一ノ瀬と俺。   作:パラベラム弾

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一ノ瀬と俺と映画

『河村ってさー、映画とか見る?』

 

夏休みも中盤に差し掛かかったとある日の夜。ボイスチャットを繋いでゲームに興じていた最中、一ノ瀬からふとそんな質問が飛んできた。幸いにしてプレイ中のゲームは協力プレイが主なのんびりとしたものなので、俺も余裕を持って会話を回すことができる。

 

「映画館行く程の映画好きって訳ではないけど、サブスクとかで配信してる奴なら結構見るかも」

 

『ふーん、じゃあうちと似たようなもんか』

 

「お前はそもそも家から出ないだろ」

 

『は? なに? 家から出るのがそんな偉い訳? 引きこもりは映画見んなってことですか!?』

 

「そんなキレんなよ……」

 

瞬間湯沸かし器もかくやというレベルのキレ芸を披露する一ノ瀬。どうどうと宥めながらもステージを進み、キリの良いところで一旦休憩。ゲーミングチェアに深く身体を沈ませて先程の会話に意識を傾ける。

 

「で、なんか面白そうな映画でもあったのか?」

 

『ん。サブスクで見れるやつだから、明日暇なら……一緒にどうかなって』

 

「いいぞ。場所は……まあ一ノ瀬ん家か」

 

今さっき引きこもりの人権を主張してた奴だ、自分の家から出なくて済むならそうするに決まってる。誰だってそうする、俺だって……時と場合によってはそうする。

 

『まだなんも言ってないやん。決め付けやめてくれる?』

 

「じゃあお前この炎天下俺ん家まで歩いて来んのかって話」

 

『…………可能性としては、無いとは言えない』

 

「『技術的には可能です』みたいな返事きたな……」

 

実質不可能じゃねぇかそれ。

 

ともあれ明日は特に予定もないし、夏休みの課題も順調に進んでいると言っていい。遊べる時間を削るほど切羽詰まっている訳でもないので、一ノ瀬オススメの映画とやらを遠慮なく楽しませて貰うとしよう。

 

『じゃ、明日ね。ついでにお昼ご飯も───あっやば』

 

ガラガラガラッ!! とマイクの向こうから凄まじい物音。俺の耳が確かなら、空のペットボトル……それも結構な量が崩れたような音だった。ちらっとカレンダーを見てみれば、最後に一ノ瀬の部屋を掃除したのは一週間とちょっと前。

 

容易く脳裏に浮かんでくる汚部屋の惨状に、俺は小さくため息をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

予定の時間よりも少し早く一ノ瀬宅に到着した俺は、流れるように部屋掃除と昼食の用意を済ませる。ちなみに今日のメニューは冷やし豆乳坦々麺。夏場に余りがちなそうめんを消費しつつ、ピリ辛のひき肉で食欲増進と満足感をプラスしたひと品だ。

 

食欲が微妙だと言っていた一ノ瀬も完食していたので出来栄えは上々といったところか。

 

「そういや今日は何見るんだ? ジャンルすら聞いてないけども」

 

「言ってなかったっけ。これよこれ」

 

流しで食器を洗いつつ、食休み中の一ノ瀬に本日の上映スケジュールを聞いてみたところ聞き覚えのあるタイトルが。ちょっと前に上映してたやつだったけど、いつの間にかサブスクに移行してたらしい。

 

「名前は知ってる。見てみたいなとは思ってたけど」

 

「でしょ。偉すぎるうちのセンスを褒めてもいいよ」

 

「はいはいつよいつよい」

 

「だるお前」

 

なんていつものレスバをしている内に洗い物も片付いたので、どデカいテレビが鎮座するリビングへ向かいソファーに腰掛ける。肌触りの良いクッション材が柔らかく身体を受け止め、程よく沈み込む弾力はそれだけで癒されてしまいそうだ。富裕層パねぇ。

 

続いてトテトテと寄ってくる一ノ瀬、その手にはジュースとお菓子の大袋。映画のお供にするらしい。パーティー開けしてローテーブルにセットし、置かれていたクッションを抱えてからソファに腰掛け……いや近いな?

 

四人くらいは余裕で座れそうなソファだというのに、隣に座った一ノ瀬と俺との距離は拳ひとつ分あるかないか。ちょっと動いたら肩が触れてしまいそうな距離感だ。夏祭りでは長時間背負ったままだったから、距離でいえばこの間のが近かったんだけども……暑さでそれどころじゃなかったし。

 

ついでに言うなら一ノ瀬の格好もだいぶ目に毒だ。外に出る気がないためか、部屋着のようなショートパンツに丈の短いキャミソール、その上に大きめのジャージをゆるっと羽織っている。なんというかまぁ、随分と肌色率の高い格好だった。こいつ、俺が男だってこと忘れてんじゃねぇか……?

