一ノ瀬と俺。   作:パラベラム弾

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のせさん7周年おめでとう!!!!!
あと日刊ランキング載ってました。ありがとうございます。



一ノ瀬と俺と夏祭り

午後六時。

 

八月頭のこの時期では、陽は傾けど周囲はまだまだ明るい。直射日光と照り返しがないだけ体感温度としては昼より大分涼しいので、やはり夏に出掛けるなら夕方以降に限るね。

 

そんな俺の格好はといえば、上下甚平にサンダルといういかにもなスタイル。何を隠そう、今日は隣町で夏祭りが開催される日なのである。

 

夏休みに入る前、一ノ瀬と遊びに行こうと約束をしたはいいんだけど特に予定決めてなかったんだよね。あいつの体調不良もあったし、この時期になってようやく重い腰が上がったという訳だ。……提案した時は大分ゴネてたけどな。どんだけ外出たくねぇんだよ。

 

首元を摘んでパタパタと風を送り込みつつ時計を確認。集合時間は五分くらい過ぎているが、大丈夫か? メッセに既読はついてるから寝てるってことは無さそうだが……いやまあ、あいつなら有り得そうで怖い。

 

「うぃ、お待たせー」

 

「おー、遅ぇぞ一ノ、瀬……」

 

などと失礼なことを考えていると後ろから聞き慣れた声。何の気なしに振り返ってみれば、そこにはなんと浴衣を着た一ノ瀬の姿があった。え、誰この美人。ビジュが良すぎるだろ。

 

白を基調として青い牡丹をあしらった浴衣。アクセントで散りばめられた金魚の赤が映える。普段はつけない髪留めも、浴衣に揃えた夏らしいデザインでよく似合っている。艶のある黒髪は軽く纏められ、時折見える真っ白なうなじが眩しい。

 

思わず言葉を失う程度には見惚れてしまっていた。

 

無言でガン見していると、一ノ瀬がそっぽを向いた。頬が若干赤くなっている辺り、流石に真正面から凝視されるのは恥ずかしかったらしい。

 

「…………おい、なんか言え」

 

「あ、あぁ……すまん。めっちゃ似合ってる。正直見惚れてた」

 

「ん」

 

月並みな感想ではあったが満足してくれたようだ。指先で髪をくるくると弄りながらも、口元は僅かに緩んでいた。

 

ともあれ、雑談もそこそこに最寄り駅へ向かって移動を開始。隣町までは電車で二駅程だが、俺はともかく一ノ瀬は草履なので歩く速度はゆっくりになる。出る時間早めにしといて良かった。

 

「そういえばその浴衣、わざわざ用意したのか? あんま乗り気じゃなさそうだったのに」

 

「あー……夏祭り行くって言ったら、お母さんが買ってくれた」

 

「マジか。浴衣ってそんなすぐ買えるもんなのか?」

 

「よく分かんないけど、そうなんじゃない?」

 

借りるとかじゃなくて買うって辺りに経済力の違いを感じる。俺のなんてしま〇らでニーキュッパやぞ。サンダルなんて五百円だし。

 

ちなみに、一ノ瀬と夏祭り行ってくるって言ったら母上から万札握らされた。『うるはちゃんに美味しいもの買ってあげなさい』なんてコメント付きで。俺が去年貰ったお年玉より額が多いのはどういうこったよ。

 

駅に到着してホームへ上がるが、周囲は俺たちと同じように浴衣姿の人で賑わっていた。同じように夏祭りへ向かうんだろうが、この分だとすし詰めになりそうだな。

 

「一ノ瀬、こっち」

 

「え?」

 

改札へ続く階段から人混みをかき分けかき分け、ホームの端まで移動する。こういう時は大体階段から遠い所の方が空いていて乗りやすい……のだが、この混雑具合だと焼け石に水か? 多少は少ない気もするけど。

 

