【完結】「魔王が倒れ、戦争がはじまった」   作:松脂松明

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女たち・名声のために

 戦火が世界に溢れ、隣国どころか遠国にまで警戒をしなければならないような世の中だ。民衆とは元より移り気なものだが、目まぐるしく変わる世界と目の前の理不尽から目を逸らすのが精一杯だ。それは誰にも責められないことだった。

 

 かつては魔族という脅威がそびえ立ち、それを打倒しなければ未来は無いと言われていた。そして同時に、魔王を討ち果たし魔族を壊滅させれば平和になると誰もが思っていた。

 

 ところが蓋を明けてみればこのざまだ。人は僅かに残った魔族を追撃するどころか、相争い始めた。

 人魔戦争の時代は過酷だったが、単純な世の中だった。それが今や何処を疑えば良いのか分からない始末。最も話題に上るのはサフィーレ帝国だが、これは元々三大強国の一つであるところが大きい。同時期に他国と戦争状態に入った国は数多いのだ。

 

 かつての従属国が牙を研いでいる可能性もある。疑念が疑念を呼ぶ時代が始まっていた。

 

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 ディアモンテ王国において、輝ける勇者の記憶が薄れてきていた。

 かつては国の誉れとされた男の名も、今では英雄譚の端役だ。魔王を討った姫勇者を援護して、友人であった剣聖に妬みから襲われた彼は、その時の傷が原因で息絶えた。

 

 事実として、勇者が倒れたその日に町を暴れまわり、次いで遁走する男がいた事は事実だった。その時に気絶させられた兵士にも家族がいる。そこから話はどんどんと広まっていった。騒ぎの音を家の中で聞いていた者達の想像力がそれをさらに補強した。

 剣聖は名前こそよく知られていたものの、顔を出すことは稀であり、蛮族出身であることから人気も無かった。様々な後押しを受けて裏切りの剣聖という像が形作られた。

 

 噂が想像を呼んで、勝手な偶像を形作るのは良くあることだが…まさかにそれが実現するとは誰も考えていなかった。

 かつての陰謀の当事者と傍観者達でさえ。彼らこそが現在の南方剣聖の姿を最も想像できずにいるだろう。なにせ裏切り者は自分たちの方であると、知っているのだ。

 

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 ディアモンテの城下町では、圧倒的な雰囲気を纏った集まりが歩いている。

 その気配となにより先頭を歩く女の美貌が、街の人々を振り返らせた。そしてしばらくすると、彼女の名が思い起こされて騒ぎとなる。それはこの一行にとってはいつものことである。

 

 

「救世の姫……!」

「姫勇者様だ!」

「おお……」

 

 

 灰色の通りも陽光の下では、落ち着いた雰囲気を醸し出す。その暖かい灰の石畳の上を仲間とともに女が歩いているだけだ。公的な行列ではないが、むしろそれよりも活気づく。

 現在の世界で最も名の知れた人物と言っても誤りではない女の登場には、街の人々も飽きることはないらしい。

 

 姫勇者が連れているのはお供ではなく友だ。共に視線をくぐり抜けた仲間だが、今では共犯者と言ったほうが良い。全てはあの日に壊れたままで、そこだけは被害者達と立場を共にしているのが何とも皮肉だ。

 

 風とともに美しい金髪が輝いて流れて、貴金属のように光を反射した。その輝きを見るだけで見物人の顔をうっとりさせて、思考力を奪い去る。

 常時、戦に備えている彼女はドレスに似た鎧を纏ったいつも通りの姿。腰に帯びるは輝かしき聖剣オウス・コネクタ。

 

 彼女は“魔王を討った女勇者”。その肩書はカイヤ・ニクス・ディアモンテという女に重くのしかかっていた。姫勇者、姫勇者という囁きが周囲から聞こえる度に賞賛ではなく罵倒に聞こえている。

 

 その輝きに自分は泥を塗っている真っ最中だと自覚しているが、足を止めることはできない。国も生まれも何もかもが彼女を縛る枷となっていた。

 姫勇者は笑顔を貼り付けたまま、道を行く。外では人々へと手を振りながら、内ではいつか必ず訪れるであろう罪が追ってくるのを信じている。

 

 剣聖は必ず自分を殺しに来てくれるだろう。

 救いが約束されているのが彼女の唯一の慰めであったが……

 

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 ただ連鎖を止めたかった。

 それだけなのに、なぜかこんなことになってしまった。

 被害者の側であるはずが、放り投げた杖が聖女を狂気の地平線へと立たせた。

 

 ただ一人に与えられた新設の修道院で聖女は悲嘆に暮れて過ごす。だが、布団にくるまって涙を流すわけでも無ければ一心不乱に祈るわけでもない。

 滅多に人も訪れない修道院は悍ましさを感じさせる器具で満ちていた。

 もし魔導に明るい者が見たのならば、彼女が何を目的としているのか分かったかもしれない。

 

