学園都市キヴォトス。数千の学園が運営する自治区と、キヴォトス全体の行政を担う連邦生徒会が管理する地域D.U.とで構成される超巨大学園都市。
そこでは動物やロボット等の姿をした住民と、その名が示す通り多数の少女……生徒達が暮らしている。
その生徒達は全員が銃器で武装するのが常識という超銃器社会であり、生徒達は頭にヘイローと呼ばれる光の輪を浮かべ、銃撃は勿論の事、砲撃や爆発を受けても痛いで済む非常に頑丈な身体を持つ。
故に、ちょっとした揉め事でもすぐに銃撃戦に発展する事は日常茶飯事で、学園に戦車や戦闘ヘリが備品として置かれ、自販機やコンビニには銃弾や手榴弾が当たり前のように販売されており、生活の中に銃火器が身近に存在している。
街を歩けば不良集団が徒党を組み破壊活動を行ったり、悪徳企業や犯罪組織が住民達に危害を加えたりと非常に治安が悪く、まさに力こそ全てという言葉を体現したかのような有り様であった。
そんなキヴォトスには様々な学園が存在しているが、地域によっては気候や温度、地形が大きく異なる事も多く、その影響で衰退してしまった学園もあった。
「ユメ先輩!何処にいるんですか!いたら返事して下さい!」
場所は代わり、広大な砂漠の中をピンク色のショートカットの髪と黄色と青色のオッドアイを持つ少女が駆けていた。
名は小鳥遊ホシノ。嘗てはキヴォトス最大の学園として名を馳せていたアビドス高等学校に通う生徒の1人だ。
アビドス高等学校は環境の変化により衰退してしまった学園の1つで、数十年前のある時期から発生した大規模な砂嵐により自治区内の砂漠化が進み、生徒の殆どが転校•退学し人口は減少してしまい、学園の運営もままならない無法地帯と化していた。
そんな砂漠地帯の中をホシノはただ1人、必死の形相で駆けていた。
「ユメ先輩っ……何処に行ったんですか……!」
ホシノの頭の中は焦りと後悔の念で一杯だった。たった1人の先輩を自分の身勝手で傷付けてしまった事、数日前から姿が見えず、かれこれ休みなくずっと探し回っても一向に姿が見えない事から最悪の事態が頭によぎったが、すぐにそれを振り払った。
「ユメ先輩!私はここです!いたら返事をして下さい!」
あの時あんな事を言わなければ、酷い事を言ってごめんなさい、と考えていた矢先、聞き覚えのある声がホシノの耳に入った。
「おーい、ホシノちゃーん!私はここだよー!」
「ユメ先輩!?良かった、無事だったんです…………は?」
ホシノが声が聞こえた方を振り向くと、石のように固まった。それと同時に、地面が激しく揺れた。
「ごめんねー!コンパスを忘れて道に迷っちゃってー!でも、"この娘"が助けてくれたんだよー!」
「……は?……………え?」
ホシノは断続的に揺れる振動に気付く事なく、眼前にそびえ立つそれを見上げていた。
「……………………」
それは、1人の少女だった。見た目はまだ幼さが残る顔立ちで、青い海のような瞳と、青みがかった黒髪は地面につく程の長さだった。衣服の類いは身に付けておらず、自身の長い髪を身体に巻き付ける事で衣服の代わりとしていた。
それだけならば、何らかの事件に巻き込まれたのか、はたまたただの露出狂なのかと考えるところだが、問題はその大きさだった。
「イアちゃん!そのまま降ろしてくれないかな!?」
「…………うん」
少女はホシノの探し人である先輩こと梔子ユメをその"手"に乗せていた。文字通り、自身の手のひらに乗せていた。
そう……ユメにイアちゃんと呼ばれたその少女は……少女と呼ぶには余りにも巨大だった。
目算で凡そ50メートル程か。外見こそホシノと同じかそれ以下の年齢くらいの少女だが、その身体の大きさは人間の範疇を優に超えた、まさに巨人とも言える威容だった。
その巨人の少女……イアはユメをゆっくりと地面に降ろす。するとユメは一目散にホシノの元へ駆け付けてその小さな身体を抱き締める。
「心配かけてごめんねホシノちゃん!私はこの通り大丈夫だよ!」
「……………………」
「あ!それとホシノちゃん!ホシノちゃんに見せたいものがあるんだ!聞いたらきっとビックリするよ!実はね……」
「……………………な」
「な?」
「なんなんですかこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!?」