やがて電車が到着したが、既に大勢の人が乗っており空席もない。うわぁ超乗りたくねぇ……でもこれ逃したら次はもっと混んでるだろうし、気合いで身体捩じ込むしかないか。会場着く前から疲れるのは嫌だけど仕方ない。

 

扉が開いて降りる人の流れが途切れるや、壁の隅っこに身体を滑り込ませるようにして空間を確保。空いたスペースに一ノ瀬を押しこんでなんとか乗車できた。上から見たら壁、一ノ瀬、俺、人人人……みたいな感じだ。

 

「ふぅ……なんとか乗れて良かったな」

 

「う、うん……」

 

車内側に背を向けて立っている都合上、必然的に俺と一ノ瀬が向き合う形になるのだが、下を向くと整い過ぎた顔面が間近に見えて心臓に悪い。

 

努めて平常心を装いつつ電車に揺られること数分。目的の駅の一つ前の駅に停車したのだが……あ、これまっずいかも。

 

俺たちの乗ってきた駅と同等か、それ以上の夏祭り客が次から次へと乗り込んでくる。人の流れに逆らえず俺達も奥の方へ奥の方へと詰めていくが、もちろん限界はある訳でして。これ以上は進めないという所まで押し流されて、それでもなお背中に感じる人の圧力。

 

だが、ここで俺が潰れては一ノ瀬まで纏めてペシャンコだ。大の大人ならまだしも、線の細い一ノ瀬がこんな圧力に耐えられるハズもない。第一、女子の前でダサい姿を見せるなんて男子のプライドが許さん。うおおお死ぬ気で踏ん張れ俺ェ!!

 

「平気か一ノ瀬……!」

 

「うちは平気だけど……河村こそ、そんな体勢で大丈夫?」

 

「大丈夫だ、問題ない(イー〇ック)」

 

いや正直しんどいんだけどそのフリやめて、反射で答えちゃうから。

 

などと油断していたのが悪かったのだろうか。カーブに差し掛かったことで車体が揺れ、後方からの圧力によって俺は前方へとバランスを崩した。転倒を防ぐため、慌てて腕を突っ張り棒の代わりにして壁に叩き付ける。あ、危ねぇ……!

 

幸いにして、一ノ瀬ごと潰れるという最悪の事態は免れることができたのだが……どうして一ノ瀬の耳が赤くなっているんだろうか。そりゃ人も多いし暑いには暑いけど、言うほど───あ。

 

改めて自分の体勢を確認してみて気が付いた。これ思いっ切り壁ドンの姿勢やんけ。勢い的には壁ダァン!!! くらいの威力だったけど。

 

身長差があるので、俺の首元辺りにちょうど一ノ瀬の顔が。吐息がかかって擽ったいのと、髪の毛から立ち上るシャンプーの良い香りがダイレクトに理性を削りにかかってくる。

 

なんとか手足を踏ん張ってスペースを広げようとしてみるが、背中に感じる重さはビクともしない。それに、後ろの人も苦しいのは同じだろうし、これ以上は押し返せない。

 

「わ、悪い一ノ瀬……ちょっと、体勢、戻せねぇかも……!」

 

「っ……へ、平気。てか喋んないで、耳、くすぐったい……!」

 

悪い、と言いかけて口を噤む。言った傍からやらかす所だった。

 

互いの息遣いが聞こえてくるほどの超至近距離。黙り込んだせいで、早鐘を打つ心臓の鼓動が妙に大きく聞こえてくる。一ノ瀬が纏う等身大の柔らかい熱が、薄い甚平の生地を通して伝わってくるような気さえした。

 

結局、次の駅で降りるまで二人して無言で電車に揺られ続けた。

 

めちゃくちゃ気まずかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……」

 

そんなこんなで会場に到着し、一ノ瀬が心做しかテンション高めの声を漏らした。俺も口には出さなかったものの、内心では概ね似たような感想を抱いていた。これは確かに「おぉ」だな。