 

座った拍子にふわりと広がる一ノ瀬の香り。視界の端にチラチラと映る真っ白な太ももが非常に眩しい。気を抜けば吸い寄せられそうになる視線を無理矢理前方のテレビに固定して、芽生えそうになる煩悩と格闘する。当の本人はスマホとテレビを繋いで映画のセッティングに取り掛かっており、気にする様子もない。

 

人の気持ちも知らないでよぉ……。

 

「おっけ、できた……えなんか顔険しいけど何?」

 

「何も……な゙かった……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言おう。

 

タイトル詐欺じゃねぇかこの映画。

 

最初はちょっとしたサスペンスかと思って見てたけど、中盤から明らかに流れが変わってガチのホラー映画になった。しかも無駄にクオリティが高く、日本の映画特有の後味を引くいやーなホラーだ。ストーリー自体は伏線やら色々あって面白いは面白いから、俺はまだ楽しめてるんだけど……隣の一ノ瀬がヤバい。

 

何がヤバいって、俺の右腕ガッツリ抱え込んでぷるぷる震えてる。思いっきり胸が当たってるが、それに気付かないくらいの怯えっぷりだ。デカい音が流れる度に肩を跳ねさせて、しがみつく力が強くなる。そんな怖いなら見るの辞めればいいのによ……。

 

「……大丈夫か?」

 

「…………だ、だいじょうぶ……」

 

誰がどう見ても大丈夫ではないが、意地なのか薄目を開けて視聴を続ける意志を見せた。まあ、本人がそう言っているならいいか……?

 

そうこうしているうちに物語は山場を迎える。次々と起こる怪現象、その原因と思しき場所に辿り着いた主人公。部屋に入った途端扉が勝手に閉まり、慌てる最中に背後から気味の悪い足音。覚悟を決めてゆっくりと振り返り───何も無い空間を見てほっと胸を撫で下ろす。前に向き直って『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!!』

 

「たぁぁぁぁぁああああああああいッッ!?!?!?」

 

「だああああああああ!?!?」

 

順に映画、一ノ瀬、俺である。

 

ホラーにありがちな『安心させてから刺す』手法にまんまと引っかかった一ノ瀬がヘルツのたっかい悲鳴を上げた。真横で炸裂した事件性のある叫び声に釣られて俺もかなり驚いたが、その実キャパオーバーした一ノ瀬が首元に抱き着いてきたことに対する驚きが八割を占めた叫びである。

 

俺の頭を抱えるようにしているため、当然一ノ瀬の胸が顔の右半分を直撃。あったかい! 良い匂い!! 柔らかい!!!の三拍子で理性が一気に削り取られていく。なお、細腕が良い感じに首元に極っているので意識も削られているのが現状だ。

 

「ちょ……一ノ瀬……! いったん放せ……!」

 

「無理無理無理無理! もう無理! 見るんじゃなかった絶対今日夢に出てくるぅ!」

 

ぱしぱしと腕をタップしてみるが、パニックになった一ノ瀬が気付く様子はない。顔面で感じる柔らかさと頸動脈の圧迫で、酸素を奪われた俺の意識はみるみるうちに遠のいていき───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───はっ!?」

 

覚醒した瞬間、目に映るのは知っている天井……というか、一ノ瀬の家のリビングだった。確か、一ノ瀬と一緒に映画を見てたはずだったと思うんだが。まさか寝落ちした? なんか記憶が曖昧というか、苦しさと幸せとが混ざりあったような不思議な感じなんだが……何があった?

 

テレビは既に消されており、カチコチと時計の音がリビングに小さく響いていた。時刻は最後に見た記憶からおよそ三十分が経過していて、それなりの時間意識を飛ばしていたらしい。

 

「あ、起きた」

 

わあ凄いデジャヴ。この間も似たようなシチュエーションを体験したな俺。少し違うのは一ノ瀬の声が上じゃなくて隣から聞こえてくることなんだけども。

 

「一ノ瀬……俺、どうなった? なんか記憶が曖昧で……」

 

「ビビりすぎて気絶したっぽいけど。ホラーで気絶するとか現実であんだね」

 

「なる、ほど……? どんだけエグい内容だったんだ……というか一ノ瀬は平気なのな」

 

「……まあ余裕ですよね。あんま舐めないでもろて」

 

自分としてはホラー耐性ある方だと思っていたんだけどなぁ。夏のホラー特集とか結構見ちゃうし。というか、あの導入からホラーに派生する映画って割とタイトル詐欺だろ。心臓弱いと泣くんちゃうか?

