【完結】「魔王が倒れ、戦争がはじまった」   作:松脂松明

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矜持の花火・大国間開戦

 全てを失って、やり直せる者は稀だ。かつて南方剣聖が失意によって新しい自分を作り出そうとしたが、それもまた数少ない成功例だろう。

 だが失うことによる反応は様々だ。

 

 魔術による轟音。豪腕による破砕音。

 ここまで皇城内で騒がしくしても、第3軍団の者は愚か、近衛の第0軍も都の守護を司る第1と治安の第10軍すらも出てこない。ハックマの部下である第3軍団は討たれたのであろうが、他が駆けつけて来ないのはこの城の主がそう望んでいるからでしかない。

 

 空回りする忠義に応える者はいない。

 老皇帝は第3軍団長を見限った。

 

 

/

 

 

 その残酷な現実を見せつけられてハックマは答えを選んだ。ありきたりな結論……つまりは“コイツを道連れにする”という答えだ。

 

 

「死ね! 死ね! 貴様ら(魔族)だけは生かしておけぬ! 我らが半生を無駄にする存在など……貴様も、貴様の部下共も全て冥土へと連れて落ちてやる!」

「それです! そうなった貴方を倒すことで私はさらに成長する! 我が勝者に近づける……!」

 

 

 それを歓喜の笑みで迎えるスフェーン。クィネという今は眠る男に近付くべく、己を超えるかも知れない敵手の奮起を歓迎していた。

 

 豪腕が空を切る。放たれる術を瘴気で防ぐ。

 不可思議なことに、自棄になったハックマを相手に魔による強化を施された軍団長が押されている。

 

 

「要は……どちらにも(・・・・・)対応すればいいだけのこと!」

 

 

 ハックマが選んだ対処法は狂気的かつ単純なものだった。

 豪腕の魔族と、体術の使い手である第2軍団長。その二体を同時に相手取る覚悟で戦えばいい。

 

 手始めに敵に奪われた氷柱を剣技で微塵に砕き、豪腕を躱しながらじりじりと近付いた。接近すると同時に放たれる蹴りを甲冑を巧みに使って防ぎ、相手の頭部へと剣を突き出す。

 狙った効果は得られないものの、あと一歩で相手のスフェーンの目玉を奪うところであった。

 

 

「お見事……! ではこちらも上げて行きましょう……! 願わくば最後まで試させて下さいね?」

「何?」

 

 

 声にではなく、相手に始まった変化をハックマは訝しんだ。

 硬化した豪腕が更に変形していく。かつて倒した魔族の腕が見る間に突起物を生やして、帝国勇者の知らぬ形になっていく。

 

 

「剣……?」

 

 

 歪過ぎる造形にハックマは冷水を浴びせられたように、正気に一瞬帰ってしまった。

 肥大化した豪腕の先に、曲線を描くような大刀が現れている。心なしか、その先端が欠けているようにも見えた。

 

 

「魔族とは幻のようなもの。姿形は彼らの魂が記憶している形を取ります。ですがこうして完全に制御した私ならば……多少の変形を加えるなど造作もない」

「……剣士でも無い貴様がそんな腕を得たところで何とする! まさに付け焼き刃よ!」

 

 

 再開される魔戦。だがその様相はまるで変る。

 スフェーンの奇怪な腕が唸る度に、床が切り裂かれる。あの腕の長さでは振るうことすら困難という常識ですら、甘い幻想に変わる。

 魔族の腕力が乗った、鋭い黒曲刀は床の石材もろともにハックマを両断しようと止まらない。

 

 鞭のような射程に、あらゆる物体を切断する剣撃。付け焼き刃などとは言えない、練達の技だった。

 

 

「貴様、剣まで使えるというのか!? しかもその腕でどうやって……」

 

 

 肥大化した腕は剣を振るうのに明らかに適していない。床につくまでに伸びた豪腕が枷となり、床や壁によって初速を失うはずなのだ。

 

 

「貴方が世界の広さを知らないとは驚きです。これこそ我が勝者から直に受けて学んだ技。剣聖の域の剣技。これでも本物と比べれば半分以下なのですよ?」

 

 

