【新テニ】戦庭の彼方へ   作:Relics

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武者修行 インドネシア・エジプト編
※捏造しかない


#8 飛翔

重く、粘つく。

風のない熱帯の空気が、肌にまとわりつくようだった。

 

ここはインドネシア・モルッカ諸島北部。原生林が生い茂る地。

視界のすべてが緑に覆われ、うねるような樹々の合間を縫うように、三人の影が進んでいく。

 

「……ほんとにここから始めるの?」

 

栄華が思わず口をついて出した言葉に、デュークが後ろから応じる。

 

「まさか陸路すらままならないルートを選ぶとはな」

 

先頭を行く平等院は、一言も返さなかった。

その背中は迷いなく、密林の奥へと分け入っていく。

 

栄華は、足を止めてそっと息を吐いた。

 

空気だけではない。音も違う。

鳥の声や虫の羽音、どこかから響く獣の気配。

その全てが、日常からかけ離れた異空間を作り出していた。

 

彼女はほんの一瞬、数日前の記憶へと意識を沈めた。

 

 

 

***

 

 

 

【――数日前 早朝 合宿所】

 

夜と朝の境目がまだ薄く残っていた。

コートに足を踏み入れると、靄が地を這うように揺れる。

 

(……静かすぎる)

 

栄華が予定よりも早く来てしまったことを、少しだけ悔やみかけたその瞬間――

耳を打つ音が空気を裂いた。

 

ひどく鋭い打球音。

それは規則性を持たず、ひとつひとつが空気を叩き潰すようだった。

 

視線を向けると壁打ちに没頭する平等院の姿があった。

髪の先から滴る汗が、首筋を伝い落ちていく。

 

ただ打つ。

まるで自分自身を壁にぶつけるかのように。

 

ラケットが振り抜かれるたび、靄の粒が震え、光を散らした。

美しい光景のはずなのに、その眼差しには温度がなかった。

 

――空洞。

 

迷いはない。だが、どこか危うい。

栄華の胸に言葉にならない不安が刺さる。

 

(……立ち止まってはいない。けど、進む先を知らないまま、ただ走っている)

 

知らず、手が胸元のビデオカメラに伸びていた。

録画ボタンを押す。

目の前の男の異変を記録するためではない。

 

この男が、いま何を失いかけているのかを。

そして、自分がそれにどう向き合うべきなのかを確かめるために。

 

 

 

***

 

 

 

【――同日 午後 合宿所・モニタールーム】

 

黒部は無言のまま映像を見つめていた。

無機質なスクリーンに映し出されるのは、数時間前の早朝。

ひとり黙々と壁打ちを続ける平等院の姿だった。

 

ユニフォームは汗で肌に貼り付き、息づかいすら映像越しに荒々しく響く。

壁に叩きつけられるボールは、破壊的でどこか不穏なリズムを刻んでいた。

 

背後の扉が静かに開き、酒気を纏ったような風とともに三船が現れる。

瓢箪を開ける音が、かすかな間を切り裂いた。

 

「……また、朝から鬼の形相じゃな」

「ええ」

 

黒部は画面から目を逸らさず、次のカットに映る栄華のレポート画面に切り替える。

 

「隆姫くんが残したレポートとコンディションデータを照らし合わせた結果、負荷の蓄積は予測以上でした」

「見てりゃ分かる」

 

三船は椅子に腰を落とし、瓢箪を傾ける。

その横顔は笑っているようで、底に険しさを宿していた。

 

「で、……“逃がす”ってわけか?」

「逃がすというよりは、()()()()。このまま合宿の枠に収めておく限り、彼の“飢え”は満たせません」

 

黒部は一枚のレポートを机に置き、はっきり告げた。

 

「平等院くん、デュークくん、そして隆姫くんを三人同時に“外”へ出す。現場主導での個別強化プログラムです」

「ほう」

 

三船の口角がわずかに上がる。

 

