【完結】「魔王が倒れ、戦争がはじまった」   作:松脂松明

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魔対魔・砦を食らう

 獣が赤い光跡を残して縦横無尽に駆け回る。

 その様子を見て大抵の者は恐怖を感じるだろうが、強者ならば嫌悪か憐憫を感じる。融合個体の獣達は無闇矢鱈に暴れまわるだけだ。いくら硬化していようとも、その速度で岩にぶつかれば自身も傷付く。

 さらには時折は仲間同士でもぶつかり合っている。獣としての感覚と融合した魔族の精神が明らかにズレているのだ。

 

 帝国風の……人と魔族の融合個体では精神の支配権を巡って内部での戦いが行われる。だが獣のよく言えば純粋な魂と精神では、人に近い精神の魔族とは反りが合わない。勝負と言える形になるかも怪しい。

 仮に魔族が肉体の支配権を握ったとしても、形が大きく異なる獣の肉体によって齟齬が出る。逆では強化されすぎた身体能力を獣が持て余す。

 

 

「歪なことだ。しかし同時に獣をベースに用いる限りは魔族が反攻を起こすのも難しくなる。それがディアモンテの狙いか」

 

 

 完全な制御を手放すことによって、行動範囲を限定させている。

 しかし獣達は狂いながらもセイフを狙い続けている。どうやって?

 

 

「……色か、臭いか」

 

 

 つまりは特定の要素を持つものを狙うように躾けられている。もしくは錯覚させられている。サフィーレ帝国の兵を狙うのならば黒を付け狙うようにすればいい。

 

 

「いずれにせよ……斬ってしまえば全ては変わらん」

 

 

 ナガマキを構える。そう全て切ってしまえば良いのだ。過去も己も既に不要。

 願わくば最期の戦いに大曲刀が間に合えばいいのだが……

 

 牛に似た魔獣の飛び上がるような突撃をしゃがむだけでセイフは躱す。わずかにでも間違えば即死の状況でもセイフが慌てるようなことはない。

 すれ違いざまに四肢を切断すれば、代わりのように黒い爪が伸びて補う。劇的な再生にも思う所は無い。細かい動きには不向きな四肢に変えたの獣は最早剣聖の敵になり得ない。

 

 周囲一帯の敵の動きを感知しながら詰将棋のように斬っていく。それは愉しみですら無くただの作業だった。

 

/

 

 見つけた。

 予想よりも遥かに時間がかかってしまったのは、帝国軍の融合個体達も感覚を狂わされていたからだ。

 融合個体に対する幻惑手段をディアモンテ王国は完成させつつあるのだろう。しかし、それは考える頭のついている人型の融合個体には決定的とは言えない。

 怪しければ止まればいいのだ。軽めに手を出すのも良い。

 その度に時間を稼がれるものの、術を唱えながらでは離脱するのも難しい。とうとう帝国軍の融合個体達は白い衣装の魔術師を捕捉した。

 

 

「なろうことならば、確保だ。しかし……逃げられるぐらいならば殺そう」

 

 

 帝国軍の融合個体同士に上下の間隔は無い。魔将たるスフェーンかセイフもしくはクィネを上においてはいるが、最早人には戻れぬ身。名前すらも捨てている者さえいる。

 見方を変えれば帝国軍の融合個体技術はディアモンテ王国に遠く及ばない。なにせ彼らは皇帝や軍団長の個人的な目的のために製造された駒であり、上位者には従うが国に忠義を捧げているわけではないのだ。

 

 白衣の魔術師は何事かを呟き始める。それが発動する前に年若い融合個体が魔術師に、蹴りを入れて黙らせた。

 

 瞬間、響く獣の咆哮。

 近い、だがどこから? そう考えた時には上から落ちてきた極大の狼の足によって、魔術師を蹴った融合個体が圧殺される。

 

 黒い体毛に巨体。今までどこに潜んでいたのか分からないほどの存在感だ。

 その体躯には雷炎が纏わりつき、明らかに低位の魔族ではない。

 

 

