一ノ瀬と俺。   作:パラベラム弾

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一ノ瀬と俺と部屋掃除

一学期の中間試験が終わり、どこか緊張感が漂っていた校内の空気も普段通り……と呼ぶには少しばかりの緩みを感じさせる。うちの学校は全科目の答案用紙の返却と模範解答の解説を午前中でいっぺんに行い、昼には下校という中々に剛毅なスケジュールとなっている。

 

担任から答案用紙をまとめて受け取り、ざっと見る限りは赤点はナシ。軒並み平均点以上は取れているだろう。苦手だった理系科目も、隣の席で爆睡をかましている優秀な家庭教師(一ノ瀬)のおかげでなんとかなった。

 

「よお河村。テストどうだったよ」

 

「ご覧の通り赤点回避。この調子で油断しなければ期末も何とかなるだろ。……で、田中は?」

 

「そこで死んでる」

 

山本にビッと示された方を見てみれば、床に倒れ伏す野球部の田中。周囲に散らばった答案用紙には、気の所為でなければ一桁の数字がデカデカと記されている。あの様子だと夏休みはマイナス十日ってところだろう。勉強しとけ、ぶっ飛ばされんうちにな。

 

「そういえば、午後どうする? 暇ならカラオケでも行くか?」

 

「あー……悪い、今日は予定あんだよ。また今度な」

 

「そうか? なら仕方ないな」

 

消し炭(ヤ〇チャ)になっているクラスメイトに憐憫の視線を送っていると、山本からそんな提案。普段だったら一も二もなく頷いているところだったが、生憎と今日は先約が入っているのである。すまん、と手刀を切れば、軽く肩を竦めた山本はヒラヒラと手を振って席へ戻っていった。

 

そうして、配られた模範解答と睨み合いながら誤採点や点数の計算ミス等が無いか確認していく。現代文や古典ならゴリ押しで意訳できなくもないが、数学や世界史、日本史等の答えが決まり切っている科目に関してはゴネた所で点数の変動はまぁ無い。

 

それでも教科担当に直談判しに行って、あえなく玉砕する生徒もちらほら居る。その熱意をせめてテスト前に費やせよと思わなくもないが。

 

やがて十二時のチャイムが鳴り、担任の軽いHRを聞き流して下校時刻となった。待ってましたと言わんばかりに下校ダッシュを決める生徒、連れ立って午後の予定を話し合う生徒、FXで有り金全部溶かしたみたいな顔してフリーズしてる生徒、机に突っ伏して惰眠を貪っている生徒。

 

その中で一番最後に該当する隣の一ノ瀬はといえば、チャイムも意に介さず穏やかな寝息を立てていた。相変わらず寝付きが宜しいことで。

 

「おーい、そろそろ帰る時間ですよ一ノ瀬さんや」

 

「……、ん……あと五分……」

 

「いや寝んな。起きろ」

 

声を掛け、一瞬覚醒したものの二度寝に突入しようとする一ノ瀬。しばらくもぞもぞとしていたが、やがて観念したのかゆっくりと体を起こしてあくびをひとつ。寝起きにも関わらず整い過ぎている顔面には感嘆すら覚えるが、今日は俺の予定がこいつに握られているので動いてもらわないと困るのだ。

 

「ふわ、ぁ……。んー……じゃ、とりあえず───家行こっか」

 

そう、俺は今日、一ノ瀬の家にお邪魔することになっていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

事の起こりはテスト前日に遡る。

 

俺の家に上がり込んで猫と戯れる代わり、一ノ瀬には家庭教師の真似事をしてもらっていた。もちろん毎日ではなく、一ノ瀬の気が向いた時になので精々が三回くらいだったような気はする。ともあれ世話になったのは間違いないのだから、何かお礼をしたいと提案をした。

 

最初は一ノ瀬も断ろうとしていたのだが、ふと何かを考えるようにじっくりと部屋の中を見渡すこと暫し。

 

「……河村ってさ、掃除とか得意?」

 

「得意、というか。家事全般は普段からやってるから、まあ掃除も苦手ではねーけど」

 

