『運命の出会いが欲しい』と願っていたら、モニターから男の子が生えてきました 作:おにぎり・S
「こ、これ、志郎くんのパンツ……っ!!」
畳まれた男物の服とパンツを目の前にして、優愛はどうするか迷っていた。
昨夜、志郎くんと一緒に寝ていたら、
突然、彼が消えた。どこを探してもみつからない。
──夢だった?妄想?あれ、私結構やばい?妄想と現実の区別がついていない?
そんな不安に駆られながらも、何とかその日はそのまま眠りについた。
そして朝。大学へ行く準備をしているとき、部屋の隅にひっそり置いてある、畳まれた男物の服とパンツが目に入った。志郎が元々着ていた物だ。
……彼が間違いなくうちにいた証拠。
あれが夢じゃなかったとわかって、胸をなでおろす。
そして同時に、優愛の心の奥から、どうしようもなく邪な思いが沸き上がった。
……匂いを、嗅いでみたい。
私、匂いフェチだったっけ?
こんなことを考えていることが、自分でも信じられない。
でも昨日の志郎君の香りが忘れられない。
……もう一度。
罪悪感を抱えながら、ゆっくりと服を手に取り、顔に近づけた。
すう──。
そして、脳がとろけた。
◇
「だからね、いくらフィクションだとしても、リアリティを感じられないと感情移入できないのよ」
昼休みのカフェテリア。
私はアイスティーを飲みながら、友達の亜希子の話を聞いていた。
亜希子──あっこは、同じ学部の友達で、大学でも一番仲の良い子だ。
青みがかった黒髪の耳元が見えるくらいのベリーショートだ。
軽くパーマがかかった髪が、話すたびにふわりと揺れる。
普段はキリッとしているのに、笑うと一気に印象が柔らかくなる。
「あー、それは分かるかも」
「でしょ!」
一見クールなのに、話し出すと表情がころころと変わって、見ていて飽きない。
「この前のドラマなんてさ、
『絵の勉強しててさ、資料にしたいからちょっと服を脱いで見せて』
とか言うの!男性に向かってそんなこと言ったら即通報よ!」
あっこが呆れたように言って笑う。
普段なら、私も笑って突っ込むところだけど。
「うん、そうだね」
私は相槌を打ちながらも、どこか上の空だった。
あっこの声は耳に入っているのに、心は別のところにいる。
(……志郎君)
朝見つけた、あの畳まれた服の感触。
思い出す、昨夜、同じベッドで感じた体温と、あの匂い。
あれは絶対に夢なんかじゃなくって……
「……ね、優愛、聞いてる?」
「えっ、あ、ごめん」
慌てて取り繕う。
あっこはじとっとした目で私を見た。
「珍しいじゃん、ぼーっとするなんて。何?男でもできた?」
「……!」
「え……マジで?」
取り繕えなかった。
あっこはこういうときの勘が無駄に鋭い。
「えっと、まぁ……うん?」
「ちょちょ、ホントに男?誰?どこで?うちの大学の子?」
ものすごくいい笑顔で聞いて来る。
「え、えーと……たまたま知り合って。その……お金がなくて帰れないみたいだったから、うちに泊めてあげた、みたいな……?」
言ってから失言に気付く。
これじゃまるで「家出少年拾いました」じゃん。
あっこの眉がぴくっと動く。
「……あんた、まさか家出少年とかに手出したんじゃないでしょうね?」
「ち、違う違う違う!そういうんじゃなくて!悪い人じゃないし、ほんとに困ってて、それで……!」
焦れば焦るほど、余計に怪しくなる。
もう自分でも何を言っているのか分からない。
「とりあえず、一回紹介しなさいよ。どこにいるの?その男は」
「え、えっと、気がついたらいなくなってて……、どこにいるかもわからないっていうか」
「はぁ!?なにそれ、連絡先も聞いてないの?」
「えと、あの、うん……」
すごい疑ってる。視線が痛い。どうしよう、とにかく誤解を、誤解を解かないと!!
「あきれた……。じゃあ、その人とどこで知り合ったのよ?」
「モニターから出てき……あっ」
やばい。言っちゃった。
「……は?」
「え、えっと、ほら、その……ネットで、じゃなくて……。ほんとに、パソコンから出てきたっていうか……」
あっこの表情が止まる。
数秒の沈黙のあと、心配そうな声で言われた。
「優愛……あんた、最近ちゃんと寝れてる?」
「ち、違うって!私の妄想じゃなくって、本当にいたの!家に彼の服もあるし!」
「そうね、きっとあなたの
絶対信じてないじゃん!やめて、生暖かい目で見ないで!!
