「───うわぁぁぁん皆元気でねぇええ! また遊び行こうね、絶対だよ! あ、なんならこの後お花見とか行っちゃう!?」
「いや行かんて。花見るだけの何がおもろい?」
「辛辣で草。のせのそういう所、あたしは好きだよ〜」
「ぐぇ。ちょ、重いんですけど……」
「河村はなんだっけ、栄養士? の学校行くんだよな?」
「おう。前から興味はあったし、何より要介護者がいるからな」
「これが去年は『一ノ瀬とはそういうんじゃない』とか言ってた奴の姿か? 愛の力ってスゲーな」
「うるせえ。趣味と実益兼ねてんだこっちは」
冬の気配を色濃く残す冷たい風が頬を撫でる。
暦の上では春と呼べる時期だが、桜の蕾も綻ばない程度にはまだまだ寒さを感じる三月初め。幸運にも天気に恵まれた快晴の空のもと、生徒達が思い思いのメンバーで集まってだらだらと喋っていた。
日当たりの良い段差に屯する俺、田中、山本の三人と、俺の隣に座る一ノ瀬、そこへ後ろから抱き着いてる鈴木、さっきからわんわん泣いている佐藤。いわゆる『いつメン』というやつだ。
式典をつつがなく終え、担任(三十三歳独身、最近彼女が出来たらしい)の涙ちょちょ切れる話で締め括られた、三年間の高校生活。格好こそいつも通りの制服だが、胸元の造花と卒業証書を収めた筒が非日常を演出している。
寂しさや悲しい気持ちがないと言えば嘘になるが、これが今生の別れと言う訳でもない。現代ならいつでも声を聞けるし顔だって見られる。ただ、それぞれの道が別れるというだけの話だ。
「それにしてものせ、大学じゃ河村居ないけど大丈夫そ? 朝ひとりで起きれる〜?」
「うちの事なんだと思ってんの?」
「えー……? ……女児?」
「正解大卒。やるじゃん鈴木」
「へへ〜。伊達にのせの保護者やってないからね〜」
「お前らマジでぶん殴るぞ」
散々な言われ様に、一ノ瀬は憮然とした表情を浮かべる。ただ悲しいかな、先の発言を否定できる材料はないので女児扱いも致し方なし。
よーしよし良い子だね〜、と佐藤に頭を撫でられている一ノ瀬。
ウルフカットだった髪もセミロングと呼べる程度に伸びて、去年よりもっと魅力的になった。少女のあどけなさと女性の魅力が絶妙に組み合わさり、外見と中身のギャップで倍プッシュ。
美少女成分より美人成分が強まってきたお陰か、今年のバレンタインなんて後輩女子からのチョコレートの数がとんでもない事になってたからな。
後輩からの好意と致死量のチョコとの天秤で頭を抱えていた一ノ瀬は記憶に新しい。甘いものがそんなに得意ではないコイツからしたら、真綿で首を絞められているようなもんだったろう。
本人は特別何かを意識している訳ではないんだろうけど、ただ一ノ瀬らしく振る舞っているだけで人を惹きつける魅力があるというか。放っておけなくて、ついつい世話を焼きたくなってしまうというか。
俺もそうだし、何かと世話を焼いている鈴木も似たような所に惹かれたんだろう。もちろん全員が全員という訳にはいかないが、それでも誰かに愛されるというのはある種の才能でもある。
「うるはちゃんは将来どんなお仕事したいとかあるの? それとも大学で探してく感じ?」
「確かに一ノ瀬さんの夢は気になるな。俺聞いたことねぇや」
「あー…………まあ、ないこともない、けど」
消極的に肯定しつつも言い淀む一ノ瀬。世間一般的にはまだまだ馴染みのないものであるが故に話しにくいのか、それとも単純に恥ずかしいのか。
いつかの夜に聞かされたことのある俺からしてみれば、胸を張って堂々と言えば良いのにとは思ってしまうが。
困ったように眉尻を下げた一ノ瀬は、やがて助けを求めるように俺に視線を向けてきた。いや俺にどうしろと。言っていいなら全然言うけど、そうじゃないから迷ってんじゃないのか。
「む。その反応、河村は知ってるんだな?」
「さて、なんのことか分からないな。それより最後なんだし記念写真撮ろうぜ記念写真」