ホシノは腹の底から力の限り叫んだ。もう、我慢の限界だった。本来なら先輩の無事を喜ぶべきなのは分かっていたが、人が必死になって砂漠の中を走り回っていたのに当の本人はのほほんとしている事にも腹が立ったし、挙げ句の果てにこんな全裸の巨人と一緒にやって来てしかも妙に親しげにしていたのが訳が分からなかった。というか、こいつは何だ?人間か?巨人か?漫画じゃあるまいし、そんなものが本当にいてたまるか。後、見た目は私より年下っぽく見える癖に無駄に大きい胸も何だか気に食わない、いらないなら私によこせ。と、ホシノは感情がオーバーフローを起こして理不尽に目の前の巨人の少女に怒りをぶつけていた。
「……………?」
一方で、当の本人は顔を真っ赤にして怒鳴るホシノと地面に正座をしてひぃん、と泣きながらヘコむユメを不思議そうに見つめていた。
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「全く……良いですか!?今後二度と、コンパスや水筒を忘れないように!!アビドスで数年暮らしてるんですからそれくらい常識でしょう!?」
「ひぃん……反省してますぅ……」
あれからしばらくの間、ホシノのユメに対する説教は続いた。話が普段の生活態度を改めろやら、書類の書き間違えに気を付けろやら、何度か脱線する事もあったが、一通り話を終えたホシノは深いため息をついた。
そしてホシノは、一転して申し訳なさそうに顔を歪めてゆっくりと口を開いた。
「その……ユメ先輩、ごめんなさい」
「えっ?」
ホシノの突然の謝罪の言葉にきょとんとするユメ。ホシノはそれに構わず言葉を重ねていく。
「私が、言い過ぎました……ユメ先輩はずっと、アビドスの為に頑張っていたのに、私はユメ先輩に、あんな酷い事を……」
「大丈夫だよ、ホシノちゃん」
ユメはホシノの頭を優しく撫でる。
「ホシノちゃんは私の為に言ってくれたんだよね?私ってバカだからさ、ホシノちゃんみたいなしっかりした子がいてくれてすごく助かってるんだ」
「ユメ、先輩っ……!」
「ほら、泣かないでホシノちゃん。私は全然気にしてないから……だからさ、また二人で頑張ろう?」
「はい……はいっ……!」
ユメは泣きじゃくるホシノを優しく抱き締めた。
「どう、落ち着いた?」
「はい、もう大丈夫です」
涙を拭いたホシノはユメと向かい合っていた。その瞳は強い意志を秘めていて、晴れやかな表情を浮かべていた。
「それで、先ほどからずっと気になっていたのですが……」
「………………?」
するとホシノは上を見上げて、自分達を見つめるイアの顔を見る。当の本人はホシノの視線に気付いたが特に気にした様子もなく、不思議そうに首を傾げていた。
「結局、彼女は一体何者なんです?どう見ても人間じゃないですけど」
「んー、私も分かんない。けど、イアちゃんはすごく優しいんだよ!遭難してた私を助けてくれたし、水や食べ物も分けてくれたんだ!」
「は、はぁ……そうですか」
無邪気に笑うユメに思わず脱力しそうになるのを何とか堪えるホシノ。
話を聞く限りだと彼女がユメを助けてくれたらしいが、それでもホシノは彼女を事を完全には信用しきれなかった。
裸同然の格好は兎も角、頭上を見れば彼女も巨大なヘイローを浮かべていた。となると、彼女もまた生徒なのだろうが、その身体の大きさは明らかに人間のものではなかった。
この身体の大きさから考えて、恐らく並みの銃器では歯が立たず、砲弾やミサイルすらも通用するのかどうかも怪しい。
また、その巨体から繰り出す一撃は例え頑丈な生徒であっても無傷では済まないだろう。万が一、その驚異がアビドスに、ユメ先輩に向けられたらどうなるか……想像するだけで恐ろしかった。
「……そう言えば、さっきイアちゃんって言ってましたけど」
「うん、この娘の名前だよ。ね、イアちゃん!」
ユメに呼ばれたイアは小さく頷いた後、ゆっくりと口を開く。
「……名前……大瀧、イア」
イアはユメとホシノを順番に指を指す。
「ユメ……ホシノ……あってる?」
「うん、そうだよ!ホシノちゃんは私の自慢の後輩なんだ!ほら、ホシノちゃんも自己紹介しよう?」
「…………小鳥遊ホシノです。よろしく」
「……うん……ホシノ……よろしく」
ユメに言われて渋々自己紹介をするホシノ。対するイアは表情にこそあまり変化はないが、少なくとも敵意はないようなので警戒レベルを一段階下げるホシノ。しかし、だからと言って決して油断はせず、何時でも戦闘体勢に入れるようにはしておく。
