まだまだ暑さは続く毎日だが、一学期も残すところあと一週間となった。懸念だった期末試験も、中間試験で追い込んだ甲斐があり余裕を持ってクリアすることができた。
これで夏休みの日数は最大限確保。今から何をしようか楽しみで仕方がない。惰眠を貪るもよし、趣味に没頭するもよし、はたまたちょっと遠出してみるのも良いだろう。社会経験として短期のバイトに手を出すのなんかも面白そうだ。あー、夢が広がる。
などと思いを馳せながらのそのそ歩いていると、一ノ瀬のマンションに到着。スマホを取りだしていつものように電話をかける。さーて、今日は何分で出るかな。俺の予想では四十秒って所か。
モーニングコールを鳴らしながらも、手持ち無沙汰になってしまったことで勝手に思考が回り始める。思い出すのは先週の出来事だ。
夏風邪を拗らせた俺の所へお見舞いに来てくれた一ノ瀬。学校のプリントと、気を利かせて買ってきてくれた見舞いの品。ここまでは良いが問題はその後、彼女が発した言葉。
『───お前がいなきゃ、学校なんて全然楽しくない』
言葉通りに受け取るのであれば、一ノ瀬から俺に対する評価は少なくともマイナスではない。嫌いな奴に対してあんなことは言わない……と、思う。イジメたり弄り倒してる相手として、愉悦的な意味での楽しさだったら怖いんだけども……あいつに限ってそれはないだろ。
とはいえ、俺だって健全な男子高校生。女子にそう言われて嬉しくない訳がない。一ノ瀬のような美人なら尚更だ。ビジュアルならうちの学校で五指に入るレベルだと思う。最近は登校頻度が増えたことによってクラスメイト以外の生徒の目につく機会も増え、特に一年の女子から結構好意的な反応が上がっている様子だ。
わざわざ二年生の教室まで見に来る程の熱狂的ファンはまだ現れていないため、クラスの奴ら以外には一ノ瀬のダウナー気質はそこまでバレていない。移動教室や登下校、昼休みなどで見かけたらそりゃまあ『クールでカッコいい先輩』ってイメージがつくのも頷けるだろう……中身はさておき。
話を戻すが、実際に一ノ瀬が俺のことをどう思っているのか、気にならないと言えば嘘になる。かと言って『一ノ瀬お前、俺のこと好き?』なんて聞けるかっつーの。どんなナルシストだよ、やぁばすぎだろ。
『……ぉはよぉー……』
「っ……!?」
などと考えていると、電話口から聞こえてきた一ノ瀬の声に思わず心臓が跳ねた。
寝起きの一ノ瀬は、声が少し高くなり呂律も回ってないため聞いた感じがとても幼くなる。大抵『あぃ』だの『うゅ』だの呻き声が大半なのだが、ちゃんと『おはよう』って言ってくれたのこれが初めてかもしれん。にしても、破壊力すっごいなおい……。
あんなふにゃっふにゃな声を耳から流し込まれてみろ。
飛ぶぞ。
「……おう、おはようさん」
『ふぁ……きょうのお弁当、なに……?』
「鶏モモの照り焼き。後はきんぴらと卵焼きとミニトマト」
『んー……きんぴら……にんじん……』
「入ってるわ、当たり前だろ。好き嫌いせずに食え」
『うゅ……』
若干不服そうな鳴き声を残し、一ノ瀬は登校の準備に取り掛かった。
……まぁ、こんな調子じゃ色恋どころの話じゃないか。そもそもあいつ自身そういうの興味無さそうだしなぁ。便利な家政婦、良いとこ暇潰しの相手くらいの認識だろ。俺も結構楽しんでるからいいんだけど。
一ノ瀬との関係がこの家政婦じみた働きを通した上で成り立っている以上、それが無くなってしまえば今後どうなるかは分からない。下手にこちらから踏み込んで今の関係を壊すくらいなら、居心地の良い状態を維持するだけでもいいんじゃないか、とも思ってしまう。
