文化祭、二日目。
一般公開日となっている今日は、外部からも大勢の人が来るので輪をかけて忙しくなることが予想される。特に、部活ブースでのパフォーマンスや有志の舞台などは今日しか見られないので混雑具合も相当なものになるだろう。
回る時も順序を考えて動かないとな、と頭の中でなんとなくの動線を組んでいく。一ノ瀬の意見も聞いてから調整するので、あくまで大雑把にだが。
とまあ、そんなことを頭の片隅で考えながら手際よく薄焼き卵をひっくり返して塩コショウを振っていく。
昨日の反省を活かし、急遽シフトを組み替えて人員に余裕をもたせて挑んだのが幸を奏したのか。忙しいには忙しいが、人手が足りなくてどうにもならないという最悪の事態は回避できている。初日に売れ行きの良かったホットサンド系の具材の配置調整、調理時の手順なんかも見直せるところは見直してみた。
なにせ今日は午後から一ノ瀬と文化祭を回るのだ。イレギュラーが起きてお流れ、なんて事態は絶対に避けなくてはならない。付け加えて言うならそれも前哨戦であり、本命は後夜祭の直前。
───そこで、俺は一ノ瀬に告白する。
俺の人生十六年と半年、初めて体験する異性への告白とかいう一大イベント。正直、朝起きてから変な緊張感がずうっと付き纏っていて胃が痛い。こうやって何か作業をしていないと頭がおかしくなりそうだ。高校入試当日だってここまで緊張しなかったぞ多分。
世の中の付き合ってる奴らってのは、こんなイベントをこなした上でイチャイチャしてたんだな……そりゃ念願叶って彼氏彼女になれた日にゃ反動で浮かれポンチになってしまうのも分かる気がする。
あーダメだ、まっっったく作業に集中できん。
一ノ瀬でも眺めて落ち着こう。
受付に座って次々と注文を聞いては手元のメモ用紙に書き込んで、ホール担当の生徒へ渡していく一ノ瀬。一旦客の流れが途切れたところでふぅっと息を吐き、大きく背伸び。ついでに首もぐるりと回して───あ、目ぇ合った。
一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに呆れたような表情に変わって頬杖をつかれてしまった。うーん、仕事中に何してんだと言わんばかりの塩対応。
しかし、すぐにきょろきょろと視線だけで小さく周囲を見渡すと、誰にも見られていないことを確認してから机の下で控えめに手を振ってくれた……ん? あれは口パクで何か言ってるのか?えーっと……『が』、『ん』、『ば』、『れ』───『頑張れ』。
っ……やべぇ、俄然やる気出てきた。
返事の代わりに力こぶ(ない)を作って見せてやれば、ふっといつものニヒルな笑みを浮かべてから今度こそ仕事に戻る一ノ瀬。
午前中のシフト終わりまであと一時間、一ノ瀬の応援という特大バフを貰った俺にもう死角など存在しない。今なら相撲取りの団体が来たって捌き切れる自信があるね。こんなしあわせな気持ちで料理するなんて、はじめて。もう何も怖くない───!