 

小さな山の上にある神社が主体の納涼祭であるため、境内から参道までの敷地内が会場となっている。頭上に吊られた無数の提灯、焼きそばやたこ焼き、お好み焼きに唐揚げなどのフード屋台。金魚すくいや射的、くじ引きや型抜きなどの出店。祭りの終盤には打ち上げ花火もあるとのことで、規模としてはかなり大きいと言えるだろう。

 

「さて、どこから回る?」

 

「とりあえずなんか食べたい。お腹すいた」

 

お腹をさする一ノ瀬が空腹を訴える。時刻を見れば七時前。晩飯を食べていないので、確かに腹が減ってくる頃だ。四方八方から漂ってくる焦げたソースと揚げ物の匂いを前に、何も食べずにいられるほど我慢強くもお行儀良くもない。

 

「同感だ。じゃあ、焼きそばとから揚げと……ポテトもいっとくか?」

 

「うん。よろしく」

 

「よろしくじゃねぇよお前も並ぶんだよ。ほら、金渡すから焼きそば買ってこい」

 

「えぇ……めんど……」

 

どう考えても俺が三回並ぶより分担して買った方が早いだろが。あからさまに嫌そうな顔をする一ノ瀬にお札を握らせ、焼きそば屋の最後尾にくっつける。その間、俺は唐揚げとポテトの屋台を巡って無事に買い物を終えた訳だが……調理時間の問題なのか、戻ってきた時間は二人ともそう変わらなかった。

 

焼きそばって大量に作ろうと思うと意外と大変なんだよな。デカい鉄板だと火力の調整が難しいって聞くし。ほっとくとソースが焦げ付くから時間かけてらんないけど、そうすると野菜が半ナマになっちゃうとかなんとか。屋台のおっちゃんも腕がなくちゃ務まらんとは世知辛いね。

 

屋台のエリアから少し離れた所にあったベンチに移動し、ひとまず腰を落ち着ける。バッグからウェットティッシュを取り出している間に、一ノ瀬は既に焼きそばを食べ始めていた。……頼むからソース飛ばすなよ。浴衣のクリーニング代を想像するだけで肝が冷える。

 

俺も食べようかと思い、パックを取り出して箸を……あれ?

 

「……一ノ瀬、俺の分の箸は?」

 

「え? 袋の中にあるでしょ」

 

「いや、ないっぽい……な。うわマジか……」

 

おっちゃんが入れ忘れたか? 箸を貰う為だけにあの人混みに戻るのも嫌なんだが、唐揚げとポテトの爪楊枝で食えってのも流石に無理があるし。まあ仕方ないか。ため息ひとつ、立ち上がろうとした俺の眼前にずいっと割り箸が突き出された───隣の一ノ瀬から。

 

頬いっぱいに焼きそばを詰め込んでハムスターみてーになった一ノ瀬が、こっちを見ながら使用済みの割り箸を無言で突き出していた。

 

「……使えって?」

 

「(コクコク)」

 

「…………。まぁ、いいか」

 

ちょっと悩んだ末、浮かせかけた腰を下ろす。そりゃあ時短にもなるし、戻るのも面倒だったから良いには良いんだけど。だってこれ間接……に、なるじゃん。えぇ? 最近の女子高生ってこういうの気にしないもんなの? 俺が気にしすぎなだけなのか?