「この術士が最期に唱えていたのは、コレを呼ぶためか」

「あるいは遠ざけるためか。我らと同様に心身の近い魔族とたまたま座標が一致したと見える」

「これをあしらいながら森を通過するは不可能。隊長が来るまでの間は我らでもたせよう」

 

 

 無残な肉塊に成り果てた仲間を見ても、変わらぬ態度。しかし姿形は変わり始める。一人圧殺されたために9人となった融合個体達は、己を変えて戦いに臨む。

 

 

「影よ重なれ――」

 

 

/

 

 肉の総量という常識を無視して変貌した男達。

 背丈はちょっとした巨人めいた高さとなり、腕は角ばって刃物のようになる者。背中から翼を生やし、低いながらも飛ぶ者。腕が硬質化した触腕となり、鞭のような4本の腕を持つ者。顔は既に全員人間の形を留めていない。

 全て下位から中位の魔族だが、かつての戦争を経験したものならば侮ることはあるまい。人間よりも遥かに強大な種族が、勝者である人間へと吸収されて舞い戻った。

 

 

「オオオォオ……行くゾ」

 

 

 奇妙な訛りのようになった言葉で巨体が宣言すると、9体の怪物が一斉に巨獣に向かって殺到した。鋼よりも鋭い鞭刃が唸り、槍のような爪が獣の眼を狙う。

 しかし、狼のような魔族は融合したのが強大な個体のようでその殺意の波濤を身動きもせずに、身にまとった雷炎を操り退けた。

 

 木々ごと焼き尽くす一撃が広範囲に渡って広がる。肉が焦げて、魔族特有の腐臭が漂い始めた。既に終わったはずの魔戦は人の手によって再現されていた。

 ……いいや、これはこれまでの戦いよりも遥かに奇妙な者だ。争っているのは人と魔ではなく、魔と魔…そして人と人でもある。双方の要素を持った怪物達こそが新たな主役にして種族となったのだ。

 

 そこに……ただの人であったはずの剣聖が割って入る。

 焼けて崩れ落ちる木々の合間を縫って、返り血を浴びた剣士が飛び込んできた。

 

 

「お前たち! よくやってくれた! 予定よりも早く片付いた!」

「軍士ドノ! この獣カナリの存在……! 我らを盾ニ!」

 

 

 放たれる雷撃はなるほど確かに人にとっては最悪の部類。

 速度は音を置き去りにして、防具では防ぐことも不可能な熱と電撃を浸透させてくる。さらには範囲までもが広いとなれば太刀打ちできるはずもない。

 そうした無理を押し通すために、かつて英雄達は英雄のみで徒党を組んだのだが……

 

 

「任せる! 一撃を耐えろ!」

 

 

 後は俺が一撃で決める。

 そう続く言葉を聞いたように、甦った怪物たちは己のもっとも硬い部位を盾にして構える。禍々しい外観の者達が続く者のために身を挺する光景は、人魔戦争を経験したことのある者にとってはさぞ滑稽だろう。

 

 巨狼が首を仰け反らせて遠吠えのような姿勢を取った。獣もまた、この一撃で全てを終わらせる気でいるのだ。

 そして放たれる雷撃は、先程のモノよりも苛烈だった。

 音すら消え去った空間で破壊のみが広がっていく。

 

 

「オォォオオオオオ!?」

 

 

 焼き砕かれる魔人達。

 雷撃は文字通りの雷速であるため、攻撃は一瞬で終わる。だが受けている者にとっては嵐の一夜のように長い。

 

 

「耐エ切っタゾ……! 軍士ドノ!」

「任せろ!」

 

 

 巨体を踏み台にして高く、そして早く飛び上がるセイフ。

 眼下に盾となったクィネの同士達が映る。恐ろしい刃も鞭も欠けて、無傷の者は誰もいない。嫌悪を催すような醜悪な外見にも負けない輝きをそこに見る。……無駄にはしない。

 

 恐るべきは剣聖の跳躍。雷撃の後で動きが鈍っているとは言え、獣型の魔族に一切の反応を許さずに距離を詰めるのは心の隙間を縫った技でもあるのだろう。

 測ったように首元に落下していくその最中に、鈍い光が一閃を奔った。

 

 

