病院side
長崎県大村市にある国立病院機構長崎医療センター、長崎県におけるドクターヘリの基地病院だ。
海上自衛隊第22航空群第22航空隊に所属するパイロットにとっては、大村市上空は自分の庭である。
上条が担ぎ込まれた病院では医師とはるさめに搭載されていたSH-60Jパイロットが言い合いをしている。
この二人は旧知の仲らしい。
「いくら病院だからってこんな夜間にこんなに連れて来られても困りますよ。」
「悪かったな。
こちとら、自衛隊佐世保病院に運ぼうかと考えてたんだが、医官が他の場所に派遣されていてな。
仕方なく、こちらに飛んできたわけだ。
恨むなら、自分の運の無さを恨めよ。」
この病院に一時的に入院した海上自衛隊員達は、自衛隊佐世保病院の準備が整い次第、転院することが決定している。
「それにこの規模の病院でこれが大量な訳無いだろう。
それを考えれば、この自衛官達の方がよっぽど過労だよ。」
「どういうことだ?」
幾分迫力の増した声で、医師が聞く。
「おー、怖いねぇ。
別に他意はねぇよ。」
特に怯えた様子もなく、手を挙げて降参だという意思を示す。
「そいつらはな、今の今まで中国と戦やらかしてたんだ。
三日三晩寝ずにな。」
「何やってるんですか?
労働基準法はどうなってるんですか?」
「おいっ、何を勘違いしてやがる。
戦争で
鍛えられた自分自身、与えられた装備、信頼できる仲間、それらがリンクして始めて自分を護るなんてことができるんだよ。
それだけは確かだ。」
「医師として忠告しておくが、お前らの組織はどうなってるんだ?
言ってること、やってることが無茶苦茶じゃないか、次には死人が出るぞ。」
「それがどうした?
軍人っていうのは、そんなやわな生き物じゃねぇ。
民間人に心配されることなんてねぇんだよ。」
売り言葉に買い言葉ではあるが、二人の言い合いはエスカレートしていた。
「精神論だけで物を測るな。」
「精神論だけで測ってねぇよ。
医学の知識にプラシーボ効果てぇ言葉があるが、人間の能力っていうのは信じることで、十全に発揮できるんじゃないのか?」
「もういい、不毛な会話をする気は無い。」
医師はその場から立ち去った。
顔に一抹の寂しさを残したままで。
そのままその姿を見送ったパイロットの顔には驚きの色が見えていた。
病院side out
診察室side
立ち去った医師が診察室でカルテの整理をしていたとき、パイロットは診察室に入って来た。。
何か落ち着かないことがあると、よく診察室でカルテをいじくるのだ。
「さっきはすまなかったな。
つい熱くなっちまった。
話が聞きたい。」
「何の話だ。」
先程のこともあり、医師の言葉には棘がある。
「上条二等海佐の怪我の具合についてだ。」
「そのことなら、足を除く全身十数ヶ所の骨折。足の骨にもひびが入ってるみたいだけど、リハビリをすれば、現役復帰は可能だろう。」
簡潔ではあるが、特に棘のある言い方ではなかった。
「しかし、どうしてお前がそんなことを気にするんだ?」
「………」
「言いにくいことならいいんだぞ。」
パイロットの沈黙を見て、医師も何か言いにくいことかもと思いいたり、そう告げた。
しかし、返ってきた答えは驚きのものであった。
「俺の首が飛ぶかもしれないからな。」
「おいっ、自衛隊に首も無いだろう。」
ボケにはツッコミを入れてみるが、まだ甘いと大阪の人には怒られるかもしれない。
「まあ、命があるだけ暗殺されるよりかマシか。」
かなり悲観的な考えに囚われている。
「おいっ、だから何があった?」
「お前はいいよな。
自衛隊の恐ろしさを知らないから。」
ボソッとこぼれた本音に医者の顔も青くなる。
「何が恐ろしいんだ?」
俺の専門は整形外科であって精神科や心療内科じゃないんだがなぁ。
そんなことを思いながら、話を聞いてみる。
「上条二佐は今回の戦争の英雄だ。
そんな人を死なせてみろ、この病院は火の海だぞ。
外の様子を見てみろ。
影がうごめいてるだろ。
あれは全部、情報本部の秘密工作を担当する特務部隊員達だ。」
医師は外を見ると、確かに木の間からこちらを見守る影がある。
「お前らには病院を襲撃する大義名分が無いだろう。」
「理由をでっちあげるのは、今の状況では簡単だ。
中国のスパイの襲撃ということにしてしまえばいい。
本国の支援を断たれたスパイが暴走。
連絡を受けた自衛隊が駆けつけるまでに、スパイは目的を達成して逃亡した。
そういうシナリオなら問題あるまい。」
「今の話は、国家機密にも相当する。
誰にも話してくれるなよ。」
「分かってる。
こんな話をしたところで、誰も信じないだろう。」
言いながら、もう一度外を見ると影はいつのまにか消えていた。
「ならいい。」
診察室side out
特務部隊side
木の影にいた男は、時たま上条二佐の主治医のいる部屋を覗いていた。
「上条二佐の容態が確認できました。
問題ありません。」
「了解した。
任務完了、これより帰投する。」
カラシニコフを手に抱えて、待機している車両のところへと歩く。
時折、あの部屋からこちらへの視線を感じていた。
発見されていた可能性もある。
最後に隊長はつぶやいた。
「何も無いなら、それでいい。」
車両に乗り込んだ男達はそのまま夜の闇に消えて行った。
特務部隊side