そんなホシノの心境を知るよしもないユメは、手を合わせて思い出したように口を開く。
「そうだホシノちゃん!ホシノちゃんに見せたいものがあるんだ!」
「はぁ……何ですか、それは?」
「ふふん、それは見てからのお楽しみだよ!ねえ、イアちゃん!ホシノちゃんにも見せてあげたいんだけど良いかな!?」
「…………うん」
イアは小さく頷くと、自分の手をユメとホシノの前に差し出す。
「ありがとう、イアちゃん!」
「ちょ、待って下さいユメ先輩!」
イアの手のひらに乗るユメと慌ててユメの後を追うホシノ。イアは二人を手に乗せたのを確認すると、ゆっくりと歩き出す。
「んー、良い風だねホシノちゃん!」
「ええ、そうですね……」
結局、そのままなし崩しにユメの言う見せたいもののところへ向かう事となったホシノは投げやり気味に返した。用件が片付いたらすぐに帰ってシャワーでも浴びて寝ようと考えながら、ホシノは自分達を運ぶイアの顔をじっと見つめる。
「(一体、彼女は何処からやって来たんだろう……?)」
「………………」
その表情からは何を考え、どんな感情を抱いているのかは読み取れず、結局ホシノは目的地にたどり着くまでの間、ずっと悶々としたものを抱え続けていた。
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「見てよホシノちゃん!すごい綺麗でしょ!?」
「…………嘘」
目の前の光景に、ホシノは唖然と立ち尽くしていた。
延々と続く砂だらけの景色に辟易していたホシノだったが、視界に飛び込んできた幻想的な光景に思わず目を奪われていた。
「________オアシスだよ!オアシスがまだあったんだよ!」
大はしゃぎをするユメが指差す先には、広大な湖が広がっていた。その青く輝く水は透き通っていて、周りには草木が生い茂り、色とりどりの瑞々しい木の実が実っていた。
「何で……だって、オアシスはずっと昔に枯れたって……」
ホシノは、目の前の光景が未だに信じられなかった。アビドスのオアシスは数十年前に起こった砂嵐で全て枯れた筈だった。過去に砂漠中を駆け回りオアシスを探した事もあったが、結局見付からなかった。
だから、目の前の光景は絶対にあり得ない筈だった。なのに現実は、これまでの過去を否定するかのように確かに存在していた。
「ほら見てホシノちゃん!すごく綺麗な水でしょ!?試しに一口飲んでみなよ!」
「えっ、でもそれは衛生的に……」
「大丈夫だよ!私も飲んだけど特に何もなかったし、すごく美味しかったんだから!ね、イアちゃん!」
「…………うん」
ユメの声に反応したイアは小さく頷き、ホシノの事をじっと見つめていた。
ユメの言葉とイアの視線に根負けしたホシノは、水辺に近付くと両手で水を掬い上げて恐る恐る口に運んだ。
「…………美味しい」
飲み込んだホシノは小さく息を吐き、そう呟いた。水の冷たさが身体中に染み渡るようで、砂漠の熱で火照った身体を癒してくれるようだった。
「ほらほらホシノちゃん!あそこの木の実もすごく美味しいんだよ!すぐ取ってくるからちょっと待っててね!」
「あ、ちょ……ユメ先輩!?」
木の実を取ろうと林に向かうユメを制止しようとするホシノだったが、ふと立ち止まり自分の事を見つめる大きな少女を見上げる。
相変わらず何を考えているのかは分からないが、ユメ先輩を助けた事や既に諦めていたオアシスを見付けて案内してくれた事から、少なくとも悪い奴ではないという事は分かった。
「……ユメ先輩を助けてくれて、ありがとう。貴方がいなかったら、きっとユメ先輩は取り返しのつかない事になっていたかもしれない……」
「………………」
イアは何も言わないが、ホシノの言葉に耳を傾けているようだった。
「アビドスのオアシスは、もうないんだってずっと諦めていた……だから、このオアシスを見た時、すごく嬉しかった。貴方のおかげだよ……ありがとう、イア」
「…………うん」
ホシノの言葉に、イアは小さく笑みを浮かべて頷いた。
「お待たせー!ホシノちゃんもイアちゃんも一緒に食べよー!」
両手一杯に大量の木の実を抱えてやって来たユメを見てぎょっとするホシノ。
「ちょ、ユメ先輩採り過ぎですよ!そんなにたくさん食べきれませんよ!」
「………………」
楽しそうに笑い合う二人の姿を、イアは静かに、見守るように見つめていた。
ユメ「ひぃん……お腹痛い……」
ホシノ「だから言ったでしょう、食べ過ぎだって」
イア「…………大丈夫?」