遠き郷から来たシンオウチャンピオン   作:gp真白

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失われたチャンピオン

「このシンオウ地方を、もう一度、"調査" する」

その言葉を聞き届けた長老は、穏やかながらも鋭い問いを投げかけた。

「調査……そうだね。きみほどのトレーナーなら、ポケモンに関する詳細な記録―――そう、図鑑を持っているだろう? それがあれば、きみがこの現代で何を成し遂げたか、手掛かりになるかもしれない」

「図鑑……」

テルは慌てて、身につけた服のポケットをまさぐった。ヒスイ時代の分厚い木の表紙を持つ**「古の図鑑」。そして、現代でポケモンリーグに挑む過程で手に入れたはずの、多機能な電子端末「ポケッチ」**。

しかし、手のひらに感じられるのは布地の感触だけだった。

「……ない」テルは首を横に振った。「古の図鑑は、たしかアルセウスとの戦いの後で、一旦……。現代の**『ポケッチ』**も、持っていない」

長老は静かに頷いた。

「きみが姿を消す直前まで、それを大切にしていたと聞いている。やはり、きみが失踪した際に、どこかに置き去りにされてしまったようだね」

テルは腕を組み、深く考え込んだ。チャンピオンに就任した後の記憶は、霧がかかったように曖昧だ。だが、断片的な映像が脳裏をよぎる。歓声、豪華な部屋、そして―――フタバタウンの、見慣れた青い屋根の家。

「そうだ……」テルは声を上げた。「チャンピオンになってから、一度だけ……自分の家に戻ったことがある。あまりに日常の風景だったから、すぐにまた旅に出たが……その時、図鑑を含めた私物や荷物を、置いてきたのかもしれない」

長老はテルの考えを補うように言った。

「『あの家』というのは、きみが旅立った場所……シンオウの南端にある、フタバタウンの家かい?」

「ああ」テルは強く頷いた。「まずはそこへ戻って、俺がこの世界に残した**『最初の痕跡』**を探す。そこに、俺の失われた数ヶ月間の記録が残っているはずだ」

長老は優しい笑みを浮かべ、茶を淹れるように火を起こし始めた。

「フタバタウンか。きみの旅立ちの家は、このシンオウという時代の始まりの場所でもある。そこからきみが再び旅立つのは、歴史の巡り合わせかもしれないね」

 

テルは、長老の差し出した、見たこともない温かい飲み物を受け取った。

 

「…おばあさん」

 

「シロナは、きみが消えた後も、カンナギの遺跡で何度も神話の解読を試みていたよ。きみがどこへ行ったのか、その理由を知るために。きみの存在は、彼女の『強さ』の根源に触れる、決定的な出来事だったのだろう」

 

「シロナ……」

 

最強の女性トレーナー。時空を越えた己の存在が、彼女の運命を変えてしまった。テルは、失われた記憶と、自分を探す旅に出た元チャンピオンとの再会を、新たな目的として胸に刻んだ。

 

少しの間、長老から現代のシンオウ地方の情勢や、ヒスイ時代との文化の違いなどを聞く。テルは一つ一つを真剣に記憶に留めた。

飲み物を飲み干し、テルは立ち上がった。

 

「ありがとう、おばあさん。おかげで目が覚めた。……俺は行くよ。まずはフタバタウンへ」

 

「気をつけてお行き。テル。きみの旅は、きみ自身を探す旅になるだろう」

 

長老に見送られ、テルはカンナギタウンを出発した。ヒスイのポケモンたちをボールに戻し、現代の街並みの中を、時を越えてきた開拓者は、かつて自分がチャンピオンとして旅立ったはずの**「家」**を目指し、南へと歩き出した。

 

テルは現代の服に身を包んでいるものの、その佇まいは街の風景から浮いていた。彼は人混みから逃れるように、一軒の大きな建物に入った。傷ついたポケモンを休ませる場所、ポケモンセンターだ。

 

自動ドアをくぐった瞬間、テルは周囲の視線が一斉に自分に集まるのを感じた。

 