この後めちゃくちゃサンドイッチ作った。
◇◆◇
そんなこんなで無事にシフトを終えた俺は、一ノ瀬と連れ立ってようやっと外に繰り出した。
終了まで三時間、まぁ回れるとして全体の半分くらいか? 飯は歩きながら食えば良いし、最初に一ノ瀬の回りたいところ聞いてみるか。
「気になる所あればそっから回るけど、なんかあるか?」
「ん? んー……」
パンフを広げてやれば、隣から覗き込んだ一ノ瀬が悩ましい声をあげた。というか、そもそも演し物とか興味あるんだろうか。
ブースは俺たち二年の模擬店エリア、一年のレクリエーションエリア、三年のプレイルームエリアと、部活棟での体験会と体育館での有志パフォーマンスだ。個人的には三年のプレイルームと部活体験が楽しそうだなとは思うが、はてさて。
しばらくパンフとにらみ合いをしていた一ノ瀬だが、やがて諦めたように肩を竦めた。
「決めらんないし、河村が行きたい所でいいよ」
「そうか? なら……最初は部活体験からかな」
「おっけー」
一見どうでも良さそうな態度に見えてしまうかもしれないが、これが一ノ瀬の通常運転だ。興味がないわけじゃないないけど、自分一人であれこれ決めるのも面倒。誰かがいるならそっちの意見に合わせた方が楽だしそれなりに楽しめる……一ノ瀬検定一級の俺ならこのくらいを読み取るのは朝飯前である。
そもそも本当に興味がなくてどうでもいいなら大人しく教室でダラダラしてるし。少なくとも、俺と文化祭を回るのが一ノ瀬にとって『楽しいこと』にカテゴライズされているようで、それだけでも嬉しい限りだ。
そんな内心が表情に出ていたのか、俺を見て怪訝そうな顔をする一ノ瀬。
「……何ニヤニヤしてんの?」
「いやぁ、一ノ瀬と回れて嬉しいなと」
「っ……、そういうこと言うのやめろお前」
「なんでよ、本心なんだけど」
「なんでって…………は、恥ずいから……」
視線を逸らしながらそんなことを口にする一ノ瀬。くっ、なんて可愛さだ。この可愛さはそのうちガンにも効くようになるぞ。
ともあれまずは腹ごしらえということで、他クラスの模擬店に足を運んでみる。サンドイッチと3組の焼き鳥は昨日食べたけど、美味いもんはなんぼ食べても美味いからね。あとは1組のパンケーキ、4組のカクテル風ドリンクも購入すれば晴れて全種制覇だ。
「一ノ瀬は食うか? パンケーキ」
「あー……うち、甘いのあんまり好きじゃなくて」
「え、そうなん? 知らんかった、女子ってみんな甘いものが主食なんかと思ってたわ」
「流石に偏見だろ。てかうちの食生活はお前が一番知ってると思うんだけど?」
「それはそう」
割と好き嫌いの多い一ノ瀬に合わせて弁当作るのも楽じゃないが、それがキッカケで普段は作らないような料理に手を出す機会も増えたのでプラマイで言えばギリプラス。……まぁニンジン嫌いっていっても、細かく刻んでハンバーグとかに混ぜてやれば気付かず食べてるんだけど。
やり口が完全に野菜嫌いの子供にバレないよう食わせるオカンのソレなんだよな。こんなデカくて綺麗な娘を持った覚えはないが、世の中のママ達は頑張ってると思うよ本当に。
結局、一ノ瀬はミックスサンドと焼き鳥、俺はそれに加えてパンケーキとタピオカミルクティーを購入。部室棟に向かう道すがら、零さないように気をつけて次々と胃袋へ放り込んでいく。パンケーキは冷凍ベリーとホイップでデコられていて見た目も綺麗、タピオカの方は……まあ午〇の紅茶だな、うん。
食べるスピードは俺の方が早くても、流石に量の違いがあるので一ノ瀬の方が先に食べ終わった。ゴミをまとめてビニール袋に放り込んでから、俺が手に持っているドリンクをじっと見つめる一ノ瀬。
「それ、結構甘い?」
「ほぼ午〇ティー」
「あー……まぁいいや、喉乾いたからちょっと頂戴」
「ん」
飲み口を差し出してやれば、躊躇いなくズゴゴッと吸い上げられた。……今更感が凄いけど、割と距離感バグってんな俺達。一応まだ付き合ってはないけど、ぶっちゃけお互いなんとなーく察してるところあるしな……
というか、さっきみたいにストレートに言葉で伝えると照れるのに
ミルクティーだけを先に飲み込んだ一ノ瀬は、口に残ったタピオカをもにもにと噛んでいる。ごくんと飲み込んでから、なお口内に残っているのだろう甘さに僅かに眉を顰めた。
「あっまい」