「あー露骨に話題逸らした! うるはちゃん独占禁止法違反だ! 情報の占有は法律によって禁止されているー! 全て開示しろー!」
「一ノ瀬さん本人のプライバシーはねぇんだ……」
「普通のスマホカメラとかセンスな〜い、カメラアプリ使わんとダメっしょ〜。あたしの使っていいから河村のは没収〜。ほんでのせは河村とくっついてほらほら〜」
「ん……」
華奢な肩に腕を回し、軽く引き寄せる。抵抗することなく腕の中に収まった一ノ瀬の体温を感じながら、斜め上に翳したスマホの画角を調整する。
一番手前で締まりのない笑顔を浮かべている俺、後ろで両手を広げてポーズを取る目立ちたがりな田中、それを上手く避けながら無表情でダブルピースをキメる山本、ウィンクしながらギャルピースする佐藤、画角から外れないよう
そして、皆に囲まれて小さくはにかむ一ノ瀬。
「みんな入ったな? じゃ、撮るぞ───」
「───あれからもう四年かぁ」
スマホの写真フォルダ、その中の『高校』というアルバムを見返していた俺の第一声である。
バッテリーの持ちが悪くなってきたのでスマホの買い替えを検討しており、データ整理でもしようかと思って写真フォルダを開いてみたら随分懐かしいものを見つけて、という流れだった。
ちょっとだけ感傷に浸ってから、ソファに寝転がって動画配信のサイトを開く。お気に入りの欄に並ぶチャンネルのアイコン一覧から、『配信中』と表記されている見慣れた顔をタップ。
一瞬のロードを挟んでから映し出されたのは、世界的な人気を誇るバトロワ系FPSのゲーム画面。それを邪魔しないような位置、画面右端のワイプに見知った顔が映っていた。
艶のある黒い長髪に、涼やかな青いメッシュ。長い睫毛に縁取られた紫水晶のような瞳。整った顔立ちとやや低めの声から受ける怜悧な印象に反し、自由奔放な振る舞いと時折見せる可愛さのギャップで多くのリスナーの心を掴んで離さない。
チャンネル名『一ノ瀬うるは』、活動名も『一ノ瀬うるは』。なんの捻りも飾り気もないが、それが彼女の気質を表しているようで妙に馴染んでいる。
高校を卒業すると同時に配信活動を始めた一ノ瀬。最初は趣味の延長程度のもので頻度もそこまでだったが、なんと事務所から声がかかって正式に企業配信者としてデビュー。
『
大学卒業後は本腰を入れて配信活動に取り組むようになり、今では界隈でもそこそこ名の知れた動画配信者として頑張っている。
多少の年齢差はあれど、所属している事務所も同年代の子達が大半らしく居心地が良いんだとか。プライバシーや守秘義務もあるので詳しい話はあまり聞かないようにしているが、一ノ瀬が楽しそうにしているのなら俺としても嬉しい限りだ。
意識を配信に戻してみれば、試合もいよいよ大詰めと言うところ。一時的に拠点としていた建物から次の建物へと移動を開始するようだ。
PTメンバーのよく通る声が響き、
『ここの建物行くよっ! うるはさん、ピンのとこにモク投げて!』
『うん。いくよー……あっ』
「あっ」
見ている俺も思わず声が漏れた。
一ノ瀬が操作するキャラが、スモークグレネードを構えて投げた───と思いきや、握っていたのは普通のフラググレネード。しかも、遮蔽ギリギリから投げたせいで狙った位置に飛ぶどころか跳ね返ってきて足元に転がる始末。
直後、キルログに自グレでダウンした一ノ瀬の名前がでかでかと表示され、次いで凄まじい威力の台パンが炸裂した。
視聴者から『除夜の鐘』なんて呼ばれる所以たる重低音が響き、カメラが大きく揺れた。
『ふざっ───けんなマジでぇっ!!』
『ねぇちょっとうるはさぁんwww』
『ちょお何やってんのっ!? ああああヤバいヤバい敵来てる、来てるってぇ!!』
キレる一ノ瀬、爆笑するPTメンバー、爆発音とキルログに気付いて寄ってくる敵、加速するカオス!
