イアの持つ不思議な力によって、彼女の壮絶な過去を知ったユメとホシノは、巨大な掌の中でしばらく声を上げて泣き続けていた。
大粒の涙が止まらず、声を殺す余裕すらなく、やがて泣き疲れたように、二人の呼吸が少しずつ落ち着いてくる。
「……大丈夫?」
イアが心配そうに覗き込む。ユメは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、弱々しく手を振った。
「うん。大丈夫だよ、イアちゃん。ちょっと、泣き疲れちゃっただけだから」
「ユメ先輩、顔がすごいことになってますよ」
「そういうホシノちゃんだって、顔が真っ赤だよ?」
ホシノは恥ずかしそうに視線を逸らした。二人の顔は涙で赤く腫れていたが、表情にはどこか晴れやかさが戻っていた。
イアはおもむろに二人の背後を指さす。見ると、太陽の光を反射してキラキラと輝く、青く広大な湖が広がっていた。
「……取り敢えず、あそこで顔を洗いましょうか」
「そうだね……喉も渇いちゃった」
「この湖、カイザーの基地が沈んでますけど……飲んで大丈夫なんですかね」
溜まっていた感情を吐き出したおかげか、二人の足取りは少し軽くなっていた。イアはそんな二人の後ろ姿を、小さく微笑みながら見つめていた。
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湖で一息ついた後、ユメが改めて口を開いた。
「それでね、今日はイアちゃんに話があってきたんだ」
「…………?」
「実は、イアちゃんをアビドスに入学させたらどうかなって。ホシノちゃんと話していたの」
ユメは砂に飲み込まれていった街を思い浮かべながら、続ける。
「私はいつか卒業しちゃうけど、それまでホシノちゃんと三人一緒にいられるし、もしかしたら後輩が出来て、他にもよその学校のお友達とか、好きな人が出来るかもしれない。私はね、イアちゃんにもそういう楽しい思い出をいっぱい作って欲しいんだ」
「…………」
イアは無表情のまま、ユメをじっと見つめていた。暗い影はもうなく、ただ静かに話を聞いている。
そこへ、ホシノが補足するように言った。
「とはいっても、在校生は私達二人だけだし、見ての通りあちこち砂だらけ。治安も悪いし、借金が山のようにある……もし、イアがアビドスに入学すれば、否応なしにそれらと向き合うことになる。正直、君にそんな辛い思いをさせたくはないんだ。それに……」
続きを言おうとしてホシノは言い淀むが、やがて決心したように口を開く。
「本当はこんなことは、言いたくはないけど……世間はきっと、君のことを恐れる。君に悪意がなくても、危険だって排除しようとする。君にとっては、今更な話かもしれないけどね」
ホシノの脳裏に浮かぶのは、イアを前にして逃げ惑うヘルメット団に、カイザーの兵士達。誰もが皆、イアを『化け物』と呼び、恐れていた。
決して彼女は……否、彼女達は望んでそうなった訳ではないのに。
「(まあ、かくいう私も、人のことは言えないけどね……)」
はじめてイアと出会ったばかりの自分のことを振り返り、自己嫌悪に陥りそうになるホシノ。
すぐに気持ちを切り替え、過去の世界で見た、子供達を優しく見守っていたイアの姿を思い返し、ホシノは強い意志を秘めた二色の瞳でイアを真っ直ぐに見据える。
「だけど、私とユメ先輩は知っている。君は、どんなに辛い目にあっても、誰かを思いやる心を持ち続けた優しい子だってね」
過去の世界で、まるで心に直接語りかけるように聞こえてきた沢山の声は、誰もがイアのことを気にかけ、彼女を助けて欲しいと言っていた。
そして、彼女の受けた残酷な仕打ちを目の当たりにしたホシノとユメには、そんな切実な願いを無視するという選択肢は、はじめからなかった。