「あの……」

 

テルが戸惑っていると、カウンターにいたピンク色の服の女性、ポケモンセンターのお姉さん―――ジョーイさんが、目を丸くして彼のもとへ駆け寄ってきた。その横には、穏やかな表情のラッキーもいる。

 

「ま、まあ!? テル様! チャンピオンがこんなところに来るなんて!」

 

ジョーイさんの甲高い声が、静まり返っていたロビーに響き渡った。

 

「失踪されたと噂になっていたから心配していたんですよ! もしよろしければ、このわたしに、サインをくださいませんか!」

 

テルは反射的に後ずさった。ヒスイでは「調査隊のテル」として知られていても、「サインをねだられる」ような経験は皆無だ。

 

「さ、サイン?」

 

戸惑っていると、ロビーにいたトレーナーたちがざわめきながら集まってきた。

 

「あれ、本当にテルじゃん!」

「失踪説はデマだったんだ!?」

「サイン! チャンピオン!」

「バトルしろ!」

あっという間に人だかりができ、テルは逃げ場を失った。これが、自分が「チャンピオン」としてこの世界に残したもう一つの痕跡―――名声だと、長老の言葉が頭をよぎった。

 

結局、テルは人混みに押されるまま、ジョーイさんのノートにサインをし、集まってきた子供たちのモンスターボールに触れ、握手まで求められる羽目になった。ヒスイで命がけの調査をしていた男にとって、それは全く予期せぬ、そして疲労困憊の**「ファンサービス」**だった。

 

 

どうにか騒ぎを収め、テルはカウンターのパソコンに向かった。ヒスイのポケモンたちはまだ人に見せるわけにはいかない。フタバタウンまで一刻も早く移動する必要がある。

 

テルは自分のボックスを開き、旅立ちの前に捕まえ、そして現代の冒険でも共に戦ったであろうポケモンを確認した。

 

 

「……ムクホーク」

 

ボックスから取り出したのは、逞しい翼を持つムクホークのボール。彼の旅立ちの地で最初に出会ったポケモンの一匹だ。

 

ボールから現れたムクホークは、主人の顔を見るなり、嬉しそうに一声鳴いた。テルはムクホークの首筋を撫で、小さく囁いた。

 

「すまない、急いでいる。フタバタウンまで、頼む」

 

ムクホークを背に乗せ、テルはポケモンセンターから大空へと飛び立った。

風を切るムクホークの背中で、テルは胸ポケットの服のタグに刺繍された**『テル』**という文字を確認した。彼は確かにこの世界に存在し、チャンピオンになり、そして消えた。

 

ムクホークが目指したのは、シンオウの南端、穏やかなフタバタウン。

familiarな青い屋根の家が視界に入ると、ムクホークはそっとテルを下ろした。

テルは緊張しながら扉を開けた。ヒスイから来た自分と、チャンピオンだった自分。二つの「テル」が存在した家。

 

キッチンの方から聞こえる物音と、香ばしい匂い。テルがリビングに入ると、エプロン姿の母親が振り返った。

 

母親は、驚くでもなく、歓喜するでもなく、ごく自然な表情でテルを迎えた。

 

「あら、おかえり。テル」

テルは、自分が**「失踪していたチャンピオン」**であることを思い出し、言葉に詰まった。

 

「お、お母さん、俺……」

 

母親は穏やかに微笑み、手に持っていたお皿をテーブルに置いた。

 

「荷物を置いて、どこに行ったのかと思ったら、長い旅をしてたのね。心配したわよ、もう。でも、無事に戻ってきてよかったわ」

 

まるで、テルが隣町にちょっと出かけていただけのように。

テルは、チャンピオンの失踪という大事件が、この家では**「長い旅」**という一言で片付けられていたことに、再び大きな混乱を覚えた。そして、この「普通」の反応こそが、失われた記憶と、謎の失踪に繋がる重要な鍵だと直感した。

 

「ただいま……お母さん」

 

彼はそう言うのが精一杯だった。彼の本当の調査は、今、この家から始まろうとしていた。

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