優勢かと思われた試合は、一ノ瀬のとんでもプレイによって一気に崩壊。人数有利を取られ、四方から蜂の巣にされて呆気なく全滅した。……まあ、ゲームの内容としてはしょうもないが、配信の撮れ高としては最高だったな。
コメント欄も怒涛の勢いで流れており『そのタイミングで自グレは草』『そんなことある???』『笑いの神に愛されてる』『うるぱんち頂きました』等々、概ね好意的なコメントが寄せられているようだ。
チャンピオン目前でのどんでん返し(悪い意味)だったが、当の本人達はケラケラと笑っており無事に配信ネタとして昇華したようだ。そのままPTを解散し、それぞれの配信に戻って締めの挨拶に。
『───という訳で、今日も配信見てくれてありがとうございました。この後はー……お腹すいたしご飯食べます。じゃあね、ばいばーい。ノシ〜』
チャンネル恒例の挨拶と共に、配信が終了。俺もコメント欄に『ノシ』とだけ入力して配信を閉じた。そのままSNSを開いて適当に流し見していると、廊下の奥で扉が開く音と、ぺたぺたとフローリングを歩く足音。
やがてリビングの扉が開き、姿を見せたのはつい先程まで画面の中で大立ち回りを演じていた一ノ瀬だった。
ソファで寛いでいる俺を見つけるや、そのまま胸元へ顔を埋めるようにして上に乗っかってくる。シャンプーと一ノ瀬の香りが混じって鼻腔をくすぐる。
高校の時から少しだけ身長が伸び、スタイルもより女性らしくなった。それでもふとした時に見せる言動はあの頃と何も変わっておらず、等身大の一ノ瀬を感じられて安心する。
ずり落ちないように片腕を背に回し、労いの意も込めてぽんぽんと軽く叩く。
「お疲れさん。最後の試合は惜しかったな」
「ん……」
そのまま顔を伏せていた一ノ瀬だったが、俺の対応がご不満だったようで。俺の胸板をデスク代わりにうるぱんち(弱)を連発してきた。言葉じゃなくて行動で示すのは良いことだと思うぞ、文字通りの肉体言語じゃなければ。
無言の催促に圧し負けて、もう片方の腕まで使ってしっかりと抱きすくめた。まだ少し肌寒さが残る春先の夜、互いの体温を分け合うように身体を寄せ合う。
密着した胸板に、と、と、と───と伝わる優しい拍動。自分のものとは異なるリズムを刻むそれは穏やかで、彼女がリラックスできている証左でもあった。
配信でゲームをしている時は頼り甲斐のある一ノ瀬が、俺の前ではこんなに気の緩んだ姿を見せてくれている。
そう思うと、なんとも言えない優越感が胸中に湧き出てしまう。思わず緩みそうになる口元を引き締めて、気を紛らわせるため艶のある黒髪に軽く手櫛を通した。普段の手入れの甲斐あって、少しの引っかかりもなくさらりと指の間を流れていく。
ウルフだったりショートだったりと色々なヘアアレンジを見てきたが、最近は美容院行くのも面倒なようで。乾かす側も中々大変なんだが、女の命といわれる髪の毛の手入れを一任されているのは信頼の証とも取れて悪い気はしない。
「飯、どうする? すぐ食べるか?」
「んー……もうちょっと、このままで」
「はいよ」
一緒に暮らすようになってから、こうして一ノ瀬が甘えてくる頻度が増えたように思う。
やはり配信活動をしているとストレスが溜まるのか。はたまた、日中は俺が仕事で居ないのでその分の埋め合わせという意味での、一ノ瀬なりの愛情表現なのか。個人的には後者だと少し───否、ものすごく嬉しいんだけど。
世間一般のカップルがどうだかは知らないが、俺としては一ノ瀬が幸せに生活する手助けが出来ているのなら、それだけで俺も幸せなんだよね。
「なあ、一ノ瀬。今、幸せか?」
唐突な俺の問い掛けに、一ノ瀬がのそりと顔をあげる。至近距離で紫水晶の瞳と視線がかち合った。
「……どうしたの、急に」
「いや、満足度調査。今の生活、あなたは満足していますか? って奴」
「なにそれ。……でもまあ、そうだね。ゲームが好きなだけできて、好きな時間に寝て起きて、美味しいご飯がいつでも食べられて、部屋もずっと綺麗で……」
あれこれ挙げながら指折り数えていたが、思いつかなくなったのか数秒視線をさ迷わせて。
やがてその細い指先で俺の鼻先をちょん、と突っついて、笑った。
普段の配信で見せるようなシニカルな笑みではなく、眉尻を下げて目を細める、蕩けるような優しい微笑み。
「なにより、
一ノ瀬と俺
完
以下あとがき
この度は本作をご愛読頂きありがとうございました。
続きが読みたい! のせさん可愛い! 等等、頂いたコメントや感想には全て目を通しております。執筆中のモチベーション維持として大変励みになりました。重ねてお礼申し上げます。
正直、連載開始当初はまさかこんなに好評をいただけるとは思っていませんでした。ハーメルンではぶいすぽのssは少ないですし、オリ主ものは結構賛否別れますし。ぶいすぽやのせさんが皆さんに好かれているからこその人気なんだなぁと嬉しく思いました。
「のせさんと甘酸っぱい青春してぇな……」という作者の存在しない記憶から生まれた本作ですが、他メンバーの恋愛ものもこんな感じで書いていきたいなぁと思う所存です。プロットやネタはあれこれ練ってるんですが、一作品完結まで持っていこうとするとめちゃめちゃ時間が掛かるので、とりあえずは短編として投げておいて、そこから別作品として派生させていくような形にしようかと考えています。
ここまで作者の自分語りにお付き合い頂きありがとうございました。またどこかで名前を見かけたら、是非拙作を覗きに来てくださいませ。