地下大洞窟から地上に戻ったテル、ヒカリ、ジュンは、大量の宝石をコトブキシティの宝石店で換金し、ホクホク顔で回復薬やボール、そして何よりも必要なゴールドスプレーを大量に買い込んだ。これでテンガンざんへ向かう準備は万端だ。
「よし!これで準備は完璧だぜ、テル!ギンガ団を叩きのめしに行くぞ!」ジュンはリュックを背負い直して意気込んだ。
「待ちなさい、ジュン! その前に、テルの過払い請求と、貴方の罰金100万円を清算するために、私が一度きちんと資金管理をしないと―――」
ヒカリが言い終わらないうちに、三人の耳に、か細い声が届いた。
「だ、誰か……何か……たべさせて……」
三人が声のする方を振り向くと、街路樹の根元に、一人の少女がへたり込んでいた。道着のような服を着ており、髪には花のような飾りが付いている。顔色は真っ青で、完全に力尽きている様子だ。
「スモモさん!?」テルは思わず声を上げた。彼女は、以前戦ったことのあるトバリシティのジムリーダー、スモモだった。
「も、もうだめ……わたしは……このまま……きぜつしてしまう……」スモモは消え入りそうな声で呻いた。
「大変ですわ! 倒れています!」ヒカリが慌てて駆け寄った。
「スモモさん! どうしたんですか、こんなところで?」テルが尋ねる。
「修行……。食べ物に頼らない、究極の精神統一の修行をしていたのだけど……やっぱり……わたしには……無理だった……」
「そんな修行を!?」ジュンも驚きを隠せない。
「わかりました! とにかく何か食べさせないと!」テルは立ち上がった。「ちょうどお金を稼いだばかりだ。スモモさん、元気が出るものを奢らせてください!」
ジュンも興奮して頷いた。「おう! そうと決まれば、あそこのレストランだ! オレも腹ペコだぜ!」
三人はスモモを抱え上げ、近くの人気の定食屋へと向かった。
テルとジュンも地下大洞窟での肉体労働で腹ペコだったため、席に着くなり、メニューも見ずに「とりあえず全部!」という勢いで大量の料理を注文した。スモモも目が覚めた途端、その細い体のどこにそんな容量があるのか、という勢いで食べ始めた。
テルとジュンは、久々に食べる現代の食事を堪能し、スモモも一切の遠慮なく、料理を平らげていく。
やがて、テーブルには山のような空の皿と、ゲップをこらえている三人の顔が残った。
「ふぅ……美味しかった……」スモモは満足げな笑顔を浮かべた。
「ああ……地下での疲れも吹き飛んだぜ……」ジュンは腹をさすった。
テルも満腹で動けない。
そして、会計の時。
店員が持ってきた伝票に、テルは目を疑った。三人の胃袋、特にスモモの食欲は、テルが地下で稼いだほとんどの金額を軽く超えていた。
テルが冷や汗をかきながら、財布から金を支払うと、瞬く間にヒカリに管理させるはずだった旅の資金は、ほぼ底を尽いた。残ったのは、かろうじてゴールドスプレーを買える程度の、寂しい小銭だけだった。
「……え、あの」テルはヒカリの方を向いた。
ジュンはすでに満腹で意識が遠のいていた。
ヒカリは、会計の様子を一部始終見ており、伝票の金額を確認すると、全身から怒りのオーラを噴き出させた。
「な、ななな……なんですの、これは!!」
ヒカリは、テーブルを叩きつけて叫んだ。
「テル! ジュン! そして、スモモさん! なんで稼いだお金が、また底を着いちゃうんですの! まだ1日も経ってないじゃありませんか!」
スモモは満腹で幸せそうに微笑んでいる。
「ふふふ……ありがとう、チャンピオン。おかげで、最高の精神統一ができたわ……」
「精神統一じゃありませんわよ! 貴方たちの胃袋は、ディアルガやパルキアの時空の歪みよりもよほど恐ろしいですわ!」
ヒカリは怒りのあまり、ハンカチを噛みしめた。
「もう一度、地下大洞窟で掘り掘りロマンですわ! いいですか、テル! ジュン! これで貴方たち二人の過払い請求の金額は、倍に増額ですわよ! 絶対にテンガンざんに行く前に、私にきちんと資金を返済しなさい!」
テルとジュンは、膨れた腹を抱えながら、ヒカリのヒステリックな怒声と、倍になった債務に、ただただ平伏するしかなかった。シンオウの平和を守る戦いの前に、三人の英雄は、再び資金調達という現実の壁にぶち当たったのだった。
