【チャンピオン、疲労困憊で帰宅】
テルのチャンピオン防衛戦と事務作業は、夜遅くまで続いた。書類の山と、四天王の策略に疲弊しきったテルは、深夜になってようやくフタバタウンの自宅へと辿り着いた。
「ただいま……」
リビングに入ると、テル母が優しく出迎えてくれた。
テル母:
「おかえりなさい、テル。大変だったわね。世界の調和とリーグの運営、両方お疲れ様」
テルは、母の言葉に癒やされながら、椅子に座り込んだ。
テル母:
「それにしても、ショウちゃんもヒカリちゃんも、本当にテルには勿体ないくらい立派で可愛い娘さんたちだわ。あなたのお部屋のことも、ちょっと相談したいことがあってね」
テル:
「部屋? ああ、ショウの荷物でも増えたか? それとも、シロナさんが歴史的資料を置きっぱなしにしたとか……」
テル母は、笑顔で驚くべき事実を告げた。
テル母:
「実はね、テルのお部屋に泊まりたいって聞かない人が二人いるのよ。ショウちゃんは**『テルさんの調査隊員として傍を離れられない』って言うし、ヒカリちゃんは『債務者テルの監視義務がある』**って、二人とも譲らなくてね」
テル母:
「だから、ちょっと狭くなるけど、テルのお部屋に三人で泊まることになるわよ。問題ないわよね? 仲良くね」
テルは、ヒカリとショウが自分の部屋で一晩を過ごすという事態に、一気に顔を赤くした。時空を超えた三角関係が、自宅の寝室で展開されることを想像し、冷や汗が止まらない。
テル母:
「あとね、テル。一つだけ、お母さんからのアドバイスよ」
テル母は、テルに顔を近づけ、非常に真剣な、しかし優しい声で、最後の言葉を告げた。
テル母:
「あ、ちゃんと避妊具付けてからやるのよ?」
テル:
「……ん??」
テルの頭の中で、母の最後の言葉だけが、強烈なエコーと共に響き渡った。
(え? 避妊具? 何の? 何をやるんだ? 避妊具を付けるって、何を……)
時空の歪みも、ウォロの野望も、チャンピオン防衛戦も乗り越えたテルが、母のあまりにも率直な一言によって、一瞬で思考停止に陥った。
テル母:
「さあ、お疲れでしょ。お部屋でゆっくり休みなさい。二人とも、テルが帰ってくるのをずっと待っていたわよ」
疑問符が頭上から消えないまま、テルは恐る恐る自分の部屋の扉を開けた。
そこには、現代風の可愛らしいワンピースに着替えたヒカリが、知的な顔で本を読みながらベッドに座っていた。その足元には、ヒスイの調査服を畳んだショウが、体育座りでじっとテルを見つめていた。
部屋の隅には、布団が二組敷かれており、一つはヒカリが座っているベッドの上、もう一つは床に敷かれたもので、どう見ても二人分しかなかった。
ヒカリ:
「おかえりなさい、テル。お母様のご配慮で、わたくしとショウさんはテルさんの部屋で休ませていただくことになりましたわ。債務者の監視、引き続き行います」
ショウ:
「お、おかえりなさい、テルさん! 調査隊員として、どんな時も傍を離れません!」
テルは、時空の扉から現代シンオウに連れてきてしまった二人の女性と、自分の部屋という密室で、一夜を共にすることを悟った。そして、母の最後の言葉の意味を、必死に考え続けた。
(避妊具? 何をやるんだ? 何をやるんだ俺は!?)
テルにとって、アルセウスやギラティナとの戦いよりも、この時空を超えた同室生活と、母からの不可解なアドバイスの方が、人生最大の難問となったのだった。
夜が更け、テルの部屋。
テルは布団の上で仰向けになり、全く眠れずにいた。部屋の窓からは、現代シンオウのクリアな星空が見えている。ヒスイで見た、あの時空の裂け目が不規則に輝く空とは違い、平和で美しい夜空だった。
しかし、テルの両側では、**「テルと添い寝する権利」**を巡る、時空を超えた穏やかなる争奪戦が繰り広げられていた。
ショウ:
「ヒカリさん! テルさんの隣は、調査隊員としての護衛任務があります! ヒスイでの相棒である、この私が適任であります!」
ヒカリ:
「却下ですわ! 債務者は債権者の監視下に置かれるべきです! しかも、『添い寝』という表現はロマンチック過ぎます! これは純粋な監視ですわ!」
二人は激しく言い合っているが、人の家ということもあり、声は潜められており、その様子はどこか平和的でさえあった。ただし、テルの両腕は、それぞれヒカリとショウにしっかり掴まれており、テルは身動き一つ取れなかった。
テル:
(もうダメだ……このままでは、朝まで両腕が引っ張られ続けて、肩が脱臼するか、母さんの言葉の意味を本気で実行する事態になりかねない……)
テルは、母の最後の言葉を思い出し、顔を青ざめさせた。
(あの**「避妊具」の件は、明日、必ず母さんに誤解を解いておく必要がある。「ヒカリとショウはただの友達**だ」と、真実を伝えなければ……)
しかし、この二人の女性に挟まれた状態では、肉体的にも精神的にも、安全な睡眠は望めない。テルは、チャンピオンとしての知恵と機転を絞り出した。
テルは、そっと腰に付けたモンスターボールに手をかけた。中には、フシギなポケモンが一匹入っている。
テルは、両腕を掴んだまま言い合いを続けるヒカリとショウの間に、音を立てないようにそっと、そのポケモンを繰り出した。
テル:
(小声で)「メタモン。頼む……俺の姿に……」
メタモンは、ぐにゃりと形を変え、テルの姿に完璧に変身した。テルは、本物の自分の姿が変身後のメタモンにすり替わったことを確認すると、両腕を掴まれているメタモンに向かって、テレパシーで命令した。
テル:
「そのまま、朝まで寝たフリだ。頼む、最高の相棒」
メタモン(テル):
(テレパシー)『メタ!』(任せろ!)
