ナタネの的確な案内と、ヒカリの時折入るコミカルなミスリード(そしてテルへの過払い請求の小言)を交えながら、三人はついに「はなのらくえん」へと続く、隠された道を見つけ出した。
「ここだよ、テル。この岩の後ろに、シェイミが通る道がある。普段は閉ざされているんだ」ナタネが岩の陰を指差した。
テルがその道を踏みしめると、周囲の景色が一変した。荒涼とした岩肌の道は終わり、目の前には色とりどりの花が咲き乱れる、別世界のような空間が広がっていた。
「ポチャ……!」ポッチャマは思わずテルの懐から顔を出し、その美しさに目を奪われた。
「これが……はなのらくえん」ヒカリも息をのむ。「こんな場所が、シンオウにあったなんて……」
ナタネは感動の面持ちで、咲き誇る花々を見つめた。
「凄い……シェイミがここにいるのは、感謝を伝えるため。きっと、この花々も、シェイミの力で特別な輝きを放っているんだね」
テルはすぐに周囲を調べ始めた。シロナがこの場所に辿り着いたという確信があった。彼女がギンガ団の基地で目撃された後、植物、特にシェイミが関わる花びらの痕跡があったのだから。
「シロナが残した痕跡は……」
テルは花畑の奥、大きな岩の下で、何かを見つけた。それは、風雨にさらされないよう、丁寧に包まれた布切れだった。
テルが布を開けると、中には小さな木の枝と、一見何の変哲もない古い羊皮紙が入っていた。
木の枝は、テルがよく知るヒスイ時代の道具―――**「ガンバットの枝」**のように見えるが、現代の木ではない。そして、羊皮紙には、シロナ独特の流麗な文字で、メッセージが書かれていた。
メッセージの内容は、ギンガ団の**『最後の研究』**と、テルの失踪の謎に深く関わるものだった。
テル、もしあなたがこれを見つけたら、私を追いかけてきているのでしょうね。
ギンガ団の残党は、アカギの計画とは別の、恐ろしい研究を進めていたわ。それは、「時空の歪み」を発生させ、別の時間軸から特定の**「存在」を固定化させるための装置―――つまり、あなたをこの時代に呼び出し、チャンピオンとして定着させた**「実験」**よ。
彼らは、あなたという『異物』が現代のシンオウの歴史を塗り替えることで生じる、膨大な「エネルギー」を収集していた。あなたが失踪した時、そのエネルギーが満たされ、装置は役目を終えたのかもしれないわ。
そして、私はこの花畑で、シェイミからある「鍵」を受け取った。その鍵が導く先は、『創造の場所』―――テンガンざんの山頂よ。
ギンガ団の残党は、その鍵を狙っている。彼らは、今度はあなたを呼び出した時とは逆の作用で、「この時代に定着した異物」を、完全に歴史から抹消しようとしている。彼らの次の標的は、ヒスイの仲間たち、そして、あなた自身よ。
私は今、あなたを助ける方法を探るため、彼らの追跡を振り切って、『別の地方』へ向かう。彼らの目をシンオウから逸らすためにね。
あなたは、私が残したこの木の枝を『鍵』として使い、急いでテンガンざんへ向かいなさい。
そこで、この世界の歴史と、あなたの存在を、守り抜いて。
―――シロナより
テルはメッセージを読み終え、固く拳を握りしめた。
「そうか……俺がチャンピオンになったのは、偶然じゃない。ギンガ団の実験だったのか」
ヒカリはメッセージの内容に絶句していた。
「時空の歪み……テルをこの時代に定着させた実験ですって!? そして、今度はテルを抹消しようと!?」
ナタネは木の枝を手に取り、真剣な眼差しで言った。
「この枝は……確かに、ヒスイの時代の道具に似ている。シェイミが関わったなら、これはただの枝じゃない。きっと、テンガンざんへの道を開くための、特別な力を持っているよ」
テルはシロナが彼らの目を逸らすためにシンオウを離れたことを知り、胸が締め付けられた。
「シロナは、俺の身代わりになったんだ。彼女は、チャンピオンの座を捨てて、俺の命を救うための旅に出た……」
テルは顔を上げた。ポッチャマはテルの胸元で、強い決意を感じたかのように、静かに鳴いた。
「行くぞ。テンガンざんへ。ギンガ団の最後の野望を打ち砕き、そして、シロナが戻るための**『場所』**を、このシンオウで守り抜く!」
テルの「空白のシンオウ再調査」は、ついに失踪の真実と、シンオウの命運を賭けた最終局面へと突入したのだった。