 戦い刻まれた記憶。それを元にスフェーンは鍛錬を欠かしていない。お手本となるべき相手が近くにいるのも加わって、著しい成長を遂げていた。それでも……

 常態で斬鉄の域。それを身体能力で無理矢理再現しているに過ぎないとスフェーンは語る。

 

 

「我が勝者の斬魔、斬滅の領域にはとてもとても遠い。皮肉なことに私はこの体になって、初めて人の持つ潜在能力に戦慄しています」

 

 

 語る女軍団長の顔にあるのは誰かに向けた敬意と慕情。眼の前のハックマではなく、遠く立つ誰かを目指してスフェーンは今このときも成長を続けている。

 

 ならば彼女こそ融合個体の到達点の一つ。

 他を圧倒するベースを持ちながら油断もなく、驕りもまたない。後付された身体能力に技術を上乗せした、まさに魔将である。

 

 それに対するハックマが押されるのも道理だ。全体的にまとまった性能を持つゆえに、勇者は飛び抜けた一点を持たない。己より優れた性能を持つ相手にも善戦はできても、それで終わる。

 バランス型にしか成せないことがあるように、研ぎ澄まされた針にしか成せないこともあるのだ。

 即ち格上殺し。そして魔と人の融合は支える力強さと、道理を覆す毒針を両立させてしまう。

 

 

「貴様らは、それが導く未来を分かっているのか?」

 

 

 だからこそハックマは問わずにはいられない。

 この技術が完成して、そして世に認められてしまえば…融合個体は完全な人間の上位互換として君臨してしまう。適応した人間が上に立ち、適応できない人間が下に置かれる未来図。それは人魔戦争の結末を反転させる絵だ。

 

 

「魔族の勝利とどう違う? ただの人間が這いつくばる奴隷の世界だ!」

「未来? ……さぁ? そんなことは考えたこともありませんね。成すべき目標ならありますが……まぁ私が死んだ後のことはその時代の人々が何かするのでは?」

 

 

 その結果が後世にどう影響するかなど知ったことではない。

 

 

「そもそも、人間の世など大したものでもないと思うのですが……まぁそこは個人の感覚。貴方はどうか健やかな明日でも目指していて下さい。私も勝手にしますので」

 

 

 目的のために全てを両断する。自分も彼のようにならなくては、そう決意するスフェーンの突撃は止まらない。全てを切り裂き、さぁ前へ。

 

 

「させると思うか!」

 

 

 勇者として、人として、そんなことは認められないと吠えるハックマもまた止まらない。否、正しい敵を見出したためにさらに加速する。

 

 異形の剣と鋼の剣が絡む。互いに斬鉄の域だからこそ、どちらも斬れない。

 射程を大きく伸ばしたスフェーンに対抗するには、やはり距離を詰める他はない。触れれば即死の旋風へと飛び込むハックマにためらいは無い。

 竜巻に飛び込む如き暴挙だが、その姿にあるのは高潔な意志のみ。

 

 曲刀を躱す。代償に黒の甲冑は大部分が剥ぎ取られたが、肉体は無傷。さらに身軽になったことで前へと出られる。

 豪腕を躱す。単純な力押しを十数合弾いたために、名剣は見るも無残な鉄屑になったが問題はない。

 迫る蹴撃。余波だけで鎌鼬のように切り裂かれるが、直撃は避けた。

 

 全て問題なし。ハックマはとうとう台風の目へと到達した。

 

 

「このっ!」

 

 

 可憐な容姿に似合わぬ頭突きを受けて、ハックマの顔面が陥没する。

 しかし、顔面など最早意味はない。

 そのままにして、相手の体を抱え込み張り付く。

 

 

「……捕ら、えたぞ(・・ ・・・)

 

 

 執念が悪を捕まえた。

 歪んだ口から零れ出る勝利の宣言は、まるで地獄の呪詛のよう。

 

 

「もぉろともにしにぇ…〈大爆発(エクスプロード)〉」

 

 

 邪悪よ弾けろ。

 放たれるのはハックマの最大火力。彼の持つ唯一の上位魔術。残った神秘の活力と、無残な肉体を消費して破邪の鉄槌が下される。

 

 閃光が皇城を揺らした。

 

 

/

 

 