なんとはなしに見上げた夏の空は、抜けるくらいの青。
青といえば一ノ瀬だなぁ、なんて惚けた感想が浮かんでくるくらいには、俺の中で彼女の存在が大きくなっているらしかった。
◇◆◇
「───で、どうなんだよ」
昼休み。
野郎三人で机を囲って昼飯を突っついている最中、出し抜けに田中が声をあげた。いや、聞きたい事が何一つ分からんのだが。
「何がだよ。主語をつけろ主語を」
「だから、一ノ瀬さんとの関係だよ。なにか進展あったのか?」
「それは俺も気になるところだな。河村さえ良ければ是非聞きたい」
「山本まで言うかよ……だからいつも言ってんだろ。一ノ瀬とはそういうのじゃねーって」
田中はともかく、真面目な山本までが話に乗っかってくるとは思わなかった。しかし、何を聞かれようとも俺の答えはいつも同じ。実際、恋愛沙汰に進展しそうな気配は今のところないしな。たまにゲームしたりするのと飯作るのと朝起こすのと看病イベントがあったくらいで……いやそう思うと意外とあったな。
面倒なことになりそうだから言わないけど。
「かーッ。クラス一の美少女侍らせておいて浮いた話のひとつもないとか枯れてんだろお前。ほんとに男子高校生か?」
「話しかけただけで玉砕した敗北者は黙ってろよ」
「ハァ、ハァ……敗北者……!?」
「乗るな田中。座れ」
なんてバカ話に興じつつ、ちらりと視線を滑らせる。俺達が座る机とは対角線のスペース。クラスの女子に誘われて一緒に弁当を食べている一ノ瀬の姿。何を話しているかまでは声量の問題で聞き取れないが、表情を見るに退屈はしていないようだ。
進級直後はやや遠巻きに見られていた節もあったが、登校するようになってからは割と仲良くやれているらしい。聞いた話だとなんかパンダみたいな扱いされてるっぽいけど。やっぱ珍獣じゃねぇか。
「───わーっ、うるはちゃんのお弁当すっごい美味しそうだねぇ!」
ふと、喧騒の中でも耳に届いた声に俺は思わず動きを止めた。誰が言ったかは分からないが、その言葉を皮切りに周囲の女子たちが一斉に弁当箱を覗きにかかる。当の本人は急に注目を集めて若干居心地悪そうにしていたが。
「鶏の照り焼きに卵焼きと……きんぴらごぼうにミニトマト。なんか、『The・お弁当』って感じで良いねー!」
「あ、うん。ありがと」
「うるはちゃんのお母さんお料理上手なんだぁ。購買組からしたらちょっと羨ましいなぁ」
「や、これ作ったのお母さんじゃなくて……」
「えっ!? お母さんじゃないの!? まさか自分で作ってるの!? やば、天才じゃん!」
「あー……その、なんていうか、まぁ……うん……」
なんか雲行きが怪しくなってきたな。つーかなんで流されてんだよ、そこはお母さんに作ってもらったことにしとけよ。自分から波風立てに行ってどうすんねん。
あーあー知らねーぞ、なんて他人事のように思いながら俺は卵焼きを一切れ頬張る。うーん、我ながら絶妙な塩加減と焼き加減。甘い卵焼きも嫌いではないが、弁当のおかずにするならやっぱり塩っぱい卵焼きだな。
もっきゅもっきゅと食べていると、田中がじーっと俺の弁当箱を覗き込んでいるのに気が付いた。
「あんだよ。おかずはやらねーぞ」
「いや……お前の弁当、一ノ瀬さんの弁当とラインナップが一緒だなって」
「んごっほ」
むせた。
中身一緒なのは当たり前だ、一ノ瀬の弁当は俺が作ってるんだし。けどまさか他人の弁当の中身をじっくり見る奴が居るとは思わないだろ! しかも同じタイミングで! さっき「(進展)ないです」って言った手前、弁当作って持たせてるなんてどう説明すりゃいいんだ!?
