テルはマサゴタウンからコトブキシティへ到着した。シンオウ地方の中心たるこの大都市は、ヒスイ時代には「コトブキムラ」として人々の集まる拠点だった。だが、現代のコトブキシティは、その面影もないほど発展し、高層ビルと光に満ち溢れている。
テルがポケッチカンパニーの近くに差し掛かったその時、彼の目に飛び込んできたのは、尋常ではない数のカメラマンとマスコミ関係者だった。彼らは道の両側にひしめき合い、何かを待っているように騒がしい。
テルが通りを歩き始めた瞬間、一人のカメラマンがテルに気づき、叫んだ。
「チャンピオンです! チャンピオン・テルを発見しました!」
瞬く間に、全ての視線、フラッシュ、そしてマイクがテルに向けられた。
「テルさん! この数ヶ月の間、一体どこに!?」
「最近ネットで、各地でテルさんを見かけたという証言が飛び交っていますが、本当ですか!?」
「失踪説はデマだったんですね!?」
テルは内心で毒づいた。(そうか、実家を知られてるなら、フタバタウンから一番近い大都市であるコトブキシティが、最高の出待ち場所になるわけだ)
彼は諦めを決め、再び「チャンピオン」としての役割を演じ始めた。ポッチャマをボールから出し、笑顔でマイクの前に立つ。
「皆様、ご心配をおかけしました」
テルは優しくポッチャマを抱き上げ、インタビューに答えるのだった。空白の記憶を悟られないよう、言葉を選んで濁す。
「この数ヶ月の間、わたしはただ、シンオウ地方の奥地で、色々なポケモンたちと出会い、思い出を深めていました。やはり、旅こそが、トレーナーにとって一番の修行ですからね」
一人が食い下がるように問いかけた。
「では、チャンピオンとして復帰されますか? 次の防衛戦はいつに?」
「うーん、そうですね。今回の旅で、色々な**『気づき』**がありました。もう少し、その気づきを深めるための時間を置いてから、復帰について考えようと思っています」
その場を収めようと、テルが穏やかな笑顔を振り撒いていると、突然、背後から猛烈な勢いで何かが突進してきた。
「ポッチャマ、危な―――」
テルが反射的にポッチャマを庇おうとした瞬間、首元に硬い何かが引っかかった。それは、手綱を握る力強い腕だった。
「ちょ、ちょっと! あんまり勝手なことばかりしないでくださいまし!」
テルは強烈な力で首根っこを掴まれ、そのまま地面を引きずられる形で、マスコミの群衆から引き離された。
「ぐっ……うぇ!?」
首に食い込む力があまりにも強く、テルは正直、一瞬意識が飛びかけた。ヒスイで荒ぶるポケモンと戦ってきたテルをもってしても、これほど理不尽で強引な力技は初めてだ。
そして、テルを引きずり出した人物の乗り物は、鮮やかな炎を上げて走る、ギャロップだった。
ギャロップの背に乗っていたのは、紛れもなく、テルの失われた記憶の中のライバル―――ヒカリだった。
彼女は、旅立った時と同じ、ふわりとした白い帽子と、フリルをあしらった服装に身を包んでいる。しかし、その表情は怒りに満ちていた。
「この大馬鹿者! 突然いなくなるかと思えば、何の連絡もなく、あろうことかマスコミの前に姿を見せるなんて!」
ヒカリはギャロップを巧みに操り、騒ぎを置いてけぼりにしながら、一気に路地裏へと滑り込んだ。彼女はギャロップを止めるなり、テルを放り出した。
「ふぐっ……!」
地面に転がったテルは、咳き込みながら、首元を抑えた。
「い、いきなり何を……ヒカリ、なのか?」
ヒカリは鼻息荒く、ギャロップのたてがみを撫でながら、彼を睥睨した。
「ヒカリ、ですわ! 貴方が突然姿を消したせいで、わたくしたちがどれだけ心配したと! ナナカマド博士も、ジュンも! 貴方がいない間、どれだけ**『幻のチャンピオン』だの『無責任な優勝者』**だのと言われたか、ご存知ありませんでしょ!?」
そのお嬢様気質な口調は、テルの記憶と全く同じだった。そして、その怒りの表情には、心配と、そして**「自分を出し抜いた」**ことへの、ライバルとしての悔しさがにじみ出ている。
テルは咳を整え、ヒカリを見上げた。この強引な女性こそが、このシンオウで彼を待っていた、大切な絆の一つだ。
「すまない、ヒカリ。色々と、事情があって……」
「事情? 事情があるなら、せめて一言くらい―――」
ヒカリの言葉を遮るように、テルは真剣な眼差しで言った。
「ヒカリ、俺は……チャンピオンになってからの記憶がほとんどない。そして、その失踪期間、俺は遠い過去の世界に飛ばされていた」
テルは言葉を区切り、ヒカリの反応を待った。彼女の顔は、驚きと混乱でいっぱいに変わり、そのまま凍り付いた。