 全てが瓦礫に変わった1角で、倒れていないものがあった。

 

 

「やってくれますね……」

 

 

 涼やかな女の声が相手の健闘に対して憎悪と賞賛を贈った。

 最後まで立っていたのはスフェーンだ。ハックマは既に塵すらも残っていない。

 

 片腕と片足と瘴気を犠牲に、必殺の爆発を耐え抜いて彼女は勝利したのだ。

 

 

「これでは再生に、どれほどの時間がかかるか……」

 

 

 語る女軍団長に可憐な顔はもう無い。残った部位も煮崩れた野菜のように爛れて、今のスフェーンは黄泉路の亡者のような姿に成り果てていた。

 

 

「……また随分と派手に暴れたようだな」

 

 

 聞き慣れた声に、スフェーンはぎくりとした。

 彼女の勝者が帰ってきた。

 

 

「俺が外している間にすまないことになったな」

 

 

 スフェーンは振り向かない。

 いずれ治る身としても、この崩れた姿を見て欲しくはなかった。

 

 

「謝罪は不要です。この程度は単身で乗り越えられなければ、強国を落とすことなど出来はしません」

「そうか」

 

 

 返ってくる言葉は少ない。

 そこにいつもの声とは少し違う感じをスフェーンは覚えた。

 

 

「……計画を前倒しにするか、あるいは後にするか。ここからの再生には数カ月は必要でしょう」

「その間は俺が進めよう。元よりディアモンテは俺が(・・)戦うべき相手だ」

「……クィネ?」

「そしてその姿を恥じる必要もない。勝利のためにしたことをクィネは決して笑いはしない」

 

 

 僅かにスフェーンは目線だけを己の勝者へと向けた。

 彼の顔は何時も通り。何の傷も(・・・・)無かった。

 

/

 

 ディアモンテ王国の勢力圏へと、サフィーレ帝国の軍勢がとうとう足を踏み入れた。表向き初となる人間種の大勢力同士がぶつかり合う。多少でも世に関心があるものならば、怯えながらもその状況を知ろうと好奇心を覗かせていた。

 田舎の農夫のような人間でも、他人事ではない。専門兵を育成する帝国のような存在の方が珍しい。大抵の国は徴募兵だとか義勇兵と称して一方的に男手を徴収するのだ。

 

 平和な時代ならそれも容易くは無いだろうが……良くも悪くも人魔戦争の空気が残る時代だ。かき集められる側も辟易しつつ応じた。

 

 その結果、現れた光景に人々は恐怖した。当のサフィーレ帝国とディアモンテ王国すらもだ。

 戦場になったのはディアモンテ王国の傘下であるパイラ国とロープ国の少し北にある平原だ。

 

 パイラもロープも本来は帝国と争えるような国ではないが、ディアモンテからの大部隊の補充で格好をつけることが出来た。

 対する帝国も第5から第7の三軍団を送り込んだ。

 

/

 

 戦場はお定まり通りに進んだ。

 まずは遠距離から帝国軍の魔術兵達が一斉に〈火球(ファイア・ボール)〉を放つと、王国側は民兵達を使い捨てに肉の盾で防いだ。すると今度は王国側から〈火球〉が飛んでくる。数では劣るが質では大きく勝る帝国軍は余力のある魔術兵達の〈氷壁〉か重装歩兵の盾で防いだ。

 

 挨拶じみた最初の応酬が終わると、兵たちも指揮官達も動きを止めた。

 

 

「これは……酷すぎる……」

 

 

 誰かが漏らした呻きが戦場にいる者全ての代弁だった。

 火に巻き付かれたまま踊り狂う兵。転げ回る間に他の者へと燃え移り、死者の輪を広げていく。脂の燃える匂いが充満して、風とともに流れていった。

 炭になる前に苦痛から解放するべく味方を刺す兵もいた。

 

 魔法にせよ武具にせよ……人間の持つ戦闘技術は、そのほとんどが人間よりも頑強な魔族を想定して作られたものだ。それをさして頑強でもない人間に使えばどうなるか……言わずもがな過剰殺傷(オーバーキル)であった。

 