「そりゃそうだろ……さて、腹も膨れたことだし、そろそろ行きますか」
「あ、先にトイレだけ行ってきていい?」
「ほいよ。じゃこの辺で待ってるわ」
一ノ瀬から受け取ったゴミをまとめてゴミ箱へ捨て、邪魔にならないよう廊下の隅に移動してから壁にもたれて小休憩。ただ、こーいう時のトイレは混むからな……女子なら尚更だろう。食休みにしてはちょうどいい時間かもしれないけど。
なんてことを考えながら、スマホを弄って適当に時間を潰していると。
「あっ! ねぇねぇ、もしかしてキミ、昨日模擬店でライブキッチンやってた子?」
聞き慣れない声だった。
音の出どころが俺の真正面であったことと、言葉の中にほぼ100%俺を指すワードが入っていたことで無視することもできず。
顔を上げてみれば、そこには実にギャルギャルしい(造語:ギャルっぽいものや人を指して使う)女子二人組。つけまつげにカラコン、化粧もバッチリでいかにもクラスカースト最上位です、みたいな感じだ。見慣れない顔だったが、上履きの色を見ると3年生で得心がいった。
「あー、はい。それっぽいことはしてました」
「やっぱり? アレまじでカッコよかったよー! 料理系男子ってカンジで!」
「ね。あーしら料理部なんだけどさー、イマイチ人来なくて暇してたんよー。この後『
「……あ、すみません。人を待ってるので……」
普通に面白そうなもん作るのやめてくれ、返事しかけちゃったよ。ていうか今から作り始めるのか、最低でも三時間はかかる……あ、いや後夜祭用ってことなら丁度いい……じゃなくて。
「えー、だれだれ? カノジョ? 可愛い顔してんのにやるねー!」
「それとも友達? ならお友達もついでにどう? あーしらといっしょに料理の楽しさを広めよー? 幸せはお腹いっぱいご飯を食べるところからだよー?」
やんわりと断ったが、そんなのは意に介さず更なる勧誘をかけてくる先輩達。お、押しが強い……! ギャルハンパねぇ……!ていうかひとりだけ熱量が凄いな、料理で世界変えようとしてる?
というよりこれはなんなんだ、ナンパって言っていいのか? 内容だけ聞いたらただの部活勧誘というか、調理要員としてスカウトされてるだけのような───
「お待たせ……なにやってんの?」
どうしたもんかと困っていると、聞き慣れた声が響いた。振り向く先輩たちと、ようやく来たかと安堵する俺。視線の先には、呆れたような顔をした一ノ瀬が気怠そうに立っていた。
まず俺を見て、二人の先輩を見て、それだけで事態を把握したらしく。先輩達の間をすり抜けて俺の隣まで来ると、そのままするりと俺の腕を取る。驚く間もなく、一ノ瀬はしっかりと先輩達を見据えて口を開いた。
「こいつ、うちの彼氏なので」
かあっ、と。
頬に熱が集まり、全身の毛穴がぶわっと開くのが分かった。う、わ……うわうわうわ……ッ! なんだこれ、めっちゃめちゃ恥ずかしいのと嬉しいのとで心臓がうるせぇ!!ドキドキとかじゃなくてもうドドドドドドドドってジョ〇ョみたいになってるって!
そんな一ノ瀬の言葉を聞いた先輩達は一瞬きょとんとしていたが、やがて顔を見合わせてくすくすと笑う。バカにしているというよりは、なにか微笑ましいものを見るような笑い方だった。
「あははっ、そっかそっか! それじゃーアタシらはおじゃま虫だね! 馬に蹴られないうちに退散退散っと! りお、行くよ!」
「ちょー、待ってよゆきー。あ、ちなみに料理部はいつでも入部歓迎だから、よろしくねー」
そう言い残して、ギャルギャルしい先輩達はどこかへ行ってしまった。残されたのは一ノ瀬の『彼氏宣言』に心臓を穿たれて動けなくなった俺と、そんな俺の腕を両手で抱き締める一ノ瀬。
先に再起動したのは一ノ瀬だった。ぱっと腕を放し、やれやれと言わんばかりにため息を吐く。
「はぁ……仕事増やさんでって言ったやん。サクッと断って……え何、どしたの」
あまりの恥ずかしさに顔を直視できない俺と、それを見たらしい一ノ瀬の怪訝そうな声。
「いや…………その、彼氏って……」
「…………ガチで照れんのやめろ。こっちまで恥ずかしくなる」
「……へへっ」
「ニヤつくのやめて? 普通にキモいから」
「わ、悪い…………へへっ」
「あーもう言うんじゃなかった!! くそくそくそくそミスっっったわマジでぇーッ!!」