「ヤツの心を折るほどの強敵との闘い……精神レベルが自在に操れるようになった今、ワシもそろそろ頃合いだとは思っていた」

「ええ」

「アイツは野良犬のような男だ。繋いでおけば暴れるし、放せば突っ走る。――“好きに暴れさせて、あとは拾ってやる”方が性に合ってるのは、確かだな」

 

沈黙が落ちる。

映像の中、平等院が再びボールを叩きつける音が、まるで心臓の鼓動のように響いた。

 

「彼の進化の鍵は、己の衝動に正直になれる環境です。その傍らに、制御や分析ができる二人がいる。今しかありません」

「……いいだろう」

 

三船は立ち上がり、ドアへ歩みながら一度だけ振り返る。

 

「武者修行、の名目で出してやれ。ルートは自由にさせろ。ただし――」

 

一拍の間。

 

「帰ってきたとき、“別物”になってなきゃ意味はねぇぞ」

 

 

 

***

 

 

 

【――同日 夜 合宿所・ミーティングルーム】

 

窓の外では虫の声が響き、遠くで風がネットを鳴らす音がする。

だが、この部屋だけは別世界のように静まり返っていた。

 

抑えられた照明の下、三人の影が並ぶ。

平等院、デューク、そして栄華。

 

正面の壁には、青白い光で戦術データが投影されていた。

その光を背にして立つ黒部は、静かに口を開いた。

 

「あなたたち三人に、外部遠征を命じます。名目は“個別強化”。ですが実質は、次期選抜チームの中核として、“勝ち筋”を再定義してくるためのものです」

 

落ち着いた声が部屋に響き、空気を一段と張りつめさせた。

 

「場所の指定はありません。テーマは次の三つ」

 

一つ、人間としての強さを磨くこと。

二つ、テニスプレイヤーとして限界を越えること。

三つ、チームとしての連携を完成させること。

 

「……以上を同時に満たさなければ、“世界”には決して届かない」

 

静寂の中、平等院の目が細められる。

その奥に宿る冷たい光を、栄華は見逃さなかった。

 

――言葉にされぬまま心に刻まれた、あの敗北。

誰にも頼らず、己だけで抱えてきた痛み。

 

黒部はそれを承知の上で、あえて拾わない。

ただ、前だけを示す。

 

「この遠征では、隆姫くんが戦術支援と観察役を兼任します。ただの帯同者ではなく、“共に闘う者”として行動してください」

「承知しました」

 

栄華の返答は短かったが、その声音に揺るぎはなかった。

 

「上等だ……どこだろうと構わねえ。必要なのは“勝てる何か”だ」

「ビョードーインとなら、どこへでも行けるさ」

 

平等院が低く呟く。

その横で、デュークはゆったりと笑った。

 

「それに……アンタも一緒なら、行く価値はある」

「……勝手にまとめないでよ。私はデータと報告を持ち帰る係」

「それが()()()って話だ」

 

冗談めかしたやり取りに、ひととき張りつめた空気が和らぐ。

だが三人とも、心の奥に燃える決意は隠していなかった。

 

「道中の判断はお任せします。我々からの指示や通信はありません」

 

黒部の言葉に、三船が付け加える。

 

「好きに暴れてこい!以上じゃ!」

 

それは命令であると同時に、寿(ことほ)ぎだった。

選ばれし者にしか許されない、“逸脱”の許可。

 

そして――

 

そのとき、平等院の背中にはすでに、

ジャングルの風が吹き始めていた。

 

 

 

***

 

 

 

【現在 インドネシア・密林】

 

 

「……この先、湿地帯を越えて高地まで出れば、初日の鍛錬エリアになるはずよ」

 

地図と座標を確認しながら栄華が言う。

だが平等院は一瞥もくれず、ぬかるんだ道へ足を進める。

 

「ショートカットだ。正面を突っ切れば、半日短縮できる」

「ちょっと待って。そっちは地図に詳細がないの。……最悪、足を取られるわ」

「なら泳げばいいだけの話だ」

「何かあったらスイスに辿り着けないわよ!?」

 

栄華の声に、わずかな熱が宿る。

だが、平等院は振り返りもせず言った。

 