 

ソースで茶色くなった割り箸の先を意味もなく凝視してから、横目で一ノ瀬の様子を窺う。当の本人はというと、焼きそばを食べ終えてポテトと唐揚げにシフトしようとしていた。

 

……なんか、考えるだけ無駄な気がしてきたな。俺も気にせず食べよう。

 

わさっと焼きそばを頬張る。うーん、美味い。自分で作る飯もいいけど、お金払えばすぐに食べられる飯ってのもいいよなぁ。ポテトも唐揚げも揚げたてだし、後片付けのこと考えずに飯食えるの最高。

 

なんて思いながら食べ進めていると、ふと一ノ瀬の動きが止まっているのに気が付いた。周囲が暗いので表情までは良く見えないが……。

 

「どうした?」

 

「…………なんでもない。早く食べて、店回るよ」

 

「はいはい。ったく忙しねぇなぁ……」

 

急かされるまま焼きそばと唐揚げとポテトを胃袋に詰め込む。ウェットティッシュで口元と手を拭いて、空の容器に纏めてゴミ箱に放り投げた。はー美味かった。

 

そうして来た方向とは反対、遊べる屋台の立ち並ぶエリアをそのままぶらぶらと歩いていく。こういう屋台って見てるだけでも楽しいよなぁ。ウィンドウショッピングする女子の気持ちが今なら少しだけ分かるような気がする。遊ばなくても買わなくても、そこの空気感を味わえればそれで良し、みたいな。

 

型抜きで一喜一憂するちびっ子達に、当たるか分からんようなくじ引き。ほら見てみろ、あそこのお面屋さんなんて…………いや待てあれ石〇面じゃね?? 若干カタカタ動いてる気がするんだけど……隣にム〇ュラの仮面もあるし。シャ〇とかル〇ーシュとか、品揃えどうなってんだあの店。近寄らんとこ……

 

「なんかやりたいのあるか? ほら、金魚すく……いはやめとくか。うん」

 

「おいどういう意味だ」

 

一ノ瀬が生き物の世話? 無理だろ、自分の世話すら満足に出来ないような女だぞ。金魚は掬えても命は救えないんだ。むしろ死が確定してしまう辺り遠回しな動物虐待まである。こいつにペットはまだ早い。

 

「あ、射的あるぞ射的。アレやろうぜ」

 

「話逸らしたなお前……まぁいいけど。何賭ける?」

 

「賭けるの前提かよ」

 

「普通に遊んだっておもろくないやん。まあうちに負けるのが怖いのは分かるけどさぁ」

 

「やってやろうじゃねぇかこの野郎!!(杉谷)」

 

いちいち煽らんと気が済まねぇんかこいつ……。

 

店主のおっちゃんに二人分の料金を払い、手前の台に置かれていたおもちゃのライフルを手に取る。コルクを打ち出して的に当てるタイプのよくあるヤツだ。

 

一等から五等までの大きさに別れたターゲットのうち、倒した等賞の景品一覧から好きなものを選んで貰えるらしい。景品のラインナップも中々に豪華だ。

 

「お先にどーぞ。うち後でいいよ」

 

「余裕だなおい、吠え面かいても知らねーからな。ゲームの中の腕前が現実でも通用すると思ってんじゃねーぞ」

 

「弱い犬がよく吠えてますわ」

 

「グギッ……!」

 

ビキビキと額に青筋を浮かべながら腕まくり。こいつレスバ強すぎるだろ、無敵か? 落ち着け俺……ここで平静を乱されちゃあ一ノ瀬の思うつぼだ。さてどうする……完全勝利を狙うなら一等か? いや、ここは堅実に二等狙いでいこう。大穴狙って負けましたじゃ話にならん。

 

大体、こういう所のライフルなんて威力も精度も高が知れてるんだ。弾は五発、まず一発目で癖を掴んで残りで決める。

 

二等のターゲットに狙いを定め、引き金を引く。ポスン、と気の抜けた音と共に発射された弾は照準より右に逸れた。

 

「河村さぁん、後ろの壁はターゲットじゃないですよ?」

 

「マジで静かにしてろお前!」

 

ニヤニヤしながら横槍を入れてくる一ノ瀬を殴り返して再度深呼吸。残り四発。そのまま二発目、三発目は的に当たったが倒しきれず、四発目は外れ。しかし的はかなり傾いてきてる。ラスト一発……いける!