◇◆◇
ところ変わって部室棟。
『ゲーム同好会』と書かれた表札を掲げる一室にて、デスクトップPCの前に座る一ノ瀬と隣で見守る俺である。
体験の内容はゲーム内で部長さんと
男だらけの部室に現れた、一ノ瀬というある意味での異物。ゲーム女子という物珍しさと、一ノ瀬の美貌に惹かれて多くのギャラリーがベガ立ちしながら勝負の行方を見守っている。
普段使用しているデバイスとは使い勝手が異なるそれらに合わせ、感度やDPIを微調整していく一ノ瀬。その視線は真剣そのもので、纏う雰囲気も冷たく鋭く研ぎ澄まされていく。例えランクマッチでなくても、やる以上は手を抜かないという一ノ瀬の気概が感じられる。
「ふぅ……よし。いつでもいいですよ」
調整が済んだのか、ヘッドセットを装着した一ノ瀬が勝負開始を促す。それを聞いた反対側に座るゲーム部部長、彼が操作するキャラがグレネードを高く放り投げた。数秒の滞空時間を経て、落下してきたグレネードが地面に衝突し───爆発。
同時、マウスが弾かれたようにパッドの上を滑る。細い指先が滑らかにキーを叩き、それに合わせて画面に映る景色が目まぐるしく変化する。激しく揺れ動く視界の中で、しっかりと相手を捉え続ける一ノ瀬。壁を登り、遮蔽を使い、ジャンプとスライディングを組み合わせて相手の狙いを散らす。
別ゲーかと思う程のキャラクターコントロールと吸い付くようなトラッキングに、ギャラリーからどよめきが起こる。実戦ならここでアビリティや回復アイテム等の読み合いが入るが、これは純粋な撃ち合いのフィジカル勝負。
度重なるショルダーピークによるフェイントで無駄撃ちを誘い、いよいよ相手のマガジンが尽きる。リロードタイミングに合わせて飛び出した一ノ瀬は、勢いそのままスライディングで相手が隠れていた遮蔽に滑り込んだ。
流れるようにエイムを合わせ、発砲。無論相手も棒立ちでやられる訳もなく、小刻みな左右移動で少しでも被弾を減らそうと足掻く。辛うじて相手のリロードが終わり、右方向へスライディング。しかし一ノ瀬はそれを予期していたのか、切り返しのタイミングに合わせた完璧なトラッキングで残弾を全て叩き込む。
ドシュッという鈍い音と共に、相手キャラがダウン。
時間にして三十秒にも満たない濃密な攻防。一ノ瀬のヘルスも半分ほど削られてはいるが、それでも文句なしの勝利だった。
瞬間、爆発のような歓声が四方から炸裂した。ヘッドセットの遮音性すら貫通して鼓膜を叩いたそれに、一ノ瀬の肩がびくっと跳ねた。何事かと視線で説明を求めてくる一ノ瀬に、笑って説明してやる。
「みんな、お前のプレイングに夢中だったんだよ。ゲームでこんなに人を楽しませるなんて、やっぱすげぇな一ノ瀬」
「いやあ、まさか学校内で僕より強いプレイヤーが居るとは思わなかったよ。自惚れていたつもりはなかったんだけど、灯台もと暗しって奴かな。それにしても、本当に素晴らしい腕前だった」
向かいのデスクの部長さんから、賞賛の言葉が送られてきた。部長さんの動きも決して悪かった訳ではなく、むしろ俺レベルのプレイヤーなら完封できる程度の実力者だろう。ただ今回は、勝利の女神が一ノ瀬に微笑んだというところか。
「……で、今まで負け無しだった僕に勝ったってことで、ゲーム同好会の部長になれる権利があるんだけど、どう?」
「え? あ、いや……そういうのは、いいです」
「だろうね。あ、ちなみに景品は1000円分の図書券だから、忘れずに貰って帰ってね」
それを聞いて一瞬だけ『うわ微妙』みたいな顔した一ノ瀬だったが、すぐに普段通りの表情に戻る。恐ろしく早い失望、俺でなきゃ見逃しちゃうね。せめて顔に出ないようにしなさいよ。
そんな俺達の無言のやり取りに気付いているのかいないのか、立ち上がった部長さんは讃えるように両手を一ノ瀬へと向けた。
「それでは皆、新しく我が校のチャンピオンとなった彼女に大きな拍手を!」
決して広くない部室に響く喝采。ギャラリーも、部長さんも、ついでに俺もパチパチと手を叩いて一ノ瀬の勝利を讃える。
本人としては、一戦ゲームをプレイしただけでこうまで持ち上げられるのが気恥しかったのか。ちょっとだけ頬を赤くしながら指先で横髪をくるくると弄んでいたが、やがてギャラリーに向けて控え目に手を振ってみせた。
今日イチの歓声が爆発した。