「すまないが、お前の名は覚えていない。人の付けた名などお前にとっても意味が無いだろうから良しとしてくれ。さらばだ」

 

 

 別れを告げ終わると同時に、巨狼の首が滑り落ちた。

 

/

 

 

「お見事でした軍士殿」

 

 

 人型に戻った融合個体が静かに告げる。諦念の中に敬意の揺らめきがあるのは、人を超えた域の技を目の当たりにして改めて実力を認識していたが故だろう。

 

 

「お前たちのおかげだ。とはいえ、即座に再生とは行かないのか。行動に移れるか?」

 

 

 融合個体達の装束は焦げ、腕も繋がっているのが怪しいふらつきを見せていた。

 

 

「全員深い損傷は腕に集中しております。移動に支障は無く、まだ街までも一足飛びとは行かない以上は移動の最中に再生が完了すると思われます。……しかし、よろしいので?」

「ああ、役割上な」

 

 

 融合個体が聞いたのは、他の潜伏地点のことだ。副戦場はここだけではなく、ここで魔と魔が争った以上は、帝国南方軍の影で動く英雄達も融合個体とぶつかるか、もしくは同じ勇者英雄とぶつかることになる。

 だが、助勢する気が無いのはセイフもクィネも同じだった。

 

 

「我々の役割は陛下と閣下の露払い……というやつだな。あの人達の戦うべき場所は塔国であり王国ではない。だが、先に進むにはディアモンテが邪魔だ」

 

 

 他の戦場の、同志ではない仲間達に差し伸べる手はない。

 

 

「行くぞ。ディアモンテを速攻で落とすには、我らの暴が必要だ」

 

/

 

 幾ら前線に多くの人員が配置されているとはいえ、ロープ国の国境付近を守護する砦戦は堅牢で人もまだ少ないとは言えない。

 

 少し離れたところにおいて国家の命運を賭ける戦いが繰り広げられていようとも、目先に驚異がなければ気が緩む者も出る。徴用された兵は特にそうだ。彼らは元々が農夫や鉱夫などの土台を支える役割があるために、生き残りさえすれば支配権がどちらになろうとも平穏な生活が取り戻せる。

 願うことはただ一つ。早く終わってくれないかということだけだ。自分とは無関係に……できれば自国が勝って景気が良くはならないかという程度の期待はあるものの、概ねの徴募兵はそう考えていた。

 

 特に先で行われているのは大規模な会戦と聞いている。負けて帝国の大部隊が押し寄せても、砦の偉い人達も降伏して収まるだろう……そんな思いをあざ笑うがごとく……

 

 

「なぁなんが変な音きごえねぇ?」

「いつもの修理の音でねか? 人魔戦争時代の罅やら残ってるってんでしょっちゅう立ち働いてるだ」

 

 

 奇妙な抑揚の共通語を話す二人は、田舎から徴兵されて来た男二人だ。歳がある程度行っているために後備に回されて幸運だと思っていた。そう思っていたのだ。

 

 今度は音だけではなく、振動までもが伝わってきた。

 

/

 

 轟音の響きにロープ国の砦は騒然となった。

 合戦場から離れた場所にあって、抑え込まれていたはずの恐怖心が俄に顔を出したのだ。こうなれば兵はただの烏合の衆に過ぎない。それでも一部の熱心な兵達により一応の規律は保たれた。

 

 

「敵の部隊はいつの間に近付いたのだ! 監視の兵は何をしていた!」

 

 

 その熱心な老兵が声をがなり立てる。

 砦と砦を壁でつないだ防衛線。一人や二人が見逃したところで、誰かが気付くのは分かっていても叫ばずにはいられない。老兵も内心は焦っていたのだ。なにせこういう時引っ張ってくれるはずの指揮官は、顔を青くして「あ……」とか言うのみで役に立たない。

 それでも恐怖を抑えるために声を上げて繰り返す。

 その態度を指揮官級と勘違いしたのか返答を寄越す兵があり、その答えはさらに兵たちを混乱に陥れた。

 

 

「それが……敵はわずかに10人。しかも、壁は既に一部損壊して侵入を許したとのこと!」

「なんだと! 魔法使いでも攻めてきたのか!」

 