「止めるなら力ずくで止めてみろ」

 

その背に、数秒の沈黙が流れる。

デュークは二人の間に視線を置きながら、静かに言った。

 

「……俺はどっちにもつかない。けど、どっちの言い分も、間違っちゃいない」

「ッ……はぁ、もう……」

 

小さく吐息をつき、再び歩き出す。

その瞬間だった。

 

ブン――――

突如、羽音が唸るように響いてくる。

 

「あれは……?」

 

平等院がぴたりと足を止めた。

 

視線の先。

葉陰から、巨大な羽音とともに現れたのは――

 

黒く光る甲殻。

人の親指ほどの大きさもある、異様な存在。

 

世界最大の蜂、“ウォレスズ・ジャイアント・ビー”

 

「なんだコイツ……!」

 

重低音の羽音。

羽ばたきが起こす風が、樹々の葉を逆なでする。

 

次の瞬間。

数体の個体が、三人に向かって襲いかかってきた。

 

翼の振動が空気を震わせ、唸るように鼓膜を叩く。

全長6センチを超えるその巨躯が、槍のように一直線に突き進んでくる。

 

「――ッ、伏せろ!」

 

三人の身体が地面へ滑る。

 

すぐ頭上を、一体のウォレスズ・ジャイアント・ビーが通り抜けた。

 

弾丸のような飛行。

次の瞬間、近くの木の幹にぶつかり、まるで杭を打つような音を立てて突き刺さる。

 

「うそ……、貫通した……?」

 

栄華の目が見開かれる。

 

「ヤバすぎる、あいつ……!」

 

デュークも額に汗を浮かべながら、背中のラケットケースをしっかり押さえる。

 

だが――その中で、ただ一人。

平等院だけが、まるで何かを観察するような目で空を見上げていた。

 

「――あれだ」

「何が?」

 

静かに眼の奥が光る。

 

(真上から……あの速度と軌道。一気に上空から落ちる……“意識の外”からの一撃……)

 

平等院が静かに呟く。

 

「……“Wallace's Giant Bee”」

「え?」

「いいか、コートの上でも進路を読ませない弾道ってのは、絶対的な武器だ」

「……まさか、ここに来たのって……」

「偶然だ。だが、意味はあった」

 

平等院は、ふっと笑った。

 

「行くぞ!今日は一日、あの“蜂”に学ぶ!」

 

平等院の瞳に宿る光が、炎のようにゆらめく。

 

その横顔を、栄華は息も洩らさず見つめた。

胸裏に焼けつく熱は、怯えと目を背けられないほどの眩しさを同時に孕んでいた。

 

「……本当に、世話が焼けるんだから」

 

誰にともなく呟いたその声に、平等院は気づかぬふりをしたまま走り出した。

 

 

 

***

 

 

 

その日、平等院は一つの“技”を生んだ。

 

枝を揺らしながら旋回するウォレスズ・ジャイアント・ビー。

その動きに、平等院は目を細める。

 

「……あの飛び方。真上から急角度で落ちてくる……人間には、見えてすらいねえ」

「飛来角度はほぼ鉛直。重力と加速を同時に乗せて、相手の“死角”を突けるわ」

 

背後からの栄華の分析が、平等院の思考と交錯する。

彼は一歩、足を引いた。

 

「つまり……“見せずに落とす”」

 

近くの倒木を目印に、蜂の軌道をなぞるように腕を振る。

木屑が裂け、風が鳴る。

 

次の瞬間、打球の軌道が変わった。

振り上げず、弧を描かず、真上から一気に“刺す”。

まるで針のように。

 

「行ける」

 

蜂の間合い。

蜂の軌道。

そして、反応の遅れすら利用する奇襲。

それは彼の動きと融合し、やがてある名前が与えられる。

 

――“Wallace’s Giant Bee”

音もなく忍び寄り、鋭く穿つ。蜂のように、確実に。

分析と直感の末に編み出される、攻撃の美。

 

(……また、進化していくのね。こんな場所でも)

 

空を切る一閃だけが静かに息づいていた。

 

 

 

***

 