テルはシロナからのメッセージを丁寧に折りたたみ、懐にしまった。顔つきは、ヒスイの時代、荒ぶる王たちに挑む時と同じ、真剣な調査隊のそれだった。
「ヒカリ、急いでテンガンざんに向かいたい。だが、その前に、ジュンの力が必要だ」
「ジュンですの?」ヒカリは驚いたように聞き返した。
「ああ。シロナのメッセージにあった『定着した異物の抹消』。つまり、ギンガ団は俺やヒスイのポケモンたちに対し、空間そのものを揺るがすような**『謎の力』**を使ってくる可能性がある。さっきの残党相手には、ヒスイのポケモンでねじ伏せられたが、組織の残党全体を相手にするなら、俺と君だけでは強気に出るにも限界がある」
テルは、ライバルであったジュンの、その爆発的な行動力と、ポケモンへの情熱、そして何よりもその圧倒的なバトルセンスを評価していた。
「ジュンなら、どんな状況でも、俺たちの背中を守ってくれる。それに、奴もギンガ団の悪事には我慢ができないはずだ」
ヒカリは納得したように頷いた。
「確かに、ジュンならすぐに飛びついてくるでしょう。ただ……」ヒカリはいたずらっぽく笑った。「彼は貴方の**『債権者』**としても、同行する理由がありますわね。貴方が無責任に死んだら、罰金100万円と過払い金が回収できませんから」
テルは苦笑した。
「その『債権者』としての義務を、ジュンにも果たしてもらおう。奴は今、どこにいるんだ?」
「ジュンなら、フタバタウンに立ち寄った後、今はクロガネシティのジムに挑んでいる頃だと思いますわ。あそこなら、ギンガ団の拠点から離れているので、まだ安全でしょう」
「よし。ムクホークで一気にクロガネシティへ飛ぶぞ」
【クロガネシティでの再会】
テルとヒカリは、ナタネに謝意を伝え、すぐにムクホークでクロガネシティへと向かった。
クロガネシティのジム前。テルが探すまでもなく、その場には、大きなリュックを背負った、見慣れたシルエットがあった。彼は地面に座り込み、悔しそうに頭を抱えている。
「くっそー! またしてもイシツブテにやられちまった! なんであんなに固いんだよ! 罰金100万円だ! オレに!」
ジュンは、負けるたびに自分に罰金を課す、相変わらずのせっかちな性分だった。
「ジュン!」
テルが声をかけると、ジュンは勢いよく立ち上がった。その目は、一瞬で驚きと喜び、そして怒りに満たされた。
「うおおおお! テルか! てめぇ、どこほっつき歩いてたんだよ! 博士もヒカリも、お前を探して大騒ぎだったんだぞ! その罰として、罰金100万円だ! 今すぐ払え!」
ジュンはそう叫ぶと、テルに突進してきたが、ヒカリが素早く間に割って入った。
「落ち着きなさい、ジュン! 罰金の取り立ては後ですわ! テルには、今、あなたと共有すべき、重大な事情があるのです!」
ヒカリがギンガ団の残党の件と、シロナのメッセージの概要をかいつまんで説明すると、ジュンの顔つきは徐々に真剣さを増していった。特に、テルが「時空の歪みの実験台」だったという話を聞くと、その瞳には強い怒りが宿った。
「なんだと!? テルが、ギンガ団の道具にされていた? そして、シロナまで巻き込んだってのか!」
ジュンは拳を握りしめた。
「許せねえ! あのアカギの野郎は解散したのに、まだグズグズ残党が動いてやがったのか! テンガンざんだって!? よし、わかった!」
ジュンはテルに向き直り、目を爛々と輝かせた。
「テル! オレも行くぞ! お前一人が、チャンピオンとして、勝手にシンオウの平和を背負ってるなんて、オレが許さねえ! オレだって、お前を追い詰めて、いずれは倒すライバルなんだ! お前が倒れるわけにはいかねえんだよ!」
「もちろん、利息付きの罰金も、お前が死んだら回収できねえからな! 債権者として、お前を最後まで監視してやる!」ジュンはヒカリと同じく、自らを**「債権者」**と名乗り、テルへの同行を宣言した。
テルは、ジュンの真っ直ぐな言葉に感謝し、笑みを浮かべた。
「ああ、助かる、ジュン。百万の債務者として、君の力が必要だ。さあ、急ぐぞ。ギンガ団を叩き潰して、シロナが戻れる場所を、必ず守り抜く」
こうして、「空白のチャンピオン」テルは、**「過払い請求のお嬢様」ヒカリと、「百万の債務者」**ジュンという、二人の強すぎる債権者を仲間に加え、シンオウの運命を賭けた最終決戦の地、テンガンざんへと急ぐのだった。