『運命の出会いが欲しい』と願っていたら、モニターから男の子が生えてきました 作:おにぎり・S
『志郎くんって……今、フリーなのかな?』
あっこに言われた言葉が、頭の中から離れない。
なんで気づかなかったんだろう。
……いや、気づきたくなかっただけか。
でも仕方ないじゃない。
だって、私は、小さなころからずっと『恋がしたい』って憧れていたんだもの。
だから、目の前に現れた彼との時間を、都合よく信じたかったんだ。
夕方の冷たい空気の中、私は憂鬱な気持ちを抱えながら帰り道を歩く。
志郎くんが私のそばにいるときは、彼はずっと『一人』だったから、考えもしなかったけど。
男子大学生なんだから、恋人や婚約者がいるのは当たり前だ。
まして志郎くんは、優しくて、見た目もかっこよくて……
女の子なら、誰だって『いいな』って思うはずだ。
そんな彼にパートナーがいない可能性のほうが低い。
私みたいな、どこにでもいる普通の女を相手にしてくれたのは、彼がたまたま私の部屋にワープしてきたから。ただ、それだけ。
…分かってる。
分かってるのに。
彼に必要とされたい。
彼の特別になりたい。
そんな浅ましい願いが、胸の奥でじわりと疼く。
──でも、きっと叶わない。
そう思った瞬間、足取りがふっと重くなる。
夕日に伸びる自分の影が、やけに細く頼りなく見えた。
家までの道を、ぼんやりと歩き続ける。
足は前に進んでいるのに、心はどんどん沈んでいく。
志郎くん……会いたいな
そう考えた瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。
会う方法も、連絡先すら知らないのに。
それでも思ってしまう。
影がどんどん長くなり、街灯が一つ、また一つと灯り始める。
「……寒い」
それが身体なのか心なのか、自分でもわからない。
か細い声が、暮れかけた道に吸い込まれていった。
買い物袋を持ち直し、もう一度ため息をつこうとした時、
視界の端の公園が、妙に気になった。
いつもの帰り道。
いつもの公園。
なのに今日は、なぜか胸をつかまれるように目が向いた。
……え?
ベンチに誰かが座っている。
薄暗くてよく見えない。
でも、その姿が。
そのシルエットが。
その雰囲気が──
胸がどくんと跳ねた。
気づいたら、私は半ば駆け寄るように近づいていた。
「し、志郎……くん?」
街灯の光の中で、彼がゆっくりと顔を上げる。
その瞬間、胸の奥にまとわりついていた不安も孤独も、全部まとめてほどけていくようで。
思わず息を呑んだ。
驚いたように目を瞬かせる彼の表情は、少し疲れていて、どこか心細そうで。
彼は驚いたように目を瞬かせ、少し疲れた顔をこちらに向ける。
それが、胸にじんと刺さる。
「優愛……?なんでここに」
「えっと……買い物の、帰りで」
彼の目線が、私の持つスーパーの袋に落ちた。
「し、志郎くんこそ。どうして、こんな所に」
「俺も買い物の帰りにさ……気付いたら、またこっちにワープしてて。優愛の家に行こうとしてたんだけど、道に迷っちゃって。……ははっ、分かると思ってたんだけど」
──『優愛の家に』
私に、会いに来ようとして。
胸の奥が熱くなる。
私を必要としていた事実が、嬉しくてたまらない。
「だ、大丈夫?こんな暗い時間に、男の子一人だと……危ないよ?何もなかった?」
「あ、うん。さっきまで”他の子”が一緒にいてくれて。その子に助けてもらってたから」
「……ふぅん。そうなんだ」
自分でも驚くほど冷たい声が出てた。
顔に出ていないか不安になる。
”他の子”──つまり、他の女の子。
私じゃない誰かが、彼のそばにいて。
彼を助けて、頼られていて。
そこは、私の場所なのに──。
胸の奥に冷たく苦しいものが滲む。
醜いと分かっているのに、抑えられない。
「でも……本当によかった。無事で。ちゃんと見つけられて。」
なんとか声のトーンを戻して、笑顔を作る。
「家、もう近くだから、一緒に帰ろ?」
「いいのか?」
「いいよ。だって──」
本当は言いたかった。
誰にも渡したくない。
渡しだけを見てほしい。
ずっと傍ににいてほしい
だけど、そんな重い本音を言えるわけもなくて
「……志郎くんが一人で困ってるの、見るのやだもん」
少しだけ綺麗な言葉をかぶせて、綺麗な私を演じる。
「ありがとな」
その一言が、温かく胸に落ちてくる。
さっきまで胸に沈んでいた黒いものが、ゆっくりとかき消されていく。
胸まで、顔まで熱くなる。
「か、感謝されるほどの事じゃないよ。ただ──」
息を吸う
「……会えて、よかった」
これだけは、飾り気のない、本音だった。