「余計なお節介かもしれないけど、私達は君の友達として君の力になりたいんだ。君が、ユメ先輩を助けてくれたように……今度は、私達が君のことを助けたいんだ」
「ホシノちゃんの言う通りだよ、イアちゃん。あの時、イアちゃんが助けてくれたかは、私は今もここにいる。ホシノちゃんと一緒に、アビドスを復興させるっていう夢の続きを見ることが出来る……本当に、ありがとう」
「………………」
イアは目を閉じて、二人の言葉を噛み締めていた。この身体になってから久しく聞くことのなかった、自分のことを大切に思う人の温かさを……
「……いい」
「えっ?」
「二人と一緒なら、いい。私達も……アビドス、入る」
イアの言葉に、ユメは目を輝かせる。
「本当!? やったよホシノちゃん! イアちゃんが、アビドスに!」
「先輩、苦しいです……あと、胸押し付けないで」
ユメは嬉しさのあまりホシノに抱き付き、ホシノは何時ものやりとりに辟易しつつも、何処か穏やかな表情を浮かべていた。
落ち着いたところで、ホシノは改めて確認するようにイアに向き直る。
「今更言うのもなんだけど……イアは、本当に良かったの? その……前にいた、アリウスに戻りたくはない?」
「…………」
ホシノは言いづらそうに言葉を紡ぐ。イアは短く沈黙してから、静かに答えた。
「……みんなに、会いたい。けど、出来ない。私達、もう……死んだから」
「……っ」
イアの口から溢れた言葉に息を呑むホシノとユメ。
「あの後、私達はマダムに"バラバラにされて"……棄てられた。それでも、みんなに会いたくて、気付いたら、こうなっていた……」
イアははその瞳に暗い影を落としながら、淡々と続ける。
「ずっと、探し続けて……恐れられて、撃たれ続けた」
「そんな……」
「…………っ」
イアの口から溢れた言葉に、ユメは悲しげに目を伏せて、ホシノは沸き立つ怒りに拳を握り締める。
「みんなが私達を見たら、怖がる……アリウスには、マダムがいる。私達は、マダムが憎い、怖い、許せない……」
自分の掌を見つめ、イアは続ける。
「私達がマダムを見たら………私達は、私達ではなくなる、かもしれない……そうしたら、みんなが傷付く……だから」
「……ごめん。今のは無神経だったよね……二度と言わないと約束するよ」
「……うん、大丈夫」
ホシノはバツが悪そうに顔を歪めながらも、ちゃんと目を合わせて謝罪し、その様子を見守っていたユメは内心でホッと胸を撫で下ろす。
「ねぇ、ホシノちゃん。取り敢えず、これからどうしょうか?」
話題を切り替えようとユメはホシノに話を振る。
ホシノは周囲を見渡し、散らばる銃器に粉々になったカイザーの兵士、スクラップと化した戦車やパワーローダー等の兵器を確認する。
「……使えそうな物だけ回収して、学校へ戻りましょう」
「あの、ホシノちゃん。それって泥棒じゃ……」
「いいんですよ、私達を嵌めようとしていた悪徳企業なんですし。少しくらい慰謝料取ってもバチは当たらないでしょう。寧ろ、この場で全員スクラップになって沈んでしまえば良かったんです」
「可愛い後輩が怖いこといってるよぉ……」
後輩のたくましさにユメが顔を引きつらせていると、その様子を見ていたイアが口を開く。
「……手伝う?」
「そうだね……じゃあ、そこにある戦車退かして。それから、集めた"荷物"を運ぶのを手伝ってくれるかな?」
「……分かった」
「ひぃん、イアちゃんまでたくましくなっちゃう……」
「馬鹿なこと言ってないで手伝って下さい。流石に連中もすぐに戻ってくることはないと思いますが、あまり長居する訳にはいかないですからね」
ユメが不安げに二人を見守る中、ホシノは淡々と指示を出し、使えそうな銃器や弾薬、部品を回収していく。
やがて集めた荷物をイアが運び、ホシノとユメはその大きな肩に乗ると、イアは湖を背にしてアビドス高校へと向かうのだった。