……いや待てよ、別にやましい事をしている訳でもないんだし、バレたところでダメージはない……のか? 強いて言えば一ノ瀬のダメ人間っぷりが露呈するくらいだ。かといって、大声で周囲にひけらかしたいっていう訳でもないし。できれば隠しておきたかったな、なんて考えてしまうのは何故だろう。
あれこれ考えているうちに、無駄にデカい田中の声を聞きつけた女子グループがこれまたデッカい声で、残酷に真実を告げる。
「ええっ!? それってもしかして───うるはちゃんが河村くんのお弁当作ってあげてるって、コト!?」
………………。
そ……ッッ そう来たかァ〜〜ッッッ(烈〇王)
そりゃそうだ、普通は逆だもんな。恋する乙女が意中の彼を射止めるために朝早くから頑張ってお弁当を作ってあげる、っていうのが少女漫画なら王道だもんな。
けどね、そのお弁当作ってるの男だし何なら卵焼き以外は昨日の夜に作ったものなの。ついでに受け取る側の女の子は男の子が弁当作ってる時にはまだ寝てました。沢山寝られて偉いね♡ さっさと起きろ。
「じ、実は、河村がどうしてもうちの料理食べてみたいって……」
「きゃーっ! ねえ聞いた聞いた!?」
「河村あああああ!! お前一ノ瀬さんの手料理を独り占めだと!? 絶対☆裏切りヌルヌル!!」
存在しない記憶混入したな??
お前こないだ温泉卵作ってみる〜とか言って生卵レンチンしてキッチン破壊しかけてただろ。ギリギリで止めさせたから良かったけど、俺居なかったら親御さんブチ切れ案件だぞ。そのレベルの家事スキルで弁当作りなど片腹痛い。
カップ麺にお湯注ぐことを料理とは呼ばねぇんだわ。
「あと、毎日うちが電話で起こしてあげてる」
「きゃーーーーっ!! もうこれ熱愛じゃない!?」
「河村あああああああああああ!!!! もう〇すしかなくなっちゃったよオイ!!」
カスの嘘やめろ。
しかもちょっと満更でもなさそうな顔してんじゃねーぞ。そこは否定しとけ、思わせぶりな態度すんな。勘違いするだろ色んな意味で。
平和だった昼休みは一瞬で阿鼻叫喚の渦にぶち込まれた。一ノ瀬は女子に囲まれて詰められてるし、俺は野郎共に囲まれて詰められてるし。
この後めちゃくちゃ誤解を解いた。
◇◆◇
夜。
「───で、昼の件について言い訳を聞こうか」
『むしゃむしゃしてやった。美味しかった』
「やかましいわ」
弁当の感想の方は聞いてないんですけど? でもにんじんちゃんと食べられたから次は餃子入れといてやる。ニンニク控えめキャベツとネギたっぷりで女性も安心の野菜餃子。
ゲーム内でAIMをあっためつつ、ボイスチャットで一ノ瀬を問い詰めたところ上記の返答があった。反省する気ねぇなコイツ……。
「あんなこと言えば騒ぎになるのは目に見えてたろうに。お前なら適当言ってやり過ごせただろ」
『んー……言わせとけばよくない? うち別に気にしないよ』
「…………まぁ、お前がいいなら、いいけどさぁ……」
その『気にしない』はどっちなんだよ。単純に周りの言葉なんて気にしないってことなのか、あれこれ邪推されても構わないってことなのか。あーくそ、ダメだ。最近はどうもそっち方面にばっか考えが偏っちまう。
話題変えよう。
「過ぎたことを言ってもしゃーないか。夏休み明ける頃にはあいつらも忘れてるだろ。俺と一ノ瀬もしばらく顔合わせることないし、変な噂も立たんだろ」
『え?』
「え? じゃないが。夏休みの期間は俺、お前ん家行かないぞ?」
「…………えっ?」
「…………えっ?」
なんでそこで不思議そうな声があがるんですかね……。
『な、なんで……?』