 誰もがこれで戦の虚しさを思い、争いを止めるのならばどれほど良かったことだろうか。

 ここまで大規模なモノは初めてにせよ、戦慣れした帝国軍の軍士達はディアモンテ側より僅かに早く立ち直ってしまう。

 ほんの一瞬の差。そこに攻め入るべき進路を見出して、覇道の軍が動いてしまう。

 前例は作られた。戦争はさらに広がって止まらないだろう。いずれは焼ける脂の臭いにも慣れて殺戮へと踏み込むようになる。

 

 そして、そんな呵責とは無関係に最初から殺す気の者たちもまたいた。

 

/

 

 合戦場にも勇者や英雄がいるのは勿論だが、集団行動に向かない者も多い。そうした者達は別の戦場を形成して相争う。それは道を外れた剣聖であるセイフも同じこと。

 

 そう思って合戦場の端にある森へと皇帝直下部隊……闇の融合個体達は移動してきたのだった。そこは確かに外れもの達の戦場ではあったが、皇帝側の予想を大きく外れていた。

 

 

「……四方八方の気配、ついてきておりますな。しかも速い……いかがなさいますか軍士殿」

「いかがも何もない。向かってくるのならば斬るだけだ。とはいえ、考えることは皆同じか。やはり侮れないなディアモンテ」

 

 

 並走する融合個体の男へと応えるセイフ。

 疾走する彼らの狙いは森に潜む者たちを討伐。そしてあわよくば敵の拠点ないし都市への攻撃だ。占領までもは無理だろうが、突出した個の集まりであれば多大な被害を与えることが可能だろう。頭数が少ないために例え敵を全て殺せたとしても、維持はできない。

 

 

「ここにいる連中の気配を感じる限りでは……」

「他の地点が大変なことになりますね。しかし、我らは我らが軍団長閣下の代わりを務めるのみ。そう考えれば気楽なものです」

 

 

 この森にいる敵は……人間とは呼べないだろう。

 足音や気配を読む限りでは、同類と呼ぶべきものだ。そしてその姿をようやく目視することに帝国軍の魔は成功した。

 

 

「これが、ディアモンテ風の融合個体。ところ違っても発想は同じとは本当に奇妙だ」

 

 

 目に映ったのは赤い瞳をした軍獣の類。

 猟犬のような姿をした個体やイノシシに似た怪物。牛馬めいたものもいる。

 ある程度の体系化に成功しているのか……そろって硬質化した毛皮を持ち、獰猛さを発揮している。操縦可能かどうかよりも、強力さのみを主眼にした点が帝国の融合個体との違いだ。

 

 目が合うと同時に、風のような速度で飛びかかってくる。異常なほどに好戦的である。

 しかしその攻撃は野獣よりも格段に上。セイフ達は当然に回避したが、敵が激突した岩や木は砕けて大地が抉れている。

 

 

「数も性能も向こうが上ですね」

 

 

 黒衣の一人が淡々と感想を述べる。魔族化したことで、ある種の諦念を抱いている融合個体もいる。そうした者は自分の敗北や死にも特に思うところがない。

 

 

「確かにな。ベースにした生物の性能差だな。人と獣では差が出ようよ」

 

 

 攻撃を回避して、木の枝の上に立ったセイフも静かに首肯する。

 野に生きる獣の身体能力は言うまでもない。それを強化したディアモンテ流の融合個体は性能において極めて高い。

 

 

「しかし……操れているようには見えん。何か仕掛けを施して、この一帯から出ないようにしているのか?」

 

 

 性能は優れていても、ディアモンテの融合個体には大きな欠点がある。

 ベースが獣であるために普通の兵などと足並みを揃えるのが不可能なのだ。いずれはそこを改良してくるにしても、かなり先の話となるだろう。

 

 

「ディアモンテは精神に影響を与える術に優れる。そこを考えれば、恐らくは近辺に小細工をしているやつがいるな。お前たちはそいつを探し出して、殺せ」

「軍士殿は?」

「決まっているだろう。あいつらを独り占めだ」

 

 

 樹の上から飛び降りるセイフを見た融合個体達は思いを同じくして、行動を開始した。

 

 

「急ぐぞ皆。我らが隊長ならば、術者を見つける前にここの敵を全滅させかねん」

 




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