一ノ瀬と俺。   作:パラベラム弾

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一ノ瀬と俺と試験勉強

時が経つのは早いもので、暖かかった春の陽気は段々と湿気た空気に代わってきていた。

 

雨粒に覆われた窓から眺める景色は白く烟り、使い物にならなくなったグラウンドの代わりに屋内トレーニングをする部活動の掛け声が、廊下の奥から響いてくる。

 

こういった静かな時間は嫌いじゃない。もちろん友達と集まって馬鹿騒ぎするのも楽しいが、喧騒から切り離された空間でしか味わうことの出来ない空気というものもある。何か作業に打ち込みたい時であれば、尚更に。

 

教科書に目を走らせ、マーカーで下線を引いた部分の単語と前後の文章を、脳内で反芻しながらノートへと転写する。シャーペンが紙を引っ掻く音と、時折ページを捲る乾いた音が雨音に混じって溶けていく。

 

再来週に控えた中間試験に向け、俺は黙々と勉強を進めていた。

 

うちの学校は学期ごとに中間・期末試験があり、そこでの成績を元にして補講や補習が組まれる。赤点があればその教科の数だけ夏季休暇などの日数が削られていくため、生徒達は自由な休みの為に必死になって試験対策を行う訳だ。

 

教室でやる、自宅でのんびりやる、ファミレスで集まるなど、勉強のスタイルは色々あると思うが、俺は静かな方が作業に集中できるタイプの人間だ。家でも出来ないことはないが、ゲームに手が伸びないとも限らない。取り組む環境の設定も勉強するのには大切だ。

 

放課後の図書室には他の生徒達の姿もちらほら見えるが、皆一様に机に齧り付いて教科書やノートと睨み合っている。まあここにいるのは勉強しにきてる奴ばかりなので当然といえば当然なのだが。

 

そうして再度ノートに目を落とすと同時に、胸ポケットのスマホがヴヴッと震えた。タイミング的にもなんとなくやる気を削がれ、ため息と共に取り出して通知を確認してみると一ノ瀬から『この後暇? ニル君と遊びたいんだけど』とLIN〇が飛んできていた。自由人がよ……

 

『勉強してるからまだ学校』

 

『教室いないじゃん。何処にいんの?』

 

『図書室』

 

既読はついたが返信が無くなった。……まさかとは思うが、あいつこっち来るつもりじゃねぇだろうな。

 

三分後、図書室の扉が開いて一ノ瀬が姿を見せた。きょろきょろと周囲を見渡した後、俺を見付けると近寄ってきて対面に腰を下ろした。いや座んなよ。

 

「……まだ勉強してくから当分は帰らねーぞ」

 

「別にいいよ、うち寝てるから」

 

周囲の迷惑にならないようボリュームを落として声をかければ、返ってきたのはなんともまあやる気のない宣言。勉強してる奴らばっかりの中で寝れるのは神経図太いってレベルじゃねぇだろ。

 

「余裕だなおい。勉強しなくて良いのか?」

 

「理解できてるものを態々見直す意味なくね? 分からなくても直前に詰め込めばいいやん」

 

「さては頭良いなオメー」

 

それで何とかなるのは元々教養が備わってる奴の言い分なんだよ。

 

俺が世の中の不平等さに涙していると、一ノ瀬は自分の腕を枕にして机に突っ伏した。息苦しいのか顔だけは斜めにした状態だ。マジで寝る体勢に入りやがった。

 

「終わったら起こして。置いてったら二度と外歩けなくするから」

 

「JKが使う脅し文句じゃねぇよ……」

 

物理的社会的問わず怖ぇよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

図書室の閉館を告げるチャイムが唐突に耳朶を打った。

 

雨音や雑音が気にならない程に集中していたのだろうか。五感が拾う情報が一気に増えたような気さえする。長時間の同一姿勢で凝り固まった首を回せば、コキコキと小気味よい音が響いた。本当はあまりやらない方がいいらしいと何処かの本で見かけたが、この首の重さを放置した方が健康に悪い気がする。

 

取り留めもない思考を垂れ流しつつ、筆箱をバッグに放り込んで教科書とノートをまとめて突っ込んだ。さて帰るか、と立ち上がろうとした所で思い出すのは眼前に突っ伏して惰眠を貪る一ノ瀬の存在。

 

先程のチャイムにも反応しないあたり、しっかりと熟睡しているらしい。人が勉強してる横で堂々と寝られるのはある意味才能なんだろうが、こんなんで俺より頭良いとか信じられねぇ……というか、ちょっとムカつく。

 

ささくれ立ったしょーもない反抗心に従い、間抜けな寝顔でも写真に収めてやろうとスマホ片手にそっと席を立った。カメラを起動し、一ノ瀬が顔を向けている方へ回り込む。さてどんなツラしてるのかな、と画面を覗き込む。

 

…………改めて見ると、こいつ顔が良いな???