「なんでって……学校ないなら別に早起きしなくてもいいし、飯もコンビニ近いし問題ないだろ」
『そんな……じゃあうちの部屋掃除は誰がやるわけ!?』
「お前」
『ご飯の準備と後片付けは!?』
「お前」
『風呂上がりのドライヤーとスキンケアは!?』
「どさくさに紛れて仕事増やしてんじゃねーぞ。全部お前がやんだよ」
女子のスキンケアとかできねーし知らんわ。
「大体、今までの生活に戻るようなもんなんだからそんな大袈裟な事じゃないだろ? 何がそんな……あ、いやまぁ面倒臭いのが一番か」
みなまで言わずとも大体想像はついた。さてはこいつ、俺がいる環境の楽さを知ってしまったから自分であれこれやりたくないんだな? 人間、一度上げた生活水準を落とすことには非常に抵抗が大きいと聞いたことがある。
しかし、このまま上げ膳据え膳左うちわの生活してたらいよいよ一ノ瀬がダメ人間まっしぐら。流石に高校生のうちからそんな細くて長いアレみたいなのになって欲しくはないけどなぁ……いや同級生が心配することなのかこれ。
ふと、マイクの向こうから若干不満そうな空気が伝わってきた。や、もちろん比喩なんだけど……なんていうかこう、俺のサイドエフェクトがそう告げている。
「……どうした?」
『…………別に』
「別にってお前……」
明らか不満そうな声じゃん、とは言えなかった。普段の一ノ瀬なら、図星を突かれたところでこんなリアクションはしない。デカい声で誤魔化すか開き直るかのどっちかだ。つまり、俺がさっき挙げた理由は当たらずとも遠からずといったところか。
となると、思い当たる節は…………いやまぁ、うん……なくはない、けど。もし間違ってたらめちゃくちゃイタくてキモい奴になっちまうんだが。まあ、選択肢ミスっても俺が死ぬ程恥ずかしい思いをするだけだ。それなら当たって砕け散った方が良いや。
「あー、その……なんだ。一ノ瀬が良ければ、なんだけど……夏休み、どっか遊び行かね?」
言った。
言ってしまった。
ああああ恥ずかしい!! 高校生になって女子を遊びに誘うのってこんな恥ずかしいんか!? しかもLI〇Eとかじゃなくて面と向かって! があああ殺せ!! 誰が俺を殺してくれッ!!! おいは恥ずかしか!! 生きておられンゴ!!!
『……ん、いいよ』
「そうだよな、いきなりそんなこと言われても…………今なんて?」
『だから、いいよって。遊び行くんでしょ?』
吹き荒れる羞恥心により薩摩通り越してなんJ民になっていた俺だが、一ノ瀬の返事によって思わず素に戻る。俺、一ノ瀬と遊びに行けるのか? 二人で?
『あ、屋外は暑いから無理ね。昼間もパスで』
「えぇ……」
喜んだのも束の間、あんまりにもあんまりな一ノ瀬節にスンッとなった。むしろどこだったら行けるんだよそれ。選択肢ナイトプールとかになるぞ。ハードル高過ぎるだろ。
まぁいいや、どこか良さげな場所探しておこう。
内心ホッとしつつも夏休みの予定を脳内で組み立て始めていると、やけに嬉しそうな一ノ瀬の声が聞こえてきた。
「まあ? 河村が? そこまでうちと遊びたいって言うなら? 遊んでやってもいいかなと思いまして? ほらうち優しいから」
「…………やっぱこの話無しにするか。夏休みは一人で過ごす」
『待って待って待ってごめんて。冗談ですやん』
「あー萎えた。もう河村くん萎えました。二学期からは頑張って自分で起きてくれなー。お弁当も無いですからねー」
『ねぇひとりにしないで! うちをこんな風にした責任取ってよ!!』
「誤解しか産まない言い方やめてくれるか!?」
結局そのままレスバしながら日を跨ぐまでAp〇xした。