テルは、メタモンと入れ替わったことを誰も気づかないうちに、静かに布団から這い出し、静かに部屋を脱出した。ヒカリとショウは、メタモンに化けたテルの両腕を掴んだまま、まだ**「監視」と「護衛」**の言い争いを続けている。
一階のリビングまで降りてきたテルは、安堵のため息をつき、家族しか知らない、真の逃走経路を確保した。
テルは、リビングのソファに大の字になって倒れ込んだ。
テル:
(時空の歪みを修復し、ウォロとギラティナを倒し、チャンピオンを防衛した……だが、一番の困難は、母の誤解と二人の同室生活だとはな……)
テルは、平和なリビングのソファで、ヒスイ以来の心の底からの安息を感じた。窓から見える星空は、相変わらず美しかった。
テル:
(明日の朝、母さんに誤解を解く。そして、メタモンには、最高のポフィンを奢ってやろう)
テルは、ヒスイの英雄としての責務と、普通の高校生としての平穏の板挟みになりながら、初めて穏やかに、深い眠りにつくのだった。
テルは、ヒスイ以来の安らかな眠りから覚めた。しかし、彼の体は昨夜の記憶とは全く異なる異様な重圧を感じていた。
(あれ? おかしい。俺は一階のソファで寝たはずだ。そして、俺の代わりにメタモンが……)
恐る恐る目を開けたテルが目にしたのは、紛れもなく自分の部屋の天井だった。そして、彼の体は布団の上で、昨日と同じようにヒカリとショウに挟まれて横たわっていた。
「……うそだろ」
テルが体を起こそうとした、その瞬間。
ドォン!
背後から、強烈な重圧が首にのしかかった。
ショウ:
「ぐぅ……ふふ、テルさん……図鑑……完成……」
ショウは、寝言を漏らしながら、テルの首に片腕と片足を巻きつけ、「首絞め」の体勢でダイナミックな寝相を披露していた。テルは、ヒスイの荒野で培われた野生的な寝相の悪さに、息が詰まりそうになった。
「く、苦しい! ショウ! 離せ! 俺の首が……!」
テルは、慌てて隣にいるヒカリを起こそうと、フリーになっている腕を伸ばした。
ガッ!
今度は、ヒカリが寝返りを打ちながら、テルの胴体を両足で完璧にロックした。ヒカリの足は、テルの胴体にまるで柔術の技のように絡みつき、体重と柔軟性を活かした**「四の字固め」**を炸裂させた。
ヒカリ:
「うぅん……だめですわ……債務者は……逃しません……」
テル:
「ぐえぇっ!! ちょ、ちょっとヒカリ! 四の字固めは勘弁! 肋骨が折れる! 誰がチャンピオンだ、助けてくれ!」
テルが悲鳴寸前の声で痛みに耐えていると、ショウとヒカリが同時に目を開けた。二人の目は、全く眠気を帯びていなかった。
ショウ:
「テルさん。逃げようだなんて、感心できませんね!」
ヒカリ:
「フフフ。債務者がメタモンを使って監視の目を欺こうとするなんて、知性的な悪あがきですわ。ですが、時空を旅したわたくしたちの観察眼を侮っては困りますわよ」
テル:
「なっ……! 起きてたのか!?」
ヒカリ:
「もちろんですわ! あなたが部屋から出て行った瞬間、ショウさんが**『テルさんの匂いが消えた』と野生的な勘で気づきましてね。メタモンが偽者**だと気づくのに、3秒もかかりませんでした」
ショウ:
「そして、『テルさんの温かい場所』は絶対に明け渡せないと、ヒカリさんと共闘し、あなたの帰りを待ち構えていたのであります!」
テル:
「共闘!? ウォロとギラティナを倒した達成感を、俺の体で発散するのだけは勘弁してくれ!」
テルが二人の女性の物理的な拘束と、メタモンを使った報復に悲鳴を上げていると、**「コンコン」**とノックの音とともに、扉が開いた。
テル母が、優しい笑顔で顔を覗かせた。
テル母は、息子が二人の女性に完全に組み伏せられ、「首絞め」と「四の字固め」を同時に食らい、苦悶の表情を浮かべている凄惨な光景を見るや否や、笑顔をさらに深めた。
テル母:
「まあまあ。朝から激しいわねぇ。若いって素晴らしいわ」
そして、テル母はとどめの一言を放った。
テル母:
「でも、お母さんは嬉しいわ。孫の顔を見るのが、ますます楽しみになったわ。ちゃんと避妊具を使ったかしら」
テル母は、それだけ言うと、一切の介入をせずに、静かに扉を閉めてしまった。
バタン!
テル:
「閉じないでええええええええええ!! 助けてくれよ! 誤解だ! 助けてシロナさん! 助けてナナカマド博士! 誰も俺のロマンを理解してくれないのかあああああああ!」
時空を救ったチャンピオンの叫びは、フタバタウンの平和な朝に、静かに吸い込まれていった。テルの受難の日々は、まだ始まったばかりだった。