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「ところでホシノちゃん。イアちゃんの制服はどうしようか?」
「……オーダーメイドするにしても、そんな余裕はウチにはありませんし、かといって何時までもこの格好という訳にはいきませんからね。何か、服の代わりになるものを探さないと」
「うーん、せめておっきな布でもあればなぁ……」
イアの肩に乗ったホシノとユメは、イアの制服をどうするか話をしていた。
「…………」
当のイアは話は聞こえているようだが、会話には加わらず両手に慰謝料と称して回収した大量の荷物を抱え、ホシノ達を落とさないようにゆっくりと歩いていた。
しばらくして、アビドス高校が見えてくると、なにやら校門の前に人集りが出来ていた。
「あれ、何だろう……?」
「まさか、またヘルメット団が?」
すると、イアの存在に気付いたのか、校門の前にいた一団がこちらへ近付いてきた。
「イア、一旦荷物を降ろしてしゃがんで」
「……分かった」
イアはゆっくりとしゃがみ込み、荷物を降ろす。ホシノとユメはイアの肩から降り、武器を構えて何時でも動けるように警戒していると、溌剌とした声が聞こえてきた。
「あっ! 梔子さーん! 小鳥遊さーん! お久しぶりですー!」
「えっ、あなたは……!?」
二人の前に現れたのは、クロノス報道部の制服を身に纏う少女だった。少女は手にしたメモ帳を片手に、笑みを浮かべて近付いてくる。
「どうもー、恐縮です! 先日は特ダネ……いえ、情報提供ありがとうございました! お陰でカイザーローンの悪事は暴かれて、番組も高視聴率も取れてまさに一石二鳥! ウチの部長も大喜びしてましたよ!」
少女の正体は、以前カイザーローンの不正を連邦生徒会に告発しようとして門前払いされた後に出会った、クロノス報道部の生徒だった。
当時のホシノ達は、藁にも縋る思いで彼女にカイザーローンの不正の件を話すと、すぐに手にした不正の証拠を元にカイザーローンの不正と、連邦生徒会のアビドスに対する対応について大々的に報道してくれたのだ。
「えっと……今日は、どうしてここに?」
「はいっ! 先日はお二人がアビドスの復興を目指していると伺ったので……何かお力になればと思い、キヴォトス中の皆さんにアビドスについて知って貰おうと特集番組を企画してまして、そこで詳しい話を聞こうと思い取材にやってきたのですが……」
「…………?」
報道部の生徒は、自分達を見下ろすイアへと視線を向ける。
「その……こちらの、すごく大胆な格好をした方は、どちら様でしょうか……?」
報道部の生徒は、あまりにも大胆な格好をするイアを見て顔を赤くしていた。
そして、後からやってきた他の報道部の生徒達もまた、イアの姿を視界に捉えると一斉に騒ぎ始めた。
「せ、先輩! 見て下さい、巨人です! 巨人がいます!」
「ああ、これはスゴいぞ! 次のニュースの見出しは『驚愕! アビドスに巨人あらわる!?』で決まりだな!」
「流石にこのまま放送するのはマズいんじゃない? せめてモザイク処理しとかないと……」
「というか、今更ですけど近付いても大丈夫でしょうか? 突然襲ってきたりして……」
「あっ! アビドス高校の皆さん! 突然ですがこちらの巨人の方について詳しくお話を……」
集まってきた報道部の生徒達を前に、ホシノとユメは互いに目を合わせる。
「ホシノちゃん、どうしよう……」
「……ごめんなさい、私にも分からないです」
「梔子さん! 小鳥遊さん! 是非ともお話を!」
「…………?」
報道部の生徒達に囲まれ、困り果てる二人を、イアは不思議そうに見つめていた。
ホシノ「(……取り敢えず、生徒会長はユメ先輩ですし、ユメ先輩が対応して下さい)」
ユメ「(ひぃん、後輩に見捨てられた……)」