◇
玄関の明かりをつけた瞬間、外の冷たい空気がふっと遠ざかっていく。
志郎くんと並んで靴を脱ぐこの光景が、い……一緒に住んでるみたいで、胸がくすぐったくなる。
「ど、どうぞ……あ、スリッパそこに」
「おじゃまします」
志郎くんをリビングに通してから、買い物袋をキッチンに置く。
いつ志郎くんが来てもいいように、部屋を掃除しておいた自分を心の中で思わず褒めた。えらいぞ私。
振り返ると、志郎くんがクッションの上に座っていた。
私もリビング戻って腰を下ろす。ほんとはもう少し近くに座りたいけど、その勇気はなかった。
「その、毎回ありがとう。優愛にはお世話になりっぱなしだ」
「全然大丈夫。志郎くんの事情が事情だし。志郎くんのことを分かって、力になれるの、私だけだもん。ちょっと誇らしいんだよ」
『気が付いたらワープしてました』なんて、普通なら絶対に信じられない。
志郎くんは独りぼっちで、不安だらけで、
力になれるのは、私だけだって──そう思うと胸がきゅっとなる
「優愛、」
「どうしたの?」
「実は、渡したいものがあるんだ」
その言葉が胸に落ちるのに、一瞬だけ時間がかかった。
気づいた瞬間、心臓が跳ねる。
思わず志郎くんを凝視してしまう。
彼は持っていたショッパーから、包みを取り出した。
淡いクリーム色の包装紙に、控えめなリボン。
「これ……?わ、私に?」
「うん、優愛と、あっこに。お世話になりっぱなしだから、お礼の気持ちを渡したくて。実はこれ買った直後にこっちにワープしたんだけどさ」
そう言いながら、もう一つ小包をとりだす。あっこ用だ。
胸がふわっと暖かくなる。
……でも、少しだけ、ほんの少しだけ胸が沈んだ。
──そっか。私だけじゃ、ないんだ。
もちろん嬉しい。
嬉しいのに、ほんのちょっと物足りなくて。
そんな浅ましいことを想っている自分が、ひどく嫌だ。
「あ、ありがとう。すごく嬉し──」
「あ、あと……これ……ッ!」
志郎くんが急に真っ赤になって、もう一つ、小さな紙袋を差し出してきた。
「優愛には……特にお世話になってたから!これ、優愛にだけ……。優愛の事考えて買ったんだ」
「え、え、え……」
紙袋を受け取る瞬間、指先が勝手に震えてた。
──なにこれ。
──心臓痛い。
──嬉しい。嬉しい。嬉しすぎて苦しい。
『私にだけ向けられた好意』が、あまりにもまっすぐで、身体の芯まで響いてくる。
期待しちゃいけないと思っていたのに。
ずっとずっと求めていた物、欲しくてたまらなかったもの、夢みたいな話なのに、
これは確かに現実で。
嬉しくて、嬉しさが溢れすぎて、感情が胸の奥で暴れている。
「あ、開けていい?」
「もちろん」
そっとリボンをほどく。
震えるのは寒さのせいじゃない。
袋の中には、落ち着いた白いボディに、ピンクゴールドの装飾が入ったボールペン。上品で、大人っぽくて……普段使ってるペンとは違う、『特別』をまとった一本。
──こんなの、好きにならない方が無理でしょ。
胸がいっぱいで、言いたい言葉は山ほどあるのに、どれも喉につかえて出てこない。
ようやく絞り出せたのは、たった一言だけ。
「……ありがと」
震える声しか出なかった。
志郎くんは、照れくさそうに頭をかいて、小さく言った。
「俺、こういうの何選べばいいかわかんないし……気に入ってもらえるか不安だったけど。でも、気持ちだけは本気で込めたつもり。優愛のことを想って、選んだんだ」
胸の奥が熱くなる、
どうしてこんなに優しいの。
どうしてこんな風に私を見てくれるの。
言葉じゃ足りないほど、彼の気持ちがまっすぐ届いてしまって──。
志郎くんは少し俯いたまま、言葉をゆっくり探すように唇を噛んだ。
「……優愛が喜んでくれたなら、よかった」
その視線がそっと上がって、私とぶつかる。
それだけで、私の全部が溶けてしまいそうで。
そして、志郎くんは覚悟を決めたように、真剣な顔で言った。
「あのさ……優愛」
「う、うん?」
何……?
すごく真剣に、まっすぐ見つめてくる。
こんな顔で、こんな空気で言うことって──
──
その文字が頭をよぎった瞬間、身体に緊張が走る。
胸が苦しい。
まさか、そんなわけ……ない。
ないよね。
ないはずなのに。
それでも、期待してしまう自分が止められない。
時間がゆっくりと引き延ばされたような沈黙の後、
彼がついに口を開いた。
「……家に帰りたいから、パソコンを貸してくれないか?」
…………えっ
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これで10投稿目までこれました。嬉しいです!