 

魂を込めて放った一発は的確に的の中心を叩き、コテンと後ろにひっくり返った。

 

「ッシャオラァッ!!!!」

 

思わず渾身のガッツポーズをキメる俺。ふん、まぁ本気出せばこんなもんだよな。ぱちぱちと手を叩いて「おー」なんて緩い歓声をあげる一ノ瀬。随分と余裕そうだが内心焦ってるんとちゃうんかぁ?

 

「じゃあ次はうちの番ね」

 

「余裕だな一ノ瀬さんよぉ。けど俺に勝つには一等当てるしかないんだけど大丈夫そ?」

 

これ幸いとばかりに煽り倒すが、一ノ瀬はフッとシニカルな笑みを浮かべてライフルを構えた。……なんか、構え方が様になってるっていうか、妙に銃を構える姿が似合っているというか……なんだろう、凄い嫌な予感がする。

 

ポスン、と発射音。軽い音と共に弾が命中したのは一等の的、そのど真ん中。……まさか。

 

ポスン、ポスン、ポスン、と弾を込める傍から引き金を引き、立て続けに命中させていく。しかも狙いはほとんどブレることなく、最後の一発までまったく同じ位置に着弾。いかに重さのある的も、的確に衝撃を重ねられてはひとたまりもなく。

 

「わ、ワンホールショット……」

 

いつの間にか出来ていた群衆の誰かが呟いたと同時、的がパタリと倒れる。

 

「ま、うちにかかればこんなもんよ」

 

からんからんからーん、と店主が鳴らす鐘の音をBGMに、ドヤ顔でライフルを肩に担ぐ一ノ瀬。ま、負けた? この俺が? 嘘だ……!

 

「ウゾダドンドコドーン!」

 

「なんて?」

 

「おうお二人さん、良い腕だったな。今回は彼女さんのが一枚上手だったみてぇだが……さ、景品はどれにする? 二等以上はまだ全部残ってるぜ」

 

四つん這いで崩れ落ちる俺とそれを笑う一ノ瀬に、店主のおっちゃんが景品一覧を見せてくれた。ちょっと頬を赤く染めた一ノ瀬が「……彼女じゃないです」なんて言いながら一覧を受け取り、俺も後ろから覗き込む。

 

どれどれ、二等は……こないだ出たばかりの新作ゲームソフト、コードレス掃除機、ピアスとネックレスのセットか。ちなみに一等はリゾート施設の無料招待券+優待プランのセット、同等の商品券、新発売のVRゲーム機器だった。ラインナップ凄いな、元取れてるのかこれ。

 

「一ノ瀬はどれにするんだ? やっぱVRのやつか?」

 

「んー……でもうち3Dとかあんま得意じゃなくて。酔っちゃうんだよね。えー、どれにしよう。悩むわ」

 

「まあ折角だからじっくり選びな」

 

かくいう俺もどれにしようか悩む。新作ソフトはやってみたいなーと思っていた奴だし、掃除機は母さんが買い替えたいって言ってたから丁度いいし。アクセサリー類は、俺自身使わないから除外しても良いんだけど……。

 

…………。

 

隣を見れば、形の良い顎に手を当てて悩む一ノ瀬の姿。眉根を寄せた表情は、普段よりちょっと真剣な感じがして新鮮だった。と思いきや、ぺしょっと眉を下げて情けない声をあげる。

 

「うわー……ダメだ、決められん。河村、好きなの選んでいいよ」

 

「え、俺ぇ……? 責任重いんだけど。無難に商品券とかいんじゃね?」

 

「でもうち使わないよ?」

 

「あー……なら消去法でリゾート優待券か」

 

「真夏に外出るとか嫌なんだけど」

 

「めんどくせぇなお前(本音)」

 

好きなの選べっつったの誰だよ。

 

実際、使い道を考えるなら商品券が丸いとは思うんだけどな。だいたいどこでも使えるし、使用期限もそこそこ長いし。なんならそのまま換金したって構わない訳で。なんてあれこれ考えていると、一ノ瀬から唐突に質問が飛んでくる。