 

「あと、ついでにもう一個聞きたいんだけど…………その、近くね?」

 

映画が始まる時も割と近いなとは思ってたけど。ソファに背を預けて死んでたっぽい俺の右半身と一ノ瀬の左半身は既にゼロ距離。なんなら右腕は一ノ瀬の左腕に巻き込まれている。当の本人は涼しい顔してスマホ弄ってるけど、変な勘違いをしてしまいそうになるから過度なスキンシップは控えていただきたい。

 

「別に、普通でしょ」

 

「そうかなぁ……」

 

普通、普通ってなんだっけ。

 

まあいい、こういうのは深く考えたらダメだ。きっと理不尽なレスバでタコ負けにされるのは目に見えてる。俺としても嫌という訳ではないし、役得だと思えば良い。……それはそれとして、トイレ行きたくなってきたな。

 

お手洗いへ向かおうと、ソファから腰を浮かせた直後に右腕がぐんっと引っ張られる。中途半端な姿勢で外力をかけられてしまえば抗える訳もなく、座っていた位置へ逆戻り。何事かと思って下手人の方を見てみれば、妙に焦った様子の一ノ瀬の姿が。

 

「ど、どこ行くの?」

 

「いや、トイレだけど……」

 

だから腕放してくれな、という言外のメッセージを送ってからもう一度ソファから立ち上がる。今度は引っ張られることもなくスムーズに立ち上がる事ができた───何故か隣の一ノ瀬も一緒に。

 

巻き込まれた腕はそのままに、俺の動きに合わせて立ち上がった一ノ瀬。なにか用事があるのかと思って数秒様子を窺うも、一ノ瀬がどこかへ向かう様子も右腕が解放される気配もなし。……うーん?

 

試しにその場でもう一度ソファに腰掛けてみる。一ノ瀬も同様にソファに座った。

 

更にもう一度ソファから立ち上がってみる。一ノ瀬もやっぱり立ち上がった。

 

なお、この間俺の右腕は一切自由が効かないものとする。

 

「…………あの、一ノ瀬さん?」

 

「なに?」

 

「トイレ行きたいから、手を放してくれないかなーと」

 

「うちが居るとなんか問題ある?」

 

「どう見ても問題しかねぇだろ」

 

真顔で何を言っているんだこいつ。

 

というか、さっきからなんとなく思ってはいたけど。

 

「……一ノ瀬お前、もしかしてビ「は? 別にビビってないんですけど?」食い気味やめてね」

 

語るに落ちるとはまさにこの事。そんな勢いで否定したら肯定してるのと同じなんだわ。……しかし意外だな、一ノ瀬がホラー苦手だったとは。まあ一口にホラーと言ってもジャパニーズホラーやゴシックホラー、コズミックホラー等ジャンルは色々あるから一概には言えないけども。

 

今回はたまたま肌に合わなかったという可能性もあるが、怖がっている一ノ瀬なんて中々見られないからレアではある。言ったらものっそい否定してくるだろうから黙ってるけど。いや、そんなことしてる場合じゃなくてトイレ行きたいんだってば。

 

押し問答をしていても拉致があかないので、呪いの装備と化した一ノ瀬を右腕に装備したままちょこちょこと歩いてお手洗いへ向かう。教会行ったら外れたりしねぇかな一ノ瀬(これ)

 

しかしまあ、日も高いうえ他人も居るような状態でこのビビりっぷり。夜になって一人になったらどうするんだろうか。そんなことを考えていると、ちょっとした悪戯心が胸に芽生えてきた。……まぁ、ちょっとくらい驚かしてみてもええやろ。

 

廊下に出てもひっついたままの一ノ瀬。さっきから部屋の扉を見たり後ろを気にしたりと落ち着かない。そんな一ノ瀬が一息ついて油断した所に、

 

「───わっ」

 

「っひゃあん何っ!?!?!?」

 

軽く驚かしたら想定以上のリアクションが返ってきた。

 

かわいい悲鳴と共に全身をこれでもかというくらい密着させて、周囲を見渡して異常がないか確認している。不安げに下がった眉と揺れる瞳に、嗜虐心よりも罪悪感が大きくなってくる。ここは素直にゲロって謝ることにした。

 

「わ、悪い。そんな驚くとは思わなくて……」

 

「……っ! ッ!!」

 

「はっはっは。クッソ痛ぇ」

 

元凶が俺だと理解するや否や、鋭いローキックが飛んできた。しかもふくらはぎを狙ったカーフキックなので中々の殺意である。今回は俺が悪いのであんまり強くは言えないけども、人体は案外すぐ壊れるので加減はして欲しい。

 

一通り当たり散らして気が済んだのか、それとも怖さは消えないのか。右腕こそ解放されたものの、いつぞやと同じようにシャツの裾をちょんと摘む一ノ瀬。正直めちゃくちゃ可愛いんだけど、いい加減に俺の尿意も限界が近いので勘弁して欲しい。

 

そんな想いを込めて一ノ瀬を見詰めてみる。不機嫌そうに寄せられた眉と、いつもより三割増で鋭い視線が返ってきた。さっきまでのビビり散らかした姿とのギャップで風邪ひきそう。

 

「…………なんだよ」

 

「一ノ瀬も怖がる時はしっかり女の子なんだなって。……あ、ごめん。ごめんって一ノ瀬謝るからグーはやめてグーは……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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