 魔導の大家といえば聖女の仲間であった大魔女だが、現在では聖女と魔女の肩書は逆転したかのような振る舞いを見せていることを誰も知らない。

 大魔女が瞑想を通じてかつての戦乱の根源を探ろうとしている。静かに、ただ一人少年騎士だけを伴にして。

 

 聖術も法術も、大きな意味での魔術に入る。

 ゆえにこうした、黒魔術的な要素を孕んだ実験も行えなくはないのだ。

 

 

「もうすぐ……もうすぐ……」

 

 

 呟きながら聖女は願う。

 いつの日か、己の罪が許されることを。失ったモノを取り戻すことで、全てが修復されると信じている。

 

/

 

 北の寒い居館は帝国様式らしい黒の外観だが、中身はそれほど凝ってはいない。流石に応接の間と念のための客の部屋だけは整えられているが、一方で主の生活空間は清々しいほどに簡素。

 それがサフィーレ帝国の第2軍団長スフェーンの屋敷だった。そしてこの家は彼女の内面をよく表していた。

 見栄から実用性まで最低限、それは女軍団長の卑小さそのままだ。外見は華奢で細身の少女のようだが、内に秘めた熱は苛烈だった。

 

 大したことではないが、やりたいことがある。そのために何だろうと利用する。世界の裏側も表の事情も知った事か。全てはあの日の八つ当たり。

 

 それが同類を呼んだのか、彼女は至上の剣を見出した。ある日突然変わった己の世界へと爪を突き立てようとする愚か者同士。

 スフェーンが持つ財の中で、それだけが鈍い輝きを放っている。好意すらも利用せんとするあり方を知られても、剣もまた何も言わないだろう。

 

 スフェーンはクィネに向かって、幾枚かの紙を机の上に投げ出した。

 

 

「あなたに短期間で功績を立ててもらいます。全て派手に潰してください……貴方の名が広まるように。そして栄誉で階段を作り、今一人の同士と顔を合わせて貰いたいのです」

 

 

 スフェーンはクィネの主だ。そしてクィネはスフェーンの勝者だった。

 二人の奇妙な関係は穏やかに続く。

 

 

「受けよう雇い主殿。相手を切り裂く目的があるのならば、俺はそれでいい」

 

 

 黒の軍装と褐色の肌が奇妙に似合っていない。腰に折れた剣を帯びたクィネは、静かに誰かの明日を奪うことを約束した。

 

/

 木は枯れるどころか、そもそも無い。ささやかに降る少ない雪だけに色がついているようだ。

 

 寒々しい景色だ。

 北にやってきてからというもの、気候はクィネを責め立てて止まない。だが、それもまた良し。かつての(セイフ)ならばこんな地に長居はしなかっただろう。

 

 

「クィネ二等軍士。その……本当にこの人数で?」

「ああ、問題はない。それと君も二等だろう? オルドゥー軍士。顔色をうかがう必要はないよ」

 

 

 というが、実際には難しい。

 堅実に昇進したオルドゥーにとって、軍団長の肝いりであるクィネは得体の知れない存在だ。

 自身も他国の生まれであるスフェーン軍団長の愛人ではないか? などと、同期と笑って話していた昨夜が彼には懐かしく感じられる。

 

 オルドゥーがクィネから感じるのは血と戦の匂い。それと戦いで精神を病んだ者の気配だ。だというのに会話が真っ当に通じてしまい、更に困惑する。

 反乱分子の根城である地下墓地へと攻め込む今回の任務には似合った人選ではある。しかし、相手側は100人前後と推定されているにも関わらず、派遣された第2軍の兵力は半数の50人。

 真っ当な作戦ではない。ならば奇襲か、とも思うがそうでもないらしく堂々と姿を見せている。きっと自分たちは囮の側で、クィネはそれを知っている。だから安心しているのだ。……そういう風にオルドゥーは解釈した。

 

/

 

 気の毒に。彼らは出来るだけ生かして返す方針なのが、救いといえば救いだった。

 第2軍は融合個体のような存在を持つ真っ黒な組織ではあるが、当然に知る者と知らない者とに分かれている。オルドゥー達、今回の同行者は後者だ。

 

 ジーナやタンザノ達とは離れて随分と経つ。

 目的がクィネが功名を上げることであるために、既にクィネが超人であることを知っている人間では意味がない。オルドゥー達はクィネという新たな勇者の存在を知らしめるための証人。宣伝役というわけだった。

 

 

「それにしても寒い。北の冷気は南方の蛮族には堪える」

「我々からすれば、砂漠に住める人の方が不思議ですよ。部屋の中に入ればあったけぇし」

 

 

 同僚が割り込む。フーバーという軍士だ。

 形式として2等軍士二人でこの部隊の指揮を採ることになっている。それだけで兵を御せるはずもないので、彼のような3等軍士も必要となる。よく気が利く下士官というやつである。

 

 

「砂漠でも家の中に入れば涼しいぞ。乾いているからな。影と日向では驚くほどに差が出る。金を持った者の家など中に水が引いてある」

「うっへぇ……カビたりとかは?」

「聞いたことはないな」

 