 

「河村はさ、プールとか好き?」

 

「あん? そりゃあ、好きか嫌いかでいったら好きだけど」

 

「……じゃあ、さ。…………うちの水着、見たいとか……思う?」

 

反射的に一ノ瀬の方を向いた。

 

目線を下方に逸らし、赤くなった頬が屋台の灯りに照らされてはっきりと見える。指先で髪を弄るいつもの癖───照れている時の癖。俺も自分の頬に熱が集まっていくのを感じ、そっぽを向いてぼそっと答えた。

 

「…………そりゃあ、まぁ」

 

「……ふーん。…………じゃあ、これにする」

 

そう言って一ノ瀬が指差したのは、リゾート施設無料招待券+優待プランのセット。……待って、めっちゃ恥ずかしいんだけど。俺は何を言わされてるの? そりゃ一ノ瀬の水着姿なんて、見たいか見たくないかでいったら超見たいに決まってんだろ。けどそれを本人に直接言うなんてどんな羞恥プレイだよ。

 

おっちゃんから券を受け取るや、こっちに押し付けてくる一ノ瀬。その頬は変わらず赤みを帯びていて、あまり自分を語ることのない彼女の内心を何よりも雄弁に物語っていた。

 

「日時とかの諸々はお前に任せた。……うちの水着見れるんだから、そのくらいやれよなッ」

 

「……はいはい」

 

ぶっきらぼうな口調が一ノ瀬なりの照れ隠しであることは明確だった。なので俺も適当にあしらいつつ、代わりに先程店主から受け取ったばかりの小箱を一ノ瀬へと押し付けた。キョトンとした顔で小箱を受け取り、中身を確認する一ノ瀬。

 

そこには、深い青色を湛えた装飾があしらわれたピアスと同色のネックレスが収められていた。一ノ瀬が悩んでいる間に交換した、二等の景品だ。ゲームや掃除機でも良かったけど、ピアスの色が一ノ瀬に合いそうだなって思ったらこれを選んでいた。

 

「これ……」

 

「俺はピアスとか付けないし、一ノ瀬が持ってた方が良いだろ。どうせ元手はタダみたいなもんだし。まあ、デザインが気に入らなければ捨ててもらってもいいけどさ」

 

自分で選んでおいたくせして、気恥ずかしくなって照れ隠しの言葉が口をついてしまう。いつもだったら考えなくても勝手に軽口を垂れ流すくせに、こういう時にはちゃんとした言葉のひとつも言えない自分が恨めしい。

 

それでも、箱を胸元にぎゅっと抱え込んだ一ノ瀬は笑顔を浮かべる。困ったように眉を下げたいつもの笑みではなく、仄かな熱を帯びて蕩けたような、優しい笑顔。

 

「ううん───ガチで嬉しい。ありがと」

 

思わず心臓が跳ねる。

 

なんだよその顔反則だろ。なんて理不尽な怒りすら覚えてしまう程に、笑う一ノ瀬は魅力的で。この瞬間を切り取って額縁に収めれば、それだけでひと夏の思い出が埋まってしまうような。どんな褒め言葉すら陳腐に聞こえてしまうくらいの、とびきりの笑顔だった。

 

同時、胸の内を満たす温かな多幸感と締め付けられるような切なさ。一ノ瀬が笑っている姿を見るだけで、言いようのない衝動が身体を巡る。

 

今まで感じたことのないこの青い感情に名前をつけるのなら、それはきっと『ブチッ』…………ブチ?

 

俺と一ノ瀬が同時に音の発生源へ目を向ける。

 

正しくは足元───一ノ瀬が履いている草履。

 

その鼻緒が、根元から千切れてぷらぷらと揺れていた。

 

……………………、本当に、締まらねぇなオイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長いので前後編分けます。
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