だった。

 

 壁伝いにパイプを蹴りながらその身を翻して登りあがっていく。

 

 

 

 そのまま建物の屋上に上がる時まで、終始女の子は手で口を覆いながら声を漏らすのを我慢していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……追っ手を物質変化させたアスファルトにはめてその隙に壁を伝って逃走、ね。まあ、及第点をあげよう』

 

「……この子、誰」

 

 

 

 一足先に屋上の室外機の傍に座っていたリブートは、私がやってくるや否や開口一番に今回の行動の評価をした。

 

 未だ私に抱えられている女の子は、その唇を噛み締めて震えを抑えきれずにいる。

 

 

『……とりあえずは保護するしかないよね』

「……」

 

 

 

 保護をするにしても、名前すら知らない女の子をどうしろと? 

 

 

 服の裾をギュッと握られて困惑したままの私に、リブートはゆるりと近づいて女の子の背中に触れた。

 

 

 

 

『もう大丈夫だよ』

「……!!」

 

 

 女の子はリブートの方を見た。視界にはちゃんと、不器用な笑顔をしたヘルメットが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「りょーちゃん!」

「壊理ちゃん、最近はどう? 楽しくやれてるかな」

 

 

「うん! 今日もね、先生とみんなと遊んだよ」

「そっか」

 

 

 女の子は、出自こそ教えてはくれなかったが、自分のことをを壊理と名乗った。

 

 保護、とリブートに言われて私が連れていったのは、こっちに来てから定期的にお世話になっている孤児院だった。包帯の内側の傷はリブートがまるっと治していたみたいで、出会った当初の苦しそうな表情は一変して、こうしてたまに顔を出すと嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。

 

 

 

「今日はリブートさんいないの?」

 

「……今日はいないよ」

「そうなんだ……」

 

 

 この頃どっかに出かけてることが増えたと思えば、リブートは私に内緒でここに来てきたようだった。

 

 思えば、この壊理ちゃんを助けるように誘導したのもリブートである。後から問いただしても、「ナンセンスなマスク集団の監視下にいるよか全然マシだね」と意味不明な発言で話を遮られて、本当の事を打ち明けようとしない。

 

 

 

 

 そんなこんなで日々を過ごしている内に、残り数週間私には雄英の推薦受験の時期が刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『遼チャン、ふぁいとー』

 

 

 

 そうして迎えた雄英の推薦受験日当日。

 

 

 目の前にいる大勢の受験者を前に、私は一人雄英高校の正門前に立ち尽くしていた。リブートのピリピリとした場の空気には合わない程の緩い声援を背に、"雄英高等学校 推薦入学試験会場"の立て看板を見つめた。

 

 

 推薦入試は、普通の一般入試と違って数ヶ月早く執り行われる。内容は筆記、実技、面接のそれぞれ三つから成り、今年の倍率も三百倍を優に超えるほどに狭い。その中から選ばれるのはたった四名だけなんて。

 

 そう考えるだけで、大してヒーローを目指していない私でさえもなんだか変に緊張してしまうものだ。

 

 

『今までの頑張り思い出しなよ。楽勝楽勝』

 

「そうだけど……」

 

 

 問題はそこではないことを嘆く私の声は、リブートに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は俺のライヴにようこそー!!! エヴィバディセイヘイ!!!」

 

『ヨーコソー』

 

 

 

 説明会はプロヒーローである雄英の教師がしてくれるようで、沈黙に包まれた会場にはリブートだけが返事を返していた。

 

 それも今、私にしか聞こえないのだから意味は無いが。

 

 

 

「こいつァシヴィー!! 受験生のリスナー! 推薦入試の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!?」

『スゴいね遼、アレがボイスヒーローのプレゼントマイクだよ』

 

「……」

 

 

 重要な筈の説明がリブートの声にかき消されてよく聞こえない。

 

 

 

 もはや何を言ってるのかさえ分からない。今はただ、周りの受験生の猛々しい気迫と、私の薄っぺらな意思だけがこの会場にひしひしと感じられた。

 

 

「___それでは皆、良い受難を!!」

 

 

 

 

 

 

 そう言って締めくくられた試験官の言葉だけが、私の頭の中に木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いーねー、実技の方は順調そう?』

 

 

 筆記を終えた私の元へ、リブートがぴょこぴょこと寄ってきた。何も喋らないでいるままなのでさえ、おかしいとは思っていないようだ。

 

 

 

 そのまま実技に移るため、私は試験会場へと足を進めた。

 その際に、自身の両手を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちなみに実技だけど、君の普段の個性は使っちゃダメね』

 

 

 それもこれもつい先日、リブートに言われた衝撃的な制約のせいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が空っぽになったまま実技試験の会場にて、私含めた六人ずつがスタートラインに立ち並ぶ。試験は簡単。三キロマラソンで一番を取ればいいだけの話だ。

 

 それなのに、右も左も強そうな人たちばかりで気後れしそうになるのを堪えながら前を見据えた。

 

 

 

 

 

『マ、気楽にいこーよ』

 

 

 

 

 スタートの合図とほぼ同時、リブートは機械音にノイズを走らせて私にそう激励する。

 

 

 

 その瞬間、リブートが私の手をしっかりと掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさに圧倒的。

 

 

 

 

 その日、彼女と同じ受験会場にいた全員が思ったことである。

 

 受験番号07のある生徒が、スタートと同時に両側にいた受験者たちを走り出した時の旋風で圧倒したことは記憶に新しい。

 

 

 

