陸上自衛隊side
那覇で、ゲリラの掃討作戦が行われている頃、大都市圏の付近にある陸上自衛隊駐屯地も慌ただしさを増していた。
それは、突然の一報からであった。
「中国国内において、弾道ミサイル発射の兆候が見られる。
待機中の各部隊にあっては、対
陸上幕僚監部からの命令に、慌てたのは担当区域内に、大都市を抱える部隊であった。
例えば、東京23区を担当する第1普通科連隊(練馬駐屯地)、愛知県名古屋市方面を担当している第35普通科連隊(守山駐屯地)、大阪市方面の第37普通科連隊(信太山駐屯地)等である。
これらの大都市は、軍事基地以上に標的になりやすい。
中国軍第二砲兵隊からしたら絶好のかもである。
ただ、南大阪及び和歌山を担当区域としているはずの第37普通科連隊が出動する背景には、伊丹駐屯地の状況が絡んでいた。
伊丹駐屯地の直近には千僧駐屯地があり、そこには第3師団司令部が置かれ、数多くの直轄部隊が駐屯していたのだ。
全員が戦闘訓練を受けているとは言え、後方部隊の集まりである。
那覇駐屯地襲撃事件を受け、千僧駐屯地警備に、第36普通科連隊が派遣されたのだ。
「出動命令が下った。
連隊各員は、準備を急げ。」
信太山駐屯地の一室で、第2中隊中隊長は待機中の部下へ告げた。
「目的地は何処なのですか?」
一人の隊員が質問した。
「大阪市内だ。
各部隊は、対
「銃器の携行及び使用はどうなりますか?」
「防衛出動命令が発令されている。
全隊員は、戦闘に備えて、完全装備の上で出動だ。」
「住民の避難はどうするんですか?
我々が誘導するんですか?」
「否だ。
現行の自衛隊法でも、国民保護法でも、国民の強制的な避難は認められていない。
府警の方に、避難を呼びかけてもらっているが、避難を開始している国民は少数だ。
しかも、ここは、交戦区域ではない。
つまり、我々の権限の外なのだ。
あくまでも、行うのは着弾時の救援活動だ。
ただし、敵ゲリラと接触した場合は、
そうなったら徹底的にやれ、誰一人生きて帰すな。
以上だ。」
大阪市内に向かうのは、第1中隊、第2中隊、軽装甲機動車装備の第5中隊の3個中隊である。
無論、大阪市内にゲリラがいるわけが無いのだが、後に起こった事を考えると考えすぎとは言いきれなかった。
しかもこれは、最終的な結果論に過ぎないのだ。
しかし、この事件で大阪の都市機能は、停止した。
事件の発端は、警察の無線からであった。
「第1中隊、第2中隊、第5中隊の全隊は、待機場所に到着した。」
無線で司令部に報告する。
司令部との通信を終えたあと、その無線から、悲鳴のような声が聞こえてきた。
「こちら大阪府警阿倍野警察署。
自衛隊さん聞こえますか?」
「ああ聞こえている。
こちらは、陸上自衛隊第37普通科連隊だ。
貴官の姓名及び階級は?」
「本官は、大阪府警阿倍野警察署地域課、東條俊輔巡査であります。」
「で、東條巡査。
何があった?」
「銃を持った集団が現れました。
彼らは、オウム真理教を名乗り、麻原彰晃万歳と唱えています。
人数がおよそ20人から30人で、そいつらが突然銃を乱射し始めました。
急ぎ救援を要請します。
既に、民間人十数名が撃たれ、重傷です。」
「機動隊はどうした?
出動しているはずだ。」
「出動した第一機動隊、第二機動隊どちらも全滅しました。」
「何っ、全滅だと?」
「その通りです。」
「分かった。
急ぎ向かう。
奴らの現在位置を報告してほしい。」
「現在彼らは、NHK大阪放送局に向かっているらしく、SAT隊員の生き残りが何とか進行を阻止しようとしています。」
「分かった。
NHK大阪放送局だな。」
念を押して確認する。
「はい。」
「分かった。
あとは、我々に任せてゆっくり休め。」
「分かりました。」
無線は、そこで切れた。
改めて、隊員達と通信を繋ぎ直す。
「全員、聞いていたな?」
第一中隊長の確認に、全員が肯定を返す。
「これより、
プランCを発動。
プランCに従って部隊を展開させよ。」
「「「了解。」」」
大阪市内に入ってから、十数分後の事である。
「第5中隊、敵と遭遇。
これより、交戦を開始する。」
ここから先は、第5中隊の隊員の目線で物語は進む。
軽装甲機動車を装備した第5中隊は、NHK大阪放送局を目指して直線距離で猛進していた。
そこで、銃声と装甲に銃弾の当たる音が響く。
「一号車、状況を報告せよ。」
「こちら一号車、東北の方角のビル周辺に敵を発見。
距離、200m
数、30です。
応戦を開始します。」
「了解した。
全車停止。
一号車のサポートに入れ。」
「了解。」
中隊長の指示に従い、普通科隊員達は訓練通り下車すると、応戦を開始した。
89式小銃を片手に、中隊長も戦闘に参加した。
「佐渡一曹、負傷。
意識あり。
しかし、戦闘不能。」
「了解。
後方へ搬送せよ。」
(まさか、奴らは…、いやたまたまだろう。)
そう思いかけて、心から、その考えを追い出した。
古今東西の戦場において、自軍の負傷者ほど重たいものは無い。
後方へ搬送するのに、まだ戦闘可能な兵士を割かねばならないし、その後の治療費もかかる。
ベトナム戦争後のアメリカの財政赤字の理由の一つが、帰還した負傷兵士への治療費や各種手当であったことは、有名な話である。
しかし、追い出した考えも、負傷者が増加すると、再び頭に蘇って来る。
「今度は、島田士長です。
胸をやられてます。」
「助かるのか?」
「設備の整った病院で緊急手術を行えば、何とかなると思われますが。」
「仕方ない。
付近の病院に担ぎ込め。」
「状況はどうなってる?」
「敵は、遮蔽物を利用しています。
こちらの攻撃は届いていません。」
「了解した。
陸上自衛隊side out