 

 

夜。

焚火の炎が、密林の闇を柔らかく照らしていた。

石を円に組み、木の枝を削った即席の串がその上に並ぶ。

 

獲物は、日没前に何とか釣り上げた淡水魚と、少しばかりの野菜。

調味料は最低限。

質素だが、不思議と心落ち着く食事だった。

 

「……塩気ねぇな」

 

魚をひと口かじった平等院が、思わず顔をしかめる。

 

「文句言うなら自分で釣ってくださーい」

 

栄華が即座に返す。

声の端に薄く疲れを貼りつかせたまま、唇の奥で小さく笑った。

 

「勝手に川の向こうに渡るから、こっちの獲物まで逃げたのよ」

「……蜂の軌道が気になってな」

 

真顔で返す平等院に、デュークが小さく吹き出した。

 

「まぁ、あの追いかけ方は“研究熱心”ってレベルじゃなかったな。二回も逃げられてたし」

 

焚火を前にしても落ち着かないのか、平等院はすでに食べ終わった串を木刀のように握り、素振りを繰り返している。

 

「さっきから動きすぎだろ、ビョードーイン」

「……身体が“跳びたがって”んだよ。完全に頭に焼きついてやがる」

 

火の粉がパチンと弾けた音をきっかけに、ふと会話が途切れた。

虫の声と焚火の揺らめきが、しばし三人の沈黙を満たす。

 

やがて、栄華がぽつりと呟いた。

 

「……ねぇ、あの蜂、怖くなかった?」

 

火に照らされた横顔が、そっと探るように揺れた。

 

「もしほんとに襲われたら、修行どころじゃ済まなかったのに」

「俺は平気だ」

 

平等院は目を伏せ、火の向こうの沈んだ闇へ視線を沈めた。

 

「……ああいうやつと睨み合う感覚ってのは、テニスにもある。

気配の殺し合い、間合いの奪い合い。それを、体で理解したかった」

「理屈じゃなくて?」

 

栄華の声が、少しだけ静かに変わる。

 

「理屈が通じる世界なら……とっくに勝ってる」

 

栄華は黙ったまま火を見つめる。

木の脂がはぜて、小さな炎がはじけた。

 

彼の“飢え”はやはり止まっていなかった。

勝利への欲求。あの焦燥の正体。

まるで喉元に引っかかる棘のように、まだ彼の中に疼きを残していた。

 

デュークは横目にその気配を捉え、唇の端をわずかに持ち上げた。

 

「少しは、落ち着いたんじゃないか?」

「……さぁな」

 

平等院が串を地面に突き立て、ようやく腰を下ろす。

 

「だが、今日は……少し前が見えた気がする」

 

その言葉に、栄華とデュークは目を合わせた。

 

(ああ……また、この人は進むんだ)

 

栄華は、心の中でそう呟いた。

さっきまで魚に文句を言っていたくせに、気づけばその目は闇の向こうへ伸びていた。

狩場を嗅ぎつけた獣のような背中に、思わずため息が落ちた。

 

「……ほんと、世話が焼けるわね」

 

ぼそりと呟いたその声は、森の奥へと溶けていった。

 

 

 

***

 

 

 

エジプト北東部。

古代都市の廃墟と乾いたオアシスのあいだに広がる、地図の余白に沈む土地。

かつて王墓へと続いていた参道の断片が、風化した岩に半ば埋もれている。

三人はその上に立っていた。

 

「……今日も、か」

 

デュークがぽつりと声を漏らす。

 

返事はない。

前を歩く平等院が腰を下ろすと、ゆるやかに背筋を伸ばす。

 

額に滲む汗は、激しいトレーニング後のそれではなかった。

両膝の上には、薄い和紙が広がっている。

筆の穂先にわずかに墨を含ませ、彼は静かに書をなぞっていく。

 

写経――

 

仏も神もいない乾ききった大地。

その中で、ただ一人彼は“自分の心”と向き合っていた。

デュークはその様子を遠くから見つめる。

 

「勝つために、こうして“静”を取り入れるあたり……あの人らしいな」

 