 

睫毛は長いし鼻筋は通ってるし、肌はキレイだし唇ツヤツヤだし。神様がキャラクリ本気出したらこんな感じになるのかもしれない。起きてる時はあんまり喋らないってのもあって、無愛想……は違うか。なんだっけ、ダウナー系? の美人って感じだが、こうして見れば顔は幼げな感じもする。

 

「ぅ、ん……?」

 

「ファヒョッ」

 

変な声が出た。

 

隣でモゾモゾやってる気配を感じたのか、一ノ瀬が小さく欠伸をしながら起き上がる。俺はといえば、同級生の女子の寝顔を勝手に撮影(未遂)するという社会的にバレたら死ぬであろう行動を今更ながら認識してガチ焦りしていた。突き破らんばかりの勢いでスマホをポケットに突っ込んで隠蔽を図る。

 

そんな俺の動揺なぞつゆ知らず、時計を見た一ノ瀬は慌てて立ち上がった。

 

「は? もう6時じゃん! お前いつまで勉強してんの!? ニル君と遊ぶ時間ないんだけど!」

 

「俺はちゃんと勉強してくって言ったし、勝手に寝てたのは一ノ瀬だからな。なんなら今日ニルと遊ぶってのも承諾した覚えはねーぞ」

 

「……チッ。なんで勉強なんかしてんだよ」

 

「学生の本分果たして罵倒されるってマジ?」

 

はぁ……、とクソデカため息をかましながらスマホをぽちぽち弄る一ノ瀬。あんまり虐めるなら河村くん大声で泣き叫んだってええんやで? ワ、ワァ……!!ってやるぞ。そこ、可愛くはないとか言うな。

 

「……めんどいけどしゃーないか。河村」

 

「あん?」

 

「明日、うちが勉強見るから。学校終わったらお前ん家行くわ」

 

「ワ、ワァ……!!」

 

「え、きも」

 

「泣くぞコラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

宣言通り、学校が終わったと同時に一ノ瀬に拉致られた俺は自宅のリビングでノートと教科書を開いていた。すぐ横のソファでは制服姿の一ノ瀬が我が家の愛猫ニルと戯れている。今までも何度か触りに来たことはあったが、玄関先でちょろっと撫でる程度だったのでこうして家に上げるのは初めての事だ。

 

人懐っこいニルは既に一ノ瀬を受け入れていて、膝の上でされるがままに撫で回されている。

 

正直、あまり集中できていなかった。

 

我が家のリビングに家族以外の誰かがいるという状況に慣れていなさすぎて落ち着かない、というのがひとつ。それが出会ってひと月程度の女子、というのでふたつ。住み慣れた我が家のはずなのに、まるで他人の家にいるかのように妙な居心地の悪さを感じていた。

 

そんな俺の内心を知ってか知らずか、緩い笑みでニルを撫でていた一ノ瀬が怪訝な表情を浮かべてこちらを覗き込む。先程から1ページ程しか埋まっていないノートを見て、次いで俺の顔を見た。

 

「全然進んでなくね?」

 

「ん、あぁいや……なんつーか、行き詰まって」

 

「ふーん……」

 

流石に、馬鹿正直に『集中できません』等とは言えないし言わない。もちろん一人の方が集中できることに間違いはないのだが、それを理由に一ノ瀬を追い出すのもなにか違う気がする。

 

相反してモヤつく感情を持て余していると、ソファに座っていた一ノ瀬がニルを膝から退ける。そのままするりと床へ座り込み、机にもたれ掛かるようにしてポジションを取った。さらりと流れ落ちた黒髪を耳にかけ、目線はノートへ落としたままで小さく言葉を紡ぐ。

 

「うちのせいで集中できてないんでしょ。言った通り、勉強はちゃんと見るよ。……ほら、次の問題やって」

 

「…………おう」

 

言われて手を動かすが、一ノ瀬との距離が近くなったせいで今度は別の意味で集中できなくなった。艶やかな黒髪から立ち上るシャンプーの清涼な香りが鼻腔を擽る。

 

「……そこ違う。ひとつ前の問題と構成は同じ。テストなんて基本と応用の繰り返しだから、難しいことはしなくていいよ」

 

「ん……あー、これか。助かる」

 

「ん」

 

問題を解いてノートに写し、時々一ノ瀬が助言と指摘を挟んではまた問題を解く。散々構い倒されていたのが急に相手をされなくなって寂しいのか、ニルが一ノ瀬の膝元に潜り込んでも真面目に俺の勉強を見てくれていた。

 

最初こそ気が散っていた俺も、ちゃんと教える側の責務を果たそうとしている一ノ瀬の姿に感化されて徐々に気分は落ち着いていた。なんならトータルで見れば昨日よりも捗ったと言えるだろう。

 

そうして、二時間程度机に向かい続けて。

 

「……ふぅ。まあ、今日はこんなもんか……」

 

とりあえずの一区切りが着いたところで、集中力の限界を感じた俺はペンを置いて大きく息をついた。途中で休憩(猫吸い)を挟んだとはいえ、頭を使い続ければ流石に疲労が勝る。頬杖を着いて見守っていた一ノ瀬も、そのまま腕をぺたりと倒して机と一体化した。

 

「お疲れさん。正直かなり助かったわ」

 

「……ん」

 

「なんか飲むか? 麦茶かりんごジュースくらいしかないけど」

 

「エナドリ」

 

「話聞けよ。ジュースでいいか?」

 

「うい……」

 

お互いに体力を消耗しているせいか、いつものレスバにやや活気がないのも気の所為ではないだろう。溶け始めている一ノ瀬にりんごジュースを提供した後、今日は解散ということでそのままマンションまで送り届ける。

 

既に雨は上がっており、雨上がり独特の匂いが鼻についた。

 

「今日はありがとうな。一ノ瀬が良ければ、また頼んでもいいか?」

 

「えぇ……」

 

「露骨に嫌そうな顔すんなよ……嫌なら断ってくれていいけど」

 

「……まあ、考えとく」

 

少しだけ考える素振りを見せた一ノ瀬は、そう言い残してエントランスの向こうへ消えていった。しばらく後ろ姿をボケっと見守っていたが、とりあえず晩飯の準備をするために帰路へつく。

 

途中、コンビニに寄ってエナドリを三本買った。

 

 

 

 

 

 

 

 




のせさんはやる気出したら超勉強できそう
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