「ふーん……じゃあさ、今度うちの部屋掃除してくんない?」

 

「おー、そのくらいなら───いや待てお前今なんつった?」

 

「や、だからうちの部屋掃除してって」

 

「…………マジで?」

 

だってお前、一ノ瀬の部屋を掃除するってことは……一ノ瀬の部屋を掃除するということだ(混乱)。つまり、俺の人生十六年と少しの間一度も縁のなかった女子の家に上がるというイベントが起こるということになる。

 

予想外の衝撃にフリーズしていると、その沈黙を否と受け取ったのか一ノ瀬の視線がギュッと鋭くなった。

 

「何、嫌なの? てめぇさんが言い出しっぺですよね?」

 

「そういう訳じゃ……なんつーかほら、男子を家に上げるの嫌、とかないのか?」

 

「別に。見られて困るものないし、何かしたら社会的に殺すから」

 

「だからなんで解決策が毎回殺す前提なんだよ。怖ぇよ」

 

死が急速に迫ってくる瞬間が一番生を実感するってか? やかましいわ。生憎と俺の日常生活にそんなスリルは求めてない。いや、そもそも同級生の男子に部屋の掃除を頼む女子高生とか聞いた事ねーぞ。

 

「まあ一ノ瀬がいいならいいか。ちなみに聞くけど、そんなに部屋散らかってんのか?」

 

「んー……多少? 自分でやってもいいんだけど、面倒臭いじゃん」

 

「さいですか……分かった、やるわ。テスト返却日、そのまま寄ってく感じで良いか?」

 

「じゃあそれで」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

以上、回想終わり。

 

誰に向けたのか分からない脳内劇場が終わると同時、一ノ瀬の住むマンションへ到着。何度観ても馬鹿みたいな高さである。壺に入ったオッサンとか登らせたらちょうどいいんじゃねーかな。

 

エントランスを通り過ぎてエレベーターホールへ。エントランスまでは見送りで来たこともあるが、そこから先は住んでる人しか入れないっぽいのでこれがお初だ。

 

一ノ瀬がバッグから取り出したカードキーをリーダーに当て、更に暗証番号を打ち込んでいく。まじまじ見るのもどうかと思い、一応視線を逸らしておいた。

 

「ここから先はカードキー無いと通れないから。勝手にどっか行ったら閉じ込められるよ」

 

「俺そんな好奇心旺盛に見られてんの?」

 

「男子ってそんなもんじゃないの?」

 

主語(当たり判定)デカいなオイ」

 

いつもの軽口を叩きつつエレベーターへ。そのまま増えていく階層表示をボケっと眺めて…………いやどんだけ上がるんだこれ。耳キーンてしてきたんだけど。外出する度にこうなるの大変じゃないか? それとも案外慣れるもんなのか……?

 

エレベーターを降りて広い廊下を抜け、しばらく歩いたところで一ノ瀬が立ち止まる。視線を向ければ、重厚な文字で『一ノ瀬』と書かれた表札。もしかしなくても、というか分かってた事だがいい所のお嬢様なんだなぁこいつ。

 

カードキー当てて暗証番号入れて、更に物理ロックまで解除してようやく玄関に入れるという厳重なセキュリティ。まあ昨今物騒だし、このくらいあった方が安心ではあるんだろう。

 

「あがっていいよ」

 

「お邪魔します。親御さんは?」

 

「二人共仕事。帰りは遅いし気にしないで」

 

そう答えた一ノ瀬の声色はいつも通りだったが、僅かに見えた横顔からは少しだけ寂しそうな雰囲気が漂っていたのは俺の気のせいだろうか。他所様の家庭事情をあれやこれやと訊ねるのも不躾だろうし、掘り下げたりはしないが。

 

しっかしまあ家の中も広いこと広いこと。リビングだけで俺ん家の1階が全部収まるんじゃないか? 日当たりも景色も最高だし、インテリアもなんか凄い高そう(小並感)。幾らぐらいするんだろうな……。

 