時空を越えた旅の真実を、テルは今、最も心配をかけたライバルに打ち明けたのだ。彼の「シンオウ再調査」は、ここからようやく、共犯者を得て動き出すことになる。
テルとヒカリは、人目を避けるようにコトブキシティのポケモンセンターの一室、個室の休憩室に身を潜めていた。テルは、先ほどポケモンセンターの売店で買ったサンドイッチを齧りながら、ヒカリにこれまでの経緯を説明した。
「……というわけで、俺はチャンピオンになった後の記憶がない。気づいたらカンナギタウンで目を覚まし、その間の空白期間は、遠い過去、ヒスイ地方という時代に飛ばされていたらしい」
ヒカリは、カップに入ったポフィンを優雅に口に運びながら、テルの話に耳を傾けていた。彼女の表情は真剣そのものだ。
「それで、ポケッチカンパニーに行こうとしたら、あれだけマスコミ関係に囲まれるとは思ってなかった」テルは息を吐いた。「コトブキシティに人が集まってるのは予想できたが、まさかあそこまでとはな」
ヒカリは腕を組み、冷ややかな視線をテルに向けた。
「全くですわ。貴方はポケモン勝負の時以外は、本当に抜けているのですから」
ヒカリはため息をついた。
「あのジュンが、貴方に遅刻の度に**『罰金100万円』**を請求していたのも、今となっては頷けますわ。あの行動力と抜けた性格のバランスが、ジュンにとって余程苛立たしかったのでしょう」
テルは思わず苦笑いした。
「それは酷い言われようだな」
「酷いのは貴方ですわ! 私にも、貴方が突然いなくなったことへの精神的損害と、探すために使った交通費、そして無用の心配をかけた罰として、利息付きの過払い請求で払っていただかないと困ります」
テルはサンドイッチを持つ手を止めた。(利息付きの過払い請求とは恐ろしいことを言うな、このお嬢様は……一体いつまで払わされるんだろうか)
しかし、彼女の口調の裏に、深い安堵と心配が隠されていることを、テルは理解していた。
「わかった。いつか必ずな。今は、ポッチャマを相棒に、旅をし直しているところだ」
テルがポッチャマのボールをテーブルに置くと、ヒカリは興味深そうに目を向けた。テルがボールを開け、ポッチャマが元気よく**「ポチャマ!」**と飛び出す。
ヒカリはポッチャマの周りをくるりと回り、その自信に満ちた姿を観察した。
「ふふ、なるほど。この生意気な感じが、また可愛らしいですわ。ポッチャマは、自信とプライドが高いポケモンです。テルの事を、ぐいぐい引っ張って下さいね」
ヒカリは優雅に手を差し出し、ポッチャマのくちばしを優しく撫でた。ポッチャマは最初は少し戸惑ったものの、すぐにヒカリの優しさを感じ取り、満足げに**「ポチャッ」**と一声鳴いた。
「さて、テル」ヒカリは表情を引き締めた。「ナナカマド博士には、貴方の『空白の期間』の事情を話したのですね。これから、どうするつもりですの? 貴方の失われた記憶、そして、貴方を追いかけて旅に出たというシロナ様の行方、どちらから追うのですか?」
テルは立ち上がり、窓の外のコトブキシティの街並みを見渡した。
「まずは、失われた記憶の手がかりを探す。そして、シロナの行方だ。彼女は俺の存在と、あのバトルの後に、何か大きな**『答え』**を求めて旅に出た。その『答え』が、ヒスイと現代を繋ぐ鍵になるかもしれない」
テルはヒカリに向き直った。
「そのために、俺はまず、ポケッチカンパニーに行って、ポケッチを手に入れる。俺がチャンピオンだった頃の記録や、この世界の最新情報を得るには、それが一番早い」
ヒカリは目を輝かせた。
「ポケッチカンパニー? マスコミを撒けるかしら」
「そのために、助けて欲しい。ヒカリ。俺一人では、またすぐに人だかりができてしまう。君のギャロップと、**『ポケモンコーディネーターとしての名声』**の力を貸してくれないか?」
ヒカリは少し考えるそぶりを見せた後、微笑んだ。
「仕方ありませんわね。チャンピオンが、**『利息付きの過払い請求』**の債務者になったのですから。債務者を無事に管理するのも、債権者である私の責務ですわ」
彼女は目を鋭く光らせた。
「ポケッチカンパニーへは、このポケモンセンターの裏口から出ましょう。私が囮となって、マスコミの注意を引きます。その隙に、貴方はポケッチを手に入れるのですわ。そして、その後は……」
ヒカリは挑戦的な笑みを浮かべた。
「貴方の失われた記憶を埋める旅に、私も調査隊として同行します。元チャンピオンの補佐と、債務の取り立て、両方兼ねてね」
テルは安堵し、そして心強く感じた。
「ありがとう、ヒカリ。助かる」
新しい仲間、ポッチャマ。心強い相棒、ヒカリ。テルは、時空を越えた「再調査」の旅の、最初のミッションへと向かうのだった。