「そうだ、明日休みでしょ?一緒にショッピングにでもいこ。外出よ、ね?」
完全に「やばい子」扱いされた。
◇
翌日。
私はあっこと約束した通り、一緒に出掛ける準備をしていた。
私たちは同じ寮にすんでいる。これから、あっこの部屋まで迎えに行く予定だった。
昨日はひどい誤解をされたから、なんとしても解かないといけない。
毎回、急な出来事に慌てて失敗ばかり。
今日の私は落ち着いて冷静に行動するんだと心に誓う。
(志郎くん、どうしてるかな)
つい、考えてしまう。初めて触れ合った男の人。彼のことを思い出すたびに、胸が少し熱くなる。
また、会いたいな──。
そんなことを考えながら玄関に向かう。
靴を履いて、ドアノブに手をかけ
ドサッ
部屋の奥から、何かが倒れる音がした。
え……?
恐る恐る中を覗くと、
「……志郎くん?」
声が震えた。
信じられないものを見るみたいに、その場に立ち尽くす。
幻のように消えてしまった彼が、
今、こうしてまた、目の前にいる。
志郎は床に手をついたまま、ゆっくりと顔を上げた。
あの優しい目に、私が映る。
「詩賀……さん?」
その声を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
志郎がいる。
本当に、現実の中に。
彼がゆっくりと立ち上がる。
心臓が跳ねる。
嬉しい。信じられない。
「ま、また来ちゃったみたい」
志郎は少し気まずそうに言った。
「え、あ、お、お待ちしておりました?」
……なんだその返し。自分でも意味が分からない。
二人の間に沈黙が落ちる。き、気まずい。
ああもう、ここで気の利いた言葉が言えないから恋人ができないんだよ、私。
沈黙を破ったのは志郎だった。
「この間はありがとう。ほんと助かった」
「えっ、あ、ううん……」
お礼を言われて嬉しいのに、緊張で言葉が出てこない。
「服のお金、返すよ、今日はちゃんとお金持ってきてて」
そう言って彼がポケットを探る。
……がしばらくして焦った顔を上げた。
「……ごめん。やっぱり財布ありませんでした」
「い、いいよ!別にお礼なんて!」
(裸見せてもらって、同じ湯船に入らしてもらって、添い寝までしてもらったんだよ!?むしろ私が払う側でしょ!)
「いや、でもちゃんとお返しはしたいんだ。ほんとに助かったから。」
あ、好き。志郎くんめっちゃいい子。そんなこと言われたら好きになっちゃう。
「今日はお金は返せないけど、俺にできることなら何でもするから」
「な、なんでも!?」
どきり、胸が高鳴る。思わず顔が赤くなる。
ちょっとだけ、邪な想像をしてしまった。
志郎が真顔で言った。
「俺の身体でできることだけだけど」
「か、身体で!?」
頭の中が一瞬で沸騰した。
妄想が暴走する。
え、私と付き合ってほしい……言えるわけがない。処女をなめるな。
君の胸に顔をすりすりさせて……変態だ。警察呼ばれるわ。
くっついて匂いを嗅がせて……ドン引きだわ!!
バカ、落ち着きなさい私。
こんなこと言ったら彼に嫌われちゃう!
志郎がこちらを見ている。
……やばい、返事を待っている。
き、気持ち悪くないお願い……なんかないの!?
だめだ。無言がつらい。
沈黙が重い。空気が痛い。
何か、何か話さなきゃ!
「話しててつまんない女だな」とか思われたら、私、死ぬ、マジで。
焦る。心臓がうるさい。
走馬灯のように頭を駆け巡る記憶。
そして、あっこの言葉が閃光のように蘇った。
そうだ、あれだ、あれしかない。
今の沈黙を切り抜ける方法は、これしか……ッ!!
気が付いたら、口が動いてた。
「わ、私、絵の勉強をしてて!資料が欲しくて!ちょっと服を脱いで身体見せてくれないかな!!」
……一息で言い切った。
……いや、何言ってんの私!?