「ここがうちの部屋。うちが綺麗になったと判断するまでしっかり片付けて貰うからね」

 

「おー、どんだけ散らかってるのか知らんが三十分で終わらしてやるわ」

 

一ノ瀬が扉を開けてくれたので、一言断ってから中に入ると───そこに広がっていたのは、紛うことなきゴミ屋敷だった。思わず後ろを向いて、綺麗なリビングや廊下があるのを確認してからもう一度前に視線を戻す。目に映る景色は変わらず、瘴気すら渦巻いていそうなお部屋───否、汚部屋。

 

「きっっっっったねぇ!!!」

 

「まあちょっと散らかってる部屋見せるのも……恥ずかしいんだけどさ」

 

「ちょっと? ちょっとって言ったか? その『ちょっと』は恥ずかしいことに対しての枕詞であって、間違っても散らかってることに対してのものじゃないよな?? そもそもそこに恥じらいを覚えるくらいなら人が生きるのに適さないレベルの惨状を作り上げた己を恥じてくれ頼むからァ!!!」

 

床に散らばったコンビニの袋、空の弁当箱、開封済みのダンボール。化粧品?の小瓶やチューブ、中途半端に残ったペットボトルに丸まったティッシュ。脱ぎ散らかした部屋着、タオル等が散乱しており床が見えない有様だ。極め付けは中身の入ったカップ麺の容器。気の所為じゃなければ油分が固まって汁の上に膜が出来上がっている。何日前から放置されているのか不明な劇物が、部屋のローテーブルに鎮座していた。

 

「一ノ瀬」

 

「なに? あ、ゴミ袋は用意しといたからね」

 

「一ノ瀬」

 

「分別とかはー……気にしなくてもいいんじゃない? 燃えるゴミで出せば全部燃えるでしょ多分」

 

「一ノ瀬」

 

「……なんですか」

 

「正座」

 

「……はい」

 

この後めちゃめちゃお説教した。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「───よし。こんなもんで良いだろ……!」

 

一ノ瀬の部屋という名の腐海を掃除すること約二時間。特大サイズのゴミ袋の口を縛り上げた俺は、額に流れる汗を拭って大きく息を吐いた。文字通り足の踏み場もなかった床が姿を見せ、マトリョーシカの如く重なった段ボールも全て潰してある。

 

流石に脱いだ洋服なんかは一ノ瀬に拾わせた。フツーに下着とか出てきてたし。何が「見られて恥ずかしいものないから」だ。本人は顔真っ赤にしてたけど、俺の方は呆れが勝って何も思わんかった。あんなもん最早ただの洗濯物である。

 

「うぅ……あしいたい……おなかすいた……」

 

「反省しろお前は。そんでこまめに部屋片付けろ」

 

部屋の主はというと、ベッドの上で『私は部屋の掃除をサボりました』と殴り書きした段ボールを両手で抱えて正座している。というかさせた。掃除するのは構わないが、それはそれとしてこの惨状を作った責任を取ってもらおうということだ。フローリングの上じゃないだけマシだと思え。

 

時計を見れば既に午後三時になろうかというところ。昼飯も食わずに何やってんだ俺は。流石に今日はコンビニでいいか。

 

ともかく、これで試験勉強の借りは返せただろう。

 

「うし、じゃあ今日はこれで帰るわ。スマンがエントランスまで頼む」

 

「……むり」

 

「は?」

 

部屋から出て玄関へ向かおうとしたところ、一ノ瀬から否の返事。何事かと思って振り向けば、儚い笑顔を浮かべて正座する一ノ瀬がベッドの上でぷるぷる震えていた。

 

「あし、しびれてたてない」

 

「………………、」

 

「あと、おなかすいてうごけない」

 

その時の俺の気持ちを言葉に表すとしたら何とすれば良いのか。

 

一ノ瀬うるはという人間が、色んな意味で貧弱なのだと心の底から思い知った日であると同時に。

 

最新鋭のシステムキッチンを使って作った昼飯のパスタがかなりの出来栄えだったことを記しておく。

 

 

 

 

 

 

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