 

 そんなわけはない。そう分かっているのだ。

 たった10人で攻めてくるなど……声が響いた。

 

 

「来ましたぁ! 黒の装束……帝国兵でっ!」

 

 

 その言葉をいい切る前に首が飛ぶ。何も見えないままに首だけが飛んだようにしか見えない光景は、道理も何もない悪夢のようだった。

 

/

 

 

「予想外に速く来れたな。やはり融合個体は素晴らしい技術と言える」

 

 

 セイフは短く感想を述べる。

 砦から見て合戦場が離れているというのも、人間の大集団としての速度で見た場合だ。単身ならばそれほど時間はかからない。その上、別の生物の能力がそのまま上乗せされた融合個体は言ってしまえば疲れない馬のようなものだ。

 人対人の要素の追求は始まったばかりだが、魔との融合が普及すれば世界が様変わりするのは確かだ。

 

 

「とはいえ予想以上に堅固です。人も多い。占領と殲滅は不可能ですが……いかが致しますか軍士殿」

「こういう時に働く頭は俺には無いな。個々人の能力頼りに行動するしかない。二人は俺と行動を共にして中を殺して回る。残りは壁を壊して回れ、嫌がらせ程度でも後から効くだろうからな。それと……」

「完全融合は許可されませんか、やはり。今はまだ帝国が魔に手を染めたと思われたくはないと陛下もお考えのようで」

 

 

 砦の内部の人間に目撃者が残っていても困るのだ。戦場以外でも様々な戦いが繰り広げられているために、突っ込まれやすい隙を晒したくはない。

 

 

「陛下の御意は我々が気にすることでもない。実際どうでもいいことだしな」

 

 

 明け透けな発言に人格の薄くなった融合個体も苦笑する。確かに既に人で無くなった彼らからすれば一時の軒下。どうでもいいことだった。

 

 

「さて……我々だけで砦群を相手にどこまで食えるか、試してみるとしよう」

 

 

/

 

 こんな馬鹿なことがあるか。

 それが砦側の全員の気持ちだった。

 

 

「相手はたった10人。10人のはずだ……なのに、なぜ仕留められない!?」

 

 

 内部の兵達はわずか3人の剣士に良いように切り裂かれて、まるで相手になっていない。壁の破壊を試みる7人を止めることもできていない。

 多くの意味で異常な光景だった。数で圧倒的に勝っているのに、個の武力で押されていることもあるがそれ以上に……相手の姿が。

 魔術兵は前線に吸収されてしまっているとは言え、弓兵や弩兵はまだ残っている。流石に彼らの攻撃はある程度の成果を見せている。特に壁を相手にしている7人には体に幾本もの矢が刺さったままだ。

 

 

「狂っている……」

 

 

 敵の肉体がどうなっているか知らない兵士たちには、矢の痛みなど気にもしていないようにしか見えない。胸に矢が突き立ったまま動いている相手に至っては生き物にさえ思えない。

 そのあり得ない想像が事実であるなど誰に分かろうか? 黒衣の10人は既に人ではないのだ、などと信じることもできない。

 

 

「飛び道具を持った敵を狙え。後ろの連中も流石にキツかろう」

 

 

 異常な10人の敵の中でさらに異常なのは頭目らしき、褐色の男。

 神出鬼没にして神速。加えて長い刀剣を振るう度に首が次々と飛ぶ様子は現実味がまるでない。

 

 人魔戦争を辛うじて耐えた守護の壁が、素手で解体されていく。

 中の護り手達は剣で解体されていく。

 何もかもが奪われるような光景に、ロープ国の兵達は狂気を選択した。この悪夢を粉砕するために攻め続ける。要は前へと逃げているだけに過ぎないと分かっていながらも……

 

 

「そうだ。来い、来い。お前たちはそうするべきだ。倒すべき敵はここにいるぞ! さぁ(セイフ)を殺してのけろ! 輝く勝者の座をもぎ取ってくれ!」

 

 

 放逐されたはずの南方剣聖が、とうとう断罪のために戻ってきたのだ。

 この小規模な蹂躙の結果は語るまでもない。




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