 スタート地点の地面は蹴りの衝撃波で土ごと抉れ、待ち受ける障壁を次々に破壊。水上コースもその上を駆け抜けるが如く、誰しもが苦労するゾーンであった急すぎる崖登りまでもを物見遊山のように進んでいく。

 

 

 

 

 彼女と同じチームに分けられた受験者の中で、スタートを同時に切り出せた者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 それでもその出遅れを取り戻すべく食らいつく受験者もいれば、その時点で既に辞退を申し出る受験者もいたほどだ。

 

 

 

 

 

 実際のところ、彼女は例年のタイムをぶっちぎった新記録を打ち立ててゴールをした。

 

 推薦受験であれ、世間ではそれだけ難解と謳われる雄英高等学校の受験。実技内容の三キロマラソンを、体に傷一つ作ることなく完走した。

 

 

 

 

 

 この日のために頑張ってきた数多の受験者の心をほんの数分でへし折るほどの威力。

 その一部始終を見ていた教師陣達からも当然波紋を呼んだ。

 

 

 

 しかし、結果を振り返って見れば彼女の成績は、筆記も実技も文句なしの満点である。逆に欠点はないのか、と粗探しをさせる気すら起こさせない、面接までもをジャージ姿で終えた異端。

 

 

 面接試験官を自ら担当した雄英高等学校の校長である根津は、彼女の台詞が脳裏に焼き付いていた。

 

 

 

「絶対に受かると思って来ました」

 

「へえ、それまたどうして?」

 

 

 

 虚ろな瞳の裏に隠れた才能の原石を前に、根津は感情のくすぶりを抑えられなかった。両端に同席していた相澤と山田は、黙って目の前の少女を見つめる。

 

 根津が聞き返すと、少女はまんまと罠にかかった大人たちを笑ういたずらっ子のように瞳孔を鋭くして口角を上げた。

 

 

 

 

 

「受験番号が、ラッキーセブンだったからです」

 

 

 

 ユーモアをたっぷりと含んだ返答に、根津と山田は二人して笑い声を上げた。唯一相澤だけが、合理的とは思えない返事だとそれをつまらなそうに見ていた。

 

 

 

 今年の雄英高等学校の推薦受験。その全てを掻っ攫って行った一介の少女を、ある者は以下のように言い表した。

 

 

 

 

 

 

 ____雄英高校推薦受験に現れた厄災、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『印象良かったんじゃねーの、遼』

「でも面接の時、ずっと不機嫌そうな人いたよ」

『ありゃあ元からだね。とんだラショナリストだから』

 

 

 受験当日の帰り道。

 

 

 私は無事に制約を守りきって受験を終えた。リブートが放った『個性を使うな』という言葉は、私の真の個性である「変化」を今後誰にも悟られることなく雄英高校で生活しろとの文言でもある。

 

 思えばリブートは昔受けた個性検査でも、やたら私の個性の情報が他者の手に回るのを懸念していた。その事についてはリブート自身が詳しく話そうとはしないので私も触れることはなかった。

 

 しかし、今日の一件は別である。

 

 

 

 

 

 

 あれは何だ? 

 

 

 

 リブートに手を引かれた瞬間、全身に張り巡らされた神経が一斉にビリビリと弾けるような痺れに襲われた。

 

 今までに何度も経験して、その度に蓄積してきたリブートへの得体の知れなさが、躯の中の奥深くに停滞してドロドロと蠢いている。

 

 

 

 

 

 おぞましいとさえ感じさせる強い引力を前にして力が抜けてしまった私をゴールまで運んだのはリブートだった。今先頭を切っている自分たちなら確定で一位を取れるというのに、何故ここまでして一番に拘っているのか、私には理解が出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

『きっと私たち、一番だぜ』

 

 

 

 こういう時でもヘラヘラと笑っているリブートを見ると、私はますます分からなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遼ちゃん、これ!」

 

 

 ある日、モトコさんが何やら慌ただしく駆けてきたと思ったら、"雄英高等学校"と書かれた手紙を私に押し付けてきた。

 

 

 

 それを見て、ああと納得がいく。そういえば合格発表は今日だったか。というのも、一般入試の方が各地でも始まりつつあるさなかでの話だったので、私自身すっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 

 学校でも一般入試を受ける勝己くんと緑谷くんとはめっきり顔を合わせていないから余計に。

 

 

 

 

 ひとまずモトコさんから手紙を受け取った私は、丁重にそれの封を開ける。すると、ホログラム状になったオールマイトの姿が目の前に広がった。

 

【私が投影された!!!】

 

 

 スーツを着こなして、ご丁寧に音声までついている。

 

 

 

 

 

 

 

『お? 合格通知書ジャン。やるね〜遼』

 

 

 私がオールマイトからの合格通知を受けていると、部屋の壁を抜けてリブートがそんな言葉を呟いた。やはり合格は余裕だと踏んでいたらしい。

 

 

 リブートがあれだけ謳っていた一番も当然の話で、筆記も実技も一位通過だった私は、見事首席での合格を収めたようだ。

 

 そこには別に、嬉しいという感情も何も生まれなかった。

 

 

 

 私は、ただ決めていた。

 

 

 

 

 

 

 これから始まる高校生活。

 

 

 やるのであれば、最後までヒーロー役を演じきってやる(この世のために命を賭けてやる)と。

 

 

 

 






入試編を書くにあたって、一番最初に思いついたのがラッキーセブンの下りでした。その分サーってすげえよな、最後までユーモアたっぷりだもん
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