沈黙。
静まり返る部屋。時計の針の音が、やけにうるさい。
「……え?」
志郎の声が、ほんの少しだけ上ずっていた。
彼の瞳に浮かぶ、明らかな困惑。
(あ、終わった)
心臓がきゅうっと痛む。喉が締まって息ができない。
私、今確実に人生で一番やばい発言をした。
変態どころか、これ普通に通報コースだ。
(嫌われた。終わった。警察行き。ごめんお母さん、ここまで育ててくれたのに、娘はもう社会的に終わりました)
視界が歪む。
気持ち悪い。
叶うなら、神様、時間を巻き戻して。
◇
志郎はしばらく黙ったまま、優愛の言葉の意味を咀嚼していた。
その表情は、困惑と戸惑いと、どこか真剣さが入り混じっている。
(身体を見せてって……聞き間違いじゃないよな。知り合って間もない女の子が、そんなこと言うか?でも、詩賀さんが嘘をつく理由なんてないよな……?)
優愛の顔が見えた。
悲痛で、必死で、今にも泣きだしそうな表情。
(あの表情、冗談なんかじゃない。本当に困ってる。会って間もない俺に、こんなこと頼まなきゃいけないほど切羽詰まってるんだ。……絵の資料って言うのも、本当なんだろう)
内心ではまだ動揺している。
けど、志郎の中で、ひとつの決意が生まれた。
(孝弘みたいなモテるやつなら、こういう時さらっと脱いでる気がする。俺に女性経験がないから、日和ってんのか……?)
志郎は息を吸い込んだ。
女の子がこんなに真剣にお願いしてるんだ。叶えてあげたい。
それに、ここまで世話になったし、何かお返ししたい。
(……一度は裸は見られてるし。今さらか。男は度胸だ)
「分かった。でも恥ずかしいから、上だけでいい?」
志郎がそう言って、ゆっくりと上着に手をかけた。
優愛の心臓が、止まりかけた。
志郎がゆっくりと上着を脱ぐ。
その下から現れたタンクトップ姿。
スリムな印象だったのに、思っていたより肩がしっかりしていて、
布越しに見える鎖骨のラインに、思わず息を呑んだ。
(なにこれ……やば……!)
顔が熱い。
心臓が暴れる。
息ができない。
「こんな感じで、いいのかな?」
志郎が少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
夢にまで見た男性の身体を、
優愛は正面からガン見しながら答える。
「あ、う、うん!うん!!すごく……いいッ!!」
優愛はもう死んでもいいと思った。実際、死にそうだった。
まさか、志郎君の下着姿を拝めるなんて。
これ以上の幸せがあるだろうか。
……いや、ない。
志郎はまだ緊張している様子だった。
だが、優愛の勢いに押されたのか、少しだけ苦笑して、「じゃあ、もうちょっと」とつぶやきながら、タンクトップの裾に手をかけた。
(ま、待って!?今”もうちょっと”って言った!?もうちょっとって、何!?)
そう、優愛は「服を脱いで」と言ったが、まさか全部脱ぐとは思っていない。下着姿で身体のラインを見せてくれるぐらいだろうと思っていた。
だからここからは、完全に想定外。
タンクトップの裾が持ち上がる。
志郎の引き締まった腹筋とへそが見えた。
普段ならまず見えることのない部位。
空気が止まる。
優愛は目を皿のようにして食い入るように見つめる。
あと少し、あと少しで全部……ッ!!
しかし同時に、胸の奥で天使が囁いた。
(本当にこれでいいの?志郎くんは善意でお願いを聞こうとしてくれたんだよ。それに付け込んで、こんな犯罪まがいのこと)
熱くなっていた頭が急激に冷える。
(これが終わって、志郎君と今まで通り話せる?後ろめたさを感じずに、仲良くできる?心から好きって言える?)
身体の芯が冷たくなる。
(……無理だ)
「ちょ、ちょっと待って!!」
優愛が慌てて手を伸ばし、志郎の手首をつかむ。
「し、詩賀さん!?危ないって、離して!」
志郎が驚いて声を上げた瞬間、
二人は勢いあまって、優愛が志郎を押し倒すような形で尻もちをついた。
近い。
目と目が合う。
息が触れ合う。
そして──
「優愛!?大丈夫!?」
慌てた様子の亜希子が、玄関のドアを開けて部屋に飛び込んできた。
固まるあっこ。
優愛が志郎の手をつかみ、
志郎はタンクトップ姿ではだけたまま、
二人とも顔を真っ赤にして息を荒げていた。
……完全に犯行現場だった。
(終わった……二度目の人生終了)