その傍で、栄華は地図を確認しながら、平等院の背中をちらりと見た。

だが、特に声はかけない。

 

すでにこの数週間でわかっている。

彼が集中しているときに、言葉は意味をなさない。

 

 

 

***

 

 

 

夜が明けようとしていた。

まだ星の光が残る空に、東の地平から微かに朱が滲む。

静寂を裂くように始まる一日の予兆だった。

 

オアシスの小さな泉――

砂岩の裂け目に湧く泉のそばに、平等院の姿があった。

薄衣を肩から滑らせ、静かに足を踏み入れる。

肌を撫でる水は夜の熱を冷まし、次第に朝の空気へと染まっていく。

 

水面は揺れもせず、鏡のようだった。

彼の背が映る。

だがその目は、空を見上げていた。

 

 

――義で、世界は獲れない。

 

まだ誰にも告げたことのない言葉が、胸の内でこだました。

 

武を磨くこと。誰にも縛られないこと。

勝利こそがすべて――そう決めたはずだった。

 

だがその信念の奥に、ふと浮かぶのは――

 

密林で蜂を睨みつけた時の、あの緊張。

テントの火を囲みながら、無言で共に食事をとる仲間の気配。

そして……無防備に地図を広げ、背を向ける“彼女”の姿。

 

それらが一つずつ、知らず知らずのうちに、胸に灯をともしていた。

 

(……俺の中に、揺らぎがある)

 

否定すればするほど、確かに存在する気配。

このままでは戦う理由が濁るのではないか――

 

「……邪魔を、するな」

 

低く呟いて、両手を合わせる。己の内側に向けた命令のように。

 

そのときだった。

 

夜明けの光が水面に差し込み、黄金色に染まっていく。

その揺らぎの中に、彼は空を翔ける鳥の幻影を見た。

 

羽ばたく金の翼。揺れる朱の尾。

それは火のように舞い、やがて、翼を折って急降下する――

 

(……高く舞って、落とす……)

 

蜂の突き刺す弾道とは違う。

それは、誰の目にも映らぬ高さから、静かに急所を撃ち抜く。

 

太陽が昇る。

その逆光の中、平等院の手が水面をすっと裂いた。

 

“ザ フェニックス オブ エジプト”

 

それは、祈りのように、誓いのように。

唇から自然と落ちた言葉だった。

 

 

 

***

 

 

 

栄華は、仄かなランプの明かりの下で記録用の端末にデータをまとめていた。

ふと気配に気づき、顔を上げる。

 

泉のほとりに立ち、黙って空を見る平等院の背。

動かないその肩、何かを研ぎ澄まそうとする気配。

その姿を、栄華は長く見つめることなく、すぐに手元に目を戻した。

 

(……あれでいて、ちゃんと考えてるのよね)

 

呆れとも感心ともつかないものが、胸の奥をかすめた。

けれどそれ以上、なにかを深く追おうとはしなかった。

 

ただ――

その時、風が流れた。

 

朝日の色が水面にほどけ、きらきらとほどけては寄せ返す。

かつては恐ろしいとさえ思ったあの男の背に、温もりが差したように見えた。

 

「……きっと気のせい」

 

栄華は胸の奥でその感覚を押し消すように、小さく息を落とした。

 

 

***

 

 

 

翌朝。

陽の昇りはじめた岩場で、平等院は誰にも何も言わずにラケットを構えた。

静かに振りかぶり、天を指すように打ち上げる。

 

弧を描いたボールが、空へ、空へ。

太陽の昇りとともに頂点を越え、鳥のように滑空する。

 

そして。

翼をたたんだようなロブが、視線の外から一直線に落下する。

すでにその軌道は視認できなくなっていた。

 

「……完成間近ってとこか」

 

デュークがぽつりと呟く。

その横で栄華はノートを開き、静かに書き記した。

 

――“ザ フェニックス オブ エジプト”

 

かくして、エジプトの地にて新たな炎が、男の掌に宿った。

それはやがて、世界を焼き尽くす光となるだろう。

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