ヒカリの憤怒により、テルとジュンは再び無一文(厳密にはジュンは200円)に戻ってしまった。大量のゴールドスプレーと回復薬の入ったヒカリのバッグだけが、唯一の希望だ。
「もう! 私の資金管理能力を試されているとしか思えませんわ!」ヒカリは顔をしかめたまま、次の作戦を口にした。「いいですか、テル、ジュン! 今度こそ効率の良いお金の稼ぎ方をしますわ!」
「今度は何するんだよ?」テルは恐る恐る尋ねた。これ以上、予想外の出費は耐えられそうになかった。
ヒカリはきっぱりと言い放った。
「炭鉱ですわ! クロガネシティのクロガネ炭鉱へ向かいます!」
「炭鉱?」
「ええ! あの場所なら、地下大洞窟のように探検セットを使わなくても、珍しい化石が手に入る可能性がありますわ! 化石を復元して売却すれば、高い値段で換金できるはず! そこでお金に返させてもらいましょう!」
ジュンは目を輝かせた。
「化石掘り! ロマンだな! でも、化石って簡単に見つかるもんじゃないだろ?」
「大丈夫ですわ!」ヒカリは自信満々に言った。「たとえ何も発見できなくても、クロガネ炭鉱は危険な作業を伴いますから、動いているだけで時給が高いのです! バイトとして潜り込めば、安全な場所で少し作業するだけで、それなりにお金が発生しますわ! ほら、急いでムクホークを出しなさい!」
「さすがヒカリ……金策の計画性は、チャンピオン級だ」テルは感嘆し、ムクホークを呼んだ。
二人の債務者は、債権者の指示に従い、再びムクホークの背に揺られてクロガネシティへと急いだ。
【ヒョウタとの鉢合わせ】
クロガネシティに到着した三人は、早速、街の外れにあるクロガネ炭鉱の大きな入り口へと向かった。
テルは再びムクホークをボールに戻し、ジュンが先頭に立って中へ入ろうとしたその時。
「おや? 君たち、また来たのかい?」
背後から、聞き覚えのある若い声がした。三人が振り返ると、そこには作業着姿のジムリーダー、ヒョウタが立っていた。彼はヘルメットを被り、つるはしを肩に担いでいる。
「ヒョウタ!?」ジュンが驚きの声を上げた。
「ヒョウタさん、どうしてここに?」テルも尋ねた。
ヒョウタは朗らかに笑った。
「決まってるじゃないか。僕はジムリーダーであると同時に、この炭鉱の責任者でもあるんだ。今日はたまたま、新しい鉱脈の調査に来たんだよ」
ヒョウタは、テルの顔を見てすぐに気づいた。
「あれ? 君は……チャンピオンのテルじゃないか! そして、ヒカリちゃんにジュン! 君たちがこんなところにいるなんて、どうしたんだい? まさか、僕のジムに三人がかりで挑みに来たとか?」
ジュンは顔を赤くして言った。
「ち、違う! 俺はさっき、お前のイシツブテの自爆に負けたばかりだ! 今日は個人的な事情で、この炭鉱に用があるんだ!」
ヒカリはすかさず前に出て、優雅に頭を下げた。
「ヒョウタ様、ご挨拶が遅れました。実は私たち、クロガネ炭鉱で、緊急のアルバイトを探しに来たのですわ。大変恐縮ですが、私たちを雇っていただけませんでしょうか?」
ヒョウタは目を丸くした。
「アルバイト? チャンピオンと、ポケモンリーグ準優勝経験者が、僕の炭鉱で?」
「ええ! 私たちは今、大変切実な事情で、一刻も早くまとまった資金が必要なのです! 貴方の炭鉱の時給が高いと聞いて、参りましたの! 優秀なポケモンを連れていますから、労働力にはなりますわ!」ヒカリは必死に訴えた。
ヒョウタはテルとジュンを見て、事情を察したようだ。テルは気まずそうに目を逸らした。
「ふむ……何か面白いことになっているようだね。わかったよ、君たちを雇おう。チャンピオンと、そのライバルが働くなんて、めったにないことだし、新しい鉱脈の調査にも人手が欲しかったところだ」
ヒョウタはニヤリと笑った。
「ただし、危険な作業もあるから、僕の指示に従ってね。それじゃあ、テル君! 時給の高いアルバイト、頑張ってくれたまえ!」
こうして、シンオウの平和とテルの存在を賭けた大冒険は、ジムリーダーの元での高時給アルバイトへと繋がったのだった。