 

 下級でも士官である彼らは兵にはあまり話しかけない。向こうからしてもいい迷惑だからだ。軽口を叩けるのは横並びの者だけである。

 

 

「見えてきたぞ、墳墓がある村だ」

 

 

 荒涼とした景色に目を凝らせば、確かに村がある。視界に雪が混ざるのが鬱陶しく、クィネはいまいち集中できないがそれでも人並み外れた視力で同僚と同じものをみる。

 近隣の少しだけ高い丘に部隊を移動させる。

 

 

「変な村だ。黒と茶色に分かれている」

「確かに。典型的な不穏分子の温床ですね。……ああ、クィネ軍士は士官学校へは行っていないのでしたか?」

「無い。行っても落第生だろう。こちらの学問は読み書きレベルだからな」

 

 

 逆に言えば、それを補って余りある何かを持っている。それが人脈か性能かはオルドゥーには分からない。とはいえ、仲良くする方が得だと思える程度にはオルドゥーも大人だった。

 

 

「こほん。帝国が制圧して長く経った村にはああした溝が住人の間に生まれるのですよ。制圧時に実際に戦える年齢だった住人はかつての文化を覚えていますが、物心ついた程度の年齢だと帝国様式の方が自然になるのです」

「まぁ我らが帝国がわざとやっているんですがね。恨みを吐き出しても若い連中には微塵も理解されない。だから閉鎖的な区域と帝国的な区域でしっかりと派閥ができる」

「で、近くの村の連中とか不穏な者同士が寄り合って反攻を企てる。無謀にも程が有るので親帝国派が密告してくる……という感じか?」

 

 

 一応は頭が付いているようだな。そうオルドゥーはクィネを見直した。

 特に近くの村まで巻き込んだ騒動に繋がるというところまで理解しているのは評価ができた。かつてはこの帝国北東部も別の名の国があったという背景を推察できることを示しているからである。

 

 黒の曲がった毛を弄びながらオルドゥーは講義から話を進めることにした。

 

 

「帝国からすれば不穏な連中が一箇所に集まってくれればやりやすい。とはいえ、クィネ軍士が言うように変わった村ではありますね」

「村より墳墓がデカい。オルドゥー二等軍士、何か記録がありますか?」

 

 

 丸を描く盛り上がった土が墳墓の部分だとすれば、村の中に墳墓があるというよりは、墳墓の周りに村が出来たという方が正確だろう。

 

 オルドゥーは束ねた麻紙の冊子をめくった。

 

 

「記録だとかつてこの地は王国だったが、地方の部族も根強い力を保持し続けていた。そうした豪族の墓があちこちに点在している……どこの誰かまでは残っていないな。散逸したか」

 

 

 3大強国の一つに数えられて長いために忘れられがちではあるが、サフィーレ帝国はかつて北方蛮族と呼ばれていた者達の集まりであった。母体としての国家と近隣諸国ではその当時の諍いがあったことは、人間の性質を考えれば想像するのは難しいことではない。

 

 

「ではオルドゥー軍士が最初に解説してくれたような事態ではなく、もっと根深い物なのか?」

「むしろもっと浅い物でしょう。若い世代と馴染めない連中が、記録をほじくり返して寄る辺を見つけた……とか」

 

 

 時代に取り残された哀れな者たちが、最後に夢を見た。それに多大な共感を覚えたクィネは前に出た。

 

 

「さて、村に行くか。反乱者達は地下に篭っているのだったな。親帝国派は」

「表立って私刑などは行われていないようですね」

 

 

 自分たちの活動を認めてほしいのだ。他ならぬ排斥者たちにこそ。

 ああ、哀れだ。俺と同じにならぬように戦士として死に絶えろ。

 

 思いながらクィネは紙切れを取り出して読み上げる。

 

 

「兵達で村を取り囲め、逃げるものが出ないように。また黒衣の者は保護して丁重に扱うように」

 

 

 命令を下しながら折れた曲刀を肩に担いで、無造作に足を進める。

 規律の取れた帝国軍では正式武具以外の得物を持つことには許可がいる。勇者や剣豪のような者たちにだけ与えられる特権。

 

 黒一色の外套と軍衣を翻して進む姿に兵たちは敬意を覚えたが、考える役割のオルドゥーからすればたまったものではない。反乱分子は倍の人数であり、他国と積極的に干戈を交えない第2軍の兵士の質は高いとは言えないのだ。大きくなりすぎる被害を避けるために、悲鳴のように声を出す。

 

 

「ちょっと、クィネ二等軍士! 本隊を待って行動すべきでは!?」

「?……ああ、そんな者はいないよ」

「……は?」

 

 

 間の抜けた顔をするのは軍士としては不心得だが、オルドゥーはそれを晒した。自分の耳が信じられない。まさか口減らしかなにかの対象にでもされたのか? ……嫌な汗が出てオルドゥーの背を濡らした。

 しかし、続く言葉は更に現実味が無かった。

 

 

「というか、戦うのは俺だけだ」

 




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